第75話 魔法少女は食らいつく
交換日記[魔法神]
走るなどと野蛮な行為は筋肉魔法少女にやらせ、魔法で華麗に戦ううちの娘マジステキですぞ。
逆にうちの娘を背負って二十時間走り続ける魔法少女、マジキチですぞ。
アデリナがグッと下唇を噛みました。
亜人都市カダス――。
レアルガルド大陸には、大別して大きな勢力が四つ存在します。
まずは北方に位置する常闇の国アラドニア。言わずと知れた魔王の支配国です。首都ラドニスには魔王とその騎竜シルバースノウリリィが鎮座しており、おそらくこの国を単体で切り崩せる勢力は、現在のレアルガルドには存在していません。
次に戦女神リリフレイアを主神とするリリフレイア神殿国。古くは、炎と騎士の女神の信奉者が神殿騎士団を形成したことが国家の源流のようですが、リリフレイアの信者はレアルガルドで最も多く、今や世界最大宗教となっています。恐れを知らない戦女神騎士団は比類無き突撃力を持ち、常に正義を執行すると言われています。
三つ目は天秤の神アリアーナを主神とするアリアーナ神権国家。リリフレイアと並ぶ世界最大宗教で、世界の軍事バランスを取ることが教義となっているようです。アリアーナの聖女様は、とんでもない奇跡を起こす力を持っているとのことです。彼女こそが魔王を討つ最後の希望であると言われる一方で、聖女はすでに魔王の手に落ちたとの噂もあります。
そして四つ目が、ここ。亜人都市カダスです。神族と人の間に生を受けた神人や獣人、魔族と人の間に生を受けた魔人など、亜人のみで構成された民は、女子供の非戦闘員であっても、成人男性を遙かに凌駕する戦闘力を有しているそうです。が――。
「バカな……」
――見る影もなく。
亜人都市カダスは壊滅していました。それも、不自然な形で。
カダスの外壁に辿り着いたとき、跳ね橋はすでに下ろされていました。けれどもカダス門を守る衛兵の姿はなく、物音一つなかったのです。
それどころかカダスに入国して以来、まだ一人の姿も見えなくて。
赤や青の尖り屋根の家に挟まれたカラフルな煉瓦通りを、わたしたちは足早に歩きます。
「誰かっ、誰かいませんかーっ!」
そのうち何軒かは、激しい戦闘の末に崩れ落ちていました。
壁を失った家を覗いても、人影はありません。けれども、食卓には渇いたスープの皿が残されていたり、しなびた野菜が転がっていたりします。
アデリナが長い青髪に手を入れて、くしゃりと髪をつかみます。
「どうなっている……ッ」
妙なのです。何もかもが不自然。
非戦闘員ですら並の騎士を凌駕する種族を相手に、誰が戦いを挑んだのでしょうか。戦いを挑んだのだとしたら、いったいどうやってカダスの民を消滅させてしまったのでしょうか。
勝つだけであれば、魔王ならば可能でしょう。黑竜ならば可能でしょう。
けれど、両者であっても民を消すことはできない。仮に彼らを凌駕する力を持った人喰いの魔物がいたとしても、こんなことにはならないのです。だってこの亜人都市カダスには、肉片はおろか血の一滴だって散ってはいなかったのですから。
どこにも……見あたらない。
生活の痕跡はあるのに、亜人たちの欠片も存在しないのです。
たとえば、そう、たとえば。
インガノカ人――グリム・リーパーであれば可能でしょうか。あれらは人々を消し去り、異界へと連れ行く存在ですから。けれども、そうするだけの理由がありません。
アデリナがふいに、視線をカダス城へと向けました。
陽の光を受けて、眩しいくらいに輝いています。
「アデリナ……?」
「蓮華、建物の崩壊が激しくなっているところに向かう。戦地ならば、何か見つかるかもしれん」
「はい」
わたしたちは煉瓦通りを歩きます。
今度はアデリナが叫びました。
「誰かいないのかっ!」
声を上げ、時折瓦礫を持ち上げて下を確認しながら。
しんと静まりかえった都市。物音一つしません。
カダスを囲む高い壁は、風すらも遮るのだから。
「これだけ激しい戦闘の痕跡があるのに、どうして誰もいないのでしょう?」
「さてな」
わたしたちは人影を捜しながら歩き続けます。
太陽はまだ高く、暑い日でした。
中心街に近づけば近づくほどに建物は崩れ、街は荒んでいきます。中心地は六方向からの煉瓦通りが集まっており、その中央は舗装のない公園となっていました。
もちろん、遊具なんてもう残ってはいません。バラバラです。
「ここらへんはもう無事な建物のほうが少ないですね」
「神人や獣人、さらに魔人までいてこの有様とは。よほどの相手だったのだろう」
ほとんど平地です。公園だった場所はもちろんのこと、六方向からの通りの煉瓦も砕かれ捲れ上がり、土壌が穴をいくつも空けていました。ところどころ焦げつき、もう煙も残っていないのに嫌な臭いが鼻につきます。
けれども、やはり人の影はなく。
「アデリナ、この前カダスにご友人がいると言ってましたよね。えっと、たしか七英雄の獣人王の血を引く……えっと……」
「ああ。無事ならカダス城にいるはずだ。猛獣王カナイ・ククナイの血を引くナナイというやつだ」
カダス中心部には市場通りがあり、売り物らしき果物や野菜が腐っていました。
アデリナは銀貨を一枚置いてからそれらを選り分け、まだ食べられそうな分を自分のバックパックに放り込んでいきます。
どこか険しい顔で。
「アデリナ?」
「ん? どうした? ああ、腹が減ったか」
そうしてわたしにリンゴのようなものを一つ投げて寄こしました。
「うまいぞ。疲れが取れる」
「知ってますよ。日本にもありましたからね。大好きです」
「そうか」
わたしは表面を服で拭いて、一口囓りつき――ぶるぶるっと身体を震わせてから、ぶーっ、と果実を噴出しました。
あまりにも! あまりにも、想定していた味とは違いすぎて!
