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神化論  作者: ユズリ
白の庭
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この世界で生きるということは 6

 そう言うローズの手の中には可愛い小びんの中に赤紫色の液体という、素晴らしく怪しいオーラを放つ代物が握られていた。


「おぉおあ~ローズ! やっぱりお前は友だぁ~……って」


 ローズの言葉にがばっと顔を上げて歓喜するユーリだったが、ローズが持つ奇怪な色彩の薬を見てすぐに固まった。


「ん? どうした、ユーリ」


 おそらくローズ一人だけ、ユーリが硬直している理由がわかっていないのだろう。彼は本当に不思議そうに、ユーリへと問い掛けた。そうして皆が沈黙する中、なんとかユーリが口を動かす。


「な、何ですかローズさん。その、地獄配色な液体は」


「何って、だから薬だ。まだ腹が痛いんだろう? 飲めよ」


「やだ」


「なっ……」


 白い顔色でどキッパリと拒否するユーリに、ローズは「やだってお前……高かったんだぞ? それによく効くらしいから、訳分からない事言ってないで飲め」と、珍しく厳しい口調で言って、ユーリに薬を飲ませようとした。

 どうやら彼は結構高価な薬をユーリの為に買ってきたらしい。それなのに我が儘を言うユーリに、ローズはちょっぴりショックを受けたようだった。

 ローズは意地でもユーリに薬を飲ませようと迫ったが、しかしユーリは断固それを拒否する。まぁ色がアレなのでユーリの嫌がる気持ちもわからんでもないなと、二人の攻防を見学していたマヤは思った。


「飲め!」


「嫌だっ!」


「お前、俺が折角苦労して買ってきたんだぞ?!」


「だってその色、毒薬だろー!? マヤの魔法薬に似てるし!」


「マヤの魔法薬には、蜥蜴や蛇は入ってないだろう! これはそういうのが入ってるから、ちゃんと腹痛の為の薬だ!」


「なっ……ますます飲めねぇよっ! 死にたくないっ!」



「……さて、アホな野郎共はほっといて……こっちはこの子の怪我の手当てしてあげよっか」


 ユーリとローズが病人とその介護人とは思えない騒ぎっぷりをする中、そんな彼らを放置してマヤは少年の手をとる。そしてアーリィと向き合い、アーリィは彼女の言葉に無言で頷いた。そのままアーリィは少年に視線を向ける。少年もまた、暗い瞳でアーリィを見上げた。


「うわ……君、よく見たらあちこち怪我だらけじゃない。服も泥だらけ……」


 マヤが屈んで少年の顔や手を観察し、驚きの声を上げる。

 果物屋の店主に殴られた頬の怪我の他にも、体中に打撲の痕や擦り傷が目立った。おそらくマーダー達に受けた暴行の痕もあるだろう。


「……」


「ちょっと待ってね……えっと、救急セットってどこだっけぇ?」


 マヤが荷物から簡易救急道具を探そうとすると、そんな彼女を何故かアーリィが止めた。


「マスター、魔術で治したほうが早いです。……もうこの子供には見られてるし」


「へ?」


 マヤが手を止めて、アーリィの言葉に振り返る。するとアーリィは少年へと近づいて、持っていたロッドの先端を少年の額辺りに向けた。


『HeEl.』


 室内が一瞬強い光にてらされ、少年がその光の中に包まれる。突然のアーリィの呪文詠唱とその光に、言い争いをしていたローズとユーリが思わず喧嘩を止めて彼らに注目した。


「ア、アーリィ……どゆこと?」


 マヤは少年の傷が治癒していくのを見ながら、アーリィへと問い掛ける。ローズはユーリの手に薬を押し付けて、こちらへと近づいてきた。


「……この子供が賊に絡まれてて……たまたま俺が通り掛かったんです。で、何かこっちにもあいつら絡んできて、ええと……」


「……それで、もしかして魔法ぶちかましちゃったワケ?」


「はい。ぶちかましちゃったわけです」


 アーリィはマヤの言葉に大きく頷いた。隣でそれを聞いていたローズは、僅かに顔をしかめるも咎めの言葉は言わなかった。

 アーリィの説明通り少年は一回目撃しているからか、今のアーリィの魔術に特に驚いた様子は見せない。彼はただぼんやりとした表情でアーリィを見上げていた。だが魔法によって完全に傷が治ると、少年はアーリィを見上げたまま小さく唇を動かす。


「……ありがと」


「わっ、喋れんの君!?」


 掠れた小さな声だったが、初めて少年が言葉を発した事にマヤは驚きの声を上げた。ローズも、そして一人薬と格闘していたユーリも驚いたように目を丸くして少年を見遣る。アーリィ一人だけが変わらず、礼を言う少年につまらなそうな瞳を向けていた。


「何だ、喋れるんなら君の名前教えてよ」


 少年が今までずっと黙りこくっていたため、何と無くローズたちは彼の名前を聞いていなかった。そのため今更になってしまったが、マヤがにっこりと笑って少年にそう名を問い掛ける。

