第23話 その男、毛玉につき
交換日記[筋肉神]
のどかな旅よのぅ。
こういうときこそ筋トレを怠らぬようにせねば、筋肉がなまってしまうぞ。
リナリス運輸――。
都市国家シーレファイスから馬で西へとおよそ二時間。そこにその商会らしきものはありました。
商会、と言っても、鉄筋コンクリートで固められたビルが建っているわけではありません。
防壁も質素な、小さな村です。その村の入口にアーチがあって、そこにレアルガルド文字でリナリス運輸と書かれていました。
わたしたちが馬でアーチをくぐると、すぐさま槍で武装した五名もの衛兵らしき方々に囲まれてしまったというわけです。
理由なんてわかるはずもなく。
「――!」
しかし身を固くしたわたしとは裏腹に、アデリナは悠々としています。
「シーレファイスのアデリナ・リオカルトだ。セラリア海峡を渡りたい」
ここまでが五分ほど前のお話。
そして現在、わたしたちは不思議と薄暗い牢屋の中にぶち込まれて、並んで三角座りをしています。ちなみに罪状は、王族詐称の嫌疑兼、海賊疑いだそうです。
おい……!
まあ、その気になればキラキラ☆モーニングスターで壁を破壊するなり、鉄格子を強引に左右に広げるなりしていつでも脱獄は可能ですが。
わたしは横目でアデリナを盗み見ました。
「……リナリス運輸は知り合いって言ってませんでしたっけ?」
「おかしいな。十五年前に一度訪れたことがあったはずなんだが」
「それ、二歳とか三歳の頃では」
「そうだが?」
さも当然のように、アデリナは不思議そうな顔をしています。
その頃から体型も顔も変わっているでしょうに……。お勉強のできるバカはこれだから困ります……。
「アデリナっていくつなの?」
「十七だ」
一つ上かあ。説教をしようかと思いましたが、やめておきました。
こん、こん、と鉄格子がノックされます。
「悪いな、お嬢さん方。最近は海賊やら魔物やらで特に物騒なもんでねえ。数日前にも、船を沈めるってな陽気な手紙が届いたばかりなんだ。で、今リナリス運輸はぴりぴりしてるってわけだ」
陽気な手紙……。
テラッテラに黒光りしている逞しいオジサマが、後頭部をぽりぽり掻きながら大あくびで呟きます。行動するたび、いちいち盛り上がる筋肉が気持ち悪いです。
「ま、嫌疑が晴れるまでだ。もう少しそこにいてちょうだいよ」
「わかった。手早く頼むぞ」
「はいよ」
あっさりと承諾するアデリナを横目に、わたしは黒光りオジサマに尋ねます。
「あの。この人、本当に王族ですよ。牢屋に入れておいて、あとでクラナス王に睨まれたりはしませんか?」
「ん~……。あの王様なら大丈夫だと思うけどねえ。ひどい目に遭わせているわけでもないし」
無駄に心が広いですね、クラナス王。もう少しくらい過保護でも良いと思います。
「でも、牢屋ですよ?」
「自慢の牢屋だ。居心地、悪いかい?」
薄暗く、重苦しい壁に囲まれてはいますが、掃除は行き届いています。座っているところも冷たい床ではなく、何か大型の魔物か動物の毛皮です。
部屋の隅に重ねられた寝具からは太陽の匂いがして、質素なものではありますが、ソファまで完備されていました。
その上、部屋の隅には毛玉のようなオブジェまであって、さらに言えば目の前の卓には飲み物と焼き菓子まで用意されています。ご丁寧に湯気の立ったヤカンのようなものまでも。
「……立派な待合室みたい。でもそういうことを言いたいわけではなくって――」
「そう。そこが我が商会の待合室なのさ。まあ、おとなしくしてな。シーレファイスに身元の確認が取れ次第、出してやるからよ。要は海賊疑いさえ晴れりゃいいってこった」
少し、頭を掻いて。
「まったく。魔王の野郎が魔導文明をぶっ壊してくれやがったせいで面倒くせえったらありゃしねえ」
「魔王?」
「ああ。リナリス運輸はもともと小型飛空挺で荷を運ぶ商会だったんだが、魔素が枯渇して海を走らざるを得なくなっちまった。おかげで海賊だの魔物だのの相手までしなきゃなんなくてねえ。迷惑な話だぜ。リリフレイアやアリアーナがさっさと魔王を討ってくれることを祈るしかねえや」
恨まれてますねえ、魔王は。
黒光りオジサマはそれだけを告げると立ち去ろうとして――ふと振り返りました。
「おまえら、喧嘩すんなよ?」
「しませんよ」
「安心しろ。蓮華は見た目ほど子供じゃあない」
…………殺すぞ……!
