第80話 ハゲ、牙を剥く
交換日記[筋肉神]
あわわわわヽ(´Д`;≡;´Д`)丿あ、あのハゲはなんだ!?
騎竜にするつもりなの!? この黄金竜ゼロムゼロムを!
彼――羽毛田甚五郎さんは襲い来る竜人を薙ぎ払いながら、一歩、また一歩とゼロムゼロムへと近づいてゆきます。
竜人たちの黄金の鱗も、人並み外れた力も関係なく、羽毛田さんは無造作ともいえる仕草でつかみ上げ、投げ飛ばし、平然と進むのです。
けれど、わたしの胸はざわついていました。
黄金竜ゼロムゼロム。人間を竜人に変えてしまう邪竜。
拳を交えればわかること。竜人には意志らしきものはほとんどありません。極めて原始的な生物的本能が、かろうじて残っているだけ。
傀儡。操り人形。
黄金竜ゼロムゼロムは、人間から意志を奪い、意のままに操る戦闘用の人形へと変えてしまう邪竜なのです。
そんなのを騎竜に? あなたは、そんな竜の存在をゆるせるの?
アデリナは血溜まりに仰向けとなったまま、身動き一つしません。微かな胸の上下はありますが、顔色は土気色になっています。
もしこのまま彼女が息を引き取ったなら、わたしはあの黄金竜を決してゆるさない。ううん。それ以前に。
亜人都市カダスに生きた三〇〇万と三十万の人々――。
「……おかしいよ……そんなの……」
羽毛田さんはわたしの呟きには気づかず、前方の竜人の頭部をわしづかみにして地面へと叩きおろし、斜め後方から襲いかかってきた固体を裏拳で壁へと叩きつけます。
おそらくはゼロムゼロムの命令なのでしょう。彼女にとって大した脅威ではないわたしやアデリナなどまるで眼中にないかのように、竜人たちは羽毛田さん一人へと次々と襲いかかります。けれども彼は、危なげなくそのすべてを薙ぎ払い、踏みつぶし、叩きつけるのです。
亜人都市の住民だった人たち――……。
わかってはいるのです。羽毛田さんが悪いわけではないことくらい。わたしやアデリナだって何体もの竜人を殺めました。
けれど、だからこそゆるせない。こんなことをさせる黄金竜を。こんなふうにしてしまった黄金竜を。
……ねえ、違うよ。その竜は……殺さなきゃ……。
わたしにとって――いいえ、人類にとっては黑竜と同じ。黄金竜ゼロムゼロムを存在させるわけにはいかないのです。
だから、本当なら羽毛田さんが黄金竜と決着をつける前に行かなきゃならないのです――が、アデリナがこの有様では、ここを離れるわけにはいきません。
そんなことを考えて、アデリナに視線を向けた瞬間でした。
アデリナの瞼が微かに上がり、その瞳がわたしへと向けられたのでした。
「アデリナ……! 平気ですか!?」
わたしが安堵で胸を撫で下ろすと、彼女は険しい表情で呟きます。
「……もういいぞ。行け、蓮華。謁見の間にいない竜人は、あたしがカダス城ごと全滅させる。これ以上、竜人の増援はない」
「え……」
「少し休ませてもらっていた間に、雨雲を集めていた。背中の傷の治癒と同時に進めたため、少々時間がかかってしまったが、もう十分だ」
数秒考えて、思い至りました。
水乙女の矢雨……!
わたしたちを中心とした半径数十メートルより外側。どれほど効果範囲が及ぶかはアデリナしかわかりませんが、それら一帯を無差別に蜂の巣にする、究極ともいえる水属性魔法です。
アデリナはこの広大なカダス城ごと、ううん、もしかしたら亜人都市カダスごと、三〇〇万と三十万の竜人を殲滅するつもりなのです。
「矢雨の着弾が合図だ。おまえはあの男よりも早くゼロムゼロムを押さえろ。あたしがとどめに異空の刃を放つ。的の小さな女性体だろうが、絶対に外さない。信じろ」
「わかりました」
「あの竜は殺すぞ、蓮華! 絶対にだ! あんなもの、生かしておいてたまるか……!」
「ええ!」
不思議。尽きたと思った体力だったのに、ほんの少しだけ身体の奥底に熱が灯ります。アデリナの声で、彼女の言葉で。
羽毛田さんは竜人を薙ぎ払いながらも、歩みを止めません。それどころか歩調すら変えず、どうどうと進み続けます。黄金竜ゼロムゼロムのいる玉座までの距離は、もう十五歩といったところです。
「やるぞ、蓮華……」
顔をしかめながら上体を起こしたアデリナが、両手の人差し指と中指を揃えて歯を食いしばります。
――水乙女の矢雨!
