第93話 石盤遺跡は語らない
交換日記[筋肉神]
フ、やたらと脱ぎたがる聖女だな。
……だがッ、気持ちはッッッ、わかるッッッ! はぁぁぁぁ……サイドチェストッ!!
人の形をしたまま、人間ではいられなくなる。
リリアン様はそう仰った後、こう続けました。
「旧アラドニア王、ラヴロフ・サイルスのようにな」
ラヴロフ・サイルス。魔王に討たれて国を乗っ取られた旧アラドニア王です。
ラヴロフではありませんが、レアルガルドに魔導文明を広めたのはサイルスの一族だったとのこと。
「なんだと?」
アデリナがリリアン様に視線を向けました。
「サイルス一族はたしかに北方各国にとっては暴君だった。魔導文明の最先端技術を生み出し、剣聖リリエムを討って騎士国家ロンドレイを滅亡に追いやり、その後も侵略を続けて領土を広げてきたのだから。だが、ラヴロフは違ったはずだ」
「たしかにラヴロフが王となって以降、アラドニアは北方各国の侵略こそ続けはしたが、魔導文明の技術をレアルガルド中に分け与えて大陸に飛空挺による空路を築き、物流に大いなる進化をもたらした。端から見りゃ、さぞかしご立派で寛容な王に見えただろうよ」
吐き捨てるリリアン様の言葉に、不思議とメルさんが哀しげに瞳を伏せます。
「……実状は違うのか?」
「ああ、違うね。やつこそがリリフレイアの鉄槌を下すべき、最悪にて最狂の王だった。だが、ぼくらは気づくのが遅れたんだ。そして最初にそのことに気がついたのは――」
「魔王、ですね」
わたしの言葉に、リリアン様がうなずきました。
「そうだ。魔王だ。ぼくらが動くよりも早く、魔王が気づき、そして動いた。ラヴロフに鉄槌を下したんだ。正義ではなく、悪の鉄槌をな」
悪の鉄槌。悪を討つのは正義とは限りません。より巨悪である場合もあります。
ですが、この場合は……。
「わたし、魔王が悪だとは思えません。ラヴロフ王が間違ったことをしていたのを、魔王が止めたんですよね」
おそらくは、その“間違ったこと”が黒の石盤遺跡の記述内容なのでしょう。
これに関しては、もう問いかけても無駄でしょう。こたえてくれる人はいません。わたしかアデリナのどちらかが、黒の石盤遺跡を読むまでは謎のまま。
「ああ、そうだ。魔王はラヴロフを暗殺して止めた。当時ラヴロフが治めていたアラドニア兵を数千名と、その後に一般市民を、二〇〇〇名ほど殺してな」
「……」
そう。そうなのです。どうして魔王は一般市民を殺したのでしょうか。
「おまえはそれが正義の行いだと言えるのか、七宝蓮華?」
リリアン様が静かに尋ねます。そうして、どこか苛立たしげな視線を上げて。
「魔王は待つべきだった。リリフレイアとアリアーナが動き出すのを。ぼくらは情報がそろえば必ず動く。だが、やつは単独でラヴロフを裁いた。結果として兵や民を問わず数千の命が失われた。やつの行いが正しかったとしても、その後に奪った命の数に関しては看過できない。それはぼくらが正義を守るリリフレイア神殿国だからだ」
だから、アラドニアとリリフレイア・アリアーナ連合との間で戦争が起こった。
「やつは――魔王は狂って腐ったんだ」
「それは黒の石盤遺跡の“人の形をしたまま、人間ではいられなくなる”と関係がありますか?」
リリアン様が虚を衝かれたように、ほんの一瞬だけ言葉を呑みます。
おそらく、意識して見なければ未来視はできないのでしょう。
「……ねえよ。魔王は人間ではいられなくなったラヴロフを殺し、てめえ自身は人間でいるために――」
言葉を途切れさせ、リリアン様は舌打ちをします。
「ああもう! 建前建前でめんどくせえな! だから聖女なんざやりたくなかったんだ! いいか、よく聞け! ぼくだって魔王が絶対悪だなんて思ってねえよ! だが、一般市民の命を奪ったことだけは看過できねえんだ!」
