第87話 魔法少女は認めない
交換日記[筋肉神]
七英雄が一人死んでいただと!?
ならば一人につき二人分の筋肉をつければいいだけのことよ ᕕ(´ ω` )ᕗ⁾⁾
セイラムの魔女――。
世界のいずこから現れたのか不明。年齢不詳。本名も判明していない。
彼女はレアルガルドには存在しない魔法――彼女自身の言を借りるなら呪術と言うらしい――を操り、定住の地を持たず巡礼の旅を続ける魔女だった。
レアルガルド西方では呪いを振りまく悪しき魔女と恐れられる一方で、東方の地では飢饉を救い作物を実らせ、様々な奇跡で人々を癒す聖なる魔女と呼ばれている。
曰く、死と不吉を運ぶ。
曰く、生死を超越していた。
曰く、運命を操った。
曰く、疫病を駆逐した。
いずれもはっきりとしたものはない。
各国がその奇跡にも似た力を求めて彼女を捕らえ、保有しようと目論むも、件の魔女が人間の王が放つ欲の網にかかることは一度たりともなかった……とのこと。
七英雄セイラムの魔女についてわかったことは、概ねその程度です。それ以上のことはレーゼ様であっても知らないのだとか。
アリアーナ神権国家に夜が訪れます。
首都リアナのアリアーナ神殿塔――。
わたしたちはその客間を間借りし、ソファに腰を下ろしてうつむいていました。
わたしの隣にはアデリナが、そして大理石のテーブルを挟んだ向かいのソファには、アリアーナの聖女レーゼ様が腰掛けています。
太陽はすでに沈み、首都リアナを遙か高所から眼下に眺める神殿塔の窓からは、無数の星々と一つの赤い月が浮かんでいました。
ゆらゆらと、紅茶のカップから湯気が立ち上っています。その横には焼き菓子の用意がされていますが、わたしを含めて誰一人としてそれに手をつけようとはしません。
そんな気分には、とてもではないけれどなれないのだから。
「……死んだという情報はどこから得たものだ?」
アデリナが声を絞り出すと、レーゼ様が重々しく口を開かれました。
「アリアーナ神権国家もまた、セイラムの魔女には注視していたの」
「アリアーナまでもが魔女の保有を目的に? 対アラドニアの切り札か?」
レーゼ様が淑やかにゆっくりと首を横に振ります。
「それは誤解よ。アリアーナは天秤の神。世界の軍事バランスを維持することで、平和を保つというのが教義なの。だから、どこにも所属していない力ある存在の動向は、可能な限りつかんでいるわ」
「だろうな。カダスの亜人たちにも、それ以上の戦力を持たせぬようにと圧力をかけていたのだろう? 神権国家ご自慢の聖なる御力で」
痛烈な皮肉に、レーゼ様は物怖じもせずにうなずきました。
「ええ。各国が戦力をすべて放棄できないのが現実なのだから仕方がないわ。世界の軍事バランスを取り、侵略に動けなくさせることが、天秤の神の教義だもの。それはアリアーナ神権国家だって例外じゃないわ。だから必要以上の戦力は保持しないようにしているの」
理想は世界がそろって軍事力を放棄することでしょうけれど、不可能ですからね。そんなきれい事は。それは地球だって同じでした。
「話を戻していいかしら?」
「悪いね、腰を折って」
もしもアリアーナ神権国家がカダスに圧力をかけていなかったなら、カダスの民は黑竜を追い払えていたのかもしれません。
たぶん、アデリナもそう考えての発言だったのだと思います。
今は自己嫌悪に満ちた表情をしているけれど。
やっぱり、引きずってるんだな……。ナナイさんのこと……。
「国に属さない個人の力と言えば、たとえば、かつての魔王もそうだったわ」
「魔王……」
わたしの呟きに、レーゼ様がうなずきます。
「彼と邂逅したのは、まだアラドニアが常闇の国ではなく、魔導軍事大国と呼ばれていた頃だったの。わたくしはアリアーナ様の啓示を授かり、どこにも属さない力の象徴が西方の国に現れることを知って、そこへ赴いたわ」
「そこにいたのが魔王か?」
「いいえ、……ええ」
歯切れ悪く、レーゼ様がこたえます。
「どっちだ?」
