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神化論  作者: ユズリ
白の庭
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あなたと手を繋ぎ、そして 4

 あと正直なところマヤ以外の人間と長々と話すのに意義を感じなかったし、単に説明が面倒臭いというのも本音でもある。だからアーリィはこの後、数秒ほど悩む。ジェクトに『魔法の事を教えるか否か』ではなく、『ジェクトとこれ以上会話を続ける事は、意義があるか否か』という事をだ。


「……」


 アーリィは数秒ほど悩んだ結果、はっきり言って面倒臭かったが、マヤから言われた『仲良くしてあげて』の一言を思い出してもう少しジェクトに付き合うという結論を出した。そう結論を出したアーリィはおもむろにしゃがみ込んで、ジェクトと視線を合わせた上で口を開いた。


「そんなに気になるのか?」


「え……う、うん」


 自分の視線と絡む、アーリィの真っすぐな眼差しに思わず緊張する。一切の感情が無いアーリィの異形の紅い目を、ジェクトは同じく自身の異端の瞳で見返して頷いた。同時に彼は思った。自分も両親が殺されてから先程彼等に助けられるまで、こんな人形のような暗い目をして生きていた、と。

 けれどもいつの間にか……いや、ローズたちと出会ってからほんの少しの間に、ジェクトは知らず忘れていた笑顔を少しずつ思い出していた。そしてそれと同時に、世界に対して失っていたはずの興味もまた思い出しかけていた。


「どうしてアーリィは、そんな凄い事が出来るの?」


 ジェクトの瞳を見返しながら、アーリィはゆっくりと口を開く。


「言えない」


「……え?」


「たから、お前には教えられない。教えたくない」


 ふざけた様子も悪びれた様子も無く、ただ無表情にそう言葉を返すアーリィ。ジェクトはちょっと予想外に厳しい返答で、がっくりと肩を落とした。そんなジェクトの様子を見て、ただ不思議に思ったアーリィは「どうした?」と、首を傾げる。ジェクトは少し迷った末に、正直にこう答えた。


「えっと……アーリィのその凄い力、僕も使いたいなーって思ったから……」


「魔法を? 何故?」


 アーリィの素直な疑問に、またもジェクトは答えるのを迷うかのように一瞬口をつぐむ。しかし数秒口を閉じただけで、結局ジェクトは打ち明ける事にした。


「その、凄い力が使えたら……自分の身も守れるし、大切な人を守ることも助けることも出来るんじゃないかって思ったの……」


「守る?」


「うん……」


 今にも消え入りそうな声でジェクトは頷き返事をする。

 しかし気弱そうなその少年の瞳だけは、やはり強い意思が垣間見えていた。


「僕はまだ子供だし、全然強くない。だからお父さんもお母さんも、僕を庇って死んじゃった。……お父さんとお母さんが守ってくれたから僕は生き残れたけど……僕はその時何も出来なかった」


 いつの間にか大きな瞳に今にも零れそうな涙を溜めて、ジェクトはぽつりぽつりと語り出す。それは彼にとって何より辛い出来事と、自分の中にその日から存在してしまった後悔と罪悪の念だった。


「だから……」


「だから、魔法を?」


「……うん」


 ゴシゴシと何度も目を擦りながら、ジェクトはアーリィの言葉に頷いて答えた。だが頷いた拍子に、ついにジェクトの瞳から大粒の涙が零れ落ちてしまう。

「あ」と小さな声を上げて、ジェクトは慌てて涙を手で拭う。しかし拭えど拭えど、一度決壊して溢れ出した涙は簡単には止まらなかった。


「……」


 声を押し殺して泣くジェクトを、アーリィは表情を変える事なく無言で見つめる。

 やがて彼はおもむろに右腕を伸ばし、ジェクトの頬を流れる透明な涙をそっと指先で拭った。


「……?」


 アーリィのその行動にジェクトは目を擦るのを止めて、びっくりしたように目を丸くしてその場に立ち尽くした。

 アーリィはやはり無表情のままで、先程指先で拭ったジェクトの涙に視線を落とす。そうして彼はゆっくりと口を開いた。


「……強い力が、必ずしも誰かを守れるとは限らない」


「え?」


 無表情でありながら、しかしその一言を呟いた一瞬、アーリィの無機質な瞳が何かを想うように感情に揺れた。そんなアーリィの変化に、ジェクトは唖然としながらも視線を奪われる。


「それに……」


「……!」


 突如視線を上げたアーリィと、再び視線が繋がる。

 燃えるような深い魔性の紅が自分を捕らえ、ジェクトは涙を流す事すら忘れた。

 妖かしである魔族の血が入っている自分が逆にアーリィの瞳に魅入られて、ジェクトは無意識に恐怖していた。ほんの僅かにジェクトの小さな指先が震え出す。しかし動く事が出来なくなったジェクトは、ただアーリィを見つめ続ける事しか出来なかった。

