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神化論  作者: ユズリ
白の庭
35/528

あなたと手を繋ぎ、そして 3

 予想外のローズの返答と様子に、マヤは虚をつかれたような顔で彼を見つめた。しかし直ぐに「そっか」と、掠れそうな小さな声で頷く。

 何故か『どうして言えないの?』とは問えなかった。

 それはひどく疲れたようなローズの声と、そしていつも優しく何でも答えてくれる彼が、こんなにもはっきりと答える事を拒んだからだろう。だから先程の問いはしてはいけないものだったと理解し、『どうして』とは言えなくなっていた。


 そしてローズが言葉と態度でこんなにもはっきり拒む姿に、マヤは先程質問してしまった事を心から後悔した。

 心から申し訳なさそうに、同時に何故か自分を気遣うような目で顔を覗き込んでくるローズ。そんな彼の姿に、ますますマヤの中で後悔の念が大きくなっていった。その想いはどこか罪悪感にも似た感情でで。

 マヤは自分を見遣るローズに、小さく微笑みを向けた。


「ごめん……いいんだ。言いたくないなら別に無理に聞こうとは思わないし」


「本当に……すまない」


 視線を落として呟くローズに対してマヤは声の音量を上げて、「だからーいいってばぁ! んもー謝んないでよぉ!」と、いつもどおりを装うように元気な声でローズにそう言葉を返した。

 だが、その言葉を返した瞬間、何故か彼女は胸が痛くなるのを感じる。


 心から申し訳なさそうな表情で立ち尽くすローズを見ていると、彼女の心は言いようのない痛みを訴え、思わずマヤは反射的に胸の辺りを両手で押さえた。


 一瞬、僅かにマヤの笑顔が引き攣った。


 物理的な痛みは我慢できても、慣れない精神的な苦痛が容赦なくマヤの心を襲う。

 何故か理由はわからないが、しかし心は確実に痛みをマヤへと訴えた。


 マヤは葛藤する痛みをローズに気付かれないよう、さらに明るい声で早口に続ける。


「アタシこそ変なことで呼び止めてごめんね! そろそろユーリが起きるかもしれないし、やっぱりさっさと部屋に戻ろう!」


「……あぁ」


 明るく笑うマヤの姿に、ローズも少しぎこちなくはあるが笑みを浮かべて頷いた。


「うんうん。じゃあ行こう!」


 まだ、胸の痛みは治まらない。


「そうだな……戻ろう」


 まだ、彼の表情はぎこちない。


 それでも……と、マヤは薄暗い闇夜の中一歩を踏み出す。


(……今はただ、互いに笑って何も無かったかのように演じ合うしかない)


 ただ純粋に疑問に思った事、その一言が何故かローズの心を大きく揺さぶってしまった。

 あの一言は彼にとっておそらく、言ってはいけない言葉だったのかもしれない。しかしマヤがいくら後悔しても、もう言ってしまったのだから遅いのだ。


 先程のやりとりで、二人の間には明らかに溝が生まれていた。

 何事もないよう二人は振る舞うも、しかし一緒に歩くだけでも、なにか互いに遠慮しあうような違和感を二人は感じていた。

 そんなモヤモヤとした形の無い隔たりを感じながらも、しかし今の二人にはそれをどうにかする手立てなど無い。解決する方法を、今の二人は知らなかった。


 だから唯一、二人に出来ることは何事もなかったかのように、表面上だけでも振る舞う事だけ。

 たとえ根本的な解決にはならなくても、少なくとも二人きりの今だけは気まずい雰囲気になる事を恐れ、二人は自分の心を偽った。



 そのまま二人は、相手に話し掛ける事を恐れるように、何の会話を交わす事なく真っ直ぐに宿へと戻って行く。途中、ほんの少しマヤの後方を歩いていたローズが小さく「すまない」と呟いた。しかしマヤは、その声を聞きつつも聞こえないふりをした。


 十六夜の月だけが何事もなく、変わらぬ銀色の光を地上へと降り注いでいた。




 ◆◇◆◇◆◇




 宿から少し離れた場所、町のほぼ中央に小さな小川が流れている。そこに架かる同じく小さな橋の上で、アーリィとジェクトの二人は、マヤたちと同じ白銀の月を眺めていた。


 橋に寄り掛かるようにして、無言で月明かりを浴びるアーリィ。

 そして彼の隣ではジェクトが同じように、頭上遥か上の月を見上げていた。

 昼間の喧騒とは全く違い、川のせせらぐ音しか聞こえない静かな橋の上。二人はそこで先程から、特に会話もなく並んで月を眺めていた。


 何も考えずにずっと月を眺めていたアーリィは、ふと何かに気付いたように、突如月から視線を外した。そして何となく視線を落として、自分の隣で大人しく月を見ているジェクトを見遣る。


