あなたと手を繋ぎ、そして 2
彼のその答えに、マヤは自然と微笑んで呟く。
「へぇ……立派な考えを持ったお母さんだね」
心から感心したようなマヤの呟きに、思わずローズも口元を緩めた。
「お前はどうなんだ?」
「へ?」
柔らかな笑みを湛えたまま、ローズはマヤにもう一度問う。
「お前もゲシュを差別的な目では見ないだろう。どうしてだ?」
「……あー……」
マヤは少しだけ困ったように首を傾げる。しかし直ぐに小さく笑って答えた。
「……アタシもさ、ほら……似たようなモノだから」
「ん?」
意外なマヤの答えに、ローズは目を丸くして声を上げる。そんなローズの反応を無視して、マヤは続けた。
「アタシだって"異端"じゃん?」
マヤの静かな言葉が、静謐な夜の大気中にやけに印象深く響く。
「……マヤ?」
眉をしかめるローズに、マヤは「いいから聞いて」と一言呟いた。
ローズは言うとおり黙って彼女の告白に耳を傾けることにする。
「この世界の人間は、遥か昔に魔法を忘れたわ。でも、アタシは違う。世界から取り残されたみたいに、アタシは魔法が使える」
そう言ってマヤはおもむろに右手を持ち上げ、そして小さな声で『fiRe.』と呟いた。
「!?」
突然の呪文にローズが驚くと、掲げたマヤの右手が淡く発光する。そして彼女の掌には、小さな橙色の炎が発生した。
夜闇に揺らめく、暖かな柔らかい光。その炎の光を見つめながら、マヤは再び口を開いた。
「アーリィもだけど……これは普通じゃない事だから。『人と違う』事を異端の定義とするのなら、アタシも同じよ」
音も無くゆっくりと、マヤの掌で揺らめいていた炎が小さくなって消えていく。完全に炎が消え去ると、マヤは右手を降ろした。そして次の瞬間、マヤはローズに微笑んで見せた。けれどもそれは、ひどく痛々しい笑みで。
「だから、差別されるジェクトを見て他人事とは思えなかったの」
いつも勝ち気な彼女とは思えない弱々しい笑顔に、ローズは思わず声をかけようとした。しかし直ぐに、自分には言うべき言葉が無い事に気付く。無意味に開きかけられた彼の口は、静かに閉じられた。
安易な励ましや否定、それらは今の彼女にとっては無意味で空虚な言葉でしかないからだ。それがわかったからこそ、ローズは言葉を失ってしまった。
しかしそんなローズの心配をよそに、すぐにマヤはいつもの元気な笑みを口元に浮かべながらこう言った。
「あぁ、でもさ……だからローズが、ジェクトを嫌わないで保護するとまで言った時は何だか安心した」
「……安心?」
「えぇ。『ローズはアタシやアーリィのことも、ホントに同じ人として見てくれてるんだ』って思って安心したのよ」
マヤの口から語られる彼女の意外な本音に、ローズは驚いたように目を丸くする。さらにマヤは、少しだけ照れ臭そうにしながら「ありがとね」と、小さな声だが彼へと礼を述べた。
彼女の本音と、そして御礼の言葉。それらにローズはただ驚いていた。
マヤやアーリィは仲間なのだし、同じに見ることは当たり前のことだ。魔法が使える事も、初めこそ驚いたが、今は寧ろ二人のその力に助けられている。二人に感謝はすれど、嫌悪する理由などローズには見当たらなかった。
ローズにとってすでに二人の魔法の力というのは、当たり前のこととなっていたのだ。しかしそれをマヤの方がそんなに気にしていたとは、当たり前だと思っていたローズには想像がつかなかった。
「そんな事を……気にしていたのか?」
「そりゃ……少しはね。まぁアーリィはあの通りの性格だから、周りの評価なんて気にしてないだろうけど。でもアタシはやっぱり、ちょっぴり気にしちゃうのよ」
少女らしく少し頬を膨らませてそうマヤは答える。
「俺は、お前たちの力はとても力強いと思ってるぞ?」
「……それ、ホント?」
「あぁ、勿論。おそらくユーリもな」
やさしく微笑みそう返すローズに、マヤは僅かながらホッとしたように口元を綻ばせた。しかしすぐに眉をしかめて、彼女はぼやく。
「ユーリは、あれは勘違いよ。なーんかアーリィに付きまとってるだけじゃない?」
「ははは、どうだろうな。アイツもお前たちの力、頼りにしていると俺は思うけどな」
