この世界で生きるということは 5
彼はクロウディアのように耳が尖っていたり変な紋様が体に無いが、彼の瞳はあの魔族同様の爬虫類に似た細い瞳孔の瞳であった。美しい緑色の瞳だが、目を合わせると直ぐに、人間とは違う事がわかってしまう。
たったこれだけで、この少年はこの街の住人たちに忌み嫌われている……
半分は自分たちと同じヒューマンであるのに、半分は違う異形の血が混じっているだけで、この街の住人たちは少年を必要以上に嫌っていた。そんな悲しい現実を目の当たりにしたローズは、しかし今は店主に林檎代を支払って、何とか事を穏便に済ますことしか思い付かない。
自分やマヤのようにゲシュに対して偏見の目を持っていない人間は別だが、そうでない最初から偏見を抱く者たちをこの場で説得させる言葉など、ローズにはなかった。
だから彼は、今ここで1番最善だと思われる行動をとることにする。
「……さ、君は俺らと行こう」
「……」
ローズは優しい笑顔を浮かべて、ぼんやりと自分を見つめる少年を軽々と抱き上げた。少年はほんの少しだけ驚いたように目を丸くしてローズを見る。ローズは少年にもう一度笑みを向けて、そしてマヤの方へと向き直った。
「マヤも行くぞ。……この少年の怪我を、治療してやらないと」
「え……あ、うん。そ、そうね……」
ローズの呼び掛けに、少しぼーっとして二人を見ていたマヤが、ハッとした様子で頷いた。
そして三人は呼び止める店主の男やひそひそ囁き合いながらも関わろうとはしない聴衆を無視して、大通りを去って行った。
暫くローズとマヤ、そしてローズに抱えられた少年は無言で、とりあえず宿屋へと向かう道を歩いていた。
何となくその無言の空気と自分の少し前方を歩くローズに、マヤはどうにも気まずいものを感じていた。なのでいつもならばローズをからかったりする彼女だが、今は無言のローズに従って大人しく彼についていく。だがしかし、マヤにとって気まずい沈黙は、唐突に話し掛けてきたローズによって破られた。
「……珍しいな。お前があんなに、真剣に説教するなんて」
「え……?」
前方を向いたまま、ローズはマヤに語りかける。表情が見えないので、何となくマヤはローズに
「怒ったかな? ローズ、目立つの嫌いだし……」
遠慮がちな声でそう返す。彼がずっと無言だったのは、目立つのが嫌いと常日頃言っていたローズの言葉を無視した形で、少年の前まで飛び出した自分に怒っているのかとマヤは思ったからだ。
しかしそんなマヤの心配をよそに、ローズは優しい声音で言う。
「怒るわけないだろう。俺もお前と同じで、あんな見世物みたいに子供を虐めるのはどうかと思っていたしな。ゲシュを別に悪くも思っていないし……」
ローズに抱えられた少年が、このローズの言葉に少しだけ顔を上げた。そして、無表情にローズを見つめる。しかしその視線に気付かない様子で、ローズは真っ直ぐ前を向いたまま続けた。
「ただ単純に驚いただけだ。あんなに必死になって、少年を庇うなんて……失礼な言い方かも知れんが、その……少し意外だった」
そう言ってローズは、僅かに首を後方へと向けてマヤに微笑んだ。
先日のアーリィが怪我した時に取り乱した時といい、いつもは明るくふざけている彼女の意外な一面を見た気がした。それは勿論、いい一面だとローズは認識している。
しかし振り返った先の彼女は、「そ、そうかな?」と、何故か苦笑いを浮かべてローズに曖昧な言葉を返す。それを疑問に思い、ローズは立ち止まった。
「マヤ……?」
「……」
マヤはローズの呼び掛けに、何かバツが悪そうな面持ちで黙りこくる。
「?」
曖昧な笑みを口元に浮かべて、マヤは困ったような視線をローズに向ける。
なんだかはっきりしないマヤの様子に、ローズが「どうした」と問い掛けようとした時だった。
「マ……」
「あ、マスターっ!」
ローズたちの聞き慣れた、低めを意識したような女声的な声。それとセットで『マスター』という、独特の呼び名を呼ぶ人物は彼しかしない。ローズは質問を中断して、何となく予想できる声の主へと振り返って視線を向けた。そしてマヤもまた、ローズの肩ごしに前方を見やる。そこには予想通りに、深々とクロークを被ったアーリィが、ちょうど向かいの角から歩いて来たらしい様子で立っていた。
