第57話 鎧竜は飛翔しない
交換日記[魔法神]
やれやれですぞ。
我が水乙女も、まだまだおむつが必要のようですなあ。
ようやく魔法の森を抜けたわたしたちは、セラリア内海に沿って進路を北西へと変えていきます。
陰鬱とした魔法の森を彷徨っていた二週間に比べれば、夕暮れ時のセラリア内海の景色はきらきらとしていてとても綺麗で。
シーレファイスを出発してから、一ヶ月が経過していました。
ここへ来てようやく、わたしたちは最終的な進路となる北に舵を切ることができたのだと考えると、旅の困難さがうかがい知れます。
わたしとアデリナの間を、アデリナの身長にまで達したナマニクさんがてくてくと歩いています。さすがにもうわたしの頭にはのせられません。首が疲れてしまいますから。
アデリナが横目でナマニクさんを睨みました。
「……飛べよ、ナマニク……」
――グァァァ?
「おまえの翼は飾りなのか?」
――グァァァ?
アデリナとナマニクさんが和やかムードで会話をしています。
「こう! こうだよ、こう!」
アデリナが両腕を上下にばたばたさせて、少し走りました。
それを見ていたナマニクさんもまた、翼ではなく短い両腕をぱたぱたと上下させながら走ります。
「違う。違うぞ、腕を振るんじゃない。翼を振るんだ」
――グァァァ?
ナマニクさんが首を傾げると、アデリナが額に手をあてて天を仰ぎました。
「騎竜とはなんだったのか……」
ナマニクさんはもう立派に竜の形となっています。
大きな二枚の翼もありますし、鋭い牙も生えていますし、鎧竜独特の鎧のような鱗もすでに形状を固めつつあります。
にもかかわらず、飛べない。
自分が飛べる生物であることをわかっていないのです。
「蓮華、おまえが甘やかし過ぎたからだぞ」
「……ほんとに」
わたしの身体の大きさを超えるまで、わたしの頭にのっかっていましたからねえ。
わたしたちは空行くワイバーンの群れに遠い視線を向けました。
このままではナマニクさんは騎竜ではなく、のっしのし地面を歩くだけの羽根蜥蜴になってしまいます。母親として、それはとても残念なことです。
というか、騎竜なくてはレアルガルド縦断など到底無理なのです。アデリナの歩行速度は、いいとこ六歳児程度ですし。
「父さんの話では、三ヶ月で一端の騎竜として使えるようになると言っていたが、もう一ヶ月だ。すでに空を飛べていなければ話にならん。あまりに役立たずだと食ってしまうぞ」
――グァァァ?
大きくなっても可愛いです。すんごい脅しをかけられているのに、クイっと可愛らしく首を傾げています。
しかし携帯食料化は冗談としても、このままでは埒もありません。
クラナス王の話では、すでに空を飛んで鳥や虫を捕まえて食べている頃のはずですし、本気を出せば飛べないこともないはずなのです。
仕方がありませんね……。
「ナマニクさん。久しぶりにわたしの頭にのってもいいですよ」
頭を傾けて差し出すと、ナマニクさんは嬉しそうに二本の脚で跳躍します。そうしてなんの遠慮もなく、自分よりも小さなわたしの頭部にどっしりとのっかってくるのです。このやろう。
まあまだ八十キロ程度でしょうし、首は疲れても大して重くはないのですが。
「蓮華、首が折れるぞ」
「アデリナじゃあるまいし、人間の首はそんな簡単に折れたりしませんよ」
「……おまえが基準かぁ……」
なんであきれた顔するの?
わたしは頭にのったナマニクさんの足を両手でつかみます。
――グァ?
「引っかかりましたね、ナマニクさん。もう逃げられませんよ」
――グゥ?
「今日からわたしはスパルタでいこうと思います」
わたしはナマニクさんの両足首を持ったまま、ゆっくりと彼? 彼女? を腕力だけで持ち上げていきます。
「お、おい、蓮華……まさかおまえ!」
そうして全身をくるくると横回転させて、ナマニクさんの足首をつかんだまま振り回しました。
――グアアアアァァァァァッ!? ギャアゥゥゥゥッ!!
