接触、追跡 7
「どうして奴らはあの名を……っ!」
「え?」
アーリィが険しい表情のまま何かを口走りかけた時、「二人共なにやってるの!?」という少女の叫び声で言葉の続きは遮られた。
「マ、マヤ……」
声のする方へとユーリが顔を向ける。
そこには自分たちの様子に血相を変えて駆け付けるマヤと、心配そうな表情でこちらを見つめるローズの姿があった。
マヤの姿を見て、アーリィは何も言わずにユーリから手を離した。
「アーリィちゃ……」
解放されたユーリがアーリィへと手を伸ばしかける。だがアーリィはユーリと目を合わせることなく、彼に背を向けた。
「……」
艶めく黒髪が遠ざかる。
伸ばしかけた手は行き場を失い、虚しく空を掴んで終わる。
ユーリはどこか淋しげな眼差しで遠ざかる後ろ姿を見つめ、そっと手を下ろした。
「アーリィ、一体どうしたの? なにがあったの?」
「……なんでもないです、マスター」
マヤが駆け寄りつつアーリィに問い掛けると、アーリィはぎこちない笑みを浮かべてそう答えた。
「またあいつが余計なこと言ったんで、ちょっと怒っちゃいました。それだけです」
アーリィは決して嘘が上手い人間ではない。
明らかに先程の二人の様子は『それだけ』では済まされない雰囲気があったが、マヤは複雑な表情で二人を交互に見つめた後、「そう……」とだけ呟いた。
「まぁ……なにはともあれアーリィが見つかってよかった」
「うん……そうね」
場を執り成すようなローズの言葉に、マヤが頷く。
ローズも二人の様子には納得いっていないような顔をしていたが、しかし深く問いただしてもアーリィは答えてくれないことをわかっているので「それじゃあ予定通り出発するか。カペラ平原を通ってティレニアを目指そう」と、そう言ってとりあえず先へ進むことを促した。同時にユーリへと目を向け、気まずそうにこちらを見返す彼に『あとで説明してもらうぞ』ということを視線だけで伝える。彼の視線の意味を察し、ユーリは苦笑いを浮かべておもむろに歩きだした。それに続くようにローズ、マヤとティレニア側の門へ向かって歩きだす。アーリィだけは今だその場を動こうとはせずに、一人そこに立ち尽くしていた。
動く様子のないアーリィに気がつき、マヤが一旦足を止めて振り返る。
「アーリィ、どうしたの?」
マヤが不思議そうに問い掛けると、アーリィは僅かに目を伏せ首を横に振る。
「……いえ、なんでもないです」
小さな否定の言葉を吐き出し、やがて彼もまた出発の一歩を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆
「……えぇ、わかった。じゃあ至急エルミラとレイチェルの応援へ向かってちょうだい。……えぇ、そう。……うん……わかったわ。じゃあ、気をつけて」
琥珀色の艶めく髪をゆっくりと掻き上げ、エレスティンは右手に持った通信機の通信を切る。
そして自分の手の中にすっぽりと納まる黒い長方形の箱に似たその機械を静かに見つめ、彼女は感慨深げな溜息を一つ吐き出した。この通信機と呼ばれる機械は旧世界の技術の一つらしく、数カ月ほど前に旧世界の研究者エルミラから手渡されたのだ。どうやらエルミラがレイチェルと協力して、旧世界時代の資料から長い時間をかけて再現したものらしく、これと同じ通信機同士でなら距離があっても会話が可能になるらしい。そしてその説明通り、こうして遠くの仲間とすぐに連絡をとれるようになった。
「はぁ……なんて便利なのかしら……」
滅びた世界の技術力は凄まじいものがあったとは聞いていたが、こうして実物を目にし、さらに体感すると思わず驚きを呟きたくもなる。
旧世界の技術や歴史などを専門に研究するエルミラは、その研究結果から時にこうして失われた技術を再生してしまう時もある。そのたびにエレスティンを始め、仲間の多くが驚き、そして失われしものの便利さに触れて有り難さを感じつつ、同時にその未知の便利さゆえに畏怖を感じることもあった。
およそ千年ほどの昔、この世界は唐突に一変した。
世界を、そして人々を支えていたはずの"マナ"の暴走で、繁栄と栄華の一途を辿っていたはずのリ・ディールの世界は『審判の日』に何の前触れもなく突然崩壊。何千・何万という人や魔物、動物その他の生ける命が失われた。その中でもなんとか生き残った人々により、世界は今のレベルにまで復活を果たした。
しかしそれでも今だ、マナの大半が失われたリ・ディールの世界は衰退の道を歩んでいる。
世界は魔物で溢れ、人は魔力を失い、憎悪と絶望がその大半を占める悲しい世界――どうして、突然世界はこんなことになってしまったのだろう?
