表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

第6話 逆転できない魔女裁判

「…………は?」


 何を言われたのかよく分からず、僕は間抜けな反応を返すしかなかった。

 そんな僕にれたように彼女が叫ぶ。


「だから、ブラジャーのホックをはめてって言ってるの! もう私一人じゃどうにもできないのよ!!」


 部屋の空気がシーンとした。

 そして今度は僕があわてる。


「い、いやいやいやいや。で、できるわけないじゃないかそんなこと」


「私にだってできないのよ! だから、嫌だけどあんたに頼むしかないの。いいからやりなさい!」


(こ、この女……、本気だ)


「できないとは言わせないわ。だってあんたのせいで私はこんな羽目になったのよ。その責任、ちゃんと取りなさいよね」


 そう言われると、得意気にニセ乳呼ばわりしたあげく盛大に外した手前僕も弱い。


「それに、暴行未遂容疑のかかったあんたに拒否権があると思わないことね」


 そう言われるとカチンとくるが、遺憾ながら今の僕は反論できない。


「……どうすればいいんだよ」


 苦々しい気持ちを隠さず、うんざりとした声で僕はたずねた。


「わ、私が前でブラジャーを押さえてるから、あんたは背中側にあるホックを引っかけて。ツメは4列になってるから注意してよね」


 僕は戸惑いながらも、仕方なく彼女の背中に手を伸ばす。そしてしばし彼女の背中をまさぐり、何とかブラウス越しにブラジャーのホックとやらを探し当てた。


(せ、背中の感触が柔らかくて温かい)


 昨日、彼女を抱きとめた時とは違うドキドキがそこには広がっていた。


(い、いかん。何を考えてるんだ僕は。騙されるな。これがこの女の手かもしれないじゃないか!)


 だけど彼女は、そんな僕の葛藤かっとうなどお構いなしに始めてしまう。


「い、今から胸を押さえるから、それに合わせてホックを引っかけるのよ。せーのっ!」


 ダメだった。

 初めてのことだし、おまけにブラウス越しでは所詮うまくいくはずもなかった。


「何やってるのよあんた……。まさか、わざとじゃないでしょうね。私の胸を触っただけじゃ飽き足らないとでもいうつもり?」


 またしても酷い濡れ衣だった。


「そんなわけないだろ! 構造すらよく分からないものを目隠しで直せって言われてるようなものなんだぞ!?」


「そ、それは……確かに」


 どうやら納得してくれたようだ。

 だけどその納得は、更なる泥沼しか生まなかった。


「な、なら……。こ、これで文句ないでしょ」


 彼女が胸元で何かしたかと思うと、ブラウスがスッと下に消えて彼女の白い肩があらわになった。

 ブラウスは腕に引っかかる形で背中の中ほどまでズリ下がり、ブラジャーのホックはその肩紐と共にバッチリ姿を現していた。


「な、なななな…」


「うるさい! こ、こんなの、水着と大して変わらないでしょ!? 既に私の胸まで揉んだあんたが今更それくらいで騒がないでよ!」


 大声を上げかけた僕を彼女がピシャリと制した。

 声に動揺が見られるのと揉んだという表現が気になるものの、僕はそれでそれ以上の声を上げずに済んだ。


「それより早くホックを引っかけなさいよ。は、恥ずかしいじゃない」


 やっぱり恥ずかしいんじゃないかと思ったが、それを口には出さず僕は慎重にホックをつまんでその構造を観察した。


「わ、分かった。次は何とか、いけると思う」


「な、ならいくわよ。せーのっ!」


 かなり強い力で引っ張ることで、ようやく無事にホックをはめることができた。


「や、やったわ!」


 喜ぶ彼女をよそに、僕は手が大胆に彼女の素肌に触れてしまっていることに気付いてあわてて彼女から飛びのいた。

 その気配と物音に、今度は彼女の方が我に返る。

 コホンと咳払いをすると、彼女はまるで何もなかったかのようにブラウスを元通り着てタイを結んだ。

 そうしてかたわらの椅子に掛けておいた上着を羽織ると、最後にゆっくりと身だしなみを整えてから悠然とこちらを振り向いた。


「よ、よくやったわね。ほめてあげるわ」


 冷静さを必死によそおいながらねぎらう彼女に、僕はジト目で返してやった。


「そのブラジャー型の拘束具、付けてて苦しくならないのか」


「苦しいわよ! でも仕方ないでしょ!?」


 やっぱり苦しいらしい。腰に装着するコルセットは付けてると食事もノドを通らないと聞くけれど、どうやらあのブラジャーの締め付けも似たようなもののようだ。


「そ、そんなことよりもよ。あんたはこれで、私の知ってはいけない秘密を知ってしまったことに気が付いてる?」


 思わず逆上してしまったのを無かったことにするかのように、彼女は突然そう切り出してきた。

 風向きが怪しくなりそうなのを感じた僕は、何とかそれを誤魔化そうとする。


「そ、その男勝りな性格のことかな?」


「違うわよ! 私の胸のことよ!!」


(やはりそっちの方か)