「ぬんッ?」
竜人を両手に持って振り回していた羽毛田さんが足を止め、玉座から立ち上がり無数の竜人に命令を下していたゼロムゼロムが空を見上げます。
直後――!
大地を無数に穿つ震動と轟音が鳴り響き、カダス城に激震が走りました。視覚と聴覚、それに触覚までもがバグったように弾け、城壁には雷のごときひびが走り、天井が瓦礫となって降り注ぎます。
意志持たぬ竜人たちですら本能で身をすくめる威力。
何が起こったのか、きっとわからなかったのでしょう。羽毛田さんも、ゼロムゼロムでさえも、ただ呆然と立ち尽くして。
けれども、倒壊の轟音響く中、わたしはただ一人走ります。小柄な肉体で、身をすくめた竜人の隙間を縫って、羽毛田さんを追い抜いて、目の前の竜人を蹴り倒し、右の拳にありったけの氣を集めて。
虚を衝きました。
黄金竜ゼロムゼロムが、わたしの姿に気づいたとき、わたしはすでに小さな彼女の懐へと潜り込んでいました。
ぴしり、と踏み込んだ石床にひびが走ります。
わたしはゼロムゼロムの胸部中央へと右の拳をあてて叫びました。
「――崩拳!」
ずむ、と鈍い音が響いた直後、金色の髪の少女が口から体液を吐きながら肉体をくの字に折りました。
「ぐ、く、小娘ぇ!」
今――!
わたしはすかさず背後へと回り込み、頸部に右腕を回しながら左腕で彼女の胴体部を拘束します。
けれど、両手をつかんで拘束を固定しようとした瞬間には、ゼロムゼロムの全身から光の粒子が激しく散っていました。
「――ッ、ああ!」
直後、わたしは凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、金色の髪の少女の姿が数十倍もの体躯を持つ黄金竜本来のものへと変化します。
――ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
矢雨の轟音さえも破る咆吼。
「く!」
後方回転で着地し、黄金竜の噛みつきをかいくぐってもう一度踏み込み、力任せに胸部の鱗を殴りつけます。
「痛……っ」
分厚い金属を殴ってしまったかのような痛みに顔をしかめ、薙ぎ払われた鋭い爪を跳躍で躱し、わたしは回し蹴りを黄金竜の頭部へと叩き込みます。
――ガアァ!
黄金竜の長い首が大きく持ち上がりました。
ですが、渾身の力を込めた回し蹴りにもかかわらず、彼女はすぐさま首を戻して牙を剥きます。
だめ、氣を込めないと!
動きを止めることさえできません。わたしが彼女の動きを止めることができなければ、アデリナは異空の刃を放つことができません。
距離を取――っ!
背後に気配を感じ、わたしはとっさに肘で竜人の顎を砕きました。めぎり、と顎の骨を砕き、続く竜人の攻撃を片足を振り上げて去なします。
「この――ッ」
矢雨が止むと同時に、謁見の間の竜人たちが一斉に動き出しました。黄金竜ゼロムゼロムに最も迫ったわたしへと向けて、次々に跳躍してきて。
どう――すれば。
迷いが生じた直後、わたしを庇うように立った巨大な影が、丸太どころか鉄骨のような腕をぶん回して数体の竜人を一息に薙ぎ払い、その倍の数を巻き込んで吹っ飛ばします。
羽毛田さんです。
「あ、ありが……とう……」
「フ、これは驚いたな。しかし無茶をする」
わずかに微笑むと、彼はわたしへと迫るすべての竜人を、次々とつかんでは投げ飛ばし始めました。
わたしはゼロムゼロムの背後からの噛みつきを背面跳びで躱し、空中で身をひねりながら氣を練ります。
――ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
その背中、巨大な翼の付け根に跳び乗り、氣を込めた両手をついて。
「発勁!」
ずどん、と鈍い音が響き、黄金色の鱗の隙間から体液がぶしゃりと噴出します。ゼロムゼロムの両脚が大きく揺れ、苦しむように長い首が持ち上がりました。
――ギァアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!?
