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暗い、暗い独房です。どうやら本来は王都の兵士たちの詰所に連行される予定でしたが、私が王宮にいたのと、元貴族ということで、王宮内の牢屋に入れられました。
カビが生え、湿っぽい空気が漂っています。私はただ、呆然と座っていました。
おそらく嵌められたのでしょう。これがカールレン子爵家を没落させた者の仕業か、はたまた別の誰かかは分かりませんが、トルフィーラ伯爵に言うことを聞かせるとは、結構な権力者のようです。
ガチャ、という音ともに、いくつかの足音が響き渡ります。私はそちらを見ました。どうやら兵士の方のようです。そこには連行する際に私を捕まえた方と、あとその方の上司らしき方がおりました。
「エレイナ・カールレン。弁明は」
上司の方が言います。もちろんあります。大ありですとも。
「宿に、手紙があります。父様と母様が残した手紙です。あと、トルフィーラ伯爵には既に利子付きで返金しております。そもそも、金稼ぎが好きだからこそ、あんな宿にずっといるわけはないでしょう?」
「………そうか。それらについては調べよう」
何やらお二人は目を見つめあって頷いています。何なのでしょう?とりあえず、
「父様と母様が死んだというのは本当ですか?」
お二人がハッとして私を見ます。その顔が次第に歪みました。それだけで何となく察してしまいました。
「……もう、いいです」
涙は堪えます。ここで泣いたって仕方がありません。
その後いくつか質問をされたのち、何故か上司の方だけが出ていきました。
「貴女が嵌められたのだろうということは容易に想像がつきます。何しろ、明らかに貴女がやったという証拠ばかりでね」
兵士の方は肩を竦めます。いったいどうしたのでしょう?急に敬語で、馴れ馴れしくなりました。敬語と馴れ馴れしさが同時に成り立つのが貴族ですから、この方は貴族なのでしょう。
「さて、少し話しましょうか。ここから僕は兵士ではなく、貴女の義理の息子となる予定だった人物です」
しばらく時間を要しましたが、何とかこの御方のことが分かりました。ルンペリア侯爵の息子さんでしょう。それにしても、この御方はとても大きいです。体格的なこともありますが、年齢的な意味で。おそらく私とそう変わらないんじゃないでしょうか?改めてあの御方との年齢差を実感します。
息子さんは私を見て言います。
「僕は貴女が義母になることにはむしろ賛成でしたよ。年齢は僕より下ですが、ちゃんと父の権力ではなく父自身を見て、愛してくれる方のようだったので。父は、これまで多くの苦労をしてきました。貴女のことくらい自由にさせたかったんですけどね」
息子さんはサラッと言いましたが、私には流せません。私、息子さんより年下だったのですか。少しだけ遠い目をしてしまいます。
まあそれは置いといて、あの御方のことです。どうやら息子さんは反対してなかったようなので、あの悪意ある噂をバラまいたのは親戚の方々でしょう。もしくは娘をあの御方の嫁にしたい方ですね。彼らはどうしても私をあの御方の妻にしなくなかったそうです。だから私たちが離れることになってしまったのは、彼らの策謀でしょうか。
「何かあったのですか?」
「そこは父に聞いてください。僕はあまり知らないので」
そうですか、と言っておきます。とりあえず何かがあったのだろうということは分かりました。そうじゃなきゃ、何もなかった、と言えば済む話ですしね。
「さて、言いたいことは終わったので僕は戻ります。あんまり長居するといけませんし」
息子さんは笑って言います。あ、そういえば、
「名前、教えてください」
私がそう聞くと、息子さんは笑みを深めます。
「ああ、名乗ってませんでしたね。僕の名前はアルン・ルンペリアです。ではまた会いましょう。次は父も交えて、侯爵家の屋敷で」
つまり次に会うときはもうここから出ているだろう、と。そのことから、彼が私の冤罪を晴らす気でいるのは明白です。
「それはいいですね」
私は笑顔を浮かべます。また、あの御方の側にいられるようになることを願います。
それから僅か二日後に私の冤罪は晴れました。私を迎えに来たのはあの御方でした。
「お久しぶりです」
なかなか獄舎の入口で動かない彼に声をかけます。彼は口をもごもごと動かした後、黙りこくりました。沈黙が降ります。
けれどそれはあまり続きませんでした。というより続かせません。久しぶりに会ったというのに、何ですかこの状況。
「とりあえず出してくれませんか?鍵、持ってますよね?」
彼が慌てて手元にある鍵を見て、こちらへ歩き出します。鍵が開かれ、私は小さな扉から独房を出ます。
「ありがとうございます」
「……すまなかった」
何故か謝られました。あれ、私お礼を言ったはずですよね?
