第85話 聖女は聖女を引き寄せる
交換日記[魔法神]
こんなお馬鹿な非常食に頼らずとも、自力で飛べば済む話ではありませんかな?
遙か空から眼下に見下ろすその緑の大地には、小さな都市がいくつも点在していました。これらは国なのではなく、あくまでも一国家に属する都市群なのだそうです。
都市と都市を繋ぐ道も整備され、活発な交易によって都市群は互いに支え合いながら存在しています。
アリアーナ神権国家――。
レアルガルド大陸に於いて、魔王の支配するアラドニアに次ぐ勢力と領土を有する大国です。
アリアーナに属するすべての都市には主神である天秤の神アリアーナの教会があり、そこには空駆ける騎士団が配備されているのだとか。
わたしたちが捜している七英雄、聖女レーゼ様は、その騎士団のトップなのだそうです。
鎧竜の翼は空をつかみ、小国規模の都市群を眼下にぐんぐん進みます。
その先には。
「蓮華、あれがアリアーナ神権国家の首都リアナだ」
アデリナがしなやかな指先で前方を指さします。
首都リアナ。
わたしたちが飛行する雲の高さにまで届く白き塔。その周辺には塔を守るように、いくつもの純白の建物があって。
「……?」
塔の最上階から、何か小さなものが飛び出しました。
その直後、リアナから、周辺都市から、次々と小さな何かが飛び出してきます。わたしは目を細めてその姿を確認し、思わず小さく呟きました。
「ペガサス……?」
羽根の生えた馬です。羽馬の上に、騎士様が騎乗していたのです。
まるでお伽噺の国のように。
「アリアーナの羽馬騎士団だ。敵じゃない。抵抗するなよ、蓮華。――おい、ナマニク。この場に留まれ」
――ガァグ。
ナマニクさんが下半身をクイっと前に突き出し、黒く大きな翼を地面と垂直に上下させました。それまで凄まじい勢いで飛翔していた鎧竜が、空で停止します。
栗色のペガサスを駆る騎士たちは、あっという間に数千規模にまで膨れあがり、わたしたちを空で取り囲みました。
「あまりよい雰囲気ではありませんね」
「……仕方ない。レアルガルドの情勢がこれではな。おそらくナマニクを見て、アラドニアの間者と間違われているのだろう。竜騎士など、そうそう見つかるものではないからな」
みんな剣や槍をすでに抜いています。まだ、わたしたちへと向けてはいないけれど。それでも視線は警戒を映し出していました。
前後左右はもちろんのこと、上下の空まで羽馬騎士団の方々はぴたりとつかれて。
一騎のみ、進み出てきた騎士が、何やらハンドサインを出しています。
たぶん、声では風に流れて聞こえないからでしょう。
「降下しろ、とさ」
アデリナが同じくハンドサインでそれに応じ、ナマニクさんの首を軽く拳で叩きました。
「ナマニク、ゆっくり降下しろ」
――ガア?
ナマニクさんが首を傾げます。
「降下だ。降りるんだぞ、地面に。わかるか?」
――ガアグ。
ナマニクさんが鼻息荒く、地面と空を交互に眺めます。
「……おい、ほんとに頼むぞ。余計なことして敵に回られたら困るやつらだ」
「……ナマニクさん、ゆっくりよ?」
――ガグゥ……。
わかってなさそう……。突然攻撃したりしなければいいのだけれど……。
「地面に降りるんだよ!」
アデリナが両手をパタパタさせてから、ぴたっと身体の側面につけます。
「こう!」
――ガ? ……ガァウ…………ッ……ガァガァ!
どうやら何かつかめたようです。嫌な予感しかしませんが。
一瞬、ナマニクさんが暴走する未来が見えましたが、幸いそういうこともなく。素直すぎるナマニクさんは、本当に素直に翼をたたんでしまいました。
空で。
「バカこのォォ――……~~~~~~~~~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴――!
足もとの地面が突然消えたかのように、わたしたちは落下していきます。わたしたちを包囲するため、下方に位置していた羽馬騎士団の方々が、大あわてでその場を退避していきます。それでも数体巻き込んで、跳ね飛ばして。
ああん……もう……!
前後不覚。もはや自分が上を向いているのか下を向いているのかさえわかりません。
わたしは片手で空に投げ出されたアデリナをつかみ、両足のブーツでナマニクさんの鱗をつかみながら、もう片方の手で首の付け根をぶん殴ります。
「飛びなさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!」
――ガゥゥ?
ナマニクさんが黒の翼を再び広げます。地面近くというか、すれすれで。
降下速度というより落下速度が急激に下がり、わたしとアデリナの全身は慣性と重力に引かれて鎧竜の背中に押しつけられました。
「のわーーへうっ!」
「わぁぁうぎゅっ!」
ナマニクさんは両脚で大木を薙ぎ倒しながら、どしん、と着地します。
心臓がばくんばくん鳴っていました。今頃になって全身の毛穴から汗が噴き出します。
さすがにあんな高さから落ちたら、わたしだって肉片になってしまいます。たぶん、ナマニクさん本人もそうなるはずですが。
――ガアァァァ?