効いた……!
わたしはすかさず背中から飛び降り、一度地面に着地してから両膝を曲げ、跳躍と同時に全身全霊を込めた右拳をゼロムゼロムの首の付け根へと叩き込みます。
きっと、打撃としてはあまり有効ではないでしょう。ダメージは微々たるものです。
「アデリナァァァ!」
けれども――。
――カアアァァァァーーーーーッ!?
首が高く持ち上がります。否応なく。この瞬間だけは。
「――異空の刃」
アデリナが人差し指と中指を揃えた右手を、すぅっと真横に引きました。
黄金竜ゼロムゼロムの長い首の中央、空間がすぅっと裂けて――金色の鱗に切れ目が入った瞬間のことでした。
「あと~ぅ!」
羽毛田さんが巨体で跳躍し、中空で組んだ両手をハンマーのようにゼロムゼロムの顔面へと叩き下ろしたのです。
それは凄まじい暴風を生み出すほどの威力でした。古竜の力ですらあらがえないような怪力で叩き下ろされたゼロムゼロムの頭部が、謁見の間の石床へと叩きつけられて埋まります。
な――っ!?
異空の刃が裂いた空間には、当然のように何もありません。
偶然? 故意? ゼロムゼロムを助けたの!? どうして!
失敗です! 失敗しました! 千載一遇のチャンスだったのに!
「く……、まだ……ッ」
今ならば。ゼロムゼロムにダメージが残っている今ならば、頭部に全力の氣を叩き込めば、頭蓋の内部をかき混ぜることができるかもしれません。
わたしは石床に倒れ伏したままのゼロムゼロムの頭部へと向けて震脚で踏み込みます。
「崩拳!」
「ぬんッ!」
けれども、そのわたしの前へと同じ震脚で踏み込んできた羽毛田さんが、わたしの拳を側面から掌で弾き、拳を逸らせました。
「無益な殺生はやめないかっ!」
「邪魔をしないでッ!」
わたしはさらに黄金竜の首へと踏み込み、掌底を放ちます。
「すぅ……ッ、発勁!」
「羽毛田式殺人術のひとつ、昇天張り手!」
今度は真正面から。
わたしの掌底と、なんだかとってもエッチな技名をした羽毛田さんの掌底がぶつかり合いました。凄まじい衝撃に、わたしたちを中心として暴風が巻き起こります。
砕けた足もとの床石が、ばらばらになって吹っ飛びました。
「どうして邪魔をするの……!」
「むう!」
たとえ筋肉量で劣っていたとしても、氣を透すことはできます。だから押し負けるはずがありません。
なのに――。
「く……ぁっ」
「ぬんッ」
わたしの氣で羽毛田さんの右腕の筋肉がぼこり、と痙攣した瞬間、不思議と彼の掌底がもう一段階伸びてきたような気がしました。その上、わたしの掌を包み込んでぐるりと手首を回転させながら。
「へ、きゃあ!」
直後、信じられないことにわたしの全身は彼の手首と同方向に回転して、気がつけばわたしは砕けた石床の上に、優しく転がされていました。
交換日記[羽毛田甚五郎]
うぬッ!? 聞こえたぞ……。
今、私をハゲだなどと的外れな言葉で、ひどく無慈悲にいっぺんの容赦もなく忌むべき罵声を激しく浴びせかけてきたのは、貴様かぁ~?
交換日記[魔法神]
に、人間風情が勝手に話しかけてきましたぞ!? Σ(´Д`;)




