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帰って傷の手当てです

 イシルビュートの背後にいた毒竜がぐらりと崩れた。

 完全に力を失ったのか羽ばたきをやめた羽がぐにゃりと歪み、巨体が地面に向かって落下していく。落下していくと同時にーーその姿がみるみる小さくなっていった。

 

「おっと」


 イシルビュートは小さくなった毒竜を右腕で支えるとそのまま地面へ下降して危なげなく着地する。よく見ると、それは人間だった。

 紫色のボロボロの長衣を着込んだ、長い黒髪を持つ男が気を失ってぐったりとしている。長衣は青い血に染まっており、破れた衣服から見える肌には裂傷がいくつも付いていた。


「おわっと、っとと」


 クレアが毒竜らしき人間に気を取られていると、イシルビュートが抱えていたもう一人の人物の方がなぜか着地に失敗し、盛大に沼地へと転げていた。顔面から泥に突っ込んだその人物は四つん這いになって顔を左右に振り、手のひらで泥を拭う。


「ぷわっ、毒沼を吸い込んだ! 死んでしまう!」


「今は俺がかけた魔術陣で体が保護されてるから問題ない」


「あ、ああそうか……ありがとう荒野の魔術師殿。で、ここは沼地かな? 何だってこんなところに……」


「お師匠様、あのー……どういう状況なのかさっぱり……」


 クレアは沼地に這いつくばっている人物を見、イシルビュートが肩に抱えている毒竜と思しき人物を見、混乱の極地で説明を求めようとイシルビュートを見つめると、今度は後方から鋭い声が飛んできた。


「貴様! あと少しで毒竜にトドメをさせるところだったのに、一体なぜ邪魔をした!」


 ガシャガシャと甲冑をがちゃつかせながらやってくる金髪ショートカットの女の人。毒にやられているのか呼吸が苦しそうだが、それでもイシルビュートを叱責する声はしゃんとしている。そういえばこの人がいたなとクレアは思い出す。

 元はと言えばこの人が沼地で毒竜と対峙しているのを察知したからこそ、クレアがここに来たんだった。


「あぁ!?」


 イシルビュートは不機嫌も極まれりといった顔と声でその女の人を見据えた。


「誰だお前は、何でこんな所に来た! ここは誰であれ侵入不可能な禁忌の地だぞ!」


「なっ……」


 女の人は叱責に慣れていないのか驚愕の顔つきでイシルビュートを見てから怒鳴り返す。


「私の名前はレイア・トレビュース・テオドライト。テオドライト王国の第一王女だ!」


「なっ」


「えっ」


「えっ、テオドライトの王女だと!?」


 上からイシルビュート、クレア、そして顔が泥まみれの青年が驚きの声をあげた。

 助けたのはまさかの王女だった。その王女は人差し指を突きつけてイシルビュートを睨め付ける。


「貴様こそ一体誰なのだ!」


「俺はイシルビュート・ヴァンドゥーラ。テオドライトを追い出された魔術師だ」


「何っ、あの天才魔術師の!?」


 目を見開いたレイアは態度を百八十度変え、今度は沼地に跪いた。


「無礼を済まない、実はずっと貴殿に会いたいと思っていた」


「あの、僕の存在は……」


「ちょっと黙ってろ、ヘンリー」


「その紋章の入った衣服にヘンリーという名前。もしや、ロレンヌの王子の名前では……」


「あ、ああそうだよ。よくわかったな」


「ええっ!?」


 あんまりな急展開にクレアは全くついていけなかった。

 毒竜討伐に来ていたのが実はテオドライトの第一王女で、討伐寸前だった毒竜はなぜか師匠であるイシルビュートの介入によって阻止された。

 毒竜は縮んで人になり、師匠が連れて来た人物はロレンヌの王子だった。

 こんなに色々なことがいっぺんに起こることってあるのだろうか?

 完全にクレアのキャパシティーをオーバーしている。


「荒野の魔術師殿、で、ここはどこなんだい?」


「天才魔術師イシルビュート殿、貴殿には会いたかったのだがやはり毒竜討伐の阻止は納得がいかない。説明を求める!」


「お師匠様、何が何だかわからないんですけど」


「わかった順番に説明する!」


 ギャイギャイと騒ぐ三人に詰め寄られたイシルビュートは大声を張り上げてそう言った。


「ハイドラの手当てもある……ひとまず俺の家まで行くぞ!」


 この一声で、全員で荒地にあるイシルビュートの家まで行くことが決定した。



+++


 ひとまず家へと戻った一行。瀕死の状態である毒竜と地味に瘴気と毒にやられて息も絶え絶えだったレイアを休ませるべくクレアはリビングに即席で寝台を二つ用意した。

 こうして横たわったのをまじまじと見ても、人型の毒竜は完全に人間にしか見えない。肩までの黒髪、ぞっとするほど整った顔立ちに血色の悪い肌色。唇は血のように赤く、瞳は固く閉ざされているために色がわからない。


