楽園の使者 3
「……」
しかし、それでもカナリティアはどこか遠くを見つめたまま口を開こうとはしない。それに対してララは「チッ」と小さく舌打ちするが、しかしすぐに彼はなにかに気付いたように目を見開いて「もしかして」と呟いた。
「おいカナリティア……もしやユーリがここを抜けた理由ってのは、トウコの死に関係があるのか?」
「!」
真剣さを帯びたララの一言に、カナリティアはその時初めてララを見返す。
「トウコって?」とエルミラが首を傾げるも、その説明をする気は無い様子でララはエルミラを無視し、彼はさらにカナリティアへと質問を向けた。
「もしかしてそうなのか? そうだとしたら、ユトナが異常にあいつを憎む理由にも何と無く説明が付きそうだが……」
「もうこの話は止めましょう、クロウ。そのことは、私たちがとやかく言う権利は無いんです。ましてや、もうずっと昔の……過ぎた事です」
全てを拒絶するように首を横に振って、カナリティアは感情を無理に抑えるような声を発する。
エルミラとアゲハが困惑の眼差しを彼女に向ける中、ララは一人目を細めて、なぜかカナリティアへと咎めるような口調で言葉を告げた。
「……お前はあいつに甘過ぎる。別に俺はユーリになんの恨みもねぇが、お前がそんな体になったのはあいつのせいじゃねぇか。なのになんで、お前はあの小僧をそんなに庇うんだ?」
「クロウッ!」
ダンッ! と、強くテーブルを叩きカナリティアは立ち上がる。驚きに自分を見つめるエルミラとアゲハの視線を無視し、カナリティアはララを睨みつけるように見遣った。
「……そのことは今関係ないはずですよ、クロウ。それに、そのことに関してはユーリさんは何も悪くはない……私が"こう"なったのは、私自身が選択したことなのですから」
「……」
低く、激情を押し殺した声でカナリティアは呟く。「わかりましたか、クロウ」とカナリティアは強い口調でララに告げ、そしてそのまま彼女は席を立って部屋の扉へと向かった。
「カ、カナリティアさん?」
突然去ろうとするカナリティアを、アゲハが困惑気味に呼び止める。するとカナリティアはほんの僅か振り返り、小さな笑みを浮かべてアゲハを見返した。
「……すいません。少しだけ疲れたので、次の任務の命が下るまで部屋で休んでいますね」
「あ、はい……」
カナリティアの言葉に、アゲハは小さく頷く。そうしてそのままカナリティアは3人に背を向け、足早に部屋を後にした。
カナリティアを心配そうな眼差しで見送りながら、「突然どうしたんでしょうか、カナリティアさん……」とアゲハは呟く。
「さぁ……やっぱり任務で疲れてたんじゃない?」
「う~ん、それだけなんでしょうかね……」
「……」
エルミラの返答にアゲハが首を傾げる中、一人ララだけは彼女の去った後の扉を暗く険しい瞳でじっと見つめていた。
等間隔に設置されている淡い光を放つランプ照明、その光に照らされた薄暗い廊下をレイリスとレイチェルの二人は真っすぐに進んでいた。二人の歩幅の違う規則的な靴音だけが、シンと静まり返った施設の長い廊下内に響く。
「……ねぇレイリスさん」
その静寂を破り、レイチェルは突然隣を歩くレイリスに声をかける。
レイリスは僅かに視線を下に落とし、レイチェルを見遣った。
「なに?」
「うん……あのさぁ、どうしてエレ姉たちは"アンゲリクス"を捕らえるなんて言ったのかなぁ」
俯きがちにレイチェルは疑問を呟く。するとレイリスは彼の問いに少し首を傾げつつ、「そんなのわかりきったことじゃない」と言った。
「あのアンゲリクス……エセ聖女の力はあなたも知っているでしょう? あれは魔法が使えるのよ? それは強大な力、手に入れておけば必ず役に立つ」
「それはわかってるよ。そうじゃなくて、どうして手に入れるのが"片翼"じゃなくて"アンゲリクス"の方なのかを聞きたいんだよ。だって同じ魔法を使える者なら"片翼"のほうがずっと強力じゃないか。それなら"片翼"を手に入れたほうが……」
「……レイチェル、それは考えが甘いわよ」
レイチェルの言葉に、レイリスは呆れたような表情でため息をつく。彼のその様子にレイチェルが「え?」と声をあげて目を丸くすると、レイリスは深い青の瞳を鋭く細めた。
「片翼なんて物騒なもの、あたしたちの力で手に入れられる訳無いでしょう。ましてその力をあたしたちが使うなんて、あなた本気でそれが可能だなんて思う?」
「う゛……そ、そっか。確かにそうかも……」
「いい、レイチェル。あれはあたしたちの手に負えるものじゃないわ。"片翼"なんてものは、人の手には負えないものなのよ」