甘さ控えめ、むしろ塩気あり! それより何より、口から鼻腔へと抜ける風味が超絶スパイシー! まったりとしていてコクがあり、それでいて切れ味すっきり!
「な、なんですか、これ!?」
「口に合わんか? カレーンゴだ」
カレーンゴ! こ、これが! 魔王とその騎竜をも魅了する食べ物!
アデリナは然も当然のように囓り、咀嚼しています。
「………………カレーです、これ……」
「ンゴが抜けてる。カレーンゴだ。ん~む、少々熟れすぎだな。甘くなってしまっている。あたしはもう少し若い実のほうが好きだ。スパイシーでな」
熟れると甘くなるのはふつうの果実と同じなんですね……。こんな複雑な味が自然物として存在しているだなんて、どういう世界なの、レアルガルド……。
わたしは目を閉じて頭の中を切り替え、もう一度囓りつきます。
うん、おいしいです。今度は大丈夫。リンゴではなくカレーだと思い込めば、わりと食べられる類のものです。少なくともエールヤンカシュよりは美味。これでアリッサさんの焼きたてパンがあれば完璧ですのに。
わたしたちは並んで瓦礫に腰を下ろし、もぐもぐとカレーンゴを咀嚼します。
「慣れるとおいしいですね」
「だろう?」
さっきはリンゴ味とカレー味の差に驚いてしまったから噴き出しちゃいましたが、カレーだと思って食べればおいしいです。ほんのり、リンゴ味も入っていますしね。リンゴと蜂蜜が恋をしてカレー化したのかもしれませんね。何言ってんだろ。
状況が状況なのに気を抜きすぎかもしれませんが、トゥコトゥコ族に追いかけ回されすぎて確実に体力が落ちていますからね。すぐに食べられるものが手に入ったのは、本当にありがたいです。
少し休めますし。
わたしは二個目のカレーンゴに手を伸ばします。
これより先にもし敵がいるのだとしたら、それはもう間違いなく魔王や黑竜クラスのものです。亜人国家カダスを壊滅に追い込んだのですから。
体力を戻さないと。一刻も早く。こういう状況だからこそ。
「蓮華、眠らなくても平気か? ……やれるか?」
「眠っている暇なんてありません。アデリナのご友人が危険な目に遭っているかもしれないんですから」
「……恩に着る」
アデリナが白魚のような両手で二つ目のカレーンゴに口をつけた頃、わたしは五つ目のカレーンゴを片手で真っ二つに割って、片方を口に詰め込みます。
こんなもの、二口です。
それよりも栄養。とにかく栄養価の高いものを摂取せねばなりません。お肉があればベストなのですが、カダスの状況から街が滅んだのはすでに数日前。この暑さでは生のお肉は腐ってしまっているでしょう。
…………空を哨戒している鎧竜ナマニクさん以外には。
「……おい、ナマニクを喰うなよ。あれは騎竜にするんだからな」
「わ、わかってますよっ! そんなこと考えるわけないじゃないですかっ!」
アデリナが指先を空に向け、にやりと笑いました。
「舌なめずりしながら空を見上げていたから、少々心配しただけだ」
「カレーンゴが唇についたから舐め取っただけですもんっ」
わたしが真っ赤になって否定した瞬間、空からわたしたちのすぐ横へと、何かが凄まじい勢いで降ってきました。
ずど、と煉瓦通りに落ちたそれは、びしゃりと四方に血を飛散させます。
「のわっ!?」
「ひゃっ! ……あ、お肉……」
ワイバーンです。翼を引き千切られた小型のワイバーンが降ってきました。
「ナマニクさん……。わたしのために……」
なんて親思いなのでしょうっ!! 泣けるっ!!