「ええっと……何がでしょう?」
「私のせいで、君も、君の両親も………」
何となく分かりました。つまり、この一連の冤罪事件を企てた方の目的はあの御方に近づいた私、ということでしょう。
「……とりあえず外に出て、詳しく話を聞かせてください」
ここは湿気が多いですから、長時間話すには向かないでしょう。彼は私の手を取り、この獄舎から出しました。
その後、彼について来たのはまさかの彼の王宮にある私室。宰相補佐ということで仕事が多く、お泊まりになる際はここを使っているのだとか。こんなところに平民の私がいて良いのでしょうか?
それにしても、移動中はチラチラと見られて不愉快でした。きっとこの二日の間に私はたいそう有名になったのでしょうね。想像がつきます。
彼はドサリ、とソファーに座ります。どうやらお疲れのようです。その後私に座るよう言いました。
「初めから話そうか」
彼が寛がせていた上体を起こし、私の目を見つめます。
「まずは私と君のことから。私と君が会っていたことに気を良くしてない人物がいることは知ってるね?」
コクリ、と頷きます。息子さんことアルンさまは違うので、彼の親戚及び娘を彼の妻にしたい方でしょう。
「今回動いたのは私の親戚の一部と、娘を私の妻にして権力を握ろうとする奴らだ。その二つの勢力は互いに反発しあっていたが、今回は君を私の妻としないことを互いに目先の目標としていた。だから手を組み、君を貶めようとした」
そういうのはよくある話です。利害の一致というやつでしょう。それにしてもまさかその二つともが動いていたとは思ってませんでした。先入観にとらわれ、どちらか片方だけだと勘違いしてましたね。
「彼らがまずしたことは、君と私を離すことだった。君の悪い噂を流して、司書長に彼女が仕事をしてないことを文句を言い、間接的に君と私を離させたんだ」
なんと。司書長さまのあの説教は彼らのさせたことだったのですか。私はそれにまんまと乗ってしまったわけですね。
「私たちは表面上は離れた」
んん?
「実は、私は君と離れたが、家の者を使って君の様子を聞いていたんだ」
え、正直怖いです。そんなことしていたのですか。全く気づきませんでした。
「何でそんなことしているのですか」
「娘を私の妻にしたい奴らから狙われると思っていてね。私自身、親戚はあまり疑ってなかったんだ。それが今回のことを引き起こした」
彼は一旦言葉を区切ります。どこか言いづらそうにしています。
「覚悟は、できてます」
おそらく、これから話すのは両親の死についてでしょう。牢屋にいた二日間で、既に覚悟は決まってます。
彼は私を見て、目を細めて言います。
「そうか……。君と私が未だに繋がってると勘違いした彼らは、君を害そうと考えた。しかし、私が君を守護してるのは分かっている。それを歯噛みしながら見ていた。その代わり、君のことを調べ始めた。君は貴族だったから調査は楽だっただろうね」
ああ、元貴族だということが裏目に出てしまったのですか。王宮図書館で働く際は便利だったのですがね。
「すぐに君がトルフィーラ伯爵からお金を借りてることが分かっただろう。それでトルフィーラ伯爵を味方につけ、君がお金に厚かましいという噂を流させたんだ」
トルフィーラ伯爵もでしたか。けれど案の定、黒幕ではなかったようです。
「これで根回しは完了だ。彼らは君の両親に近づき、いい商売があると言って王都から出させた。そして彼らの移動中に山賊を使って襲わせたんだ。捕まった際に君の名前を出すよう言ってね」
なるほど。つまり、全ては私に罪を着せるためであったと。
胸が痛いです。両親が死んだのは、まさしく私のせいでした。私が彼と関わったから。私を陥れるためだけに、両親は殺されなければならなかったのです。
