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神化論  作者: ユズリ
白の庭
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届かぬもの、忘却の 1

「アーリィ、早く早くっ!」


「……」


 遠くでする、ジェクトの呼ぶ声。そして、笑顔で手招きする彼の姿。

 アーリィは何か不思議な気持ちで、目の前で自分を呼ぶ少年の姿を見つめた。この、”心”に宿る感情は一体何なのだろう。


「花……?」


 アーリィは周囲を辺りを見渡しながら小さくそう呟く。

 ジェクトに連れられた彼が少年と共に来たこの場所は、街中からだいぶ離れた小さな小高い丘の上だった。街の喧騒から離れたここは、昼間でも虫の声ぐらいしかしない。そしてそこには、白く小さな花が一面に咲き乱れていた。まるでそこだけ雪が積もったかのような幻想の雪景色に、アーリィは思わず立ち止まって花に見入る。


「アーリィ、もっとこっちへ来なよ! 綺麗だよ!」


「……うん」


 圧倒されるほどの白の花に目を奪われながらも、大声で叫ぶジェクトの声にアーリィは頷き、そして再度その歩みを進めた。


「えへへ、すごいでしょ? ここ、たくさんマジカの花が咲いてるんだ。僕の秘密の場所なんだよ」


 アーリィの方へと駆け寄りながら、楽しげにジェクトはそう説明する。


「マジカと言うのか……この白い花は」


「うん。このアンジェラには、よく咲いている花だってお母さんは言ってた……」


 アーリィはおもむろにしゃがみ込み、そして小さなマジカの花を一本手折った。


 雪のように真っ白な丸い花弁を持つ、花びらが車状のその花をアーリィはじっと見つめる。ジェクトも彼の隣へと座り込んで、黙ってそんなアーリィの様子を横目で眺めた。


「……いい香り」


 花を鼻先に近付けて、アーリィはほんの僅か口元を綻ばせた。甘いやさしい香りが鼻を抜ける。


「でしょ? 僕、この花大好きなんだ」


 アーリィの言葉に、ジェクトはまるで自分が褒められたかのように喜んで微笑んだ。


「ここは街の人もあまり来ないから、よくここ一人でくるんだ。マジカの花を見に。白くて綺麗だから、マジカの花って」


 そう言ってジェクトは空き地一面に自生するマジカの花を見渡した。

 白い花は暖かな風に小さく揺れ、そして風は甘い香りを辺りに優しく運ぶ。

 心地よいその雰囲気に、アーリィは目を細めて呟いた。


「ここは、眩しいな……」


「え?」


 アーリィの独り言のような呟きに、ジェクトは顔を上げて反応した。

 アーリィは目を細めたまま、どこか遠くを見つめるように、自分たちを包み込む白の世界を見つめる。


「真っ白で……少し眩しい」


「……マジカの花、イヤだった?」


 アーリィの言葉に、ジェクトは笑顔を一変させて心配そうに呟く。


「僕、ここが大好きだから……アーリィにも見せたかったんだ、ここ。でも……イヤだった?」


 少し俯くジェクトに、アーリィは無表情に首を横に振って彼の言葉を否定した。


「いや、花は……好きだから」


 その言葉を聞くなり、再びジェクトは嬉しそうに顔を上げる。


「ホント? よかった!」

 にっこりと微笑んで喜ぶジェクトに、アーリィは一瞬怪訝そうに眉根を寄せた後、真面目な表情で「なんでお前がそんなに喜ぶんだ?」と、心底不思議そうにそんな事を問い掛けた。


「え……」


 本当に不思議そうな表情で問うアーリィの様子に、ジェクトはどう答えるべきなのか困ったように固まる。


「えっと……なんだろう。アーリィにここが気に入ってもらったから……だから嬉しいんだけど」


「なぜ人が喜ぶと、お前まで喜ぶのだ?」


「うんと、それは……」


 アーリィの質問責めに困りながらも、しかしちゃんと答えてあげようとジェクトは一生懸命に答えを考える。その間アーリィは沈黙し、彼が答えを返してくれるまで花を眺めながらそれを待った。

