あなたと手を繋ぎ、そして 9
どこか落ち込んだ様子のマヤを見て、ユーリは二人の間にあったギクシャクした雰囲気の意味をそこでやっと理解した。つまりマヤが聞いたという『パンドラを探す理由』から、二人は気まずい雰囲気になったのだろう。そして彼は思い出したように、マヤへとこんな話をする。
「そういや、俺もあいつのことを聞いたときに拒まれたことあったな。あいつに過去とか聞くとさ、いつも決まって怖ぇ顔すんだよな……本人はフツーにしてるつもりらしいけど」
鋭い眼光を細め、ユーリは薄く笑ってそんなことをマヤへ語る。
「なんかあいつって、あけっぴろげなようで実は自分こととかぜんぜん語らねぇんだよ。過去とか、自分の内面のこととか、他人に理解されるのを嫌がるっつーか……意外だろ?」
ユーリのその言葉に、マヤは戸惑いつつも素直に頷く。
「どうして……」
「知らねーよ。でも俺がアイツと出会って、成り行きで旅することになって気付いたんだよ。ローズはいつも笑ってて、んでどっか抜けてるからわかりにくいけどよぉ……」
「……?」
マヤが首を傾げると、ユーリは僅かに声のトーンを落として静かに呟いた。
「アイツも本質は俺達と変わんないんじゃないか? ……きっと」
無表情に、しかしどこか悲しげな表情でユーリは言った。そんなユーリを見つめながら、マヤは無意識に震える唇をゆっくり動かす。
「それって……」
そこまで呟き、マヤの唇は止まる。困惑仕切った表情で固まるマヤの変わりに、ユーリは彼女の言わんとしていた言葉の続きを紡いだ。
「お前もアーリィちゃんも、勿論俺も……気付かないふりして自分をごまかしてるけど、本当は皆、何かしら大きな秘密と知られたくないものを抱えてる……そうだろ?」
淋しげな微笑を口元に浮かべて、ユーリはそう呟いた。ユーリが呟いたそれはマヤやユーリ、そしておそらくローズやアーリィさえも気付いていたこと。それは彼らが旅をしている中で、薄々感づいていながら互いに気付かないふりをしていたことだった。
「……何よ、それ」
「今更しらばっくれんなよ」
鋭く観察する瞳が、温度無くマヤを見据える。マヤは一度目を逸らしかけて、しかし彼女もまた強い瞳でユーリを見返した。
「……そう……そうかもね。確かにアタシたち、互いの事を知ってるようで知らな過ぎるわね」
「俺も、お前やアーリィちゃんも互いに自分の過去や経歴を話した事は一度も無い。でも、それでも今まで上手く旅してたから、そんな情報は不必要だった。ま、オマエやアーリィちゃんは魔法って点がもうすでにわかりやすい秘密だったけどな」
ユーリのその言葉に、マヤはひどく大人びた瞳で小さく笑う。
「あるいはその方が自分たちにとっても都合がよかったから、あえてそんな話題は出さなかった。……他人の領域に踏み込んで、そして自身の内面まで踏み込まれるのを恐れたから」
成人していない少女とは思えない悟ったような表情でそう返すマヤに、ユーリもまた微笑を浮かべる。
「やっぱりわかってんじゃん」
「他人や自分の事は知らないふりをするのが、賢い生き方だって教わったからね。でも、所詮はふり。……わかってるわよ、それくらい」
静かに吐き捨てるマヤに、ユーリは微笑のまま再度口を開いた。
「だからローズも……結局同じだって事だよ」
一瞬にして瞳の鋭いものは無くなり、逆に悲しみとやる瀬なさの入り交じった瞳でユーリはぽつりと呟いた。
「そんな俺たちと……な」
互いに皆、何かしら自分を隠し偽っている。ずっと一緒に旅をしていても、自分に都合の悪い隠したい事は喋らない。
「人間誰しも全てを他人にさらけ出す事なんて出来ねぇよ」
「……わかってる」
そう、わかっているのだ。皆が誰しもそうやって他人と上手く距離を保ちつつ、その上で上手く付き合っている。他人に自分の内面、思考、想い、過去の一切全てをさらけ出す事なんて不可能なのだから。
「だから、アイツも言いたく無い事くれぇあだろう。俺達がいくら仲間だろうと、ローズの全てを知る事なんて出来ねぇし、そんな権利も無い。アイツに甘えるのは勝手だけどよぉ、それを忘れたらローズにとっては迷惑なんじゃねぇの?」
柔らかい口調ながら、咎める内容のユーリの言葉。それにマヤはハッとしたように目を丸くして、そしてゆっくりと碧い瞳を伏せた。
「そうだね……ごめん」
都合の悪い事は気付かないふりをして、そして賢く理解してるように装って……でも結局は上手くやっているようで、肝心な事は忘れていたのだ。
自分たちは皆、なにかしら自分を隠さなくては生きれない。それは勿論自分も例外無い事で。
いや、もしかしたら自分は普通以上の秘密を抱えて生きている。それなのにわざとでは無いとはいえ、無条件に相手の内面へと踏み込もうとした自分を、マヤはひどく恥じて反省した。
気落ちしたように肩を落として反省するマヤに気付き、ユーリはちょっと言い過ぎたか? と反省して慌てる。