アーリィはローズたち(正確にはマヤ)を見つけて駆け寄る。宿屋までの道が分からず迷子状態だった彼は、とりあえず勘で道を突き進み、どうやら奇跡的にここまでたどり着いたらしい。
そうして無事仲間と合流できたアーリィは、ローズを完全スルーして彼を通り越そうとする。しかしローズの抱えている少年に気付いて、彼はその足を止めた。
アーリィは白い布の隙間から、紅い鋭い瞳を覗かせる。少年もまたアーリィの姿に気付いて、虚だがその異形の瞳をアーリィに向けた。
「……アーリィ?」
無言で互いに見つめ合う二人を不思議に思い、ローズは何と無くアーリィへと声をかける。アーリィは少年から視線を外して、一瞬だけローズを見遣るも、直ぐに二人に興味を無くしたようで、再び足早にマヤへと駆け寄った。
突然現れたアーリィに、マヤも近づきながら彼に問う。
「アーリィ、どうしたの?」
「……マスターこそ、どうしたんですか?」
「へ……?」
無表情なアーリィから返された言葉は答えではなく、予想外な台詞だった。
マヤは首を傾げる。そんな彼女に、アーリィはさらに言葉を投げ掛けた。
「何かあったんですか? なんかマスター、変ですよ?」
アーリィの言葉にマヤは勿論、ローズも驚いてしまった。つい先程現れて、一瞬顔を合わせただけなのにアーリィは、マヤの普段と微妙に違う雰囲気を察したようなのだ。
(す……鋭いわね……)
普段は無表情で何を考えてるのか、たまにマヤでさえ分からない時があるアーリィだが、時折彼は誰よりも人の変化に敏感になる。僅かに眉を寄せてじっと自分を見つめるアーリィに、マヤは「何にもないわよ。ね、ローズ」と、誤魔化しながらローズに同意を求めた。
「あ、あぁ…」
マヤに声をかけられ、ローズは慌てて頷く。アーリィに変な心配をかけたくなかったのか、先程の一件については口を閉ざしたマヤに、ローズはとりあえず合わせておいた。
「じゃあちょうどアーリィも一緒になったし、さっさと宿に戻ろっか。好い加減ユーリのヤツも待ちくたびれてるだろうしね。その子の怪我も、早く手当てしてあげなきゃ」
「……そうだな」
何事もなかったように微笑むマヤにローズもまた、いつもと変わらぬ落ち着いた表情で頷く。
二人のそんな姿に、アーリィはまだ何か引っ掛かったが、しかし「行こう」とマヤに笑顔で促されて、彼は黙って彼女についていくことにした。
「……」
宿屋に戻るなりローズたちが目にしたものは、部屋のベッドの上で毛布に丸まりしくしくと泣いている成人した男という、なんとも異様な光景だった。
「お前ら遅ぇよ~……普通、病人独りにするかぁ~?」
ユーリは毛布を頭まで被り、まるで捨て犬のような瞳で四人を見遣る。そんなユーリの姿に、マヤは思わず本日二度目の本音を吐き出した。
「……うざい男ね」
「おまっ……ひでぇ! このリアル鬼! 悪女!」
「……あんたやっぱり元気じゃん。なーにが病人よ」
毛布に包まったまま文句を言うユーリに、マヤは鼻で笑いながら言い返す。傍観していたローズも、ユーリの態度に一瞬元気になったのかと安心した。しかし今だユーリの顔色が死人のような色だったので、やっぱりまだ腹痛は治っていないらしい。
『腹が痛いなら大人しく寝てた方がいいと思う』という真っ当な意見が、ぼんやりとローズの脳裏に浮かんだ。そんなローズの考えなどお構い無しに、ユーリは今度は涙目をアーリィへ向け「アーリィちゃんー……腹痛いの、助けてぇ……」と、大人しくせずにアーリィへと助けを求める。
腹痛などは怪我とは違い、魔術で回復は出来ない。それ以前に誰もが、助けを求める人選をミスしてるだろう……と思ってると、案の定アーリィはユーリに目を合わせる事なく告げた。
「煩い。黙るかくたばれ。お前にはそれしか期待してない」
アーリィのやさしさなど微塵もない一言に、ユーリはベッドの上に突っ伏して倒れる。微かに耳に届くユーリの啜り泣きの声を聞いて流石に可哀相になったローズは、今まで抱えていた少年をそっと床に降ろした。そして彼は買い物袋から、先ほど買ってきた薬を取り出す。
マヤとアーリィ、そして少年までもが一斉にローズの取り出した薬へと視線を向けた。ローズが取り出した薬を見るみんなの顔はかなり微妙な表情となる。そしてそんな皆の視線に気付かないローズは、撃沈しているユーリに優しく声をかける。
「ほらユーリ、薬買ってきたぞ。これで少しはよくなるか?」