 やがてジェクトは名案を思い付いたように、ハッと勢いよく顔を上げる。


「そうだ、アーリィには大切な人はいる?」


「大切な人……?」


 突然質問を返されて、アーリィは驚きつつ考える。


「……あぁ、それならマスターがそうだ」


「じゃあさ、アーリィの大切な人が……自分と同じものを気に入ってくれたらアーリィはどう思う?」


 大切な人が同じものを……アーリィはその言葉を頭の中で数回反復して悩み、そして答えた。


「嬉しい……のかもしれない」


 その答えを待っていたかのように、ジェクトはぱっと顔を輝かせて手を叩いた。


「それだよ、アーリィ!」


「……それはつまり、お前にとって俺は大切な人ということ、なのか?」


「あ、え……えぇと、それは……」


 真正面からまじめな表情で返すアーリィの言葉に、ジェクトは思わず照れたように頬を赤くさせて俯く。


「えっと、んー……あの、それは……」


 思わず例えに使ってしまった事実に、ジェクトはどう答えようか頭を抱え込んでしまった。

 そんなジェクトの様子をしばらく無表情に見つめていたアーリィだが、しかしやがて小さく笑って口を開く。


「お前は正直言ってよくわからない奴だが……けど、一緒にいて不思議と嫌だとは感じない」


「え……?」


 予想外のアーリィの言葉と優しい声音に、ジェクトは驚いた表情で顔を上げた。


「なんていうんだろう……そう、関心がある。お前には、興味を抱く。それに、一緒にいてもいいと思ったのはマスター以外ではお前が初めてかもしれない」


 優しげなアーリィの微笑みにジェクトは驚いて一瞬固まり、そしてすぐにつられたように彼もまた嬉しそうに微笑みを浮かべた。


「……ありがとう、アーリィ」


 両親を亡くしてから、自分は自然な笑顔というのを忘れていた気がする。そんな自分が今自然と笑えたのは、アーリィのおかげだと彼は思った。無関心そうな態度を見せながらも常に自分のそばにいて、自分を見ていてくれる不思議な、この人のおかげだと。

 一方でアーリィはどうしてそこで彼は礼を言うのかよく理解出来なかったが、しかし彼の心からの笑みを見てなんとなく質問することを止めた。わからないことは聞くことが普通となっている自分の思考だが、しかし今は聞かないことが正しいと感じたのだ。これが察するということなのかと、アーリィはぼんやりと花を見つめながら考える。


 その後二人はしばらく会話することもなく、ただ無言で花を眺めた。柔らかな風を肌に感じ、暖かな日の光りを全身に浴び、そして心地よい花の香りと時間に自然と身を任せる。ただ、それだけの時間。

 しかしそれが不思議とジェクトにとっては幸せな時間となり、そしてアーリィにとっては初めてマヤ以外と過ごす不快では無い時間となっていた。


 ぼんやりとマジカの花を見つめながら、アーリィは静かに考えていた。

 どうして自分は今、まだ出会って間もないこの少年と自然な気持ちで一緒にいられるのかを、と。

 しかしそれを考えると、アーリィの思考は別の問いへとぶつかってしまう。


(不快では無い、この気持ち。いつもは他人といるのが不愉快でしかないのに、何故……こいつは嫌と感じない?)


 その問いの答えを自分の中から探そうとすると、あのもやもやとした曖昧な感情へと繋がった。


(イヤではない……何故……なぜ? いや、自分は知っている? この感情、キモチ……なんだろう、懐かしい……?)


 音が消える。視界が歪む。

 世界に色が、失くなっていく。


(自分、は……ずっと昔に、この気持ちを……)


 その瞬間、ぐらりとアーリィの視界が大きく揺れた。突然目の前が徐々に闇に呑まれていく。

 それ以上の思考を体が拒否するかのように、アーリィの世界がフェードアウトを始めた。それはこれ以上”それ”について考えることを、アーリィの”心”が拒否するかのような感覚だった。もやもやとした、少年に対する温かな感情のその意味を、まるで心は禁忌とするかのような……。

 そして本格的に意識が遠退き始めた時、堕ちかけていたアーリィをジェクトの声が再び呼び覚ました。


「ねぇ、アーリィ」


「!?」


 ジェクトの呼ぶ声に意識は引き戻されて、アーリィはハッと目を見開く。


「……あ……な、なに?」


 ほんの少しの動揺が声に現れるも、しかしジェクトはまったく気付かない。なぜかその少年の様子に、アーリィはほっと胸をなでおろした。そのまま何事も無いを装うアーリィに、ジェクトは何故か少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて問い掛ける。


「うんとね……アーリィは天国ってどんなところか知ってる?」


 唐突な少年の問いにアーリィは怪訝そうな顔をしながらも、しかし彼のその問いに考えてみる。

 "天国"とは死者の魂が神に導かれてたどり着く場所と、確かそうリ・ディールでは言い伝えられていたと、アーリィはうろ覚えな記憶を思い出す。だがそれを答える前に、アーリィはジェクトに疑問を問うた。


「なぜ急にそんなことを問うんだ?」

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