 イシルビュートは寝台に傷ついた毒竜(人型)を横たえ、ぐいっと乱暴に長衣の前を開け、中に着ていたシャツのボタンも乱暴にぶちぶちと外す。

 開けた胸元には左右の肩から肩にかけて等間隔に八つの刺青があり、そこから血がとめどなく溢れていた。よく見ると刺青はそれぞれ竜の頭のようにも見える。


「この刺青を見ろ」


「痛っ、痛いぞ貴様!!」


 イシルビュートが傷口を容赦なく人差し指で突き刺すと、それまで大人しく寝かされていた毒竜(人型)が痛みでカッと目を開き苦悶の呻きをあげる。血に濡れたように真っ赤な瞳は先ほどまで対峙していた巨竜のそれを彷彿とさせた。

 イシルビュートはそんな毒竜(人型)の文句を無視してクレアに向かって言葉を続けた。


「この八つの刺青はそれぞれハイドラの頭だ。お前が吹っ飛ばしちまったからこうして傷ついて血が流れ続けている」


「すいません……」


 よくわからないが怒り心頭な師匠に向けてクレアは謝罪をした。よくわからないが、このハイドラと呼ばれる毒竜を傷つけるのは師匠の逆鱗に触れる出来事であったらしい。 

 このやり取りを隣の寝台で寝かされて聞いていたレイアが震える声で質問をしてくる。こちらも甲冑を脱がせて寝台に寝かせたところ、随分と怪我をしていたので手当てをしないと不味そうだ。


「だが、毒竜は中央の首を切らない限り無限に再生するのだろう? なぜこんなにも弱っているんだ」


「理由はいくつかある」


 イシルビュートは荒ぶった足音を立ててリビングに置いてあるダイニングチェアへと近づくと、どさりと腰掛けてその長い足を組んだ。


「が、その前に君の怪我も治さないとダメだろう。ヘンリー」


「な、何だい」


「地下に各種ポーションが揃ってるから必要なやつを持って来い。名前をあげるぞ」


 早口で必要なポーション名をあげると、イシルは枝を一振りして座ったまま地下へ続く扉を開ける。ヘンリーは少し憮然とした調子で扉を見た。


「荒野の魔術師殿、僕は仮にも一国の王子だぞ。アゴで使うのは不敬というものでは……」


「まあそう言うな。ここまで来たからには一蓮托生、たまには自分でも動いてみたら世界が変わる」


 師匠の言い分は結構横暴だったが、王子でこうしたものの言われ方に慣れていないヘンリーはその押しの強さに「わかったよ……」と小さく言ってから扉の方へとそそくさと消えていった。階段を降りる音が聞こえる。


「すまないな、助けてもらった上に手当てまで」


「まあ、このまま死なれても寝覚めが悪いからなぁ」


 怒りつつも仕方なしといった風の師匠はなんだかんだ面倒見がいい。やがて地下から戻って来たヘンリーからポーションを受け取るとレイアの手当てを始めた。

 レイアに解毒のポーションを飲ませてから傷口に中級ポーションを塗布したガーゼを押し当てていく。


「傷は少ないな」


「ああ、戦い始めてすぐにその子が助けに来てくれたから」


「あ、クレア・ヴァンドゥーラと申します。イシルビュート師匠の元で暮らしながら魔術師やってます」


 今更ながらに名乗ってないことに気がついたクレアがお辞儀をしながら自己紹介をする。レイアの方も律儀にも寝たまま首だけ動かしてお辞儀を返して来た。


「先ほどはありがとう、クレア殿。先も名乗った通り私はレイア・トレビュース・テオドライト。テオドライト王国の第一王女だ」


「その第一王女様がどうしてあんな場所で毒竜と一人対峙していたんですか?」


「全くだ。クレアはこの王女様を察知して戦闘に参加したのか?」


「はい、その通りですお師匠様」


「ならこの騒ぎの元凶は君にある。理由を説明してもらおうか」


 手当てをしながら渋面を作るイシルビュートがレイアに問いただした。際どいところの傷の手当てはクレアが請け負い、二人掛かりで治療する。ヘンリーはすることがないらしく後ろで所在無さげにウロウロしていた。


「それは……色々と訳がある」


 持ち上げていた頭を枕にポスリと戻して、レイアは語り始めた。



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