「うふふ、暴れてもだめですよ」
十回転を超えたところで縦回転に変化させ、ナマニクさんの足首をパッと離します。
「……ッ……ンわしょぉぉぉぉぉおおおぉ~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!! ファ~~~~~!」
――ギュゥゥゥゥァァァ…………………………――。
すっごい勢いでナマニクさんが高高度にまで上昇しました。といっても、三十メートルほどなので大したことはありませんが。
「そこです! ほら、翼を振って! こう! こうするんです!」
「……無理じゃないか? 完全にパニクってるぞ」
翼を動かしてはいますが、でたらめに動いています。両腕両足はわちゃわちゃしていますし、とても空を飛ぶ生物には見えません。
無様!
そうして重力に引かれ、当然のように真っ逆さまに落ちてきました。
――ギュゥゥゥゥゥィイイイイイイイイイッ!?
いつもより元気な声で鳴いていますね。これならまだやれそうです。
わたしが両足と両腕を開いて真っ逆さまに落ちてきたナマニクさんを受け止めると、砂の地面が爆ぜて足もとがへこみました。
「せ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~のっ!」
頭部の兜っぽい部分をつかみ、もう一度空へとぶん投げます。
――キュゥゥゥァァァァ…………………………――。
「ああ、また手足をわちゃわちゃさせてるぞ、あいつ。翼を動かすんだと何度言ったらわかるんだ」
「困りましたね」
――ギュゥゥゥゥゥィイイイイイイイイイッ!?
落ちてきました。
再び受け止めて、投げ上げます。
――ギャアウウウゥゥゥゥ……………………――。
七回ほどそれを繰り返したところで、あきらめることにしました。どうやらこの方法ではだめのようです。
ナマニクさんは地面に伏せってぐったりしてしまいました。
「やり方を変えよう。たとえばおまえがナマニクの足首を両手でつかんだまま、全力疾走で走ることはできるか?」
「ええ、まあ。でも翼を動かすことを知らないとあまり意味がないかも」
「あたしが後ろから風を送る。翼が自然に持ち上がるように」
「魔法ってやっぱり万能ですねえ」
「何言ってんだ。できるか、そんなこと。あたしは剣士だ。口で吹いて送るに決まってるだろ」
雑! なんかもうむちゃくちゃ言ってます。
魔法を誤魔化すのがだんだん面倒になってきてるのかもしれませんね。
「わかりました」
わたしはぐったりと伏せったナマニクさんの足首を両手でつかみ、再び持ち上げます。
――クァァァ!? ギュゥアアァァ!?
じたばたしてますが、ここは我慢してもらいましょう。
「じゃ、行きますよ?」
「いつでもいいぞ」
わたしはナマニクさんをウィニングラン中の国旗のように掲げて、全力で走り出します。海岸線を走りながらぐんぐんスピードを上げて。
岩を跳び越え、草むらを踏みならし、風を切って。
――キュウゥゥゥゥゥゥ!
あ、これは上機嫌なときの声です。
わたしに騎乗したいと言うの、ナマニクさん? でも残念! わたしがあなたにのるのですよ!
トップスピードにのったわたしの背中から、強烈な突風が叩きつけられました。直後、ぶわっとナマニクさんの翼が広がったのがわかりました。
――グァァ!
「ひゃ、あ、あれ?」
なんだか足がふわふわして走りにくいです。浮遊感があります。一歩一歩の歩幅が伸びてって。
そう思った瞬間でした。わたしの足が完全に地面から離れてしまったのは。
わたしとナマニクさんは、緑の風にのってふわりと浮かび上がったのです。鳥が飛ぶようにではなく、ハンググライダーのようにです。
「わ、わーっ!」
――キュウゥゥゥゥゥゥン!
ようやく本能に目覚めてくれたのか、ナマニクさんが嬉しそうに翼を動かします。そのたびにわたしの身体は左に向いて、右に向いて。
「飛んでます、飛んでますよ! ナマニクさん!」
高度はまだまだ。けれどこれは、ナマニクさんが騎竜としての大きな一歩を踏み出したと言って間違いはないでしょう。
逞しく、育ってくださいね。
「――れ、蓮華……ッ!」
叫び声に振り返ると、アデリナが大きく両手を振っていました。目を剥いて必死で叫んでいますが、よく聞き取れません。
「何? 聞こえませ~ん! ……なんだろう?」
必死で前方を指さしていますが……。
視線を前に戻した瞬間、わたしとナマニクさんは岩壁に激突して墜落します。
ちょっとぉぉぉ……、ちゃんと前見て飛んでくださいよ、ナマニクさぁぁ~ん……。
交換日記[アデリナ・リオカルト]
脳みそごと爆ぜてハゲろ。




