第79話 ハゲ、頭髪なき勇者
交換日記[魔法神]
( ゜Д゜)ポカーン……
夢を、見ているのでしょうか――……。
わたしは倒れ伏したアデリナの隣で膝を折り、壁に背中を預けたまま、呆然とその光景を眺めていました。
大きな背中でした。筋肉でデコボコな、とても大きな背中でした。
彼は――。
ハゲ頭のおじさまは、古竜にも負けぬ咆吼を上げました。
それは空間のみならず、冒涜的なまでの大きさを誇るカダス城をも揺るがし、その場に存在する視線をすべてかっ攫いました。
わたしや竜人のみならず、黄金竜の視線でさえ。
そうして彼は、一歩踏み出すのです。黄金竜へと右手の人差し指を向けて。
「黄金竜ゼロムゼロム。ようやく追いついたぞ」
低く、野太く、どこまでも響く声でした。
ゼロムゼロム。それが黄金竜の名だったのでしょうか。
金色の長い髪を持つ幼い少女は、あからさまに表情を歪めて彼を睨みます。わたしたちを庇うように前に立った、ハゲ頭の大きな大きな彼を。
そうして彼女は命じました。三〇〇万と、三十万の竜人に。
「――殺せ」
と。たった一言。
竜人たちが一斉に動き出します。ターゲットをわたしとアデリナから、彼へと変えて。ハゲ頭の彼へと、変えて。
「……あ……」
わたしはもう立てません。無尽蔵と思われた体力は底を尽き、瞼を持ち上げているだけで精一杯だったから。丸二日走り回っても平気だったのに、わずかの時間でわたしの体力が底を突いたのは、竜人の生物としての強さゆえのことなのです。
それほどまでに、竜人は強力な種族でした。
竜人たちの群れが、一瞬の躊躇いもなく彼へと飛びかかります。
「……だ…………め……」
竜人の一体一体は、人間の騎士のレベルではありません。魔物のレベルでもありません。常闇の眷属のレベルでさえありません。
きっとアデリナから聞かされていた魔人という種に近い強さ――もしくはそれよりもさらに強い力を持っていたのだと思います。
「……だ……め……」
だから、きっとこのハゲ頭のおじさまも敵わないのだと、そう思ったのです。たとえばいくら、わたしよりも強い筋肉を持っていたとしても、この数が相手では。
見る間におじさまの姿が竜人の群れに埋められていきます。いくつもの黄金の拳が、おじさまの肉体を激しく打ちのめして。
「……逃げ……て……」
けれども。
ああ、けれども――目を疑ったのは次の瞬間です。
「ぬぐぅぅぅッ!! 猪口才な! ――粉ッ!!」
ハゲおじさまは防御すらせず、打たれるにまかせたまま両腕を大きく広げ、二体の竜人の頭部を鷲づかみにすると、その二体をまるでヌンチャクか鈍器のように振り回し、他の竜人を殴りつけ、吹っ飛ばし、叩きつけたのでした。
その数、七体――。
一秒とかからず。
「………………」
わたしは開いた口が塞がりません。
絶望に打ち拉がれていた脳みそが、急激に思考力を失ってしまいました。
なおも襲い来る竜人の大波へと向けて、ハゲおじさまは手にした二体の竜人をぶつけて叫びます。
「黄金竜ゼロムゼロムよ! 小賢しいぞッ! 私を殺したければ貴様自身で来いッ!!」
飛びかかってきた一層大きな竜人の拳をかいくぐり、両脚をつかんで肩に担ぎ上げ、ハゲおじさまが竜人ごと跳躍します。それを追って跳躍してくる無数の竜人たちなど気にした様子もなく、抱えた巨大竜人を空中で逆さにして大腿筋で頭部を挟み込み。
「オオオオッ!」
ぐるん、ぐるん、空中で反時計回りに回転し。
「羽毛田式殺人禁術! ――毛根死滅、スクリューゥパァァイルドライバアァァァッ!!」
な、な、なんか叫んだぁぁぁぁ!