「この戦争自体がそもそも不本意だったということですか?」
「そうだよ! だから、できるものならさっさと停戦なり休戦に持ち込みてえんだ! こんな不本意な戦争で、貴重なリリフレイアの騎士を損耗させられるのも不愉快だ!」
煌びやかなドレスの胸で細い両腕を組み、端正に整った美少女のような顔をめいっぱいしかめて、リリアン様がもう一度舌打ちをします。
「最後に一つだけ言っといてやる。魔王はやつ自身が言っているほど悪じゃねえ。あの時代、魔王がラヴロフを暗殺してアラドニアを乗っとった時代に、アラドニアで生きていた民に罪がなかったとは言わせねえよ。……裁かれたんだ、民もな」
殺された二〇〇〇名の民の罪。これも謎です。石盤遺跡にかかわっているから。
メルさんが静かに続けます。
「民の持つ罪を問うためには、石盤遺跡の記述内容を発表する必要があった。むろん、そのようなことはできない。だからレアルガルドは魔王を悪と定めた。記述内容を公表できないため、すべての罪を魔王にかぶせてな」
アデリナが冷笑を浮かべて吐き捨てます。
「レアルガルドだと? ふざけるなよ、リリアン。そんな言い方でシーレファイスを巻き込まれても困る。最低なのはリリフレイアとアリアーナだろう?」
アデリナのように言葉には出せませんが、正直なところ、同感です……。
だってそれでは、魔王があまりに可哀想で……。
「勘違いするなよ、アデリナ。そいつを望んだのは他ならぬ魔王自身だ。それもこれも、石盤遺跡の記述内容を隠すためにだ。誰かが遺跡の破壊に成功してさえいれば、こんな無意味な戦争は起こらなかっただろうよ」
「魔王が……望んだ……?」
「そうだ。てめえ自身を悪と呼び、サイルス一家とその国に生きた民の罪をすべて掻き消すことで、ありもしねえ新たな罪を背負う途を選んだのは魔王自身だ」
リリアン様が苛立たしげに中央神殿の柱に拳をぶつけます。
「最初っから茶番なんだよッ、この戦争はッ! 黒の石盤遺跡さえなければ、レアルガルドのすべての国々は手を取り合って黑竜に挑むことができたッ!」
ぞくっと背筋に悪寒が走りました。
黒の石盤遺跡とは、いったいなんなのでしょうか。
魔導書ではないと皆が口を揃えて言います。ですが、内容を知る誰もが他者に記述を語ることを恐れるのです。
わたしはいったい、何を読もうとしているのでしょうか。
今、初めて。わたしは黒の石盤遺跡を「怖い」と感じていました。
いったいどれだけの人が、石盤遺跡にかかわって不幸になっていったでしょうか。どれだけの運命が狂って戻れなくなってしまったのでしょうか。
わたしはそれを、読もうとしている……。
心臓がばくんばくんと跳ね、汗がひっきりなしに全身を伝います。
「蓮華」
「……っ」
よほど深い思考に潜ってしまっていたのでしょう。
肩にのせられたアデリナの手に、わたしはびくりと震えてしまいました。
「な、なんですか?」
「ここまで来て怖じ気づくなよ、蓮華」
「わかってます……。わかってますが……」
「おまえ自身がその目でたしかめろ。その上で必要ないと判断したなら、そのときはあたしが破壊してやるよ」
アデリナの手はお日様のように暖かく、その視線はとっても力強くて。
「魔王にも……できなかったのに……?」
「バカ、あたしを信じろ。あたしには鉱石の硬度も空間の加護も関係ない。異空に位相をずらせば、理論上あたしに壊せないものはない。ばらばらにして別の異空にポイだ」
異空の刃。古竜の頑強なる鱗でさえ、音もなく断つ必殺の魔法。
それなら、たしかに。でも。
「でも、怖いんです……。石盤遺跡の知識に触れることが……」
脳裏から離れないのです。“人の形をしたまま、人間ではいられなくなる”という言葉が。
