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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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楽園の使者 1

「私は思うんだ、エレ。私たちの歩むべき道の先に、決して理想の楽園が存在しないというのなら……」


「……」


「それならば、自らの手で……自分の力で理想の楽園を創造すればいい、と」


 ――そう、無いのならば造ればいい。


「……ジューザス様」


「たとえそれが、禁断の創造だったとしても……ね」



 ――禁忌だとしても、手に入れたいんだ。




 ◆◇◆◇◆◇



 ボーダ大陸南西海域付近

 カナン島・ヴァイゼス施設




「エルミラ・クローシュただいま戻りましたー!」


 黒塗りの大きな扉を勢いよく開けながら、赤毛の青年・エルミラは大声でそう叫んだ。

 すると、談話室のような室内で革張りのソファーに座っていた黒髪の少女が顔を上げる。そうして彼女は十代の少女らしい柔らかな笑みを浮かべ、室内へと入ってくるエルミラを見つめた。


「おかえりなさい、エルミラさん。外に出ていたんですね」


「あ、アゲハ! 帰ってたんだ、久しぶりだね!」


 エルミラはアゲハに同じく笑顔を返し、そして彼はそのまま視線を少女から、その向かいの椅子に座っている薄い金色の髪の男へと移す。


「ララのオッサンも戻ってたんだ」


「誰がオッサンだ、誰が!」


 エルミラにオッサン呼ばわりされた短髪の男はそう文句を返しながら、さらに渋く精悍な顔に似つかわしくない自身の名前を呼ばれたことに対しても苦渋の表情を浮かべる。


「あとだなぁ……出来れば名前はあまり呼ぶな」


「え? じゃあやっぱりオッサンって呼ぶしかないじゃないか」


 間髪入れずにエルミラがそう答えると、ララは「なんだとぉ!」と憤怒の声をあげた。


「俺はまだ四十二だーっ!」


「ただいまー……って、クロウさんはなに大声あげてんの?」


 エルミラに続き、少し遅れて部屋に入って来たレイチェルは、何故か大声で猛々しく主張するララに疑問の表情を浮かべる。続いてレイリス、カナリティアが部屋へと入って来て、アゲハがセミロングの黒髪わふわりと揺らしながら「おかえりなさい」と小首を傾げて微笑んだ。


「あら、アゲハとクロウも戻っていたのね。ただいま」


「ただいま戻りました。アゲハもお帰りなさい」


 レイリスとカナリティアもそう挨拶を述べると、二人の座るソファーへと近づく。

 そうして施設へと戻って来た四人は、ソファーの空き席へと思い思いに腰を下ろした。


「それにしてもエルミラさんとレイチェル、ひどい怪我ですね。一体なんの任務をしてきたんですか?」


 エルミラやレイチェルの顔や腕、体中に巻かれた包帯やテープを見て、アゲハは漆黒の瞳を驚きに丸くして二人に問い掛ける。


 するとエルミラが苦笑いを浮かべながら「あー、これは"アンゲリクス"追跡調査しててちょっとね……今、ヒスに手当てしてもらってきたとこなんだけどね」と、答えた。その答えに、アゲハはさらに目を丸くする。


「え、エルミラさんとレイチェルがっ!?」


「それはジューザスとエレスティンも思い切ったことしたなぁ。いくら人手不足だからって、お前らにそんな重大任務を頼むなんてな」


 ララも些か驚いたようで、顎髭を撫でながら静かに呟く。


「でも追跡調査なら僕らにも出来ると思うって、エレ姉は言ってたよ!」


「追跡調査なら、でしょう」


 レイチェルがムッとしたように反論すると、隣に座っていたレイリスがすかさず言葉を挟んだ。そうして彼は、軽くため息をつきながら続ける。


「エレスティンが言っていたのはあくまで調査。誰もあんたたちに"アンゲリクス"を捕まえろなんてことは頼んで無いのに、あなたたちは勝手に先走って、あげく最悪なことに"片翼"とまで接触しちゃって……」


「か、"片翼"っ!?」


「マジかよ、お前ら……」


 レイリスの言葉に、アゲハとララは同時に驚愕の声をあげた。


「片翼って言やぁ、あの……バケモンだろ? なんつーもんと接触してんだよ、お前らは」


「そ、それは……だってエレ姉は『いずれアンゲリクスは捕らえるつもり』って言っていたから、今捕まえても同じだろうと思って……それに正面からアンゲリクスと接触しちゃって、思いきり顔見られたからこうなったらやれるとこまでやろうと思ったんだ。そしたら運悪く、アンゲリクスの側にその人までいたんだよ」


 レイチェルはバツが悪そうにそう説明すると、エルミラも「そーそー」と同意したように何度も大きく頷く。それを見て、レイリスはますます呆れたようにため息をついた。


「馬鹿ねぇ、あんたたちは。何度も言うようで悪いけど、あたしとカナリティアがあの山道で偶然あなたたちを見つけて助けに入ったからよかったのよ。そうじゃなかったら、あんたたち確実に殺されていたわよ?」