脳天杭打ち、プロレス技です!
フル回転しながら落下するハゲおじさんの技に巻き込まれ、追撃に跳躍していた竜人たちが子供に投げ捨てられた玩具のように吹っ飛ばされ壁に叩きつけられます。その一瞬の後には巨大竜人の首は石床を突き破って、上半身ごとを石床に埋まっていました。
カダス城がハゲおじさまの技の震動で軋み、天井からは埃と小さな瓦礫がいくつか落ちてきます。
ゲログロ筋肉のハゲおじさんが、スタン、と革靴で着地しました。
あ、あ、あ、あの人、ファンタジー世界の住人を相手にプロレスしてます! 頭おかしいです! 二重の意味で頭がどうかしてます!
とにかく、あれです。パニックです。すっかり目が覚めてしまいました。開いた口が塞がらないどころか、顎まで外れそうになりましたよ。
ハゲおじさんが、ありもしない髪を掻き上げるような仕草をします。
「フ……」
か、かっこつけてる……かっこ悪っ……でも……なんだか……。
嫌いではありませんよっ、頑張ってっ。
「……………………」
一つ、わかったこと。
彼は異邦人です。だってレスラーなのですから。あと、ゲログロ筋肉でハゲてます。たぶん、あれです。クラナス王やグリム・リーパーたちの言っていた、徒手空拳を使う異邦の勇者です。
七英雄……。
あんなにも、ハゲているのに……。勝手なイメージで言わせていただけるなら、勇者ってもっとなんかこう……群青色のマントをつけていたり、伝説っぽい剣を持っていたり……徒手空拳でも華麗な打撃メインの爽やかタイプを想像していたのですが……。
頭部に視線を向けます。
ハゲている。
その横顔に視線を向けます。
中年男性。
全身の筋肉に視線を向けます。
プロレスラー。
うわっ、勇者がこっち向きやがりました! うぅ~わぁ~、上半身は裸だとばかり思っていたら、なぜかネクタイだけ締めていますよ! なんで!?
モンローもかくやというほど出っ張った大胸筋の間を、錯覚で細く見えてしまうネクタイが左右にゆらゆら揺れています。
「怪我はないかね?」
「……わ、わたしは……大丈夫……だけど……、……友だちが……」
アデリナが目を覚ましません。
「む」
ハゲおじさまがアデリナに視線を向けた瞬間、彼の背後から竜人が飛びかかります。わたしはとっさに叫びました。
「ハゲおじ――後ろ!」
「ぬ!? 私はハゲではない! あくまでも薄毛だ――ぐぅは!」
余計なことを言い返して背中を蹴られたハゲおじさんですが、多少揺らいだだけで、蹴った竜人が着地するよりも早く胴体部に腕を巻き付け、またしても叫びます。
「羽毛田式殺人術のひとつ――!」
竜人を背中からホールドし、高く持ち上げて、上弦の月のようにブリッジを勢いよく倒しながら。
「――拘束バァーーーックドロォーーーーップッ!!」
どごんッ、と石床の割れる凄まじい音が響き、またしてもカダス城が揺れます。
舞い上がった砂煙が晴れた頃、わたしは目撃しました。先ほどの巨大竜人の横に、今し方襲いかかってきた竜人が逆さに埋め込まれているのを。
ハゲおじさんは両手を叩きながらゆっくりと立ち上がり、口を開きます。
「お嬢さん。私はハゲではない。よぉ~くその眼に焼きつけるのだ」
そう言って、わたしにツルッツルの頭部を突きつけて――あ、生えてます! 一本だけ頭頂部からヒョロっと出ています。
「わかったかね? この毛、マリアンヌがいる限り、私は薄毛だと言えよう。彼女はたった一人で額軍からの侵略に耐え、頭皮という名の土地を守る我が長き友――」
