第30話 真昼の残虐パーティー
交換日記[筋肉神]
魔法少女のお色気作戦は、セラリアの海賊には通用しなかった。
それもこれも筋肉――主に大胸筋が足らんからに他ならない。
船は徐々に船尾から海中へと呑まれていきます。
生き残った海賊さんたちは必死で舳先へと向かいますが、いかんせんすでに傾いた船。うまく移動などできません。
わたしもお頭さんも、船の縁にぶら下がっているような状態です。
「……どうやらここまでのようだな」
お頭さんが呟きました。
わたしはリナリス運輸の船のある方角に視線を向けます。
「てめえも無駄に足掻くなよ。仮にうまくリナリスの船まで逃げ切ったとしても、やつらを新たな獲物に案内しちまうだけだ。覚悟決めろや」
まだなの?
「お仲間の心配ならいらねえよ。ダーグアオンどもは目が悪い。これくらい離れてたら見えやしねえ」
わたしがリナリス運輸の船を飛び出したことを、黒光りオジサマがアデリナに報せないはずがありません。
これだけ時間がかかっているのなら、アデリナはきっと来てくれます。
……船酔いさえなければ……ですが……。う~ん……。
リナリス運輸の船に動きはありません。
ふいに、わたしは誰かに足首をつかまれました。
「~~!」
海藻のようなものが生えた、細かな鱗に包まれた気持ちの悪い腕。
魚眼がぎょろりとわたしのスカートの中を覗き――。
「ちょ――っ! どこ見てるんですかっ!」
わたしはその尖った鼻面をもう片方の足の裏で踏みつぶして差し上げました。
鼻先の潰れたダーグアオンが、すっかり垂直になった甲板を転がり落ちていきます。
「だあ~っはっは! 物好きな野郎だなあ、オイ!」
ひどい物言いに、わたしはお頭さんを睨みます。
「悪かったですね! 色気もなんもなくて!」
ずぶずぶ、ずぶずぶ、海賊船は沈み行きます。もう船尾から船の三分の一くらいは海中です。
わたしたちは縁につかまりながら重力に逆らって、舳先へと向かいます。
一人だったら、わたしは逃げ切る自信があります。リナリス運輸の船には向かわずに、うっすらと見えている向こう岸。向かう先、アルタイルのある半島を目指して走り続ければそれでいいのだから。
けれど、誰かを背負ってはいけません。それに誰かを背負えば、まだ生きている誰かを見捨てることになってしまいます。
そのような命の選択など、まだまだ未熟な身であるわたしには到底できません。
わたしとお頭さんの前をいっていた海賊さんが、縁から手を滑らせて甲板を転がっていきます。
「ひあ……っ」
「――!」
わたしはとっさに縁から手を放し、その海賊さんの手をつかみました。
お頭さんの怒声が飛びました。
「馬鹿野郎!」
このままでは海に落ちてしまいます。そうしたらもう、いくらわたしでも助かりません。
「はっ!」
海賊さんの手をつかんだ左手はそのままに、右手を拳にして、壁のようにそそり立っている甲板へと叩きつけます。ばぎん、と音がして甲板を貫いた拳で落下を止めます。
「痛……っ」
手首に割れた板が刺さってしまったのでしょう。ぶら下がり状態になった右腕を伝って赤い血が垂れ落ちてきました。
それでもわたしは落ちた海賊さんを左手一本で持ち上げ、伸ばしていたお頭さんの手へとつかまらせます。
お頭さんは海賊さんを片腕で引き上げて船の縁をつかませ、今度はわたしに手を伸ばしました。
秒間ごとに海面は近づいてきます。うっすらと見える海中には、わたしたちの様子を見上げているダーグアオンたちが、うようよと泳いでいて。
ぞくり、と背筋が寒くなりました。まるで気温そのものが下がってしまったかのように。
わたしはお頭さんの手につかまり、引き上げてもらって再び船の縁に取り付きました。
「この馬鹿野郎が! 無茶すんな!」
「この期に及んで?」
わたしは不敵な笑みで問い返します。
「む、う……」
常識で考えれば、命が数分延びただけです。無意味でしょうか。
ううん、違います。
「冗談です。もう少し耐えれば、きっと助かります」
だって、感じたもの。寒い、と。
それに、聞こえていたもの。ぱきぱき、ぱきぱき。変な音が。
さっきよりもずっと寒くなって、気温が実際に下がってきているのは間違いありません。まさかこんな方法をとるだなんて思いもしなかったけれど。
「な、なんだこりゃ?」
海がシャーベットのようにみぞれを浮かべ始め、数秒後には冷気を放出しながら凍り付いてゆきます。