「これはいい。ナマニクのやつ、ご丁寧に内臓だけ取ってくれている。手間が省けたな」
アデリナが早速、小さな炎槌でワイバーンの死体を焼き始めます。いつものように炸裂はさせず、火の玉のままワイバーンの周囲にいくつか置いて。
人間コンロ! なんて便利なんでしょう!
けれど彼女は、にっこり微笑みながら言いやがりました。
「ふふ。ナマニクのやつ、おまえが飢餓に陥ったら真っ先に自分が喰われると思ったんだろうなぁ。焦って肉を落とすとは、なんてかわいいやつだ」
「……」
「睨むなよ。冗談だ。半分は」
半分! 半分ですって! ふふ! ……半分の力でならぶん殴ってもいいかしら? 死んじゃうかしら?
アデリナが胸鎧の内側からナイフを取り出して焼けた部分を削り取り、ナップザックのポッケから取り出した木筒の塩をぱらぱらと振ります。
「ほら」
「あ、いっただきまぁ~す」
じゅうじゅうと脂の泡から立ち上る香ばしい匂いに、怒りもどこへやら。
わたしは口いっぱいに幸せを頬張りました。
「あふっ、はふっ、……あはぁ~……」
涙が出てきそうです。
トゥコトゥコとかいうあほなパープリン小人たちが熱狂ストーカーのようにしつこく追いかけてくるせいで、ここ数日は乾し肉とぱさぱさのパンしか食べていませんでしたからね。火傷しそうなくらいに熱くて、とんでもなく肉厚で、焼けば肉汁たっぷりのお肉は幸せです。
「塩加減、絶妙です!」
「そうか」
アデリナも焼けた部位からナイフで切り取り、塩を振って自分の口に運びます。ナイフをフォークのように使って。
「おまえの分は少し濃い目に塩をかけておいた。汗で塩分が流れただろうからな。もう一枚、食えそうならいっとくか?」
「今の大きさを五枚お願いします! アデリナはきっといいお嫁さんになれますね!」
「嫁か。……あまり興味がないな。それよりあたしは世界一の剣士になりたい」
それは無理。
そんなことを言い合いながら、わたしたちはワイバーンの大半を喰らい尽くしました。
「さて、行きましょうか」
「蓮華。その前に言わなきゃならないことがある」
わたしが立ち上がると、アデリナが苦い笑みでカダス城を指さします。なんとなく、わたしはその表情で察しました。
「魔素?」
「ああ。毒竜か、それ以上の何かがカダス城にいる。今し方感知した」
「……嘘つき」
アデリナは焦っていたのです。
たぶん、ナナイさんの身を案じて。だけど、それを先に言ってしまえば、わたしは回復を待たずカダス城へと向かったでしょう。
それでは勝てないのです。黑竜にはもちろん、毒竜にさえも。
だからこそ黙ったまま休息を取ったのでしょう。わたしの疲れが取れるまで。そしてたぶん、彼女はこう考えています。
猛獣王ナナイ・ククナイは、もういない。民と同じく。
おそらく、彼女が感じた魔素はそれほどのものだったのでしょう。
「バレたか。カダスに入ってすぐに気がついた。とんでもないやつがいる」
哀しさを隠すように苦笑いでうつむいて。
「だが、ナナイが死んだと決まったわけじゃない。あきらめたつもりもない。あたしたちまで負けたら、誰が彼を救える」
彼。ナナイ・ククナイは男性のようです。てっきり女性名かと思っていました。
「準備をする時間はどうしても必要だった。だが、黙っていたことには謝罪する」
「わかってますから。謝らなくたって大丈夫」
その判断は、きっと正しかったのだと思います。じゃなきゃわたしは、きっと先走ってしまっていたから。
アデリナ? あなたがいないと、わたしはもう何度も死んでいるんですよ?
わたしが差し出した手を取って、アデリナが瓦礫からゆっくりと腰を上げました。
「行こうか。ナナイはあたしの知己だ。こちらの都合に巻き込んで悪いが、頼りにしているぞ、相棒」
「はいっ、おまかせくださいっ」
力こぶを作って。
「あ……」
頬を染め、あわてて腕を下げて二頭筋を隠します。
危ないところでした。わたしとしたことが、筋肉を見せびらかすなんて。
「くく。おまえ、やっぱり魔法使いにはなれそうにないな」
「アデリナにだけは言われたくありませんがー?」
こうしてわたしたちはヤイヤイ言いながら、天まで届きそうなほどの高さと、地平線のように広がる大きなお城、瑪瑙で光り輝くカダス城を目指して足を踏み出すのでした。
交換日記[筋肉神]
む!? どこぞの役立たずを背負って走り続けたおかげか、大腿筋、ひらめ筋の大幅増量を確認した!
今回ばかりはWIN-WINのようだな、魔法神よ!
交換日記[七宝蓮華]
嘘だ、嘘、嘘、信じないぃぃヽ(;`Д´)ノきぃぃ




