第74話 合体! 魔法剣士少女!
交換日記[筋肉神]
因果律を破る?
プロテインをたらふく飲んで筋肉をつければ引きちぎれるのではないか?
セラリア内海から北方向へと、西側の砂漠地帯を避けてやや東に進路を取りながら、わたしたちは走ります。
といっても、もはやわたしがアデリナを背負って一人で走り回っているという、なんともしんどい状況なのですが。
ひぃぃぃぃぃ……!
「来たぞ! 追いつかれる!」
「と、とと跳びますっ!」
牙を剥き、わたしたちへと喰らいついてきた大蛇エールヤンカシュの頭を踏み潰し、わたしはアデリナを背負ったまま高く跳躍します。
青空の中へ、高く、高く。
少し遅れて、わたしたちが駆けていた荒野にいくつもの槍が突き刺さりました。
「――炎槌!」
アデリナが後方へと炎槌を放つと同時。
空中に逃れたわたしたちを狙って、上空から飛来したワイバーン――この地ではシャンタク鳥と呼ばれているらしいですが、とにかくワイバーンの鋭いかぎ爪を、わたしは足を振り上げることで蹴り流します。
「こンのぉ!」
交叉――!
ワイバーンが上空に逃れ、わたしたちが重力に引かれ始めた瞬間、背後で炎槌が爆発しました。
出来損ないの槍や剣を持ち、背後から追いすがってきていた体長一メートル強の小人の集団が、派手に爆発に呑まれて吹っ飛びました。
しかし倒れた仲間を蹄の足で踏みつけて、トゥコトゥコと呼ばれる小人たちはなおもわたしたちを執拗に追撃してきます。槍を投げ、剣を振り上げて。
その数、およそ――うん、数えきれません。津波。津波です。
着地した瞬間、岩石のように見えていた足もとの大地が蠢きます。
「ひゃっ!?」
「止まるな蓮華! 走れ!」
すかさずそこから飛び降りて背後を振り返ると、全身岩石でできた巨人がのっそりと起き上がりました。
「岩石巨人はタフだが足が遅い。まともに相手する必要はない」
「おぼえておきますぅぅぅ!」
わたしは少しずり落ちたアデリナを背負い直しながら、再び走り出します。
魔物、魔物、魔物、謎の小人、ワイバーン! なんなの、ここ!
緩やかに登る荒野。
ガレン高原――。
魔物多発地帯だとは聞いていましたが、これほどまでとは思いませんでした。
「アデリナ、右からサイクロプス!」
「ちっ――炎槌!」
炎に包まれた巨体が全身を灼かれて吹っ飛びます。倒したことをたしかめる間もなく、わたしはとにかく北へと走ります。アデリナを、背負って。
アデリナの足では到底逃げ切れそうにないですし、襲い来る魔物やトゥコトゥコ族をいちいち全滅させながら進む余裕もありませんので、現在、わたしが彼女を半ば強引に背負って、とにかく北へと逃げている最中なのです。
ふと、空を滑る影に呑まれました。
「さっきのワイバーン……! また、もう! しつこい!」
わたしは足もとの頭部大の石をとっさに左足で蹴り上げ、リフティングからの回し蹴りの要領で岩石をワイバーンへと蹴飛ばすべく、狙いを絞ります。
「ふな――むいいぃぃぃっ!」
ごっ、と足に重い感触がのった直後、岩石は凄まじい勢いでワイバーンへと飛来し。
――ゴギュィ……ッ!
頭部にそれを受けたワイバーンが脳漿を炸裂させながら大地に落ち、小人、トゥコトゥコ族の波に呑まれて消えます。
背負ったままのアデリナが、ぱちぱちと拍手をくれました。
「おお、見事な地属性魔法じゃないか。おまえも成長しているんだな、蓮華」
「でっしょー!」
「……皮肉だぞ」
ですよね。
わたしは走りながらオーガの目玉をつま先で蹴飛ばし、角のある頭部を踏みつけて跳び、スカートをはためかせながら着地すると同時に再び全力で駆けます。
背後で、ずしんとオーガの崩れ落ちる音がしましたが、それ以上にトゥコトゥコたちの無数に重なった軽い足音が怖いです。
「トゥコトゥコはなんでわたしたちを狙うんですかっ!?」
「喰うために決まってるだろ」
わあっ、とってもシンプル。
小さな種族です。頭から二つ角が生えており、足に偶蹄類の蹄がついていることを除けば、あまり人間と姿形も変わりません――が、目は小さく落ち窪み、表情はまるで変化しません。
「名前は可愛いのに、ずいぶん凶暴なんですね」
「――風刃!」
アデリナが背後を振り向いて風の刃を放ちます。
先頭から数体までを斬り裂いた風の刃ですが、トゥコトゥコたちは仲間の死体を踏み潰してまで、無言でわたしたちへと迫ってきます。
アデリナという錘を背負っていることと、絶えず襲来する魔物たちがいるとはいえ、わたしが振り切れないなんて、異様に足が速いです。
「凶暴ってより、知能が低いんだ。だから死をあまり恐れない。脅しは意味がない」
ぞっとします……。
レアルガルド大陸の魔物は、わたしが知る生物とはまるで違います。もちろん姿形もですが、それ以上に遺伝子に染みついた本能が。
だってトゥコトゥコは、食欲が生存本能に勝っているのですから。
ゾンビの群れみたいに。
「それに、やつらは邪神信仰だ。卑猥な双子の邪神を召喚しようとしている。生け贄を捧げることでな」
「またそんな……」
「ま、やつらに捕まった被害者は多数いるが、今日まで双子神が召喚されていない時点で、召喚法の何かが間違ってるんだがな」
わたしは岩を跳び越えて走り、アデリナを背負い直しながら尋ねます。
アデリナの太もも、すっごいやわらかないなあ……なんて考えながら。すべすべもちもち。
「それを自覚する知能もない、ですか?」
「そんなとこだろう。哀れなもんだ」
遙か上空では、ナマニクさんがワイバーンの群れに追い回されています。
とはいえ、ワイバーンごときが噛みついたところで鎧竜の皮膚は突き破れないでしょうし、問題はないでしょう。ナマニクさんにしてみれば、ただただめんどくさいだけの連中程度の認識かもしれません。
アデリナがわたしの肩越しに人差し指と中指を揃えた腕を伸ばし、前方に魔法を放ちます。
「――炎槌!」
岩陰に潜んでいた、これまた見たこともない卑猥な形状の触手だらけのキモい魔物が炎に巻かれて転がります。
――ギィィエェェェェェッ!?