「それはおまえが遺跡の知識に溺れてしまった場合の話ではないのか? そうだろ、リリアン?」
アデリナの問いかけに、リリアン様が唇を尖らせます。
「そうだ。そうだが、おまえたち。ぼくの前で堂々とそんな話をするな。これでもリリフレイアの聖女だ。立場上、神託を受ければ鉄槌をくださなきゃならなくなる」
「……リリフレイアの神託でか? くだらないな」
アデリナが苦笑いで呟くと、リリアン様も苦い笑みを浮かべます。
「まったくだ。死ぬほどどうでもいい。あんな女神の妄言なんて」
「だろ?」
「だな。それに、おまえたち二人に中央神殿内で暴れられたら、さすがに被害がでかすぎる」
「それは未来視か?」
リリアン様が細い肩をすくめました。
「視るまでもねえだろ。ぼくはともかく、メル程度では死んじまいそうだ」
「ぐ……く……っ」
赤く染まった頬を引き攣らせるメルさんを前に、アデリナとリリアン様が同時に破顔しました。
歯に衣着せぬ性格や口調が似ているためか、なんだか気が合っているようです。
……わたしのアデリナを奪らないでほしいです。
「おい、おまえら。今夜は泊まっていくか?」
「いや、もう用は済んだ。すぐにでもアラドニアへと発つつもりだ」
「まだですよ。黑竜戦の話をしてないじゃないですか」
リリアン様が、うんざりしたようにため息をつきます。
「黑竜戦の折りには、七英雄としてぼくにも参戦してくれって言うんだろ?」
「……未来視ですか?」
「神託だ。あの戦バカ女神は、戦争に関してだけは正確且つ的確に神託を下しやがるんでな」
ややって、納得しました。
たしかに筋肉神も、筋肉をつけさせることに関してだけは的確かもしれません。しつこいくらいに。てゆーかしつこい。死ねばいいのに。
アデリナが苦い顔をしているので、たぶん魔法神もそうなんでしょう。
「もちろんこたえは了解だ。当代剣聖として参戦させてもらう。準備が必要だから、整い次第おまえたちに合流する」
わたしはあわてて付け加えます。
「あ、それから、神竜国家セレスティの神竜王イグニスベル様と騎竜王ラド・カイシス様にも言伝をお願いしたいのですが」
リリアン様が顔の前でぱたぱたと手を振りました。
「ああ、無駄無駄。あいつら、ぼくらと同等の力を持ってるくせに、リリフレイアやアリアーナがいくら要請しても絶対に動かねえから。魔王戦にも来なかったし、だからといって魔王に手を貸すでもねえし。が、まあ、放っときゃ黑竜戦には出張ってくるだろ。そういうやつらなんだ。セレスティの竜騎士ってのはな」
「これまたややこしい人たちですね……」
他の一切の戦いには参戦せず、ただただ黑竜を追うだけの国。
うん。そう考えると少しややこしい国だけれど、レアルガルドの国々は本来そうあるべきなのかもしれません。
だって、共通の敵は黑竜ただ一体だけなのだから。
こうしてわたしたちは新たに聖鉄火騎士団第七戦乙女隊副長メル・ヤルハナさんを旅の仲間に加え、疲れも取れないうちに再びナマニクさんの背にのって、リリフレイア神殿国を後にするのでした。
さあ、次はいよいよ魔王のお膝元。
そして、黒の石盤遺跡が存在するアラドニアです!
交換日記[七宝蓮華]
リリフレイア様、あいつです……!
早く、早く鉄槌を!
交換日記[リリフレイア]
ヴォェ……! む、むり……。
※更新速度低下中です。
※石盤遺跡の謎や魔王のことが一刻も早く知りたい方はこちら。
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ハゲ勇者が気になるかなりマニアックなあなたはこちら。
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(どちらも読まなくても支障ありません。そのうち魔法少女ですべての謎は明かされます)




