第14話 試練はいつも突然に
交換日記[魔法神]
そのような脳みそまで筋肉の蛮族の娘と組まされるだなどと、
我が愛し子の苦労には涙でございますなぁ。
海に程近いところに位置するシーレファイスから北西へ二日。
タナリア丘陵――。
なだらかな坂を登った先にある岩と砂の丘陵地帯には、動物はおろか植物ですらほとんど見かけません。ここに至るまでに遭遇した生物と言えば、魔物ばかりです。
先行して歩きながら、わたしは振り返ります。
「うぇ……ふはっ……ぜひゅぅ……っ」
酸欠で顔色の悪いアデリナですが、どうにかまだついてきているようです。
「大丈夫、アデリナ?」
「む? 何がだ?」
強がる元気はまだあるようですね。ですが、限界は近そうです。
わたしが視線を前方に戻した途端に、すごい呼吸音に戻ります。
「………………ごひゅぅ~……ぜはぁ……」
わたしたちが組むと決めたその日、森林の大海亭を出たその足で冒険者ギルドのシーレファイス支部へと向かいました。
ですが、やはりと言うべきでしょうか。メガネーサンにはわたしたちが組むことに難色を示されてしまいました。
シーレファイスを襲ったサイクロプス撃退の一件で、証明できなかったわたしの年齢に関しては不問となりましたが、わたしの魔法使いとしての登録、そして自称剣士のアデリナと組むことに関しては、説得にかなりの時間を要しました。
「アデリナ、少し休もう?」
「む? 蓮華が疲れたならば致し方ない」
まったくもう。そんなことで強がってどうするの。これからずっと一緒に旅をするのに。
でも。
「ありがとう。疲れていたから、ごめんね?」
「ふ、いいさ」
木陰ならぬ岩陰で座り込むアデリナの隣に、わたしは膝を折ります。
結局メガネーサンはわたしたちの意志に押されて意見を呑んでくださったわけですが、さすがにただで、というわけにはいかず。
「まったく、アイシスのやつ。面倒臭いことを押しつけやがって」
「何を言っているの、アデリナ。これからドリイル地方より外の仕事も請けるなら、予行演習としてはちょうどいいじゃないですか。アイシスさんもそれを見越しての依頼でしょ」
「う……」
メガネーサンの本名はアイシスと仰るらしいです。
アイシスさんから提示された条件は、アデリナとともにタナリア丘陵まで赴き、そこに棲まう鎧竜の様子を見てこい、というものでした。
ちょっとしたピクニックだと思って来てみれば――。
木筒から水を飲もうとしたアデリナが、岩に背を預けながらうんざりしたように呟きます。
「蓮華、おまえの後ろに蛇がいる」
耳障りな騒音。大量の砂を高所から落とすみたいな掠れた音が響いたのは、その直後のことです。
「……っ」
わたしは振り向くと同時に跳躍して背後からの噛み付きを躱し、右手で大蛇の鎌首を叩き落としました。
「いきなりなんなんですかっ」
分厚いゴムを殴りつけたかのような重い感触が、掌に響きます。肉を打つ凄まじい音が広い丘陵地帯に散ると同時、大蛇は地面に鎌首を叩きつけられて跳ね上がりました。
大地に着地し、わたしは両足を滑らせます。
大蛇。あまりに大きな大蛇でした。映画になるほどのアナコンダが子蛇に思えるくらいには。
「……わっ、気持ち悪っ!」
体長はおよそ十五メートルほどでしょうか。胴回りはわたしやアデリナよりも太く、強靱な鱗と分厚い皮膚に覆われ、肉体のほとんどが筋肉です。
筋肉きもい!
