第73話 魔法少女は死に抗う
交換日記[筋肉神]
おおっと、すっかり遅れてしまったがァ!
良い子のお嬢ちゃんには無敵の筋肉というお年玉をあげようなァ?
/フフ ム`ヽ
/ ノ) ) ヽ
゛/ | (´^ω^`)ノ⌒(ゝ._,ノ
/ ノ⌒7⌒ヽーく \ /
丶_ ノ 。 ノ、 。|/
`ヽ `ー-'_人`ーノ
丶  ̄ _人'彡ノ
難しい顔で聞いていたアデリナが、ふとわたしの視線に気づいたのか、こちらを向きました。
「信じる信じないは別として、巡礼の旅を辿るのは、あたしたちが向かう方向でもある」
「あ……、ええ……」
釈然としません。無差別に地球の人たちをさらってしまうグリム・リーパーに、こんな事情があったなんて。
けれど。
「あなたたちはどうして黑竜と直接戦わないの? あなたたちの力なら――」
正面のグリム・リーパーが小さなため息をつき、首を左右に振りました。
「因果に触れし存在は、因果に介入できなくなる。我らは真実を知り因果律を破るため、俯瞰で因果に触れてしまった。我らはもはや、直接は手を出せぬ」
これは……おそらく本当だと思います。
「ランドルフと同じことを言っているな」
「ええ……」
だってわたしたちの信用する、もさもさの穴掘り王ランドルフさんも言っていたことですから。因果の外にいるものは、因果に直接介入することはできない、と。
つまり、黑竜を排除できないのです。
「それに、我らの力を結集したとて黑竜“世界喰い”には到底及ばぬ」
グリム・リーパーでさえ、歯が立たない……。
どうしたものかと思案していると、アデリナが長い青髪に手を入れて、ぽりぽりと後頭部を掻きながら呟きます。
「ま、いいんじゃないか」
「だってこんな話……」
信用できるでしょうか。人さらいの言い訳をしているだけかもしれません。
「さっきも言ったろ。あたしたちはどうせナスターシャの巡礼と似たような順路を辿ることになる。それに、もう神の声聞く剣聖は見つかったしな」
「え? え? アデリナに続いて……? だ、誰ですか?」
アデリナが胸を張って自分の親指を自分に向けます。
「何言ってんだ、あたしのことに決まってるだろ。夢でよく神の声を聞くぞ。まあ、やつが語ることの大抵はヨタ話だがな。つまり、あたしが剣聖で間違いないだろう」
全力で言いたい。絶対違うから、と。あり得ないから、と。
けれど、たしかに。
わたしは話を聞いて、戦う気勢を削がれてしまいました。少なくとも今は、グリム・リーパーと決着をつけている場合ではありません。それに、十三体ものグリム・リーパーと正面から戦ったとしても、まず間違いなく勝てないでしょう。
ふと気づくと、グリム・リーパーたちが次々と透明になり、姿を消し始めていました。どうやら彼らの話は終わりのようです。
脱力し、大きく息を吐いたわたしとは対照的に、アデリナが大声を上げます。
「待て! まだ質問が残っているぞ! かつての七英雄が黑竜戦の生き残りであるということも、新たな英雄が七人であることと因果は繋がっているのか!」
正面の一体だけが残り、少しだけ間を置いて。
「…………然り。それ以外のものは、被害を広めぬため毒竜の対処にのみあたるべきである」
「ならば問う。死んだナスターシャと蓮華の生死にも、因果関係はあるのか?」
ぐじゅっ、と心臓が奇妙な形に脈動しました。
再び頭が真っ白になります。
重々しい鋼鉄の部屋に広がった長い沈黙。きっと、数十秒はあったと思います。
立ち尽くすグリム・リーパーに、アデリナはさらに問いかけます。
「七宝蓮華は、黑竜戦で死ぬのか? 貴様らはそれを知っているのか? 今すぐにこたえろ」
アデリナの静かな怒りを秘めた問いかけに、グリム・リーパーは。
「……因果律の通りであれば、間違いなく死ぬ。だが、七つの魂をまとめるためには必要な犠牲である」
そうこたえました。
わたしは言葉を失います。
ああ、死ぬんだ、わたし……。もう……地球に帰れないのかも……。誰にも……お母さんにも、お父さんにも……、魔法少女たちにも、もう逢えない……。
そんなことを漠然と考えたりして。けれどもわたしは自分でも驚くほど冷静でした。
アデリナがふぅと、息をつきます。まるで安堵したように。笑みすら浮かべて。
「因果の通りであれば、か。逆説なら因果律を破ることができれば、助かるというわけだ。……すると、なるほどな。因果律を破るとは、黑竜戦以前の問題でもあったか」
そう。破ればいい。因果律を。そうしなきゃ、わたしは黑竜に殺されるのです。
どのみちレアルガルドを救うには、黑竜生存という因果律を破らねばなりません。一度は破らなきゃならないものなら、二度も三度も同じです。
わたしは死なない! 魔法使いになって、絶対に生き残る! 運命なんて目に見えないもの、くそっ喰らえです!