エレスティンは手の中の通信機をしばし見つめ、やがて静かに目を臥せる。
何もわからない人々は『審判の日』とはすなわちマナを不用意に利用し、そしてリ・ディールの大地と自然を機械と科学の力で犯しすぎた人への神からの"罰"が与えられた日だと語った。
もしもそれが本当ならば、この便利さとは両刃の刃なのかもしれない。人の手で生み出された便利な道具――それは同時に自分たちを破滅の道へとも向かわす凶器にもなる、ということなのだろうか。
エレスティンは無言で、通信機を自らの服のポケットへとしまう。そして、小さく首を横に振った。
今はそんなことよりも、もっと考えなくてはならないことがたくさんある。
そう考え直し、エレスティンは次の通り仕事に取り掛かろうと動いた。
何もない薄暗い廊下で一人佇んでいた彼女は、一旦自室へと戻ることを決めて踵を返して歩きだした。
◇◆◇◆◇◆
ボーダ大陸・カペラ平原
「……レイリス、エレスティンさんからの通信ですか?」
優しい風が緩やかに吹き付ける草原に、清んだ少女の声が響いた。
少女の声に反応し、湖水のような蒼い髪を風に靡かせて立つ痩身の男が振り返る。妖しく美しい青年だった。
少女にレイリスと呼ばれた彼は長い睫毛に縁取られた深い青の瞳を楽しげに細めて、こちらを見上げる少女に微笑みを向けた。そして手にした通信機を懐へとしまい、紅く妖艶な唇を開く。
「えぇ、なかなか面白い展開になってるって感じ。エレからの命令で、仕事が終わったなら至急エルミラとレイチェルの援護に向かいなさいって」
「……そうですか。確かエルミラとレイチェルは例の追跡調査に向かっているはずでしたね」
長い緑色の髪をリボンで二つにまとめた見た目十歳前後の愛らしい少女は、その外見とは裏腹にひどく大人びた口調で返事する。一方でレイリスは楽しげに唇を歪めたまま「らしいわね。ま、あたしは楽しければな~んでもいいけど」と、彼は独特の女口調でそう答えた後に楽しげに笑った。
「それで、どうするの? カナリティア」
レイリスは少女に向かって問い掛ける視線を向ける。
カナリティアと呼ばれた彼女は、手にした大きなうさぎのぬいぐるみをギュッと強く抱きしめながら問いかけに思考した。
やがて彼女は顔を上げ、大きな翡翠色の瞳を真っすぐに彼へと返す。
「もちろん、エルミラたちの所へ向かいましょう。幸いここはカペラ平原……アンジェラへはグロッサを抜ければ直ぐです」
「ふふ……じゃ、決まりね」
カナリティアの決断の言葉に、レイリスは再び目を細めて猫のように笑った。
「どっちにしろエルミラとレイチェルじゃあ、あいつらと接触した時にロクな対処出来ないでしょうしね。そうと決まれば、二人が怪我する前に早めに助けに行ってあげましょうか」
「そうですね」
カナリティアが頷く。そして彼女は自身とさほど大きさの変わらない巨大なうさぎのぬいぐるみを抱え直し、「では行きましょう」とレイリスに告げた。
「ふふ、オッケー」
薄い唇を弧に歪め、レイリスは腕を組む。そして履いたブーツの爪先で数回大地を軽く叩き、彼は真っさらな青い平野をグロッサに向けて歩きだした。
「……」
カナリティアもまた彼に続き、無言で大地を踏み締めた。
◇◆◇◆◇◆
「……」
延々と沈黙が辺りを支配する、静かな山脈道をひたすらに歩く。
先程グロッサを出発して十分弱、それから一行にこれといった会話が無い現状にマヤは一人そわそわとしていた。
マヤの隣を歩くローズは仕切りに地図を見つめて次に進むべき道を頭に叩き込んでいるし、アーリィはいつもどおりに一行の最後尾を無表情で歩いている。
それはまぁいいとして、自身のほんの後ろを歩くユーリまでもが無言で、なにか神妙な面持ちで歩いていることがマヤには不思議だった。
マヤはちらりと横目でユーリの姿を見つつ、目を臥せながら思考する彼に小さく首を傾げた。
普段は歩き始めて三秒で無駄口を叩くユーリが、なにかを考え込むように押し黙って歩いている。