けれども鎌首を叩き落とした一撃では仕留めきれず、大蛇――エールヤンカシュというらしいですが、エールヤンカシュは長い肉体をうねらせてわたしたちから一度距離を取ります。
「速いし……」
助走をつけ、再びエールヤンカシュがわたしへと襲い来ました。
鋭い二本の牙はもちろんのこと、丸呑みでもされようものなら命はありません。おそらくわたしの怪力を以てしても、弾力に富む強靱なお腹を破って体内から這い出るのは難しいでしょう。
わたしは左にステップを踏み、エールヤンカシュの突撃を躱します。
「ちょっと、アデリナ!」
「ん?」
噛み付きを肘打ちで弾き、震脚で踏み込むと同時、握り込んだ拳で胴体部に崩拳を打ち込みます。
「――破ッ!!」
ずどん、と凄まじい衝撃が響きました。そしてまた手触りがきもい。冷たくてきもい。
吹っ飛んで岩に叩きつけられたエールヤンカシュですが、どうやらダメージはあまりなかったようです。わずかに後退して身をくねらせただけで再び鎌首をもたげ、あの耳障りな音を喉から鳴らしています。
威嚇なんて生意気。きも蛇の分際で。
「のんきに水なんて飲んでないで手を貸してくださいよ。あなた曲がりなりにも剣士なんでしょう? わたしは魔法使いですよ?」
「……とてもそうは見えん戦いっぷりだが」
よっこらせっとばかりにアデリナがゆっくり立ち上がります。
驚くほど頼りない前衛様です。こんにゃろうめ。
「あなたが剣士ということがですか?」
「何言ってんだ。おまえが魔法使いだってことに決まってるだろ」
よ~し。あとで手が滑ったフリして殴ろう。うん。
エールヤンカシュの突撃を掌底突きで側方に去なして踏み込み、わたしは素早く蛇の尾を両腕で抱え込むようにしてつかみます。
「むぅぅぅ……どこがですかっ!」
そのまま力任せにぶんぶん振り回し、十回転を超えたあたりで横回転から縦回転へと変化させ、エールヤンカシュの長い長い全身を砂と岩の大地へと叩きつけました。
「~~~~ッこなくそーっ」
大地を揺らす震動と、破裂した地面の砂煙が一気に舞い上がります。
「どこからどう見ても、立派な魔法使いじゃないですか」
「いや、今のはどう見ても――」
「ちーがーいーまーすっ。ちょっと魔法で重力を弄くって、まるで怪力であるかのように見せているだけですもん」
もちろん嘘です。そんなに凝視しないで?
「おまえ、変身してないぞ。日本の魔法少女ってのは変身してから魔法を使うんだろ」
あ。…………………………いっけな~いっ☆
わたしとしたことが、魔法少女に変身し忘れていました。キラキラ☆モーニングスターも顕現させていませんし、これでは魔法使いどころか、ただの怪力町娘です。
「それにしても、素手だと闘士にしか見えんな」
「乙女に対して失礼ですよ、アデリナは。腕だってほら、こんなに細いじゃないですか」
ちょぉ~っと力を込めたら、倍くらいの太さにもできますが。
「そう言うな。褒めてんだ。さて、あたしも剣士としての仕事をするか」
疲労の蓄積で血の気の失せた顔色で、アデリナがふらふらと歩み寄ってきました。
そうしてなおも身を起こそうとしているエールヤンカシュの側までくると、背負った巨大なドラゴンスレイヤーではなく、懐から取り出した小さなナイフを鱗の隙間に突き立てます。
「よっと」
効果はなさそうです。それどころか、エールヤンカシュはナイフの存在など気づきもしていないかのように身をくねらせ、すごい速さで距離を取りました。
そうして、ついにはわたしたちに背中を向けて。
「あ、あ、逃げられちゃう……っ」
貴重な食料! せっかくお肉の部分が破裂してしまわない程度に手加減したのに!
追いかけようとしたわたしの肩に、アデリナの手がのせられます。
「ふ、あたしの剣技からは逃げられはしないさ。――必殺剣、大地の刃!」
こ、この人、技名とか叫び出しちゃいましたっ! なんか寒っ! 引くっ!!
逃走するエールヤンカシュはすでに遙か遠く。
けれどもアデリナはあわてることなく、両手を地面につきました。その行動の意味するところがなんなのかはわかりませんが、直後にわたしが見た光景は。
逃げようとするエールヤンカシュの巨体に次々と突き刺さる大地の牙。砂や土、岩までもが鋭い剣と化して、エールヤンカシュの身を下から貫いてゆくのです。それも、何十本も。
しばらく抵抗していたエールヤンカシュでしたが、徐々にその動きは小さくなり、ついにはぐったりと砂と岩の大地に倒れ伏してしまいました。
大地の刃はなおもエールヤンカシュへと突き刺さり、ついにはその巨体を串刺しのように持ち上げます。
「どうだ、蓮華。わたしの剣技は。あのように小さなナイフ一本でエールヤンカシュを討てるのだから、なかなか大した剣術だろう」
どう見ても超高等魔法です! 本当にありがとうございました!
交換日記[筋肉神]
ふんっ、何を言うか、この頭でっかちめが。
貴様の娘など、人並みの速度で歩くこともままならんモヤシではないか。
我が娘の大腿直筋から腓腹筋の美しさにひれ伏すがいいわ。
交換日記[七宝蓮華]
もうやめてぇぇ(ノД`)・゜・。