「……然り。どちらにせよ、新たな七英雄が敗北すればこの世界は人口減少により滅びの一途を辿る。我らインガノカ人も、生き残った七つの魂にも、等しく死は訪れるだろう」
「わかった。もういいぞ、消えろ。目障りだ」
アデリナが高圧的に言い放つと、グリム・リーパーは少しの間口を閉ざし、遠慮がちにわたしへと視線を向けてきました。
「……すまなかった、七宝蓮華」
「何がです? 因果のことでしたら――」
「否。最初に見せたあなたの心象風景は、あなたを落ち着かせるためにしたこと。あれは都市インガノカに設置された魔導技術が見せる心の映し鏡であり、悪意はなかった。だが、かえってあなたを逆撫でしてしまったようだ」
ああ、道理でわたしの知識にある建築物ばかりが映されたわけです。地球上では無数に建築物があるのに。
最後が七宝の屋敷だったのは、そこが一番わたしの落ち着ける場所だからだったのでしょう。
「グリム・リーパーは三十体いた。だが、数百年にわたって地球の歴代の魔法少女らと戦ううち、十三体まで減らされてしまった。我らはもともと一つの存在。分かたれ、失われた身の分、力も影響力も下がりつつある。間接的に因果に干渉できるのは、これが最後となる」
わたしも一体、叩き潰してしまいましたが――それでも。
「……謝りませんよ」
「謝罪など必要ない。我らは地球にとっては敵。ただ悲哀をもたらすだけの存在ゆえ、恨む気持ちもない。我らがさらった異邦人も、多くこの地で命を落とした。これらもまた、必要な犠牲だったのだろう。互いに、な」
痛みはお互い様。背負うものが違ったから、敵と味方に分かたれた。これからも馴れ合うつもりはありません。
けれど、初めて。
初めて魔法少女とグリム・リーパーの目的が合致したのです。
だから、不敵な笑み、浮かべて。
「それと、ご心配なく。因果律なんて、わたしの大大大魔法でぼっこぼこに破ってやるんだからっ」
そう言って、しばらく。
グリム・リーパーの肩が微かに揺れていました。
もしかして、笑ってる? 死神が?
「……我らに祈る神などないが、そう願う」
その言葉を最後に、グリム・リーパーの姿がすぅっと鋼鉄の部屋から失われました。
その段になって、わたしたちはようやく気づきます。よくよく耳を澄ませば、鋼鉄の壁からは何かの小さな稼働音が聞こえていました。
たぶん魔導技術。心象風景を映し出す技術だったのでしょう。もしかしたら都市を囲んでいた謎の濃霧も実際には存在しない、ただの幻だったのかもしれません。
「蓮華、ここから出られそうだ」
アデリナの声に振り向くと、先ほどまで存在しなかった出入り口がぽっかりと口を開けていました。どうやら自動ドアのようです。
わたしがアデリナに続いてドアをくぐり抜けると、そこはもうセラリア内海を望む砂浜になっていました。
「えぇ……?」
「なんてことだ」
驚くべきことに、国や都市だとばかり思っていたインガノカは、それほど広くはない鋼鉄の部屋に過ぎなかったのです。
「驚いたな。これが謎の都市インガノカの真の姿だったのか……」
アデリナが感心したように呟きます。
それはそうでしょう。だって都市インガノカには、たったの十三体しか、もう民はいなかったのですから。
やがて鋼鉄の部屋は濃霧に巻かれ、その姿を隠し始めます。
「なんとも……な。こんな小さな箱が都市インガノカだったとは、まるで夢幻だ。地図マニアの父さんが知ったら卒倒するぞ」
「夢って。ちょっと、しっかりしてくださいよ、アデリナ。わたしたちは因果律を破らなければ生き残れないんですからね」
アデリナが拗ねたように唇を尖らせました。
「二度も、が抜けてるぞ。それともまた、あたしにとっては他人事だから、とでも言うつもりか?」
「二度も! にーどーもっ! どうか助けてくださいっ、七英雄様!」
「それでいい。安心していいぞ。あたしがおまえを死なせない。この背中のドラゴンスレイヤーと、剣聖の名にかけて、な」
「……わ~……心強いですぅ~……」
白目を剥きながらですが、わりと本気で。
アデリナがいなかったら、わたしはもう不安に圧し潰されていたかもしれません。だって、近い未来に死ぬ運命だ、なんて言われたのですから。
「魂の抜けたような顔で言うなよ。やれやれ、侮られすぎて泣きたくなるね」
アデリナが細い腰に両手をあてて、相好を崩します。
「あはっ」
「くく」
そうしてわたしたちはどちらからともなくセラリア内海とインガノカに背中を向け、北へ向かって歩き出しました。
さてさて、次の目的地は亜人都市カダスです!
交換日記[七宝蓮華]
ぎゃっ!? と、とととりあえず服を着てぇっ!




