第52話 雷の剣士は背中を向ける(第四章完)
交換日記[筋肉神]
最速の銀竜だとぉ?
そのようなものは石を側頭部あたりにゴチンとぶつけて墜としてやればいいのではないのか?
わたしたちが魔王の一味としてアルタイルに侵入し、黒の石盤遺跡の写本を盗みにきたという容疑は、魔王襲来の一件でようやく晴れました。
たぶんそれこそがアマゾネスたちの主目的だったのでしょう。もちろん、鎧竜の回収も含めてのことでしょうけれど。
リュックに入り切らなくなったナマニクさんは、わたしの頭の上にのっています。
よほど強い睡眠魔法を掛けられたのか、目を覚ましたのは魔王が飛び去ってから半日も経ってからのことでした。
アルタイル門に立ち、グラノスさんが仏頂面のまま尋ねてきました。
「シチホー、首は疲れないのか?」
「この子、見かけほど重くはないです」
――ピキィ!
以前よりも力強く、ナマニクさんは鳴きます。
ちなみにもう、わたしの上半身の大きさは超えていました。あのときアデリナが造ったかまくらが、もうぱんぱんになっていたから、びっくりしましたよ。
成長速度、やはりすごいですね。
グラノスさんが、わたしの頭上のナマニクさんを見上げて呟きます。
「とてもそうは見えん……」
「そうですか?」
たぶんキラキラ☆モーニングスターと同じくらいしかないと思うのですが。
アデリナは少し離れた場所で、わたしたちを見つめています。
どうしてあんなところに立っているのでしょう。こっちに来たらいいのに。
視線を向けると、にたりと笑いました。
なんですか、あれ。
「そうだ、グラノスさん」
「なんだ」
仏頂面で両腕を組んだまま、グラノスさんがわたしに視線を向けます。ずっと目を逸らされていたのに、ちゃんと目を見て話せるというのはいいものです。
「グラノスさん、すっごく速く動けるんですね。あれって魔法ですか?」
たぶんこの人、わたしよりも速く動けます。グラノスさんの速さとわたしの怪力、そして魔王の持つ異常な斬れ味の刀に対抗できる武器さえあれば、魔王との戦いは少し違ったものになっていたかもしれません。
グラノスさんはわたしを見つめたまま、押し黙ってしまいました。
わたしはナマニクさんを頭にのせたまま首を傾げます。
「……秘密?」
「そういうわけではない。正直なところ、よくわからん。ただ、アルタイル図書館の生態学や医学から得られる知識では、人体を動かすのは脳から発生するわずかな雷であるとされている」
地球で言えば、脳の発する電気信号のことでしょう。
「俺は雷の剣の雷を体内に流し込むことで、それを強化できるらしい。レアルガルド大陸でも相当珍しい特異体質のようだ。通常の体質の者が真似をすれば、筋肉が硬化してむしろ動けなくなる」
電流耐性が異常に強いということでしょうか。肩こりも取れたりするのかしら。
いずれにしても――。
「わたしには真似できそうにありませんか?」
「おすすめはできない。効果時間も短い上に、あれはわりと痛い」
「痛いの?」
「ああ。痛い。やり過ぎると体内から爆ぜることもある。血管が」
うわ、忘れましょう……。
「やめておきます」
「だが、シチホー。おそらくおまえの怪力もそういった作用に似たなんらかの魔法に近しいものだと思うぞ」
「え? え?」
グラノスさんがわたしの右手首をつかみ、視線の高さまで持ち上げます。
「わ、わわ!」
「女にしては少々硬いが、細い。たとえばこの腕が先の魔王戦のように倍化したとしても――」
「――し、し、してません! ずっとこの細さのままでしたっ」
なんか、なんか、いつもより恥ずかしい……!