のたうち回るそれを跳び越え、わたしはとにかく走ります。
亜人都市カダスに近づきつつあるからでしょうか。ようやくですが、魔物の襲撃が少し減ってきました。トゥコトゥコたちはまだわたしたちを追走していますが、その距離も徐々に離れつつあります。
「もう一息だ」
「はい! アデリナ、水をください!」
「たぁ~んと飲め」
アデリナが背後から不思議な木筒を取り出して、わたしの口もとで逆さにします。無限に溢れる水で喉を潤し――。
「頭にもかけて?」
「はいよ」
走りながら、ばしゃばしゃと片手で髪を洗いました。
服が濡れることなんて気にしません。どっちみちもう汗でべっちょりなんですから。
「ごはんくださいっ!」
「乾し肉でいいか? これで最後だぞ? 次からはワイバーンを捕まえて走りながら解体だぞ?」
「了解! パンで挟んでください! 野菜とマスタード多め! ケチャップも!」
「おまえ……注文が多いな……」
差し出されたパンの乾し肉サンドを口で受け取り、そのまま噛み砕いて嚥下します。
「食欲はあるんだな。こんなに走りながらなのに」
「何言ってるんですかっ、走ってるからお腹が空くんですよっ」
「……あたしならむしろ吐くんだが……」
実のところ、この状況は、丸一日ほど続いていたのです。
正確には、わたしがアデリナを背負って走り出してから、およそ二十時間ほどでしょうか。
ああ、もう、筋肉ついちゃう!
当然、ほとんどの時間を走りっぱなしですので、食べるときや飲むときはアデリナの献身的な介護が必要であり、さりとてアデリナは走れませんから、移動の際にはわたしの介護を必要として。
我ながらナイスコンビだと思います。まるで戦車なのですから。
ですが、それより何より、生理現象のときはほんとに困りました。
とにかく魔物の死角になりそうな場所を見つけては片方がトゥコトゥコと戦い、もう片方が用を足す。何せガレン高原の魔物たちは、ナマニクさんの哨戒があってすら、平気で襲いかかってくるんですから。お花摘みもろくすっぽできません。
これではさすがに、無限に思われたわたしの体力も底を尽きそうです。てゆーか、アデリナの暖かくて柔らかい身体が気持ちよくて、そろそろ眠くなってしまいそうです。
景色も代わり映えありませんし、変化があるのはトゥコトゥコ以外の魔物くらいで。なんだかんだで五十種くらいは粉砕したと思います。
とにかくこのガレン高原、距離が長いんです。もうかれこれ直線距離なら四〇〇キロ近くは走ったはずなのですが、未だ終わりは見えません。
東京、大阪間は過ぎましたね、もう。泣きたい。
「蓮華、見えてきたぞ。あれが亜人都市カダスだ」
ふいにそんな声が聞こえて、とろとろと落ちかけていた瞼を持ち上げます。
最初に目に入ったものは、お城でした。とっても、とっても大きなお城です。誇張ではありません。それはまるで聳え立つ山のようなお城でした。
「わ、すご……い……」
ううん、山一つがお城になったような大きさ。けれどもそれ以上に驚くべきことに、光の中でハレーションを起こすほどに輝いていて。
何、あれ? 宝石城なの?
「シーレファイスの都市造りに使用されている瑪瑙は、カダス王から父さんが友情の証にもらったものだ。カダスの城は、ガレン高原の石切場から切り出された瑪瑙でできている。楽しみにしてろ。とんでもなく美しい城だ」
たしかに、とんでもなく美しいです。あんな建築物が存在するなんて。ただ、大きさといい輝きといい、人類が生み出してもよいものだったのでしょうか。
あれでは、まるで――。
「神の居城。真偽は知らんが、カダス王は神の血を引いていると聞く。民もまた特殊だ。神と人、魔と人との間に生を受けた一族、亜人種が多く住んでいる。神人族や獣人族、それに魔人族も少数だが存在してる」
「そう……なんだ……」
けれども、わたしは。
けれどもわたしは、あの美しくもあまりに巨大なカダス城に視線を向けると、言いようのない胸騒ぎをおぼえてしまうのでした。
交換日記[七宝蓮華]
バカなの?