わかってるの!?
――ゴゥグァ、ガグゴゥ、ゴゴゥゴ?
「言い訳しない!」
――ゴフゥ……。
しゅん、と肩を落とします。
古竜と比べ、知能の低さだけはいかんともし難い部分がありますね。ま、それもいずれは慣れてくれるでしょうけれど。
わたしたちはナマニクさんの背中に寝転んだまま、空を見上げます。なんか羽馬騎士団の方々ったら勘違いをされたらしく、陣形とか整えたりしていて。
まあ、包囲網を突破しようとしたように見えますよね、そりゃ……。
「……どうしましょう?」
「とりあえず逃げるか?」
「強行突破ならともかく、姿をくらますという意味ではナマニクさんが捕まっちゃいますよ。無駄にでかいですし」
――グガアァ~……。
ちょっと。すがるような目で見ないでくださいよ。誰のせいだと思ってんですか。
「だよな……」
突撃ィィとか聞こえましたよ。あーあ。
「まあ、とりあえず手を挙げておきましょう。降参、降参でーす」
「そうだな」
騎士様を騎乗させたペガサスたちは、凄まじい勢いでわたしたちへと次々に降下してきます。剣の切っ先や槍の穂先を、もちろんこちらに向けて。
「これ、問答無用で刺されたりしませんかね……」
「どうだろうな」
数千もの羽馬騎士団の方々がまるで一本の槍のような陣形を組み、ナマニクさんごとわたしたちを貫かんとして――。
「わ、あの突撃方法かっこいいですね」
「だろう? やはり騎士はいいものだっ」
「なんでアデリナが誇らしげなんですか」
いや、いやいや、それどころじゃないです。めっちゃこっちに向けて飛んできてるんですが。まずいですよ、これ。
「止まってくれないみたいです」
「ぐむぅ、しょうがない。ここで死ぬわけにもいかん」
わたしは寝そべった状態で挙げていた手を拳にし、アデリナは人差し指と中指を揃えます。
わたしたちは同時にナマニクさんの背中で立ち上がり、空をキッと見上げました。
「殺すなよ、蓮華!」
「はいっ!」
「まずはあたしがやつらの陣形を散らす! 蓮華は抜けてきたやつらを迎撃して散らせ! ナマニク! おまえは合図と同時に飛び立て!」
――ガァアゥ?
ひぃぃぃ!
この期に及んで、クイっと可愛らしく首を傾げやがりましたよ、この駄竜ったら! もういっそ、おまえを喰ってやろうか!?
「わかってないみたいですっ」
「く、仕方がない! と、とりあえずぶっ放す!」
「どうぞどうぞ」
「ぬぅぅ! ――風陣のォ」
アデリナの右腕に緑の暴風が巻き付いてゆきます。それは徐々に範囲を広げて竜巻となり、空へと侵蝕していき――。
「双方、お待ちなさい!」
それはまるで宝石のような輝きでした。
一閃。ただ、一閃です。
純白の羽馬に騎乗した女性が、羽馬騎士団の突撃の前に躍り出たのです。それも、アデリナの竜巻を斬り裂きながら。剣で。魔法を。
それはまるで、あの魔王がやって見せたように――……。
微かな輝きは、雷光だったのでしょうか。雷光に追い散らされるかのように、アデリナの緑の風が霧散しました。
「な――っ!?」
驚き、目を見開いたわたしたちと同じように、羽馬騎士団の先頭の方が驚愕に目を見開くと同時、片手に持つ手綱を右方へと引きました。
突撃陣形、槍の穂先は乱入してきた女性を避けるように二股に分かれ、暴風となってわたしたちをも避けて空へと還っていきます。
わたしとアデリナ、そして女性の視線が交叉します。
アデリナが小さく素早く呟きました。
「気をつけろ、蓮華。こいつ、得体が知れない。今、魔素をまるで感じなかった」
それって……異邦人!?
白を基調とした清廉な服装。足首まで覆う長いスカートに、アリアーナ神殿のものと思しきエンブレムの入った藍色の前垂れ。そして手には、宝石のように光り輝く片手剣。
長い黒髪に手を入れて、その方は自らの羽馬を上空で留めました。
そうして法衣であるにもかかわらず、ふわりと舞うように脚を上げ、ナマニクさんの背中へと両足をつけます。
なんら恐れることもなく。鎧竜の背に。
それどころか表情なんて、穏やかに瞳を細めていたりして。
そうして、彼女は唇を動かします。
「珍しいわね。大いなる神に仕える聖女が、こんなにも集まるだなんて」
透き通った優しい声で、わたしたちへと向かって。そう。たしかにわたしたちへと向かってそう言ったのです。この女性は。
聖女、と。
わたしとアデリナが同時に眉をひそめて、目を見合わせました。
交換日記[筋肉神]
たしかに! 翼のごとき筋肉さえあれば飛べんこともあるまい!
ふははっ、鍛えてみるかっ!
交換日記[七宝蓮華]
( ´_ゝ`)……