ざわっと血流が頭部に集中しました。たぶん今、真っ赤な顔をしています。心臓の音が腕を伝ってグラノスさんに伝わらないか心配です。
一瞬言葉を止めたグラノスさんでしたが、仏頂面のまま平然と言ってのけます。
「人の筋肉であれば倍化しても、あれほどの怪力は出せない。何か、他の要素がおまえの筋肉になんらかの作用を及ぼしているとしか思えない。それが特異体質によるものかどうかは、俺にもわからんが」
うわ、この人、わたしの言葉をあっさり無視しましたよ……。
「そしてレアルガルドでは、物理法則で証明できない現象を総じて魔法と呼ぶ」
その優しい言葉に、とくん、と胸が高鳴りました。
「え、つ、つまり、わたしはもう魔法少女ということでしょうかっ!?」
「最終的に作用しているのが筋肉である限り、怪力少女に決まっている」
あがががが……。
がぁん……。上げて落とすタイプですか……。
「俺には真似のできないことだ。だが、それでいい」
「それでいい?」
「おまえは怪力を磨け。足りない速さや魔法は、他の者が補ってくれる。おまえたちはそうやってここまできたのではないのか」
グラノスさんの視線は、アデリナに注がれています。
「あ……」
そうしてグラノスさんは、初めて少し口角を上げて瞳を細めたのです。
「何もかもを一人で背負えてしまうだけの強さを持ってしまったら、それはきっとつまらない生き方になるだろうな。俺には魔王と騎竜の二人がそう見えた。やつらはおそらく、王であってなお孤独だ」
「常闇の眷属が、あの人には仲間がいっぱいいるのに?」
「ああ。そうだ。おまえは、あんなふうにはなるな。何もかもを一人で背負い込むくらいなら仲間を捜せ」
あ……。
「幸いにして、もう騎竜と凄腕の魔法使いはそろっている」
「え、ええ」
遠ぉぉ~~~くのほうから、アデリナが怒鳴ります。
「おい、おまえ! 勘違いするな! あたしは剣士だ! 魔法など使ったこともない!」
「……だそうです」
ていうか聞こえてたんだ。
もしかして魔法で盗み聞きされてる? まあ別にいいですけど……。
「ああ、それと」
「はい?」
「レンギ隊長から伝言だ。なんかごめんねぇ~だそうだ」
「謝罪が雑!」
「……悪い人じゃない。図書館にある写本のおかげで、この数年は誰も彼もがぴりぴりしていた。それだけのことだ」
ちなみに、中庭で倒されていた聖堂騎士一〇〇名余りは、全員生存していたそうです。
魔王が何を基準に善悪を決めて人を斬っているのかはまだわかりませんが、やはりあの人とはもう一度話し合う余地があるような気がします。
けれど、交渉は同じ立場、同じ力を持つ者同士がすること。わたしとアデリナだけでは、絶望的に足りていません。
「グラノスさん」
「なんだ」
ぶっきらぼうに、仏頂面で。
「もしわたしたちと旅をしてくれませんかとお誘いしたら――」
「断る。爺ちゃんを一人にはできない。もうわかっているだろうが、大神官ラトル様は魔王と同じものを背負って孤独になっている」
予想していた返事だったのに、妙な寂しさを感じてしまいました。
「だが、ありがとう、シチホー」
「あ……、いえ」
つかまれた腕から伝わるぬくもりが、するりと抜けます。
静かに、牧草地を風が流れてゆきます。
「じゃあな、シチホー。おまえたちの旅がうまくいくよう、ニフラ様に祈っている」
「豊穣の女神に?」
「実りは作物だけじゃあない。人間だって醸成する。関係だって変わり続ける。それらが豊穣とならんことを祈るんだ」
すごいな、この人……。大人なんだ……。
グラノスさんは、わたしに色々なことを教えてくれた気がしました。
「あなたには色々救われました。ありがとうございました、グラノスさん」
「こちらもな。世話になった、シチホー。――魔法使いの剣士殿も」
アデリナが遠くのほうで手を挙げます。
やっぱり盗み聞きしてる~……。もう……。
わたしが差し出した手を固く握りしめ、それからグラノスさんは背中を向けて歩き出します。
アルタイルの街にその背中が溶け込むまで見送って、わたしは近づいてきたアデリナを振り返ります。
「行きましょうか!」
「もういいのか?」
「何がです?」
アデリナが珍しく少し目を泳がせて、言葉を選ぶように呟きました。
「わからないならそれでいいさ。あたしから見ればグラノスもおまえも、あまり器用には見えなかっただけのことだ。それならばそれなりにやりようというものがあるだろうに――」
「?」
「いや、なんでもない。また遊びにこよう。あたしはアルタイルを気に入ったぞ。図書館で眠っている知識は多そうだし、山ほどの猫もいるし、戦友もいる。こう言えばいいか?」
何が言いたいのか真意はわかりません。けれども、わたしもアルタイルがシーレファイスと同じくらい好きになりました。
この国にはいっぱいの猫がいて、たくさんの本があって、綺麗な神殿があって、グラノスさんがいるから。
「うん。絶対また来よう、アデリナ。だって観光もまだしていませんでしたからね。今度は彼に案内してもらいましょう」
「なんだ、あたしも一緒でいいのか?」
「?」
アデリナが微笑んで、わたしの背中を軽く押して歩き出します。
わたしはふと思います。
グラノスさんは、アデリナによく似ていたのかもしれません。
わたしにたくさんのことを教えてくれます。ピンチに陥ったら無条件で助けてくれます。そして、とても優しい人です。
太陽は高く、風は気持ちよく、よく晴れた日のことでした。
交換日記[魔法神]
筋肉神の筋肉を基準に意見しても娘らを困らせるだけですぞ?
せめて口から波動砲くらい現実的なアドバイスをすべきかと。