レイリスはそう言い、いくつものドアが規則的に並ぶ廊下の先を真っすぐに見据える。そして彼は、暗い廊下の先を見つめたまま「それに……」と言葉を続けた。
「……"アンゲリクス"はあたしたちでも容易に使役出来る。あれには自分の意思は無い。あれはただ、主の命令だけを受けて生きる忠実な人形でしかないからね」
そう言ってレイリスは赤い唇を皮肉げに歪めた。
「ホント、アンゲリクスってのは哀れな生き物よね」
「……ミレイはそんなんじゃないよ」
レイリスの嘲笑混じりの一言に、レイチェルはムッとしたように彼を睨みつける。鋭い彼の視線に気付き、レイリスは「あら?」と声をあげて愉快そうに目を細めた。
「ふふ、そっか、忘れていたわ。あなたはミレイが大好きだものね。ごめんなさい、今の言葉は迂闊だったわ」
レイチェルに謝罪の言葉を述べながらも、レイリスはあまり反省した様子無く口元に笑みを浮かべる。すぐに自分をからかっているんだと気付いたレイチェルは、唇を尖らせてレイリスを見上げた。
「別に大好きとかじゃなくて……ただ、ミレイはその……僕の大切な友達だから」
「はいはい。じゃあその大切な友達に失礼な事を言ってしまってごめんなさいね」
クスクスと小さく笑うレイリスの態度に、レイチェルはますます不機嫌そうに頬を膨らませた。それを見て、レイリスは可笑しそうに口元を弧に歪める。
「やだレイチェル、そんなに怒らないでよ」
「怒ってなんかないよ」
ブスッとした態度でレイチェルは素っ気なく呟く。それは明らかに怒っている態度だとわかり、レイリスは思わず苦笑いを浮かべた。
「……それにみんな"アンゲリクス"は意思の無いただの人形だなんて酷いこと言うけど、そんなことないんだ。あのアーリィって子はどうなのか知らないけど、でもミレイにはちゃんと自分の意思があるもん」
「あら……」
レイチェルのその一言に、レイリスは興味深そうに僅かに目を見開く。
さらに彼はレイチェルに「どうしてそう思うの?」と、問い掛けた。
「だってミレイは僕にいろんなことを教えてくれるし、それに僕と色々お話してくれるよ。人形だったら……人形はそんなことしてくれないよ」
「……ふぅん」
俯き加減に「だからミレイは人形なんかじゃないんだ」とレイチェルは呟く。そんな少年の様子を、レイリスは目を細めて見つめた。そうして彼は、そっと唇を動かす。
「……そうね。あなたがそう思い、あの子を信じ続けるのならば……アンゲリクスにも自我と、そして"心"が存在するかもしれないわね」
「え?」
俯いていたレイチェルは、予想外のレイリスの言葉に驚いて顔を上げ、そして目を丸くして彼を見上げた。異端の瞳が見つめたのは、何故か柔らかな微笑を口元に刻むレイリスの姿。
「レイリスさん……?」
「一人くらい、あれを心から信じてあげられる人間がいてもいいんじゃないかしら」
レイリスは色素の薄い青の髪を掻きあげ、「でなきゃ、あれが可哀相すぎるもの」と小さく呟く。その呟きはレイチェルには聞き取れず、少年はキョトンとした表情でレイリスを見上げたまま小首を傾げた。
しかしすぐに彼はハッとした表情になり、「そうだ!」と声をあげた。
「どうしたの?」
「ミレイといえば、最近ミレイのメンテナンスしてないんだよ! ほら、最近はちょっぴり忙しかったからなかなか会う暇なくて……」
「あら、それは心配ね」
からかいは無く、珍しく本心からレイリスは心配の声を出す。彼のその言葉にレイチェルは「うん」と小さく頷き、再び彼は俯いた
「そっか、僕一ヶ月もミレイと会ってないや。ミレイもやっぱり忙しいのかな?」
「そんなにあの子が気になるのなら、ジューザスにでも聞いてみればいいわ。ほら、もうすぐ彼の部屋よ」
しゅんとするレイチェルを見兼ねて、レイリスはため息混じりにそう彼へと告げる。そうして彼は切れ長の瞳を、長い廊下の突き当たりにある黒い大きなドアへと向けた。
「ジューザスはいるのかしらね?」
「さぁ……」
扉の前で二人は一度立ち止まり、レイリスはレイチェルに視線で今からノックをするということを伝える。
レイチェルがコクリと頷くのを確認し、彼は再び視線を黒い大きな扉へと向けた。そして、レイリスは静かにドアを叩く。
「ジューザス様、レイリスです。"アンゲリクス"追跡調査の件でレイチェルと報告に参りました」
静謐とした廊下に、レイリスの声が凛と響く。
やがて「入りたまえ」というジューザスの声が扉の向こうから聞こえ、レイリスは金のドアノブに手をかけた。