 少年は少し考えたように小さく首を傾げ、やがて


「……ジェクト」


 微かに唇を動かして、そう自身の名を彼らへと教えた。


「ジェクト君か! アタシはマヤよ、宜しくね」


「……うん」


 マヤが元気よく自己紹介すると、ジェクトは控え目な声ながら頷く。気をよくしたマヤはさらに、他の皆の自己紹介も続けた。


「でねー、今君の怪我を治したこの子がアーリィ。この黒髪のお兄ちゃんがローズね。……あっちの白いのは特に覚えなくてもいいから気にしないで」


「オイ。ユーリだよ、ユーリ!」


「あーハイハイ、うるさいな。病人はさっさと薬飲んで寝ろ!」


「ぐっ……い、言われなくても飲んでやるよ!」


 マヤの優しくない台詞を聞いて、ユーリは意地になったように言い返す。何だかやはり元気じゃないか? と、そんなユーリを見てローズは無表情に思った。

 アーリィの視線が珍しくユーリに向けられていており、どこかその視線が負の方向の期待に満ちているのもローズには気になった。なんとなくアーリィが、この後どういう展開を期待しているのか分かってしまうところが哀しい。しかしユーリはアーリィの視線を前向き方向に勘違いして、「よし、飲んで男を見せるぜ!」とか口走って薬を飲む気になっているようなので、あえてローズは放っておく事にした。そんなローズの側で、マヤは屈んだままジェクトの顔を覗き込んで問う。


「ねぇジェクト君。ところでさ、君のお家はどこかな?」


「ん、そういえば聞いていなかったな。ジェクト、教えてくれ。家まで君を送っていこう」


 マヤの質問を耳にして、ローズの意識は再びユーリから少年へと移る。するとジェクトは二人からの問いに数秒沈黙し、やがてジェクトは口を開く変わりに大きく首を横に振る。


「? ……どういうこと?」


 マヤがジェクトの反応に、素直に思った疑問を口にした。ローズも思わず首を傾げる。

 するとジェクトは、今度はしっかりと口を開いてこう答える。


「……家に誰もいない。だから……」


「え……」


 小さな声で呟くジェクトに、マヤとローズは同時に眉をひそめた。


「家に誰もいないって……どうしてだ?」


 ローズもしゃがみ込んで、ジェクトに優しく問う。

 ジェクトは一瞬迷うように視線をどこかにさ迷わせ、しかし彼に答えた。


「この前……殺されたの、悪い奴らに。『化け物』って。……だから、いない」


「……」


「そんな……」


 マヤとローズは、ジェクトの告白に顔を見合わせた。


「……だから君は、林檎を盗んだのか」


「……ごめんなさい。お腹空いてたの……」


 養ってもらうべき両親を失った少年は、生きるために盗みを働いていたのだ。

 ローズはやり切れなさを感じ、大きく溜息をつく。マヤも不機嫌そうに立ち上がって腕を組んだ。


「……どうする、ローズ」


 低い声でマヤがローズに問う。誰もいない家には帰りたくないという少年だが、だからといって冒険者である自分だちはずっと少年を保護できる立場ではない。その事実から予想できる今度をマヤは、一応リーダーであるローズへと問うていた。

 そしてマヤの問いかけに、ローズは苦い表情で悩む。じっと自分を見つめる少年の不安げな瞳がひどく痛々しくて、ローズはこのまま彼を誰もいない彼の家へと帰す気にはなれなかった。


「……とりあえず、今は俺らと一緒にいよう。後のことは……また考えよう」


「それでいいの?」


「……教会や孤児院があったらそこに預ける。そのほうがこの子の為だろうし」


 "ゲシュ"の子供を預かってくれる教会や孤児院があるとも思えないが、わかっていながらローズはマヤにそう答えた。マヤもそんなローズの心中を悟り、「わかった」とだけ答える。そして彼女はふとユーリたちの様子を伺った。見るとユーリは薬を飲んだらしく、ベッドの上でぐったりしている。その隣でアーリィが心底愉快そうに、黒い笑みをたたえて立っているのが確認できた。

 ちょっぴり声のかけにくい笑顔なアーリィだったが、それでもマヤは彼を呼ぶ。


「アーリィ、ちょっと来てー」


「……はい、何ですか?」


「この子、私たちがここに滞在してる間面倒見ることになったの。なんでー、仲良くしてあげてね」


「……マスターがそう言うなら、頑張ってみます」


「うんうん、よろしくねん」


 ジェクトを無表情に見下ろしながら、あまり頑張る気がなさそうな様子をアーリィは見せる。

 マヤは満足そうに頷いていたが、ローズはアーリィの様子にただただ不安だけを覚えた。そしてその内心を、彼は正直につぶやく。


「不安だ……」


「どうしたの、ローズ」


「あ、いや……」


「ね、それよりもそろそろご飯食べに行かない? ねぇ、ジェクト君もお腹空いてるでしょ?」


 マヤがジェクトに問い掛けると、ジェクトは控えめな声ながら素直に「うん」と頷いた。

 確かにもうそろそろ夕食を食べてもいい時間だ。


「じゃ、近くの軽飯店にでも行こう!」


「……それは構わないが、ユーリはどうする?」


 もう腹ごしらえに行く気満々のマヤに、ローズが立ち上がりながら後ろのベッドを指差しながら問う。するとマヤはちらっとだけベッドの上で伸びきっているユーリを見遣り、「え、ほっとけば? 腹痛なら何も食べないでしょ」と、やや辛らつに答えた。


「しかし……」


「まあまあ。何か消化のいいもの買って帰れば問題無いって! ささ、早く行こう!」


「……行く」


 なんとなくユーリを一人にするのがかわいそうで渋るローズをよそに、マヤとアーリィはさっさとジェクトを連れて部屋を出ていってしまう。

 しかし二人が行ってしまうのを見ると、ローズは溜息を吐きながら「じゃあ行ってくるから、待っていてくれ」と、ベッドに埋もれるユーリへ声をかける。ユーリは全く反応をみせなかったが、一応脈があるかを確認してみると生きてはいるようだったので、大丈夫だと認識したローズは慌ててマヤたちを追い部屋を後にした。

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