わたしは海賊船の縁から顔を出し、げっそりした美人さんに手を振ります。
「アデリナ!」
「……最初からこうすればよかった……ヴォエ……」
ああ、顔色が青白いままだ。
足取りもふらふらですが、アデリナです。彼女は海面ではなく、氷上を歩いています。それも中途半端な大きさの氷ではなく、リナリス運輸からこっち、海賊船に至るまでの海をすべて凍らせて。
氷に閉ざされ、海賊船の沈没がようやく止まりました。
わたしは船の縁に跳び乗って、アデリナの作った氷の道に飛び降ります。
アデリナは口もとをハンカチで押さえて、半分白目を剥きながらふらふらとこちらに近づいてきていました。
「……ヴォゥ……! ……ああ、くそ……まだ揺れてる気がする……。……ぅぅ……もっと氷の面を広げるか……ああ……もういっそ海峡ごと……」
「だめですよ。生態系が狂っちゃうのでやめてください」
けれどそのアデリナへと向けて、氷の道の薄い部分を狙って割ったダーグアオンたちが襲いかかります。
「のわーっ!? ……ヴォオェ……生臭…………」
わたしは氷上を走って滑り、ダーグアオンの尾ヒレの足をつかんで力一杯振り回し、ぶん投げました。
「~~~ににににに……ぁどっせい!」
数十メートル先の氷上に叩きつけられたダーグアオンが破裂し、赤い霧と化します。
それを皮切りに、ダーグアオンたちが次々と氷上へと這い出てきました。どうやら狩りの邪魔をされてひどくご立腹のようです。
アデリナの顔が歪みました。
「……ヴォエェェ……くっさ……。……ダーグアオン……くっさ……。……蓮華、あたしはだめだ……船酔いで……ヴィォ……目が回……っ……ヴェレェ……」
「わかりました。足場さえあれば問題ありません。わたしがやりますので休んでいてください」
アデリナがその場にコテっと倒れます。
なんか涙流してるし。冷たくないのかしら。
「……ぅぅ……震脚は使うな……割れる……ぞ……」
「あいさー」
そこから先はもう一方的です。
地面さえあれば、三十体でも五十体でもどんと来い。
襲いかかってくるダーグアオンの顔面をめり込みパンチでへこませ、右ヒレと左ヒレを引っ張ってちぎり取り、右エラと左エラを持って右脳と左脳を分けて差し上げ、腹部を破裂させ、鱗を剥いで眼球を破壊し。
途中から生き残った十名ほどの海賊さんたちも加わり、真昼の残虐パーティーは幕を下ろしました。
そう思った瞬間でした。
「~~っ!?」
ゴッという震動とともに、氷の足場が上下に揺れます。
な……に……?
数秒経って、もう一度。突き上げるような震動に、海賊さんたちも顔色を変えています。
ゴッ!
海底火山? それとも、巨大な何かが氷を下から割ろうとしている?
じわっと汗が滲みます。アデリナは使い物になりません。この規模の震動を起こせる体躯を考えると、おそらく海賊さんたちでは太刀打ちできないでしょう。
バギッと音の質が変わりました。
背後。氷の道にひびが入り、砕けた小さな氷塊がガラス片のように舞い上がります。
来る――っ!
どがん、と氷が爆発しました。
わたしは身を低くかまえ――目を剥きました。
氷の道にできた大きな大きな割れ目から、巨大な尖った鼻が覗いています。ダーグアオンの尖った鼻。
大きい!
「ひ……」
「うぁ……」
海賊さんたちが息を呑み、氷の道に腰砕けとなって座り込みました。
それもそのはず。なぜならそのダーグアオンの大きさは、通常のダーグアオンのおよそ五倍はあったからです。あんなのに襲いかかられては、半壊した海賊船はもちろんリナリス運輸の船であってもひとたまりもないでしょう。
そんな怪物がアデリナの作った分厚い氷を水中から強引に破壊し、現れたのです。
こ、こんなのが海底にいたの?
絶望を煽るかのように、徐々に、ゆっくりと。それは這い上がってきました。
鼻先から血走った凶悪な眼球、眼球から巨大な頭部を出し、頭部から豪腕のようなエラ――。
「……っ」
そして、エラから下は――ありません。そのダーグアオンは、首だけでした。
いえ、ありました。小さな小さな、わたしよりもさらに小さな身長しかない、もさもさのオッサンが。
「フォ~~~~~~~~~~~~~~~~~ゥ!」
もさもさが濡れてストレートになっていますが、ランドルフさんです。
ランドルフさんがか細い両腕で、巨大なダーグアオンの首を持ち上げて太陽に掲げていました。
若干、誇らしげに。
交換日記[七宝蓮華]
( ´_ゝ`)<(……滅せよ……)




