第16話 魔法少女はよじ登る
交換日記[魔法神]
ぷぅー、くすくす!
力尽くで岩石をぶん投げることが、自称魔法少女さんにとっては地属性魔法ですと?
いやまいりましたっ、斬新っ、実に斬新ですなあっ!! ぶぷ、ぶふぉぉぉ!
タナリア丘陵、鎧竜の巣――。
絶壁の遙か上に見える洞を目指し、わたしは垂直の崖を這い上がります。
片手の力だけで岩の突起に飛びつき、身体を揺らして左足を振り上げ、斜め上の突起に引っかけます。
「よいっしょ!」
髪は重力に引かれて逆さに流れ、わたしは引っかけた左足を起点に腹筋を入れて身を起こし、次の突起を右手でつかみました。
「ほ」
大変です、これ。フリークライミングを命綱なしでやっているのですから。
右手でつかんだ突起を両手でつかみなおし、わたしは腕の力だけで上方一メートルほどにある突起を目指して跳躍します。
「よっこいっ!」
「器用なもんだなあ」
その横を悠々とアデリナが歩いています。
垂直方向に。息切れしているのは、軽装とはいえ鎧やドラゴンスレイヤーが重力に引かれているからでしょう。
アデリナはアデリナで大変そう。体力ないから。この人。
それでも落っこちないあたり、彼女の魔法のすごさがうかがい知れます。
「アデリナほどではありません――よっ!」
足を振り上げ、崖の窪みに差し込みます。身を起こして突起をつかみ、右手の指二本でぶら下がったまま休憩。左手を降って血流を戻し、休めます。
下を見れば、高度はおよそ三十メートルといったところでしょうか。上に見える洞までの距離で言えば、半分より少し上まで来たところです。
こんなところをワイバーンなんかに襲われたら、さすがにひとたまりもありません。けれども空には結構な数が飛んでいるのに、どういうわけかこの岩山には近づこうとはしないようです。
わたしの視線に気づいたのでしょうか、アデリナが教えてくれました。
「鎧竜を恐れてるんだ。中途半端な魔物は近づかない」
「鎧竜とはなんなんですか?」
アデリナが垂直に崖に座り、胡座を掻きました。
具足の裏がスパイクになってる云々な設定はどこにいったのやら。もしかしてお尻もスパイクなんですか?
「亜竜種だ。飛竜や海竜とはまったく違う進化を果たした稀少な竜だよ」
「どのような?」
アデリナはどこからか木筒を取り出し、口をつけます。喉を動かして飲み、わたしに突き出して。
「飲むか、蓮華?」
「いただきます」
片手で受け取り、わたしは岩の突起にぶら下がったまま喉を潤します。
「ありがとう」
「ああ。落っことしていいよ。割れない作りにしてあるし、飲みたくなったらいつでも取り戻せるから」
万能! アデリナの魔法ってどうなっているの? 魔法というより超能力なの?
「そんな魔法、あった?」
「何言ってんだ。そんなもん遠隔で水を引き寄せれば済――あわわ、じゃなかった。い、糸だよ、糸。見えない糸を紐づけてるから手繰り寄せるんだ」
天才! すっごいバカな天才がいます!