楽しげに笑うローズに、マヤは「そうかしら」と呟いた。まだ少し納得のいかないような表情のマヤだが、しかしすぐに笑顔になる。
「じゃあーそういうことなら張り切って、パンドラ探す為に魔法ぶっ放しちゃおうかなー!」
マヤのその発言にはさすがにローズも少し心配になり、慌てて「パンドラを探してくれるのはいいが、あまり暴れないでくれ」と、困ったように彼女へそう要望する。
「ハイハイ。なるべーく努力します」
だがマヤはローズの心配を知ってか知らずか、適当な口調で笑いながらそう返すだけだった。
マヤのその様子にローズは思わず、「頼むぞ」と呟きながら小さく肩を竦めた。
「……じゃあ、そろそろ戻るか」
「えー! もっと月見しようよー」
「ダーメーだ。ユーリも宿で待ってるし、あまり長く外にいたら風邪を引くかもしれんだろう」
今度はきっぱりとローズに否定されて、マヤは「ちぇー」と唇を尖らせた。ローズはそれを見て苦笑いし、「行くぞ」と一言声をかけて踵を返す。
しかし直ぐに何かを思い出したような表情のマヤが、帰ろうとするローズを呼び止めた。
「あ、待ってローズ!」
「ん?」
突然呼び止められて、ローズは不思議そうに振り返った。
振り返った先には、小さく首を傾げて立つマヤの姿。彼女はそのまま立ち止まったローズへ、何事かを問おうと口を開いた。
「ねぇ……そういえばなんでローズは"パンドラ"を探してるの?」
「え……?」
突然問われた、それはマヤにとっては何気ない疑問の言葉。それはいつも彼女の心の隅に有りながら、しかし何と無く真面目に問い掛ける機会がなかった為に聞くことのなかったものだった。
ローズは彼女のその問い掛けが余程意外だったのか、驚いたように大きく目を見開いてマヤを見返す。
マヤは疑問を問ういい機会だとばかりに、さらに言葉を続けた。
「出会った時もさぁ、『パンドラを探してる』としか聞いてなかったし、ぶっちゃけあの時は貴方がパンドラを探す理由なんて興味無くて……ただ、旅に付いて行きたいとしか思ってなかったの」
「……じゃあ、なんで今更それを問うんだ?」
ほんの少しだけトーンが下がったローズの声が、不意にマヤへと問い掛け返した。
その時マヤは、自分を見つめるローズの姿に違和感を覚えて眉をひそめた。
何と無く先程と、ローズの様子が違うように感じたのだ。
察しのよい彼女は、それにすぐ気がつく。それはローズが先程と同じ優しい表情ながら、しかし瞳が全く笑っていないという事だった。
いや、笑いだけではなく、怒りや哀しみ等の感情が一切感じられない、それはぞっとするほど暗い瞳だった。
「っ……それは」
今まで一度も見たことのないローズの表情にマヤは戸惑い、一瞬次に言うべき言葉を忘れて口ごもる。だがそれでもマヤは、何とか言葉を紡いだ。
「でも、やっぱり一緒に旅している内に気になってきたのよ。だって……それが旅の目的なんだし……」
「……」
困ったように歯切れ悪く語るマヤを、ローズは黙って見つめた。
二人の間に、数秒の沈黙が流れる。
その間二人は微動だにせず、ただ互いの瞳を見つめていた。
やがてローズは一度静かに目を閉じて、そして大きく深呼吸した。
「……そう……だよな。普通は……気になるよな」
「……ローズ?」
溜息のように呟かれるローズの言葉。同時に開かれた彼の瞳は、いつもと同じ優しい色を宿していた。
それを見てマヤは、何と無くホッとする。
しかし今度は、彼の表情が困り果てたようなものになっていてそれが気になった。
疲れたように小さくローズは笑いながら、マヤへと一言告げた。
「……悪い」
たった一言。一体何に対しての謝罪なのかわからず、マヤはただ曖昧に頷く事しか出来なかった。
そうしてローズは、疲れたように溜息を一つ吐き出す。
月明かりの影響かもしれないが、その疲れたようなローズの顔色が悪く見えて、マヤは思わず心配した声音で問うていた。
「どうしたの?」
相変わらず疲れたような表情で、苦い笑いを浮かべるローズ。マヤの問いに答える代わりに、ローズはひどく疲労仕切ったような面持ちで
「……言えない」
一言、絞り出すような声音で彼は呟いた。
「言えない……?」
「あぁ……言いたくないんだ」
「言いたくないって……?」
「俺が、何故パンドラを探しているか……その理由だ」




