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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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禁忌を犯す咎人 7

「勿論人間を魔物にするなんてとんでもない実験、容易なことではなかったみたい。沢山の私たちと同じ孤児や奴隷の人々が実験途中で命を落としたり、薬物漬けで廃人同然になってロウディーにゴミのように捨てられたりした。さらに実験が成功したらしたで、その成功者はもう二度と人としては生きれなくなった」


「っ……」


 レイビィの語る話の内容は余りに残酷過ぎる。しかしまるで恐怖や怒りといった感情を失ったかのように、レイビィという少女は自分と同じ状況に置かれた者達の悲惨な末路を静かに語る。

 そして少女の語る話に、何故かユーリはひどく具合が悪そうに目を伏せ、青白い顔色で沈黙しながら耳を傾けていた。


「私たちも例外無く何度か実験は受けたけど、奇跡的に私たちは魔物にもならず自我を失うこともなく、そして命を落とすことも今日までなかった。でも……それももう終わり。今日のこの闘技で、この牢へと入れられた人間は皆あの闘技へと強制的に参加させられる。あの闘技への参加は、弱い私たちにとっては死を意味するから」


 レイビィはそう言って、何故か自嘲気味な笑みを口元に刻む。

 それは少女が全てを諦めていることを物語っており、見ると牢内に閉じ込められた者たちも皆一様に同じような諦めの瞳をしていた。


「そんな……」


 唖然とした表情で、ユーリが掠れる声で呟く。

 レイビィはやはり微苦笑を口元に浮かべたまま、「そういうわけで、大体の事情は理解出来た?」と二人へ首を傾げた。


「理解は出来たが……お前達、まさかここでこのまま大人しく"死"を待つつもりなのか?」


 レイビィの言葉に、アーリィが驚いたような表情を向け彼らへと問う。

 するとレイビィはほんの少しだけ視線を下へと落とし、俯き加減に口を開いた。


「だってそれしかないから。私たちは逃げたくても逃げられない。あがいて喚いてもどうしようもなく、ただ疲れるだけだから……ね」


 疲れたようにそう口にするレイビィに、それ以上言うべき言葉を失ったアーリィは口をつぐむ。

 だがそんなアーリィの代わりに、ひどく真剣な表情をしたユーリが「そんなことねぇだろ!」と、突然レイビィへ強い口調で語りかけた。


 驚いたレイビィは顔を上げ、呆けたような表情でユーリを見つめる。

 全てを諦め絶望することすら止めた少女が見上げたのは、不思議と決意に満ちた灰色の眼差し。


「諦めんなよ。お前らそれでいいのか? 自分たちを実験動物みてぇに扱った奴らに、最後までクソみてぇな扱いされて終わるなんて冗談じゃねぇだろ!? 自分の人生無茶苦茶にされたのに、ここで諦めて終わりなんて悔しくねぇのか!?」


 声を荒げ、どこか感情的にユーリはレイビィたちへと叱咤の声を向ける。

 普段とは違うそんな彼の様子に、些か疑問を抱いたアーリィは思わず「ユーリ?」と 声をかける。

 しかし気付かない様子で、ユーリはレイビィたちへとさらに言葉を続けた。


「いいか、俺らは人間なんだ! 実験動物なんかじゃねぇ……そいつらと同じ人間なんだよ! 人間は人間としての自由を掴む権力が皆にあるんだ! それなのに人間のお前らは、最後まで奴らのいいようにされてオモチャで終わる人生でいいのか!?」


