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最終話、ある日森で出逢ったのは。



「うさぎ様ぁぁぁ……!!」



 果てしなく遠くまで飛ばされたあたしがぶつかったのは、何故か見覚えのある両開きの扉。

 室内へと転がり込んだあたしは、階段をごろんごろん転げ落ち、唖然とする年配の教授の前で停止した。


 やりすぎです……。うぅ、目が……回、る……。




 あたしがパタンと大の字で倒れた直後、講義室内に爆笑が弾けた。




◇◆◇◆◇◆




 あれから一つだけ、季節が巡った。



 父と母のあとに続きバスを降りると、容赦なく襲いかかる熱気に汗が吹き出した。

 蝉時雨降る山々に囲まれた、懐かしい田園風景が広がっていてる。

 昔はしょっちゅう祖父の家へと遊びに来ていたのに、大きくなるにつれて足が遠のいていた気がする。

 今ではお盆かお正月くらいだ。


 慣れた足取りで仲良く先を進む両親は、あたしが密かに危惧していた通り、数日間行方不明になっていたことを全く気にしていなかった。

 というよりも、「若者は突然旅に出るものよぉ」何てのんきに言われたあたしは、まさかの自分探しの旅に出ていたことにされていたらしい。

 普通に、「あ、おかえりー」と言われた時は、さすがに物理的なツッコミをいれておいた。


 

 道端を彩る野花を眺めながら歩いていると、一匹の蜜蜂があたしを追い越していった。

 赤い花の花弁へと止まると、花粉を手足につけて回りながら蜜を集めて飛び立っていく。

 あたしはしゃがんで、その花へとこっそり話し掛けた。


「成人の儀、がんばってね」


 風に靡いたその花は、返事をしてくれたように、そっと頭を下げた。




 あの召喚された日、講義室から忽然と消失したあたしに、気付いた人は誰もいなかったらしい。

 皆爆睡していて、いつの間にかあたしはいなくなっていたので、体調不良か何かで帰ったのだと思われていた。

 荷物は友達が預かってくれていて、数日間の欠席についても、よほど調子が悪いのだなと、特に不審がられず受け入れられていた。


 両親といい友達といい、何か作為的なものを感じなくはない。

 非常に良い顔であたしを吹っ飛ばした、むくむく神の配慮だと、遠慮なく受け取っておいたが。


 あまりに濃密な数日間を過ごしたせいか、倒れて運ばれた保健室の簡易ベッドで目を覚ましたあたしは、あれは長い長い夢だったのではないかと初めは疑った。

 それでもあたしの手元にある、この世界には存在するはずのない苺の蜂蜜が、全て現実であった証拠として物語っている。


 それに――――。



「芽生ちゃーん?」


 父と母が振り返り、急かすようにあたしの名前を呼んだ。

 あたしは赤い花にまたねと告げて、苦笑してからすくっと立ち上がり、再び歩き始めた。


 だってまだ、あたしにはやるべきことが残されているのだから。





 三分の一ほどかさの減った蜂蜜を最後に鞄へとしまい、両親が祖父母や親戚と賑やかに話をしている邪魔はしないように書き置きを残して、あたしはいざ、山へと出掛けた。

 草木のざわめきや木陰の涼しい空気を全身に感じていると、あの森にいるような心地で満たされる。


 蝉が騒々しいところだけは、違うけれど……。


 寄り道せずに真っ直ぐ向かったのは、あたしが昔、転落した川だ。

 こうして大人になってから見ると、記憶よりも遥かに浅く流れも緩やか。

 冷たい川の水を手で掬っていると、がさっと茂みが揺れた。

 顔を覗かせたのは、瓜坊だった。

 あの猪の、孫の孫の孫くらいだろうか。

 瓜坊はあたしを無視して、気ままにせかせか走っていく。

 あたしは腰を下ろして、記憶を手繰り寄せながら目を閉じた。

 あの暗がりで、傍に寄り添い慰めてくれたのは……、控えめな白い小花をぽんぽんのように咲かせていた、あの不思議な香気のする、植物。


 確かにあれは−−−−芹の花だった。


 幼いあたしが、知らず知らずの内に猪から守っていたのは――――。


 逢いたいなぁ、と呟いた瞬間、体が急激に浮遊した感覚に襲われた。

 背中にひんやりとした草の感触がしたところで目を開けると、あたしはさっきまでと違う景色の下で、仰向けの状態で転がっていた。


 視界を占めるのは――――巨大な白い鼻先。


「う、うさぎ様ぁぁぁ……!!」


「娘。加護が上手く使いこなせるようになったか」


 うさぎ様はあたしの顔を覗き込み、目を細めた。


「うさぎ様!だ――」


「ならぬ」


 早い!抱きつかれるのがどれだけ嫌なの!?