「ならいいさ」
そう言って黒光りオジサマは廊下を歩いて去っていきました。
困りました。急ぐ旅ではないとはいえ、まさか初日の第一歩目で躓くことになろうとは。とりあえず先ほどから気になっている焼き菓子でもいただきながら――……。
わたしは手を伸ばし、空をつかみます。
「ない……っ!? アデリナ!?」
「ん?」
アデリナは三角座りをしたまま、壁を背にきょとんとしています。
「……食べました?」
「食べてないぞ」
だとするなら鎧竜の子――!
と思ったら、鎧竜の子はわたしのリュックから首を出して、アデリナの手から生きた昆虫をもしゃもしゃ食べています。
「はっは、こんなゲテモノをよく食うなあ。おまえは蓮華母さんにそっくりだな~」
…………殺すぞ……ッ!
いや、じゃなくて!
「よ、よく素手で持てますね」
「虫?」
「ええ」
黒く細い六本足が、わちゃわちゃ動いています。ぞぞっと寒気がしました。
けれどもアデリナは、優しげな視線を少し細めて。
「命は愛しいだろ」
聖母のような台詞を呟きます。
その愛しい命を、生かしたまま鎧竜の子に貪り食わせながら。
――ピュゥ!
わたしは鎧竜の子を一撫でして、愛しき命と愛しき焼き菓子に思いを馳せます。
「誰が食べたのでしょう……」
「あいつだろ」
アデリナがさも当然のように、牢の端を指さします。
「へ? ひゃ!?」
薄暗い一角に、もっさりとしたオジサマがいました。
小さなオジサマです。正座をしています。
頭髪が異様に長く、頭部から垂れ流された灰色の毛は地面にまで届いているだけではなく、後頭部どころか顔までをも完全に覆っていて、表情どころか輪郭すら見えません。
「ちょ、え、え?」
「最初からいたぞ。あたしたちが放り込まれたときには会釈もしてくれていた」
わたしはてっきり部屋のオブジェとばかり思っていました。
「き、気づいていたのなら教えてくださいよ!」
気配なんてほとんど感じませんでした。
「いや、達人級のおまえがまさか気づいていなかったとは思ってもいなくてな。変身魔法は使えるのに、魔素の流れは見えていないのか?」
「魔素?」
「魔法のもととなる物質だ。魔力は魔素を溜める器の呼称に過ぎない。魔力が大きな生物は、そこに溜まった魔素を使用して魔法を使う。だから魔力という器以上の大きさの魔素を必要とする魔法は使えない」
ほんのりと理解できましたが、魔素とやらはわたしには見えていないようです。
「どうりで持っている力の割りに感知能力が低いと思った。そういうことだったか」
そういえば、タナリア丘陵でエールヤンカシュに襲われたときも、アデリナが先に気づいてくれました。
わたしにも気配を読むことは可能ですが、殺気や闘気のようなものを放つ強い生物でなければ、よほど気をつけていない限りは感知できないのです。
まあ、そこらへんのことはともかくとして。
わたしは毛玉に向かって頭を下げます。
「ご、ご挨拶が遅れました。わたしは魔法少……あ、いえ、魔法使いの七宝蓮華で、こちらは魔――」
「剣士のアデリナ・リオカルトだ」
もう! また平気な顔で嘘をつくんだから!
あ、わたしもですね。
もぞもぞと毛玉が動き、にゅっと左右から細い腕を出します。そうして、十本の指先で顔の前に垂れ下がっていた大量の前髪を両側に掻き分けて。
「ランドルフ」
彼はそう言いました。なんだか気の抜けたような声でした。
交換日記[七宝蓮華]
( -_-)
交換日記[アデリナ・リオカルト]
わかりました師匠(`д´ )ゞ