「ただ、おざなりすぎたね。君の両親が手紙を残していることも考えてなかったし、山賊が必ず裏切らないとしか考えていなかったようだ」
そう言って、彼は立ち上がりました。私は見上げる形になります。ゆっくりと歩いてきて、私と目線を合わせるように膝を床につきました。
そして、優しく、柔らかく私を抱きしめます。ポンポン、と背中を叩かれ、視界がにじみます。
「泣いていいよ。それが普通だから。この体勢だと、私から君の顔は見えないからね」
箍が外れました。みっともない、と自覚はしてますが、無理です。止めようとしても、止め方が分かりません。
「声も出していいよ。予めこの周辺は人払いしてるから」
「うっ、ふ、ぁ、あぁ、ああああああああああああ!」
ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで死ぬことになってしまって、ごめんなさい。ごめんなさい、父様、母様。私を許さないで。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私はただ哭き続けました。これだけ泣いたのは久しぶりです。十年以上は経っていると思います。
彼はただ、優しく受け止めてくれました。
目が覚めると既に夜の帳は落ちてました。私はベッドの上で重い体を起こします。ぼーっとした頭で、寝る直前の出来事を思い出します。
「ああ、起きたか」
彼が居ました。ベランダで葉巻を吸っていたようです。灰皿が手元にありました。
はっと思い出します。そうです。思いっきり泣いたのでした。
好きな人の前でのあの痴態。カァっと頬が赤くなったのが分かります。
彼がクスクスと笑います。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
「無理ですよ」
恥ずかしすぎて死ねます。こんなに恥ずかしいのは初めてです。
「そうかな?」
彼は未だに笑い続けてます。ううっと呻き声を出して顔を伏せます。
そして聞こえる足音に、漂う微かな葉巻の匂い。顔を上げると、彼が近づいて来てました。何でしょう?と内心で首を傾げます。
彼は私の近くに跪き(何しろ私が今いるのは大きなベッドの上でしかも中央なので、跪くと距離があるのです)、私の手を取りました。
「エレイナ・カールレン嬢。これからずっと、私の傍に居てください」
「嫌です」
彼が顔を上げます。間抜けな顔に笑ってしまいました。だんだんとその顔が歪んでいくので、私は理由を話します。
「だって私、貴方の名前も知りませんから」
あっ、と彼が声を上げました。今更気づいたようです。遅いですよ、本当。私たちの会話は図書館での僅かな時間。しかも本に関わる内容ばかりで、個人的な話などしたことないのです。自己紹介など当然してません。
「私は、オスカー・ルンペリアと申します。私と結婚してください」
あら直球になりました。私が惚けて断るとでも思ったのでしょうかね。可愛らしいです。
「はい、もちろん」
私は笑顔で答えます。パァ、と彼の顔が輝き、抱きしめられました。ふふふ、と思わず笑が浮かびます。
もちろん罪悪感はあります。私のせいで両親は死んだのですから。けれど、これから幸せになること。それが私からの、両親への餞のような気がします。きっとそうです。手紙にも、『幸せに』とあったのですから。
これは自分を正当化してるだけかもしれません。しかし、きっと二人なら、両親の死を乗り越えることができます。
「幸せになりましょうね、オスカーさま」
「ああ、そうだな」
先程までオスカーさまのいらっしゃったベランダの窓は開け放たれたままで、そこから風が入ってきます。優しい夜風に、私は目を閉じました。
これで完結ですが、いずれ流れ的に書けなかった図書館でのイチャコラ(?)とか書けなかった裏設定書きます。