 あたしは立ち上がって、うさぎ様を真っ直ぐ見上げると、一応文句を言っておいた。


「うさぎ様、酷いですよ!あたし一瞬、皆に裏切られて殺されるのかと思って、絶望しましたよ!」


「あれが最善の解決法であった。矢面に立ち串刺しになるか、帰還し死んだことにするか。選ぶが良いぞ」


 今更選ばされても……。


「……後者、ですけど」


「ならば良い」


 そうだけど……。


 あの日あたしはうさぎ様が頭を振り上げたことで、殺されるのではなく、どこかへと飛ばされることは悟っていた。

 もう二度と、ここへは帰って来れないのだということも。

 だけど最後に、セリカさんが願をかけるように口にした言葉。


 ――――待っています。ずっと……。


 なのであたしは、もしかするとまた召喚されるのではないかと、初めの数週間は期待していた。

 だけど何も音沙汰のないまま、時間だけが無情に過ぎていく中で、あたしは自分に加護があることに気が付いた。

 もしかしたら、それで森へと行けるのではないか、と。


 待ってるだけでは、埒が明かない!自分から動かないと!


 しかし奮起したのは良いものの、なかなかこの森には辿り着けず……。

 最後の賭けだとばかりに、山登りをして正解だった。

 自然の力は偉大だった。


「加護を使えるようになるまで、三ヶ月もかかりましたよ」


「憐れ娘。獣王は一日でものにした」


 いやいや、獣王様と比べられても……。

 それにあたしはもう、蜂でも使い魔でもない、しがない一般人ですから。


「加護は永遠ぞ。だが時は流れを待ちはせぬ。この道を真っ直ぐ進むと良い」


 うさぎ様は鼻先で、あたしの向かうべき道を指し示した。


「ありがとうございます、うさぎ様。……最後に――」


「ならぬ」


 ばっさりと切り捨てられ、うぅっ……と嘆いている間に、うさぎ様は跡形もなく姿を消していた。


 でも、どこかで見守ってるんだろうなぁ。森の守り神様だし。


 あたしはうさぎ様の好意に感謝して、森を奥へと進んでいった。

 午後の日を浴びて微睡む小動物とそよぐ草花に、自然と笑みがこぼれる。

 木々のアーチを潜り抜け、開けた森の奥で現れたのは、水彩画のような淡い花が彩った小さな庭だった。

 その真ん中には、光の降り注ぐ木の家がちょこんと建っている。

 あたしは木戸を開けて、躊躇いながら一歩踏み入れた。

 玄関口まで歩いて来ると、家の中から叱責めいた声がもれ聞こえてきた。


「――――こらっ!しっぽ!収穫したばかりの果物を荒らさないで下さい!」


 次の瞬間、開け放たれた窓のカーテンの隙間から、オレンジ色の何かが勢い良く飛び出してきた。

 それは木苺の房を器用にくわえたもふもふうさぎで、あたしが瞬きしている間に、風のような速度で庭を駆け抜けて、森の向こうへと逃走していった。


 卯月がすこぶる悪い子うさぎになってる……。


 遅れて玄関のドアが開き、泥棒うさぎを追い掛けるべく飛び出してきた彼の瞳に、卯月に呆れながら佇むあたしが映った。

 そうしてしばらく見つめ合う。

 いるはずのないあたしがにこりとすると、戦慄いた彼は、掲げていたうさぎ捕獲用の網を、カランと音を立てて地面へと落とした。


「……め、芽生さん……?」


「うん。セリカさんに逢いたくて、来ちゃっ――」


 言い終わる前に、抱き竦められた。


「もうっ……、もう二度と逢えないかと……!」


 それを承知で帰還させたくせに。

 しかしそうは思っていても、ほだされ切っているあたしは、セリカさんの背中をとんとんとあやしていた。


「逢いたかった、ずっと……。もう、何年も前から、ずっと……」


 今ならわかる。セリカさんの心に住み着いていた、女の子。

 ヒントはいくつもあったのに、なにせ猪の印象が強すぎた。

 寂しい思いをさせっぱなしだったセリカさんに、あたしは、「……うん」としか返せなかった。


「ここで召喚術を、森の守り神様に学んでいたのです。芽生さんを、再び召喚出来るようにと。……何度も、何度も失敗しました」


「……うん。遅いから、あたしから来たよ。もう待たなくていいからね?」


 セリカさんはあたしの肩に顔を押し付けて「……はい」とくぐもった声で返事をした。

 それでも真っ直ぐ向き合わなくてはと思ったのか、体を離して、真摯な瞳で問い掛けてきた。


「逢いに来てくれたということは、私と添い遂げてくれるのですよね?」


「ちゃんと結婚したらね」


 だってまだ、婚約しかしてないもの。


「でしたら今すぐしましょう!姫様たちを急いで呼んで参ります!しっぽもその辺りに隠れているので、その網で捕獲しておいて下さい」


「いやいや、待って!」


 急がなくてもその内で良いのに!のんびりで良いから!


 本当に花姫を連れてこようと飛び出しかけたセリカさんを、あたしはまず捕獲した。

 せっかく久し振りに逢えたのに、邪魔者はいりません。


「セリカさん。まだ、おかえりって言われてないよ」


 あたしがそう言うと、礼儀や挨拶を重んじるセリカさんははっとして、居住まいを正した。


「おかえりなさい、芽生さん」


 あたしは嬉しそうなセリカさんの肩へと、両手を掛けた。

 爪先立ちをして、一瞬の内に唇を掠め取った。


「ただいま!」


 あたし限定の純情は、その大きく見開いた瞳と真っ赤な顔が、いつまでも証明してくれていた。





END


ハッピーエンドで締めくくることができました!最後までお読みいただき、ありがとうございます!!

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