「……?」


 ずっと黙って月を見ていたジェクトも、アーリィのどこか訝しげな視線に気付いて、視線を彼へと合わせた。そして小さく首を傾げる。


「……お前、何でさっきから俺といるんだ?」


 首を傾げるジェクトに、アーリィはたった今抱いた疑問を問い掛けた。今まで数十分も一緒にいたのに彼は、本当に今その疑問を抱いたのだった。一方今更それを問われるとは思っていなかったジェクトは、少しだけびっくりしたように目を丸くした。しかし直ぐに彼は、アーリィの問いに言葉を返す。


「……邪魔?」


 ジェクトは真顔でじっとアーリィを見つめながら、そう答える。

 アーリィは数秒考え込み、やがて彼にこう返事をした。


「別に邪魔じゃない。ただ俺は、何でここにいるのか聞いてるんだ」


 ジェクトの答えは自分の問いの答えになっていないと判断し、彼は少々不機嫌そうにそう言う。

 アーリィのその言葉に、ジェクトはほんの少し困ったような表情でアーリィを見上げる。しかし彼は真剣な表情のアーリィを見て、やがて彼の望む答えを返そうと考え込んだ。


「えっと……一緒にいたかったから。……アーリィさんと」


「?」


 ジェクトの答えを聞いた瞬間、アーリィはまるで異国の言葉を耳にしたかのような顔をした。

 眉をひそめながらアーリィは頭の中で、先程のジェクトの答えを反復して考える。


「……?」


 しかしやはり意味がわからず、アーリィは首を傾げて思わず呟いた。


「それはどういう意味だ?」


「え……どうって、そのままの意味だよ?」


「……そのまま?」


 やっと二人の間に発生した会話は、しかし会話らしい会話とはならなかった。


 ジェクトの言葉の意味をしばらく考えて悩んだアーリィだったが、しかし一向に答えは出ない。やがて彼は面倒臭くなったのか、考えることを放棄して再度月見を始めたのだった。


 再び辺りは静寂に包まれる。


 ジェクトもその後しばらくは、またも大人しくアーリィの隣で月を見上げていたが、しかし五分ほどそんな沈黙が続くと、急に彼はそわそわとし始めた。ジェクトは意味もなく視線を落ち着きなくさ迷わせる。アーリィの方を遠慮がちに見上げては、また視線を月に戻す……という行動を数回程、彼は繰り返した。しかし、やがて意を決したように、ジェクトははっきりとアーリィを見上げて口を開く。


「ねぇ、アーリィさん」


 名前を呼ばれて、アーリィは無表情に月から目を離した。そのまま彼は、ジェクトを見遣る。


「"さん"はいらない。アーリィでいい」


「あ……うん。……アー……リィ」


 彼はアーリィに言われた通りにするも、呼び捨てする事になれていないようだった。ぎこちなく「アーリィ」と呼ぶ彼の声は、少し恥ずかしそうで呟くようなものだった。だが全く気にしないアーリィは

「何だ?」と、短く続きを促した。


「えっと……ね、うんと……」


「……言いたい事があるなら、はっきりと言え」


 どこか言いずらそうに口ごもるジェクト。そんな彼の様子にアーリィは無表情のままそう言った。

 決して苛立ったような口調ではないのだが、なんの感情も篭っていない一言が逆に厳しく感じ、ジェクトは慌てて「ごめんなさい」と呟いて言葉を紡いだ。


「あのね、僕アーリィに聞きたいことあるんだけど……」


「だから何だ?」


「んとね、えと……なんでアーリィは、あんな不思議な力が使えるの?」


「……ふしぎ? 魔法の事か?」


「? ……えっと、うん。その"まほう"ってやつ」


 ジェクトはアーリィが自分の前で二度ほど見せた『不思議な力』がずっと気になっていたらしく、控えめながらも好奇心感じられる瞳をアーリィに向けて問い掛けていた。


「……」


 少し意外な問いに、アーリィはジェクトを見つめたまま考えた。

『魔法』については、彼はローズやユーリにもかつて何度か問われていた。しかし一度として真面目に受け答えした記憶は無い。別に彼にとってそれは、永久に隠し通すような秘密というわけではないが、だが答える義務も必要も無いともアーリィは考えていたからだ。

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