 別段知りたくもなかったのだが、彼女にとっては自身のカリスマ性に影響を与えかねない大問題なのだろう。

 このままだとますます僕の旗色が悪くなりそうだ。ここは何か手を打つ必要があった。


「異議あり!」


 僕がそう声を張り上げると、彼女は驚いたような顔をした。


「秘密、というのは果たしてどうだろうか」


 僕の問題提起に彼女がいぶかしげに首をかしげる。


「どういうことよ」


「だってそうじゃないか。君のさぞ華やかだろう男性遍歴や、これまで君が篭絡ろうらくし利用してきた男連中ならみんな君の胸の秘密のことを知っているはずだ。そしてその手の下世話な秘密は漏れ広まるのも早い。ましてやクラスの、いや学園のアイドルを僭称せんしょうする君の秘密ならなおさらといえる」


(もっとも、友達が一人もいない僕の耳に聞こえてくることは絶対にないんだけどな!)


 そこで僕はメガネに手をやりクイッと位置を直した。


「つまり、君の巨乳などいわば公然の秘密であり、今更僕への脅迫材料たりえるはずがない!」


(決まった。完璧な論理構成だ)


 しかし、僕が浴びたのは喝采ではなく怒声だった。


「あ、あんたの中の私はどれだけビッチなのよ! だだだ男性遍歴とか篭絡とか……。私はまだ処女なのよ!? そんなこと絶対あるわけないじゃない!!」


 彼女の叫びを聞いた僕の口から漏れたのは失笑だった。


「フッ。言うに事欠いて処女とは。さっきだってあんなにあっさりと肌をさらして僕にブラジャーを付けさせたような女が、バカも休み休み言ってもらいた…」


 だけど、僕はそのセリフを最後まで言えなかった。ギンッと光る彼女の目に射すくめられて僕の舌は凍りつく。


「どうしてあんたに肌をさらしても平気だったか、ですって? 全然平気じゃなかったし、とても恥ずかしかったわけだけど。それでも我慢できたわけを、あんた知りたい?」


 僕はブンブンと首を横に振ったが、彼女はやめてくれなかった。


「あんたは人の胸を揉んでおきながら私を口汚くののしるし、ニセ乳呼ばわりする最低の奴だけど。それでも私が転びかけた時にはちゃんと助けてくれたし、大丈夫かと心配もしてくれたわ。それが嬉しくなかったかと言えば、ウソになる」


 そして彼女は意味ありげに微笑んだ。


「それに、暴行未遂容疑がある限りあんたは私に絶対逆らえないでしょ」


 最悪な言葉を付け足してあるかなしかの感動を帳消しにした彼女は、そう言うと目からスッと笑みを消した。 


「だけど、ちょっと知り過ぎたわね。私の昔の性格のことはまだしも、胸の秘密や、おまけに私が処女だということまで」


「そ、その中で僕が積極的に知ろうとしたことは一つもないじゃないか!」


 しかし、僕の必死の訴えはあっさりと無視された。そして妙に優しい声で僕に聞いてくる。


「ねえ。私はそんなあんたを、どうしたらいいと思う?」


 僕の背筋に戦慄が走った。


(ダメだ。け、消される……)


 追い詰められた僕は、とっさにズボンの尻ポケットへと手をやる。

 そこには、最悪の事態におちいった時の最後の手段として今朝忍ばせておいた、あるアイテムがあった。


(くっ、仕方ない。これだけは使いたくなかったが、僕はまだ消されるわけにはいかないんだ!)


 僕は二つ折りになっているそのアイテムを引き抜くと素早く広げた。そして彼女にもよく見えるように前に突き出して彼女の動きを牽制けんせいする。


「う、動くな! こいつをよく見ろ!」


 だけど彼女は恐れ入る様子もなく、むしろあきれたように僕に聞いてくる。


「で、その財布がどうしたっていうのよ?」


 僕は広げた二つ折りの財布の中身を示して彼女に懇願した。


「こ、この金で勘弁して欲しい。これが今の僕の、精一杯なんだ!」


(ああ、これで今月発売のアニメDVDが……)


 屈辱だし、断腸の思いだったが、命には代えられなかった。

 しかし僕の最終手段にもかかわらず、彼女の機嫌が良くなる気配はまったくなかった。


(くそっ、これじゃあ不足だっていうのか!?)


「わ、分かった。少し、時間をもらえないか? そうすればこれと同じか、いやもっと用意できるはずだ」


(さらば、僕のコレクション……。でも、あのフィギュアだけは売りたくないなあ。限定版だから、一度手放すと再度の入手はかなり困難なはずだ)


 僕がこれまで集めたアニメやゲーム、そしてフィギュアの数々に思いをはせていると、「そう」という彼女の明るい声が聞こえてきた。


(よ、よし! やはりこの女にこの手の策は有効だったか。これで貴重な時間が稼げるぞ)


 僕は首の皮一枚のところで希望がつながったと思ったが、彼女の言葉にはまだ続きがあった。


「おまけに私は、金の亡者もうじゃだとあんたに思われてるってわけね」


 そう言う彼女は、今日一番の怖い笑みを浮かべていた。

 僕は財布を突き出した姿勢のまま、蛇に睨まれた蛙のように固まるしかなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