わたしは念のために下を確認して、わたしたちの荷物が置いてあるあたりにアデリナの木筒を落としました。
「で、鎧竜とはどのような竜なのですか?」
「鎧竜は、古竜種ほどの知能や魔力は持ち合わせていないが、ワイバーンほど鳥頭でもない。ただし戦闘能力のみで言えば、古竜種に近いものがある。火や氷のブレスこそないが、身体中が鎧のような強固な鱗で覆われているからだ。並の斬撃など通しもしない」
なるほど。だから鎧の竜で鎧竜なのね。
「人を超える知能を持つ古竜種は、基本的に人には懐かない。盟約にて強制的に従わせる方法もあるにはあるが、剣士だろうが魔法使いだろうが、たとえ一国の軍隊であっても並大抵の力では不可能だ。やつらは生態系最上位の神格生物だから」
「うんうん」
強い風が吹いて、身体が揺らされます。
「あ……」
指先が滑りました。わたしは地面に吸い込まれるように背中から落下します。
「蓮――っ!?」
「~~っせぃぃい!」
少々力を込めた抜き手で絶壁を貫き、落下を防ぎました。
危ないところです。もうちょっとで振り出しに戻されるところでした。
「あはっ、ちょうど岩にいい感じの裂け目があって助かっちゃいました」
「裂け目っておまえ、今――」
わたしは視線を逸らします。
「さ、さ、最初から裂けてました! 話の腰を折ってごめんなさい! いいから、どうぞ続けて?」
「あ、ああ……」
助けてくれようとしていたのでしょうか。腰を浮かしていたアデリナが、苦笑いを浮かべながら再び垂直の絶壁へと腰を下ろします。
「古竜は人には懐かんが、こと鎧竜に関して言えば、人を超えるだけの知能がないため、育ち方によっては人に懐くこともある。卵から出て最初に見たものを親と思い込む刷り込みや、長期にわたる餌付け、あとは命を救えば義理ができたりもするらしい」
「ワンコみたいなものですね」
わたしは先ほどの高さまで、絶壁をよじ登ります。
「まあ、そうだな。で、ここに棲む鎧竜は、あたしの父で国王でもあるクラナス・リオカルトに懐いている。卵を拾って孵したらしい。だから父の住まうシーレファイスに仇なす怪物に襲いかかるんだ。上空を滑空して哨戒したりもする」
「だからあんなに危険な森が近くにあっても、シーレファイスは平和なんですね」
アデリナがうなずく。
「うん。怪物も鎧竜の臭いがある地には基本近づかない。戦闘能力で言えば古竜に匹敵するからな」
「ところがどういうわけか、サイクロプスがシーレファイス近くに出現した、と。メガネーサン……じゃない、アイシスさんはそれを心配して様子を見てこいと言ったのですね」
「そういうことだな」
鎧竜。そっか。これも竜なんだ。
そう考えると、遭えるのが楽しみになってきました。わくわくしますね。
「アデリナ、そろそろ行き――」
あれ? いつの間にか落としたはずの木筒が、アデリナの手の中にあります。
アデリナは然も当然のようにそれで喉を潤し、再び木筒をポイっと落としました。
なんかもう日常的に無意識に魔法を使っています。たまぁ~に、ため息が緑の風になって見えたり、手を振ったら炎がちらついたりしていますから。
息を吐くように魔法を吐く。くぅ~、うらやましい。
「さて、残り半分。登るか」
「は~い」
岩の突起に飛びつき、わたしは足を振り上げます。
アデリナはやっぱり悠々と、わたしの隣を歩いて登って。
ふと、気がつきます。
休憩以降、先ほどから都合よく突起があるなーと思っていたのですが、どうやらアデリナが絶壁の形状を地属性魔法で変成させ、突起や窪みを作ってくれていたようです。
わたしが、登りやすいように。
優しい人……。
けれども、お礼を言っても認めないでしょう。だって彼女は、頑として剣士であろうとするから。魔法なんて使っていないんだ~って。
突起に飛びつき、足を振り上げて掛け、身を起こし、よじ登ります。窪みに指を入れて、腕の力で跳んで、崖をつかんで。時には自分の腕にまで足をかけて。
だからいつか、わたしもこの怪力で彼女を助けようと思います。絶対に。
「蓮華ってさあ」
「はい?」
名前を呼ばれて、わたしはアデリナの顔に視線を向けました。
「可愛いパンツを穿いてるな」
「……」
パン……な、なんなの、いきなり……。
「や、さっきから足を振り上げるたびに見えるからさあ。どこで売ってたんだ?」
「…………日本ですが……」
「日本かあ。さすがに手に入らないな。……ふ~む。今度クウに作らせてみるか」
なんなの、なんなの、この人……?
ぶつぶつ呟きながら、唇に手をあてて。アデリナは垂直に絶壁を登っていきます。そうして、一人で鎧竜の洞へと入っていって。
なんなの? なんでいきなりそんなこと言い出したの? ちょっと待って、ねえ?
交換日記[七宝蓮華]
もうやめてぇぇぇ(ノД`)・゜・。
交換日記[アデリナ・リオカルト]
いい加減やめて差し上げろヽ(`Д´)ノ




