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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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禁忌を犯す咎人 5

 魔獣は再び鎖に繋がれて捕獲されたらしく、もうすでにフィールド内にあの獰猛な黒い影は見えない。


 兵士らしき男たちは事務的な動作で内蔵までもが散乱する闘技場内を清掃し、そして周りの観客たちは「早く次の試合を始めろ!」と声を荒げては、次の試合にて贄となる者の到着を待ち構える。

 それらの光景を見下ろしながら、「狂ってるぜ、こいつらみんな」とユーリは囁くような声音で呟いた。


「人の生命すら金で娯楽へと変える……だから金持ちはいけ好かねぇんだよ」


「金持ち全てが馬鹿だとは思わないが、少なくともこの場にいる奴らは生きる価値があるのかも疑問な屑共しかいないんだろうな」


 ユーリの隣でアーリィも通路の手摺りに寄り掛かり、狂乱に満ちた下界の宴を冷たい眼差しで見下ろす。

 二人の視線の先では、先程少女の肉片を全て撤去し終えた兵士たちが、両手に銀のバケツを持ちながら闘技場を下りていく。兵士たちの持つバケツの中からは未だに生々しい湯気が上がっており、桃色の肉片や内蔵が見て伺えた。

 それら全てにユーリは、人の持つ心の闇と孕んだ狂気を感じたような気がし、軽い吐き気を感じた彼はそっと口元を手で押さえた。

 そうして襲いくる不快な胸糞悪さに目を細めていると、不意に外套の裾を引っ張られる。「ん?」と声をあげながら視線を向けると、裾を引っ張ったのはどうやらアーリィらしい。彼はユーリへと真剣な視線を向けて、小声で彼に語りかけた。


「おい、なんだかあっちの奥の方……人の気配がする」


「え?」


 アーリィの言葉に、ユーリは目を丸くする。そうして彼は、アーリィが指差す方向へと視線を向けた。

 それは先程兵士たちが近づいて来た時、自分たちが身を隠した物影の一角。


「あそこ? あそこって何もないよ?」


 視線を薄暗い物影に向けたままユーリはそう呟くと、「いや、あそこの先の奥に階段があった」と即座にアーリィは答えた。


「あの物影の奥、すごく暗くて一見しただけじゃ判別しにくいが、下へと下りる階段があった。だから気になってさっき、あの辺りのマナの気配を探ったんだが……」


「……どうだったの?」


 重ねてユーリが問い掛ける。

 アーリィは眉をひそめ、考え込むようにして口を開いた。


「なにか、人の気配は感じたんだ。下の奴らのような狂った気配じゃない、むしろ奇妙なくらいに静かな人間の気配を複数……」


 そう答えながら、アーリィも先程の物影へと視線を向ける。

「行ってみる?」というユーリの言葉に、アーリィは視線を固定したままやがて静かに頷いた。




「……ホントだ、さっきは気付かなかったが確かに下へ行く階段があるな」


 見張りの兵がいないことを確認し、ユーリとアーリィは慎重な足どりで階段を下りていく。


「暗いな。だが明かりはつけないから、ヘマして足を滑らせるなよ。助けないからな」


「はい、オッケーっす。でもアーリィちゃんがお茶目にうっかり足を滑らせて俺の背中にダイブしてきたら、そん時俺はしっかりアーリィちゃんを受け止めてあげるよ。だから遠慮なくドンッと来ていーからね~」


「ドンッと……わかった」


 ユーリの戯言に、彼の後ろを歩いていたくアーリィは珍しく素直に頷く。その言葉に思わず「えぇっ!」とユーリは叫び、驚きと期待に満ちた表情で背後を振り返った。と、そこに突如としてアーリィの持つロッドの先端宝珠が迫る。


「ぐげぇッ!」


 無表情にアーリィは、振り返ったユーリの顔面をロッドの先端でドンッと突いた。そして顔面で思いきりロッドの強襲を受けたユーリは、バランスを崩して奇妙な悲鳴をあげながらゴロゴロと階段を転げ落ちる。


「どぁわわわわわわわっ!」


 体中を階段の角に何度も打ち付けながら、ユーリは結局長い階段を最後まで転がり落ちる羽目となった。


「い、いてぇ……そういう『ドンッ』じゃないんだアーリィちゃん。にしてもマジイテェ、無傷なのが不思議なくれぇだよ……怪我無くてよかった」


 階段の一番下で、ユーリは頭を抱えながら涙目でそうアーリィに訴える。

 一方アーリィはゆっくりマイペースに階段を下りてきながら、頭を抱えるユーリを冷めた眼差しで見つめた。


「仕方ないから今回くらいは、大怪我したらちゃんと治癒してやらんこともない。だから安心して怪我しろ。……死んでしまったらさすがにどうしようも出来ないが」


 アーリィにこれ以上変なことを言うとそれだけで命を落としかけないな、とユーリは賢明に悟る。

 なのでこれ以上余計なことは何も言わず、「わかりました」とだけ言って彼は頷いた。




「……人? おい、なんか人がいるぞ」


「誰? ……ロウディーの手下じゃないの?」


「いや、なんか様子がおかしい」


「もしかして助けが来たのっ!?」



「ん?」


 ユーリが頭を抱えたまま立ち上がると、不意にどこかから話し声が聞こえてきて二人の耳へと届く。

 アーリィは顔を上げ、頼りないランプ照明一つしか無い暗い通路のような空間を軽く見渡した。

 すると、彼の視線はとある一カ所で突如止まる。


「……牢?」


「え?」


 アーリィの呟きに、ユーリも思わず彼の視線の先を追って見遣った。

 そして、ユーリは驚愕の表情を浮かべて固まる。


「なっ……」

 