「魔王はいたわ。たしかに。まだ魔王ではなく、竜騎侍を名乗っていたけれど。けれどそこには、当時はまだサイルス王が治める超大国だったアラドニアの最新鋭艦、軍用飛空挺も三隻派兵されていたの。軍用飛空挺はその地にあった常闇の眷属の村を灼いていたわ。空からの対地砲火で、一方的に」
軍用飛空挺。
数年前、魔王が魔導文明を亡ぼすまでレアルガルドの空を支配していた、魔導の力で空を飛ぶ鋼鉄の戦艦のことらしいです。なんでも、大量の大砲を備えていて、古竜ですら撃ち落とすほどの攻撃力と制圧力を持っていたとか。
レアルガルドの魔導科学力でいえば、間違いなく最先端兵器だったでしょう。
「わたくしはてっきりアラドニアの軍用飛空挺が、今後レアルガルドの軍事バランスを大きく崩して戦乱の世に導いていくものだと思い、アリアーナ神の奇跡を使用して単身で墜としたのですが、わたくしの他にも軍用飛空挺を墜とす存在が、そこにはいたのです」
「魔王ですね」
「ええ。彼は魔導の力を使用することなく、カタナと呼ばれる奇妙な細い剣だけで、古竜の十倍以上の大きさを持つ軍用飛空挺を墜としていたのよ」
……力の底が見えませんね。
アデリナの魔法やレーゼ様の奇跡でならわからなくもありませんが、空飛ぶ船、それも古竜の十倍以上とくれば、最低でも七十メートルの全長があったはずです。
しかも、材質は鋼鉄。
それを、刀で墜とす……? もう意味がわからない……。
「つまりあんたは、兵器である軍用飛空挺と魔王のどちらがアリアーナ神の啓示だったかわからなかったんだな」
「ええ。だからその場で魔王と戦うことはせず、一度持ち帰ったというわけなの」
「その結果がアラドニアで起こった、魔王によるサイルス王の暗殺とクーデター、そして魔導文明の崩壊。……魔王の誕生を導いた、か」
レーゼ様は小さなため息をついてうなずきました。
「言い訳のしようもないわね。聖女が神の啓示を取り違えるだなんて」
「そんなことありません!」
あの筋肉ダルマのわけわかんない不気味な啓示の意味を探るなんて、まともな人間には到底不可能であることはさておき。
「そのときにレーゼ様と魔王が戦っていたら、七英雄は二人も欠けていたはずなんですから。だからアリアーナ神も、わざと取り違えるような啓示を与えたんだと思います! もしくはやっぱり軍用飛空挺が啓示の中身だったのかも! サイルス王のことはあまり知らないけれど、魔王がアラドニアを支配しなきゃ、もっともっとたくさんの罪なき人々が亡くなっていたかもしれないんだから!」
その未来は消えたんです。消えた未来が正解だったか不正解だったかなんて、それこそもう神様にだってわからない。だってあの筋肉ダルマは、未来のことなんて一度も話したことがないのだから。
筋肉をつけろってバカみたいに繰り返すだけで。
「そう……だったらいいのだけれど……」
レーゼ様の言わんとすることはわかります。
セイラムの魔女の死。なぜこんな結果になってしまったのか。世界に何が起こったから魔女は死んだのか。もしかしたら、啓示の取り違えが原因の一つになったからなのかもしれません。
バタフライ効果のように。
因果が少しずれたのです。悪い方向に。
いずれにせよ、もう七英雄がそろうことはありません。因果の渦を破るための大きな要因の一つは、すでに欠けてしまったのです。
それはつまり、わたしの命も風前の灯火ということで……。
「話を戻すわ。そんなわけで、アリアーナも並外れた力を持つセイラムの魔女を、付かず離れずで監視していたの。けれど先日、彼女の監視から魔女の死を告げられたわ。なんでも、黒の瘴気をまとった青年に……喰われたのだとか……」
「喰われ……た? 魔素を吸い取られたということです?」
わたしの呟きに、レーゼ様が首を左右に振られました。
「いいえ。たとえではなく物理的に。監視者の話では、突如として古竜のように青年の首が長く伸びて口が大きく開き、頭を噛み砕かれた。そして次の瞬間にはもう、全身を呑まれてしまったらしいの。あとには肉片と血液が少量残されていただけ」
肉体ごと……魔素を……?
