第70話 魔法少女は幻覚を見る
交換日記[筋肉神]
おい、魔法神。
貴様のところは、娘にクリスマスプレゼント受け取ってもらえたか(´・ω・`)?
セラリア内海を東に見ながら時計回りに歩き続けてきたわたしたちは、いつしか青い海を南にして、東へと進路を切って進みます。
セラリア内海のおかげでずいぶんと回り道をせざるを得ませんでしたが、これでようやく北へと進路を向ける準備が整いました。
このまま東へ進み、幻の都市インガノカへ辿り着けたなら、そこから北へ進路を変えて亜人都市カダスを目指します。
カダスに到着する頃には、おそらくナマニクさんも騎竜として使えるサイズには成長しているでしょう。
わたしたちがシーレファイスを発ってから、およそ三ヶ月が経過していました――。
アデリナが地図を広げながら視線を落とし、ぼやくように呟きます。
「インガノカか。入国できるといいんだが」
「審査が厳しいの?」
仮にもアデリナは一国のお姫様です。そんな高貴なへんてこ騎士を、地方の都市国家の一つに過ぎないインガノカが追い返すでしょうか。
青く艶のある長い髪を揺すって、アデリナが首を左右に振りました。
「いや、そういうわけではなく、見つからんと聞く」
「見つからない? 実在はしているのでしょう?」
「う~ん……」
煮え切りませんね。
ですが、わたしはランドルフさんと約束をしています。
インガノカは因果の渦。異邦人であるわたしたちにとっては、とても重要な場所だから、必ず立ち寄るように、と。
「インガノカは、妙な噂ばかりが流れてる謎の都市なんだ」
「噂……」
アデリナは砂浜を歩きながら、しかめっ面で手を顎にあてます。
「見えているのに入れなかった。入口がなかった。近づいたら消えた。深い霧が立ちこめていて、数歩先も見えない。建物は新しいが無人だった。……ま、総合するとイメージは蜃気楼だな」
「蜃気楼? でしたらどこかには存在しているということですよね?」
たしかあれは空気の密度と温度差で、光が屈折して見える現象のはずです。ざっくばらんに言うと、どこかには存在している場所が、実際には存在していない場所に映し出されるという、自然現象の引き起こす幻覚みたいなもののはず。
「どうなのかな。他には、この地で見たことのない景色に迷い込んだと言い張るやつもいる。やはり無人だったそうだが」
「見たこともない景色……。まさか、わたしやクラナス王や魔王がいた世界と繋がっていたりは……」
そんなに都合良くはないだろうとは思いつつも、ランドルフさんの言葉が脳裏を掠めます。
「さてな。可能性はなくもないんじゃないか。あたしが異空を召喚できるくらいだ。もっとすごい……そうだな、魔法使いの神なるものが存在したとするなら、そんな大魔法を持っていても不思議じゃない」
なぜか、アデリナが苦々しい表情で呟きます。
「あははっ、魔法の神様? レアルガルドにはそんなのまでいるの?」
「……それこそ知らん。ここんとこ、そういう類の嫌な夢ならよく見る」
「…………わたしも……寝起き最悪です……」
げんなりと、わたしたちの顔が曇りました。
「やれやれ。夢見がよくないのは疲れているからかもしれんな」
「どこかで数日休憩を取りますか?」
アデリナは以前よりは力強く歩くようになりました。海岸線の砂浜に、具足の足跡を残しながら。
体力と筋力が確実についてきているのだと思います。今は六歳児くらいの歩行速度になっています。ようやく小学一年生です。
入学おめでとう、アデリナ!
この前だって、曲がりなりにもドラゴンスレイヤーを抜きましたからね。曲がりまくってましたが。捨てちゃえ。
「そうだな。インガノカは落ち着けそうもないから、カダスにしよう。ま、インガノカを発ってから二週間はかかりそうだがな。それでも、砂漠を行くか高原地帯を行くかは選べる」
「高原地帯一択じゃないですか。それにしても遠いですねえ~……。野生の馬でも見つかるといいんですが……」
「魔獣出没地帯に草食獣はいない。やはりナマニク待ちだな」
「この際もうオーガでもいいですよ」
アデリナが苦い表情で笑みをこぼしました。
「くく、ランドルフがいなきゃどう考えてもオーガの騎獣化は無理だ」
「ですかぁ……」
ですが、成長度合いではわたしだって負けてはいません。着実に魔法少女に近づいている実感があります。
石を力任せにぶん投げる地属性魔法、水上を沈む前に水面を蹴り続けることで走る水属性魔法、この前なんて板と枝を高速で摺り合わせて火を熾す火属性魔法までおぼえましたからね。
原始人への退化おめでとう、わたし!