 一方アーリィもジェクトと目を逸らす事なく、言いかけた言葉の続きを静かに紡ぐ。


「それに、これは……」


 完全に魔性の瞳に魅入られたジェクトは呼吸すら忘れて、ゆっくりと独白するアーリィを見つめた。

 一瞬の空白。そして、アーリィが息を吸う微かな呼吸音が闇に溶ける。

 そうして最後の一言が、静かな夜に放たれた。


「この力は、俺の力なんかじゃ……」


 最後の呟きはあまりに小さく、川のせせらぐ音に掻き消されてジェクトが知る事はなかった。




 ◇◆◇◆◇◆




 ローズたちがそれぞれに想いをすれ違わせて過ごした夜、その翌日。


「いやー、あれ飲んだ時は正直この世とおさらばする覚悟だったけどよー。しかしすげぇな、一晩寝たらだいぶ良くなったぜ」


「そうか、よかった。顔色もよくなってきたしな」


 だいぶ体調の回復したらしいユーリが、ベッドの上で大きく伸びをして欠伸を噛み殺す。その周りではローズたちが、思い思いの格好でユーリの様子を確認していた。

 薬を飲んで一時は気を失っていたユーリだが、どうやらローズの買ってきた薬は色はあれ気味でもちゃんとした薬だったらしく、すっかり彼の顔色は良くなっている。むしろ笑顔で喋れるまでに回復したらしく、安心したように微笑むローズにユーリは同じく笑みを浮かべてこう声をかけた。


「じゃあ今日は俺も街をちょーっと探索……」


「ダメだ。まだ体調は万全じゃあないだろう。大人しく寝ていろ」


「……はいはーい。だろうと思いましたよー」


 早速行動しようとするユーリを、ローズは一変して厳しく窘めた。そう返ってくるだろうと予想はしていたユーリは、苦笑いしながらいそいそとシーツを頭から被って丸まった。


「……じゃあアタシはそろそろ、情報収集に行ってくるわ」


 その時二人の様子を見計らってか、今まで窓際の椅子に座っていたマヤが突如立ち上がる。


「あぁ、わかった。じゃ、頼む」


「うん、まぁ任せてよ」


 ローズはマヤに軽く微笑みながらお願いすると、マヤは髪を掻き上げて頷いた。


「あ、アーリィはジェクトの事お願いね。仲良く……ね!」


「はい、わかりました」


 早速街へ行こうとしたマヤは、しかしドアへ向けた足を一旦止めて、近くの壁に寄り掛かっていたアーリィにそう声をかける。アーリィは彼女の言葉に頷くと、チラッと隣のジェクトを見遣った。ジェクトも無言でアーリィを見上げ、ほんの少し彼はアーリィの側へと近寄った。そんなジェクトの姿を微笑ましく見守りながら、マヤは「そうだ、ついでにユーリを大人しくさせといてね」と、そう言ってアーリィに微笑みかける。


「……はい」


 追加されたお願いにアーリィは物凄く嫌そうな声で、しかししっかりと頷いた。


「うんうん、じゃあ行ってきます」


 楽しげに笑いながら皆に背を向けて、そしてマヤは今度こそ部屋を出ていこうとする。しかし今度はローズの呼び止める声で、彼女の足は止まった。


「あ、マヤ」


「ん? 何?」


 マヤは不思議そうに目を丸くして振り返る。

 ローズは何か声をかけようと口を開くが、しかし珍しく言葉に詰まったように開きかけた口を一旦閉じた。そして何故か曖昧な笑みを作り、ローズは「あ……いや。……気をつけろよ」と、そう言ってマヤを見返す。


「……ん、ありがと」


 ローズの言葉にマヤもまたぎこちない笑顔で応じ、今度こそ彼女は背を向けて部屋を出ていった。


「……?」


 そんな二人の様子を、ユーリはシーツに包まったまま不思議そうに見つめる。


「……それじゃあ俺もちょっと出掛けてくるから……ユーリ、大人しく寝てろよ?」


「ん? あぁ……まぁ、はいよー」


 ローズの声にハッとした様子でユーリは返事し、それを確認するとローズは「夕方までには戻る」と一言残して、彼もまた部屋を後にした。

 そうしてドアが閉まり、部屋にはユーリとアーリィ、そしてジェクトの3人が残される。

 やがてユーリは丸まっていたシーツからモゾモゾと抜け出し、そしてぽつりとこう呟いた。

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