「あ、あの、ちょっと何言ってんのかわかんないです……」
ハゲおじさんが困ったように眉をひそめました。
「私のいた国では、長き友と書いて髪と読むのだ」
「知ってます。私も日本人ですから」
「なんとッ! ――ぬ!?」
側方からの拳を掌で受け止め、ハゲおじさんは黄金の拳を自らの拳でぐしゃりと握りつぶし、そのまま持ち上げ、またしても石床へと逆さに埋め込みます。
「そぉい! ……やれやれ、少し静かにしていろ。今、毛の話をしているところだ」
ろくに視線を向けずに簡単にやっていますが、とんでもない神業と筋力です。
背後から来た竜人を後ろ回し蹴りで壁に頭から埋め込み、上空から跳び蹴りをしてきた個体の足をつかんで振り回し、やっぱり最終的には逆さにして頭から埋め込みます。
壁へ、床へ、時々は天井へ。
「お嬢さん、キミは西暦を知っているか?」
「はい。わたしは西暦二〇一六年から来ました。ハゲおじさんは?」
「薄毛だ。もしくは甚五郎と呼んでくれ。私の名は羽毛田甚五郎だ。西暦二〇一五年、気づけば私はこの時代にいた」
同じ時代! て、ちょっと待って……この人、どこか見覚えが!
襲い来る竜人をつかみ、叩きつけて埋め込み、ハゲおじさんは全身を動かし続けます。躍動し続ける筋肉には、疲れさえ見えません。
「あの、もしかして、以前は――その当時は本当に薄毛だったのではありませんか? 側頭部と後頭部にはまだ残っていませんでしたか?」
「む!? 私は今も薄毛だァ!」
わあ、話が通じない……この人……。
でもたぶん、間違いありません。グリム・リーパー被害で記憶に残っていたもののひとつ。ポストに手をついて側溝にゲロを吐いてた薄らハゲの酔っ払いです、この人。
「羽毛田式殺人術のひとつ、爆裂三十二文ロケット砲! ――とう!」
大層な技名を叫びながら、ただのドロップキックで竜人を壁に埋め込みます。
もう謁見の間、特にわたしたちのいる周辺の壁床天井は、竜人の壁画と下半身生け花だらけとなっていました。
「よぉしよし、そろそろ身体が温まってきたぞぉ!」
どんだけタフなの……。
もうわたしが倒した数の竜人の倍は張り倒しています、この人。
「ところでキミの名はなんというのだね?」
「あ、申し遅れました。わたし、七宝蓮華です。魔法少――あ……ん」
魔法少女と言いかけて、やめました。同時代の人に言えばどう思われるかなんて、嫌になるほど知っています。
「レアルガルドでは魔法使いをやっています」
「おお。剣士と魔法使いのコンビだったか」
間違いではありません。実際――実質その通りではあるので。
「まあ、お互い積もる話はあろうが、黄金竜ゼロムゼロムを説得してからだな」
「説得……?」
あの邪竜を? 説得?
「ああ。さて、肩慣らしは終わりだ」
竜人の首にラリアットを決め、件の金髪少女の足もとまで吹っ飛ばし、羽毛田甚五郎さんは全身から白い湯気を立ち上らせました。
……ッ!
闘気の圧が一気に増します。もしも敵であったなら、気が狂いそうな恐怖をおぼえるほどに。
だってそれは、あのシルバースノウリリィさんをも圧倒的に凌駕していたから。
それまで躊躇うことなく襲いかかってきていた竜人が、わたしたちを取り巻きながらもその動きを止めてしまうほどに。
そうして彼は黄金の髪の少女へと向き直り、口を開けます。
「貴様の望みは叶えてやる。ゆえに。――私の騎竜となれ。ゼロムゼロム」
交換日記[筋肉神]
( ゜Д゜)ポカーン……