死にたぁ~い……。
のどかな日です。海面は静かにさざ波を寄せ、空には白い雲がぷかぷか。魔獣の襲撃もありません。もしかしたらそれは、わたしたちの上空を鎧竜が飛び回っているからかもしれませんが。
アデリナが大あくびの最中に、前方を指さしました。
「お、見えたぞ。位置から察するに、あれがインガノカだろう」
「え……」
視線を向けたわたしは、目を見開きます。
遠くのほう。深い霧の向こう側に、斜めに傾いた塔が建っています。それほど高くはありませんが、傾いているんです。白い塔が。
外壁には細い柱がいくつも存在し、階層がいくつかに分かれています。最上階だけフロアを狭くしているのか、まるで段重ねのケーキのようでした。
わたしは記憶を探りながら首を傾げます。
「んん? んんんん?」
「どうした、蓮華?」
「……どこかで見た記憶があります」
いえ、もっと明確に。すでに塔の名は浮かんでいるのです。もしもあの塔が大聖堂に建てられたものなら、それは間違いのないもので。
アデリナが心配そうに眉を寄せています。
「おまえ、疲れてるのか? 毒竜以降も連戦連戦で無理をさせたから……」
「正気です。体力はわりと無尽蔵にありますよ。わたしの記憶がたしかなら、あれ、わたしのいた世界にあった塔です」
イタリア、ピサ市にあるピサ大聖堂。ピサの斜塔です。
偶然? 似てるだけ?
「そうなのか。だったらおまえは時間を超えてレアルガルド大陸にやってきたのかもしれないな。おまえのいた世界が過去で、この世界が現在だ」
お猿さんの古い映画じゃあるまいし、そんなわけないです。
「……」
「冗談だぞ? あたしも正気だ。疲れてはいるがな」
困り顔で二人して見つめ合い、視線を前方に戻しました。
「あれ!?」
「消えたな」
消えました。ピサの斜塔が、ふっと消滅したのです。ほんの一瞬、目を離した隙に。
「やはり蜃気楼か。噂通り、わけのわからん都市だ」
「あんな塔が、レアルガルド大陸のドリイル地方に存在しているのですか?」
「あたしは知らんぞ」
わけがわかりません。少し話して視線を戻すと、今度はビル群が浮かんできました。
先ほどの斜塔くらいの大きさのビルが大量にあって、中心部には飛び抜けて高い、超高層ビルがあります。そのビルだけ鉛筆のように先が尖っていて。
「ぅああっ!」
思わず指さしてしまいました。
「ん?」
「マンハッタン、エンパイア・ステート・ビル! 今度は間違いありません!」
アメリカです! 間違いありません! 地球の姿を映しているのです!
「おまえのいた国のものか? これはまたずいぶんと高いな。歩いて上がるには骨が折れそうだ。道理で蓮華のような体力お化けが生まれるはずだ」
「誰が体力お化けですかっ」
ですが、エレベータの説明なんて面倒なのでしません。
「あれ、わたしの国ではありませんが、わたしのいた世界なんです!」
帰れるかも。あそこからなら。
「消えたぞ」
「あ! あああぁぁ……」
「心配するな。どうせまた何かしら映るだろ」
視線を外さないようにしながら、わたしたちは海岸を進みます。
すると、今度は先ほどまでよりずっと低い、けれどもレアルガルドでは考えられないほどに巨大な門が現れました。
アデリナがあきれたように呟きます。
「なんだ、あの巨大な門は……。どんな城を建てたらあのような大きさの門になる……」
「パリ! シャルル・ド・ゴール広場! エトワール凱旋門!」
「おまえの国――」
「違います!」
けれども、わたしの足取りは急激に軽くなって。わたしはアデリナの手をつかみ、少しずつ走り出します。深い霧へと向けて。
「お、おい」
もしかしたら、あの光景が日本のものになったときに入ることができたなら。
帰還の手がかり。今はまだ多くの心残りがあるので帰れませんが、帰ることができるのかもしれません。この世界に飛ばされたたくさんのグリム・リーパー被害者たちを、家族や大切な人のもとへ帰してあげられるのかもしれません。
わたしはアデリナの手を引いて走ります。
彼女が転びそうになるたびに支え、喜び勇んで。
凱旋門が消滅し、次に映った光景、それは――。
「……」
それは、わたしが――あの日、日本の魔法少女たちがグリム・リーパーと戦って、わたしが敵を道連れにヘリポートから転落した、東京の超高層ビルでした。
交換日記[魔法神]
波動砲などいらんと叩き返されましたぞ。
惑星ごとイケますのに……。
今宵は飲み明かしますかな、筋肉神よ(´・ω・`)。