「あ、イヤ、別にお前を責めたくて言った訳じゃなくて……つまり、ローズも言いたくねぇ事くらいある普通の人間て事だよ。いつもぼけた顔してにこにこしてるようなお人よしでも、結局俺らと変わんねぇーってことで……あー……」
そこまで言ってユーリは、ばつが悪そうにガリガリと頭を掻く。そして、苦い顔でマヤから目を離しながら一言呟いた。
「だから、あんまり気にすることもねーんじゃね?」
「……ふふ、アンタに慰められるとはね。でも……ありがと」
ユーリの照れ隠しの言葉を聞き、マヤは思わず微笑を浮かべてそう言葉を返す。
ユーリは苦笑しながら無言で首を横に振った。
「……誰にも見せない、心の内か……」
何となく呟きながら、マヤは視線を自分の足元へと落とす。確かに自分の中にもそれは有ると、マヤは言葉と共に自覚した。
(そうだよね……それが普通であって、ローズにだって他人に絶対知られたくない事くらいあるんだよね。なのにアタシったら、なんでも聞いたら答えてくれるなんて勘違いしちゃって……ちょっと拒まれただけで裏切られた気分になっちゃったなんてバッカみたい)
出来たら今日中にローズへ昨日の夜の事を謝り、そして胸のモヤモヤをスッキリさせようと心に誓って、マヤは勢いよく顔を上げた。その時、タイミングよくユーリがぽつりと呟くように言う。
「……俺も昔、一回だけアイツに聞いたことあるんだよ」
「へ?」
突然そんなことを言われ、マヤは顔をあげた勢いのまま首を傾げる。
するとユーリは、ほんの少し困ったように苦笑いを浮かべた。
「確か初めてローズと出会った時、俺も同じことを聞いたんだよ。『なんでパンドラを探してるんだ?』って、ローズに。そしたらアイツ、やっぱり雰囲気変わってよぉ……なんかそれまではボケッとしたふざけたヤツだなぁと思ってたのに、すっげー冷めた目をしたんだ」
「それって……」
「あぁ。笑ってごまかされたケド、でも目だけは全然笑ってなくてよ……その時『コイツなんかあるな』と思って、旅する事になってからローズのことを観察するようになったんだよ」
初めて耳にするユーリとローズの出会った頃の話に、マヤは思わず「それで?」と興味津々に続きを問う。
「別に俺もローズがパンドラを捜す理由に、そんな興味があった訳じゃねーけど、それ以来なんでそんなにパンドラを探求する理由を隠すのか気になったんだ。で、旅していくうちにアイツ、自分の過去を必要以上に隠すことに気付いて……」
一旦目を伏せ、そして当時を振り返るかのように遠い目をしながらユーリは言った。
「もしかしてアイツ……ローズがパンドラを捜す理由は、なにかアイツ自身の過去に関係あるんじゃねぇの?」
「過去……」
「ま、俺の勝手な推測だし、それに今はあんま興味無ぇから詮索してねーケドな」
そう言ってユーリはベッドに寝転がる。マヤはそんなユーリを黙って見つめた。
「……」
「ローズが今まで俺らにさらけ出してる部分だけ正確に理解して、受け入れて……それで今まで上手くやってたんだから、それで十分なんだって気付いたからな。お前もそれでいいんじゃねぇの?」
「……うん、そうだね」
ベッドに寝転びながら笑うユーリのその台詞に、マヤも吹っ切れたように笑顔を浮かべて頷いた。
それを見て、ユーリはさらに笑みを深める。
「やぁーっとらしい笑顔じゃん。なんかお前の辛気臭い顔、気味悪いっつーか変だぜ?」
いつもの明るいマヤの笑みに、ユーリはそんなことを言ってニヤリと笑った。途端にマヤの笑みは引き攣る。
「いちいちうっさいのよ、アンタ。せーっかく慰めてくれたお礼に、アーリィちゃんのマル秘個人情報をひとつ教えてあげよっかなーって思ったのに……」
マヤのその呟きに、ユーリはカッと目を見開いて跳び起きた。
「スンマセン、マヤ様! ちょっと正直に言葉がポロッと口から飛び出てしまいました! だから教えて! それ、なにっ!?」
「……イヤよ。教えない~」
にたりと意地悪い笑みを口元に浮かべ、マヤは懇願するユーリに冷たく言い放った。そして彼女は勢いよく椅子から立ち上がる。
「あ、待てよ! いや、待ってくださいマヤ様、どこ行くんだよっ!」
「アンタとこれ以上話してたら、アンタの体に良くないと思ってね。って訳で、アタシはちょっと急用思い出したから行ってくるわ。アンタは大人しく寝てなさい!」
偽物の善意が込められた満面の笑みを浮かべて、マヤはヒラヒラと手を振った。そしてドアノブに手をかけて、最後にもう一度だけユーリを見て愛らしくウインクをする。
「じゃ、そゆわけでバァ~イ!」
「あ、オイっ! アーリィちゃんのマル秘情報教えろよぉーっ!」
悔しそうに叫ぶユーリを完全無視で一人残し、マヤは足早に部屋を後にする。
ローズにあって、彼に謝るために。
白金に煌めく髪を軽やかになびかせながら、マヤは笑みを浮かべて街の雑踏へと勢いよく駆け出した。
【あなたと手を繋ぎ、そして・了】