「う゛……」


 レイリスの厳しい一言に、エルミラは一瞬にして黙り込む。レイチェルもシュンとしたように俯いた。

 さらに、そんな二人へカナリティアの静かな警告までもが向けられる。


「いえ、今回は本当に運がよかっただけでしょう。もしかしたらあの時、最悪私たちは全員"片翼"の怒りに殺されていたかもしれませんから」


「えぇっ……」


 完全に反省仕切った様子でヘコむエルミラとレイチェル。ララは横目でそんな二人を笑いながら、「まぁ、とりあえず今は生きてるんだしよかったじゃねぇか」と言った。


「クロウ、あなたも人事だと思って随分適当なこと言うわねぇ」


「おぉ、人事だからな」


 ララはきっぱりと言い、レイリスはため息混じりに「まったく……」と呟いた。


「……ところでレイリスさん、あの……"片翼"ってどんなカンジでした?」


「え?」


 ララとレイリスの会話が途切れるのを待って、アゲハは興味津々にレイリスへと問う。

 僅かに身を乗り出して問う彼女の姿に、レイリスは僅かに瞼を臥せて「そうねぇ……」と思考した。


「別に……見た目は普通の少女よ?」


「そう……ですか……」


 顔を上げてレイリスは彼なりに思ったままを答える。するとアゲハは少しだけガッカリしたように、小さな声で呟いた。


「なんだ……私、"片翼"っててっきり凄い神々しいものかと……」


「あはは、アゲハらしいね」


 アゲハの呟きに、エルミラは思わず笑い声をあげる。


「でもレイリスの言う通り、確かに見た目はほんっとに普通の女の子だったよ。凄い美人さんだったけどね」


「へぇ、やっぱそういう所は"アイツ"に似てるんだな」


 ララが目を細めてエルミラを見遣る。するとエルミラも意味ありげな視線で彼を見返し、「そうだね」と頷いた。


「……けれども、確かに見た目は普通の少女でしたが、あの圧倒的な威圧感はやはり"片翼"である証でしょうね。その存在だけで、彼女は私たちを圧倒してしまいました。そう……"アンゲリクス"を奪おうとしていた私たちを、彼女はその威圧感だけで動けなくしてしまった……」


「……」


 カナリティアは目を臥せ、静かな落ち着いた声でそう語る。彼女の言葉にエルミラとレイチェルは同意したように真剣な面持ちで黙り込み、レイリスも目を細めて微かに頷いた。

 そんな四人の様子に、アゲハは小さく息を呑む。ララもまた、なにかを思うように口を真一文字に結んで腕を組み黙した。


 そうして一瞬沈黙がさして広くない室内を支配したが、しかし直ぐにレイリスが顔を上げて「そういえば」と声をあげる。


「ねぇ二人共、エレスティンってどこにいるか知っているかしら?」


「エレスティンさんですか?」


 アゲハがキョトンと目を丸くして問い返すと、レイリスは「ええ」と頷く。


「今回の一件を報告しようと思って、さっき一度部屋に寄ったんだけどいないみたいだったから」


「ああ、そういえばエレスティンさんは今任務で外へ出てますよ」


 レイリスの言葉にアゲハはなにかを思い出したようで、彼女は笑顔でそう答える。

 するとエルミラが些か驚いた表情を浮かべ、口を開いた。


「エレが任務に? 珍しいね、いつもは指示する立場なのに……」

 

「ここ最近はみんな一度に外へ出てたからな。人手がマジで足りなかったみてぇだぜ。確かエレスティンは今、マギと二人でティレニアの帝都に向かっているらしい」


 このララの一言に、アゲハ以外の四人の表情が変わった。


「マ、マギとぉ!? あの俺様主義、傍若無人の純粋な塊みたいな……マギ!?」


「うわぁー……エレ姉も大変だねぇ。マギさんしか手ぇ空いてる人いなかったんだね」


「相当人手が足りなかったようね。今回ばかりはエレスティンに同情するわ。あたしも何回か彼と一緒に任務いったことあるけど、とーっても面倒だったし」


「……そうですね。ユトナも暇をしているはずでしょうが、彼はここの"留守番"をすると言って動かなかったんでしょうね」


 マギの傍若無人っぷりを知ってか、四人は彼と出掛けることになったエレスティンに、それぞれ同情の意を示す。それを見て、アゲハは「あはは……」と苦笑いを漏らした。


「まあ、そういうわけで今ここはジューザスが直接指揮してるから、あいつに報告すりゃいいんじゃねぇか?」


「あぁ、わかったわ。じゃあ早速報告に行ってくるわね」


 ララの言葉に頷きながら、レイリスはソファーから立ち上がる。それを見てカナリティアが「私も行きましょうか?」と声をかけると、レイリスは小さく笑って首を横に振った。


「あなたは休んでいていいわよ、カナリティア。その代わり、エルミラかレイチェルのどっちか一緒に来てちょうだい」


 彼はそう言ってエルミラとレイチェルに視線を向ける。するとレイチェルが小さく手をあげ、「じゃあ僕が行くよ」と言った。

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