「!?」


 強い説得の眼差しは、しかし反面その灰色の瞳の奥にはどこか苦悩と哀しみの影が揺らぐ。

 ユーリのその意味深な眼差しと、そして真剣な彼の言葉に、レイビィは衝撃を受けたように大きく目を見開いた。


「あ……わ、私……」


 全てを諦め、そして他人によって決められた"死"をただ受け入れるだけだった少女。

 しかし彼女はユーリの説得の言葉に、彼女自身遥か遠い過去に忘れていた感情を思い出す。

 淡青色の瞳が、激しい感情に揺れた。


「……いやよ……私だって、そんなのいや」


 小さな唇を震わせながら、レイビィは囁くように呟く。

 そして彼女は、泣き出しそうな面持ちでユーリを見つめた。


「私だって生きたいよ! ううん、みんな生きたいって思ってる! でも私たちは逃げられない……逃げ出す力も知恵も無いの! どうしようも出来ないんだものっ!」


 怒りと哀しみの感情が激しく入り交じり、声を荒げレイビィは訴える。

 長く深い絶望によって忘れてしまった激情を思い出した彼女の瞳から、透明な大粒の涙が次々に溢れ出した。


「生きたいよ……生きて、楽しいこといっぱいしたい……こんな風に終わるなんて皆嫌だよ……!」


「レイビィ……」


『生きたい』と、唯一つ当たり前の望みを願う少女。

 しかしその望みすら絶たれる絶望の檻の中で、彼女は涙を零しながら膝を折る。

 そして泣き崩れる彼女の姿に感化されたように、牢内でもさらに何人かの啜り泣く声や「生きたい」や「死にたくない」といった声が囁かれる。


「……」


 硬い鉄格子越しに足元で涙を零すレイビィを、どうすればいいのかわからない様子で困惑げに見つめるアーリィ。するとそんな彼の隣で、少女らへと説得の言葉を向けたユーリがもう一度口を開く。


「……だったら生きようぜ。お前らに"生きたい"って意思があるなら、俺がその望みを叶えるの手伝ってやる」


「え……?」


 優しい声音で呟かれた言葉が、泣き崩れる少女の頭上へと降り懸かる。

 涙に濡れた瞳のまま、レイビィはそっと顔を上げた。

 涙にひどく歪むレイビィの視界。その視界の先で、目を細めて微笑むユーリが自身へと手を差し延べているのが見えた。


「諦めないって気持ちがあるなら、ここから逃げるぞ」


 ユーリの言葉にレイビィは、無意識に鉄格子を挟んで伸ばされる彼の手を握っていた。


「……出来るの? そんなこと……」


 手を伸ばし、青年の手を握りつつもレイビィは不安げにユーリへと問い掛ける。

 ユーリは掴んだ手を強く引き、彼女を立たせて大きく頷いた。


「やれるだけやってみようぜ。……許せねぇんだよ俺、そういう奴ら」


 そう呟かれたユーリの言葉は、彼の心からの本音で。


「……おいユーリ。お前勝手に話を進めているが、こいつら全員を俺たち二人でなんとか出来る策でも考えてあるのか?」


 自分の感情のままに話を進めようとするユーリに、冷静な態度でアーリィが制止した。そしてアーリィは鋭い眼差しで、暗い牢内をざっと見渡す。厳しい態度で彼は、正義心のまま暴走しかけるユーリへ言葉を向けた。


「大体二十人前後はいるここの人間を、この地下から俺たち二人で逃がせる策をお前は持ち合わせているのか? どうやってこの牢を開け、そしてロウディーやら兵士やらに見つからないよう、どういうルートで地上へとこいつらを逃がすつもりなんだ?」


「う……それは……」


 アーリィの厳しい指摘に、ユーリは苦い表情で沈黙する。「やはり何も考えず助けるなんて、無責任な事を言っていたのか」と、アーリィは呆れたようにため息をついた。


「で、でもよぉ……こいつら助けたいじゃん。アーリィちゃんは助けたくない?」


 苦い表情のまま、ユーリはそう言ってアーリィを見つめる。

 ユーリのその視線に、アーリィは「それは」と口ごもった。


「それにアーリィちゃんもさっきのアレ見てすげぇムカつかなかった? こんなん止めさせるべきだって、ぜってぇ」


「……だが、無責任に『助ける』と言ってそれが叶わなかった場合、もっと辛い思いをするのはこいつらだぞ?」


 もっともなアーリィの意見に、言い返す言葉がないユーリは眉根を寄せて目を伏せる。

 そのまま唇を噛んで黙するユーリ。レイビィや牢内の人々が不安げな眼差しで二人を見守る中、完全に黙してしまったユーリを仕方なくフォローするようにアーリィは口を開いた。