 二人の見つめる視線の先、ランプの炎が揺らめきながら照らす漆黒の先には、ほんの僅かに錆びれた巨大な牢屋の姿。

 そしてその中には、先程魔獣に襲われた少女のように、首や手足に奴隷の付けるような枷を嵌められた人々が数十人と閉じ込められていた。

 皆一様に青ざめた顔色で薄汚れた衣服を身に纏い、憔悴しきったように疲れた視線をこちらへと向けている。

 アーリィとユーリが唖然とした表情で彼らを見つめていると、牢の中で十代前半ほどの少女が一人歩み寄って来て、二人に向けて「あなたたち、誰?」と掠れた声で問い掛けを向けた。

 その少女の問い掛けに、ハッとしたようにユーリとアーリィは彼らの元へと近づく。


「あっと……俺はユーリで、こっちがアーリィちゃん。えぇと、全然全く俺らは怪しい者じゃないんだけど……」


「……まぁ、ロウディーの手下の見張り兵には見えないわね」


 少女は幼いながらにユーリたちに向けて、警戒半分に観察するような鋭い眼差しを向ける。「もしかしてこの腐った戦いを見に来た上流階級のクソ共?」と少女が吐き捨てるようにユーリたちに問い掛けると、ユーリは慌てた様子でそれを否定した。


「ち、ちげぇよ! 俺らはあんな最低なもん見に来てなんてねぇ! あんな奴らと一緒にしないでくれよ、気持ちワリィ」


「……ふぅん、じゃあ何しにここへ?」


 訝しげに二人を警戒しながら、少女は再度問い掛ける。

 牢の中の者達の疑惑と期待が入り交じった視線にも一瞬たじろぎつつ、ユーリは仕方なく「人を追ってきたら変な穴に落ちて、そして穴の中をずっと歩いて来たらここにたどり着いた」と、今までの経緯を正直に話した。


「人を追って? 本当にあなたたちはクソ貴族でもロウディーの手下でもないの?」


「だから違うって。大体そのロウディーってのは誰だよ!」


 一向に自分たちを信用しようとしない少女に、ついに焦れったくなったユーリはうんざりしたように声を荒げる。そんなユーリの態度に、少女はますます疑わしげな眼差しを彼へ向けた。


「……やっぱり怪しい。とりあえずいい人には見えない、あなた」


「な、なんだと!」


 少女とユーリが互いに睨み合う。

 すると二人のやり取りに呆れたらしいアーリィが、ため息をつきながら仕方ないといった様子で二人の間に割って入った。


「やめろ。俺達は本当に偶然、ここへは迷い込んできただけだ。ここが一体なんなのかもよくわからないし、お前たちに危害を加えるつもりも全くない」


 ユーリの後ろから前へと出て、アーリィは静かな口調で少女らへとそう告げた。


「っ!?」


 すると、アーリィの姿が明かりの下にしっかりと照らし出された途端、牢の中の人々は息を呑みアーリィを凝視する。


 それらは何と無くアーリィ自身も予測していた人々の反応だったが、それでも彼は些かうんざりしたように眉根を寄せた。


 アーリィの持つ黒髪に紅の瞳などという容姿自体が普通では決して有り得ないものなので目立つのだが、やはりそれ意外の理由でアーリィを見て驚く者が何人かいたらしい。


 ユーリと睨み合っていた先程の少女も、目を丸くしながらアーリィを見つめて「聖女さま……?」と小さく呟いた。


「……違う。俺は聖女じゃない。あの女と一緒にするな」


 僅かな怒りさえも滲ませて、アーリィはそう吐き捨てるようにそれを否定する。


「嘘……本当に聖女様じゃないの? だって私、ここに入れられる前に一度アリア様の肖像画見たけど、あなたとそっくりだったよ? 本当に違うの? あなたは聖女様のような奇跡は起こせないの?」


 少女が半信半疑にそう問い掛ける。少女のその問いに便乗するように、牢内の人々も口を揃えて「そうだ」やら「奇跡でここから出してくれ」などと、次々にアーリィへと言葉を向ける。

 アーリィが聖女と同一視されるのをなにより嫌うことはユーリも知っていたので、人々の反応に彼は慌てて「ちげぇよ、アーリィちゃんはアーリィちゃんなの!」と少女らに向けて訴えた。


「……こんなにそっくりなのに、違うの?」


「違うと言っている! ……それに、あの女は奇跡を起こして人を救った訳では……」


 少女の再三の問い掛けに、いい加減疲れたアーリィは僅かに声を荒げる。そして何かを言いかけ、しかし直ぐに余計なことだと気付いたのか「いや、何でもない」と彼は口をつぐんだ。


「……とりあえず、俺達は今のところお前達の敵ではない。ただ、味方という訳でもないかも……。けどお前たちが俺達の問いに回答してくれるというのなら、その……なんて言っていいのかわからないが、今後もお前たちに敵対することだけは絶対しないと約束する」


 マヤ以外の人間に自分の考えや想いを伝えるということを余りしないせいか、アーリィはどう言葉を伝えたらいいのか迷う様子で、しかし少女らへと何とかそれだけ伝える。

 するとアーリィの言葉に、その伝えようとする"一生懸命"さだけは感じた少女は、やっと二人を敵ではないと信じることにしたらしい。


「わかったよ。あなたたちは怪しい奴じゃないのね……疑ってごめんなさい」


 少女はそう言って薄い青の瞳を細め、申し訳なさそうな様子で素直に謝る。

 アーリィは「別にいい」とだけ、小さく呟いた。


「よし、とりあえずこれで俺らの信用はオッケーだな。じゃあお前……えっと、名前……」


「お前じゃないわ、私はレイビィよ。しっかり覚えておいてね、ユーリさん」

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