アデリナが眉間に皺を寄せて吐き捨てました。
「くそ! ……十中八九、黑竜の男性体だ。あたしたちが遭遇したときは、まだ少年のような容姿をしていたが、力を取り戻しつつあるのだろう。七英雄の一人を喰らえるほどに」
「ええ。問題は黑竜がセイラムの魔女という、大きな力を食べてしまったことよ。食事が済んだ黑竜はそれまでの小さな翼とは違って、まるで古竜のような大きな翼を広げて、空へと消えたらしいわ」
それだけでも眩暈のする話なのに、レーゼ様はさらに続けます。
「そしてその翌週、カダスからの救援要請が来た。その頃にはもう手遅れで、カダスは壊滅状態となっていたとのことだけれど」
セイラムの魔女を呑み、カダスの民の魔素をも取り込んだ黑竜が、どれほど力を取り戻しているのか、もはやわたしには想像がつきません。
勝てるの……? 本当に……。
まるで大きな嵐に身体一つで立ち向かうような気分です。
「待って。だったら、ゼロムゼロムを追っているハゲおじ――ん、んんぅ。甚五郎さんももう危ないんじゃ」
「ええ。魔王には常闇の眷属と魔王軍が、リリフレイアの聖女には聖鉄火騎士団がついているけれど、こうなってくると単身で七英雄を動かすのはすでに危険ね。すぐに羽馬騎士団をカダスに派遣させるわ」
「お願いします」
彼の頭皮で無惨に散っていった髪の毛のように、あの人があっさりと死ぬところはまるっきり想像できないけれど、黑竜だってすでにわたしたちの予想を超えた動きをしてしまっているのだから、用心に越したことはありません。
わたしたちは最新の情報をもとに動いていたはずだったのに、すでに後手に回らされてしまっています。黑竜の成長速度に。
わたしもアデリナも、この旅ですでにかなりの力を得ました。今ならば、あの少年期の黑竜ならどうにかできたかもしれません。
だからこそ、余計に歯がゆいのです。
「あそこで、あたしたちがやつを仕留められていれば……っ」
アデリナがわたしの心を代弁しました。
すっかり冷えてしまった紅茶のカップを片手に、レーゼ様が首を横に振ります。
「今は未来を考えるべきね」
「そう……だな……。…………レーゼ」
「ん?」
「さっきはすまなかった。カダスに知己がいたんだ。少し感情的になった。アリアーナ神権国家やリリフレイア神殿国の存在が、レアルガルド大陸の大規模な戦争を防ぎ続けていることはわかってる」
柔らかな微笑みを浮かべて、レーゼ様は静かに告げます。
「気にしてないわ。けれど、神権国家の在り方も、今後は少し考えなければならないわね。魔王との停戦も含めて」
そう。少なくとも魔王と魔王軍は一度黑竜を撃退しています。大丈夫。七英雄が一人欠けたくらいで、結果が変わったりはしないはず。
やはりキーパーソンは魔王です。あの彼が、首を縦に振ってくれないことには始まりません。
アデリナが冷めた紅茶を飲み干すと、意を決したように焼き菓子に手を伸ばしました。言葉遣い以外はお上品な彼女にしては珍しく、豪快に口に突っ込んで咀嚼します。
「蓮華、おまえも食って英気を養え。明日にはもう発つぞ。甘いものはまたしばらくお預けだ」
「あ、はい」
わたしも焼き菓子に手を伸ばして、口に放り込みます。
小麦の香りと少し焦げたお砂糖の食感がおいしいです。甘いものは本当に久しぶりなんです。
「そんなわけで、悪いがレーゼ。アリアーナの啓示とやらを待っている暇はやはりない。それに、どうせ啓示とやらを受けても神殿評議会を通さねば解釈は出せないのだろう」
そう。レーゼ様は魔王との邂逅を、自らの意志でその場の判断を下さず、一度持ち帰ったのだから。
背負うものの規模が大きくなればなるほど、くだらない手続きは増えるものです。それが国家規模ともなれば言わずもがな。
レーゼ様がうなずきました。
「そうね。そうしたほうがいいわ。神の啓示ならば、あなたたちだって受けているはずだもの」
わたしとアデリナが目を見開いて、苦いものを食べたときのように同時に口もとをねじ曲げます。そして焼き菓子の滓を飛ばしながら猛抗議しました。
「バカか、あんた! あんな出涸らしの言うことなど役に立つかっ! 世界が滅んでも知らないぞ、あたしは!」
「無意味っ、邪魔っ、むしろうるさいだけですっ! あんな筋肉いらない! 筋肉の押し売り!」
レーゼ様がぽかんと呆気に取られたあと、口もとに手をあてて苦笑いを浮かべました。
それだけで。やっぱりそれだけで、空気が弛緩するのです。レーゼ様が笑うと、わたしたちもなぜか少し愉快な気分になって。
彼女はわたしたちよりずっと年上だけれど、まるで昔からの女友達であるかのように。
「一度お逢いしてみたいわ。あなたたちの神様にも」
「はっは! 怖いもの見たさならやめとけ、レーゼ。やつのような、頭のいいバカってのは伝染るもんだ」
ああ、納得です。
アデリナってもう魔法神菌が伝染ってたんですね。道理で。お気の毒です。
「こっちも時間の無駄ですね。脳筋がレーゼ様にも伝染したら大変ですからね」
「……」
アデリナがなぜか同情に満ちた視線をわたしに向けてきました。
うふふ、こいつめ……。丸めて肉団子にしてやろうか……。
「あ、それとなのですが、甚五郎さんのお連れ様ってまだこちらにいらっしゃいますか?」
レーゼ様の笑顔が、突如として大きく引き攣りました。
「え、ええ。まあ……」
なんでしょうか、このなんとも言えない味のある表情は。
交換日記[七宝蓮華]
もううるさい!
十四(人分の筋肉)英雄にしてどうするんですかっ!ヽ(`Д´)ノ
交換日記[アデリナ・リオカルト]
……お、落ち着け蓮華、十二英雄だぞ……。(;´Д`)
交換日記[魔法神]
着々と脳筋症状が進んでおりますな(´^ω^`)