「……どうしても助けたいと言うのならば、俺に考えがある」


「え!?」


 アーリィがため息と共に呟いた言葉に、ユーリはハッと顔を上げた。レイビィや牢内の人々も驚きの表情で、アーリィへと一気に視線を向ける。

 皆の視線が一斉に自分へと集まったことを少し居心地悪く思うも、しかし眉根を寄せたままアーリィはレイビィを見つめ問い掛ける。


「この牢の鍵は一体誰が持っている?」


 アーリィの突然の問いに、レイビィは「えっと」と呟いて彼の問いに答えた。


「多分ロウディーが金で雇っている、何人かいる見張り兵の誰かが……」


「どの兵が持っているかはわからないのか?」


 アーリィの再度の問いに、レイビィは「そこまではわからない」と申し訳なさそうに呟いた。


「ごめんなさい」


「……まぁ、あまり期待していなかった。それに兵が持ってるとわかっただけいい」


 そう言うとアーリィはユーリへと視線を戻す。そうして彼は、疑問の視線を向けるユーリへ驚くべき作戦を告げた。


「次の試合には俺が出る。そして闘技場で俺は派手に暴れて人目を全て引き付けるから、その間にお前は兵士から鍵を奪ってコイツらを脱出させろ」


 アーリィの告げた驚きの作戦内容に、思わずユーリは「えぇっ!」と大声をあげる。


「次の試合って……あの魔物とアーリィちゃんが戦うってことか?!」


「そうだ。出来る限り時間を稼いで、こちらに人目を全て集めさせる。だからその間にお前はコイツらを牢から出して、何処か人目につかないような場所にでも避難させとけ。お前の方の行動が全て終わったとわかったら、俺も適当に闘技場を抜ける。そしてロウディーとかいう男をシメて、地上への脱出口を見つけてコイツらを地上へと逃がせばいい」


 そう一気に説明し、一呼吸置いてからアーリィは「どうだ?」とユーリへ無表情に問い掛ける。

 ユーリはやはり困惑しきった表情で、「ど、どうって……」と言葉を詰まらせた。


「なんだ、なにか不満か?」


「っつーかアーリィちゃん一人で魔物を相手するなんて危険すぎる!」


「ふぅん……つまりそれは俺が『弱い』と言いたいのか?」


 血相を変えて訴えるユーリの言葉に、微妙に意味を履き違えて理解したアーリィはひどく不愉快そうにユーリを睨み付けた。そのアーリィの様子に、ユーリは慌てて「そうじゃなくて!」と言葉を補足する。


「ただ一人で魔物の相手するのはあぶねぇって言ってるんだよ! アーリィちゃんは強いけど、単身で戦うタイプじゃないだろ? そんな危険なことさせられねぇよ」


「だが他にいい案は無いだろう。それに俺は派手に暴れて人目を集められる能力を持っている。逆に俺はお前程隠密な行動はとれないから、役割的にはこれが最善だ」


 確かにアーリィの力・『魔法』は人の注目を集めるには最適な派手さがあるし、ユーリも元々隠密行動が基本の暗殺者だったこともあり隠れて行動するのは誰よりも得意だ。それはユーリも理解している。が、それでもアーリィを一人で戦わせるという事に、ユーリは気が乗らないでいた。


「……そりゃあ作戦も他に思い付かないし、役割的にも最善かもしれねぇけど……」


 アーリィの説明に、ユーリは渋い表情をする。だがユーリの言いたい事がいまいちよくわからないアーリィは、なかなか了承しないユーリに対して不満げに首を傾げた。そうして彼は、目を細めユーリの顔を覗き込む。異形の紅い瞳が、ユーリを試すように彼へと向けられた。


「お前はコイツらを助けたいんじゃないのか?」


「!?」


 ユーリを見つめるは感情や思考の読めない、完全なる虚無の瞳。だがそれは同時に、見つめた者の心を覗く魔性の紅い瞳でもある。


「……たすけたい、ぜ?」


 魔性に魅入られたユーリの思考は、一切の複雑な思考を拒否する。

 そしてただ単純な"想い"だけ口にする事を強制され、ユーリはアーリィを真っすぐに見つめたまま正直な気持ちを呟いた。

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