幸せの定義 7
アーリィの傷口に淡い光が収縮していき、あっという間に彼の傷を完全に塞いでいく。
クロウディアの治癒によってアーリィの傷は消えて、蒼白だった彼の顔色はやや回復の兆しを見せた。
「……ありがと」
傷の塞がったアーリィを見つめたまま、マヤがぽつりと呟く。そして、彼女は心底安堵の溜息を漏らした。そのマヤの礼にクロウディアは苦笑しながら「いや、元はといえばグールを配置した私に非があるのだ。こちらこそすまぬな」と、静かに返す。それを聞き、マヤは今だ気を失っているアーリィの髪をそっと優しく撫でながら「それもそうね」と、小さく一言呟いた。そのどこか殺気をまとったような雰囲気のマヤに、クロウディアは無言で彼女から離れていく。ユーリとローズも、珍しく静かな殺意を放つマヤに冷や汗をかいていた。怖い。
マヤがブチ切れる前にどうにか話を安全な方向へ修正しようと、ユーリが慌てたように立ち上がって皆に向かってこう言う。
「ま、まぁよかったぜ! アーリィちゃん、これで大丈夫なんだろ?」
「あ、あぁ。暫く休めばじき目覚めるであろう……と、思う。……うむ」
ユーリの明るい声の問いに返すクロウディアの返事は、半ば願いも込められたようなニュアンスとなっていた。
「よしよし、ならよかったぜ。しかしあれだな、魔族も治癒術が使えるんだな」
「魔族? ……あぁ、そうか」
ユーリの独り言のような言葉に、ローズはすぐにクロウディアの正体を理解したようだった。
「あぁ、魔族とて怪我をすれば治癒が必要だからな。私はこれでも回復士をしている。怪我の治療は専門でもあるのだ」
クロウディアは軽く微笑みながらそう説明をする。
「だがこうもあっさりと怪我を治療出来たのは、どうやらそこの少年の応急処置がよかったこともあるな。薬草を使って人族の自然治癒力を高めておいてくれたおかげで助かった」
クロウディアの視線が急に自分へと向き、クゥは緊張したように目を丸くしてその場に硬直した。そんな様子のクゥを見て、ユーリが声をかける。
「あ、そういやお前、昨日道具屋にいた小僧じゃん」
ユーリにも声をかけられて戸惑うクゥを見て、マヤも「何でこんな所に子供が一人で……」と、首を傾げながら少年に声をかけた。
「あ、俺……その……」
皆の視線を突如一斉に受けて、クゥは気まずそうに口ごもる。けれども少年は小さな声で、この危険な鉱山へ一人で来た経緯を語りだした。
「俺その……病気で寝込んでる友達の女の子助けたくて、"シャムロック"を探してこの鉱山に来たんだ」
「シャムロック? んだそりゃ」
ユーリが疑問の声を上げると、直ぐにマヤが反応して答えた。
「シャムロックって確か、妖精との契約の葉だとかいう逸話のある薬草じゃない?」
「うん……昔、母さんに教わったの思い出したんだ。シャムロックの葉は万病に効く薬草でもあるって。だから、シャムロックがあればフィーナの病気を治せる薬が作れるかもと思って……。それでこの鉱山はマナがまだ豊富だから、もしかしたらマナの影響を受けて育つシャムロックがあるかと思ったんだ」
語られたのは、少年の一途な想いだった。たった一人の少女を助けたいという気持ちが、少年をこの魔物溢れる鉱山へと突き進ませたのだ。それを聞いてローズたちは困ったように顔を互いに見合わせる。
少年のこの様子だと、彼はまだそのシャムロックを見つけられていないことは明らかだった。
クゥは悲しそうにただ俯いている。
「……クロウディア、ここにそのシャムロックってあるのかしら?」
いたたまれなくなり、マヤはクロウディアへと問い掛ける。しかしクロウディアは一瞬考えたあと、静かに首を横に振った。
「イヤ、残念だがそのようなものはここには無いな。ここにはクリスタルしか存在せぬ」
「そんなぁ……」
クロウディアの言葉に、クゥはがっくりと肩を落とす。あまりに落胆するクゥの様子に、ますます困ったように四人は顔を見合わせた。
「……その、とりあえずこの鉱山出ましょ。早くアーリィをどこかでちゃんと休ませてあげたいし」
互いに沈黙する中、やがて少し控えめな声でマヤが提案する。
「君も残念だけど、一度戻ったほうがいいわ。どっかの誰かのせいで魔物の巣窟になってるから、ここはちょっと危険過ぎる」
「……」
クゥへと語りかけるマヤの言葉の棘に、クロウディアは居心地が悪そうに明後日の方向へと顔を背けた。
「でも……」
「俺もそう思うぞ、クゥ。どっちにしろ俺たちはもう街へ戻る。このままアーリィを連れてこの奥へは進めないからな。お前も戻るなら一人より俺たちと一緒のほうが安全だと思う」
ローズの強い説得に戻るのを渋っていたクゥだったが、結局「……うん、わかった」と小さな声で頷いた。苦い笑顔を浮かべて、ローズはそんな少年を見遣る。
一方でマヤは横たわるアーリィを見つめながら、無言で何かを考えはじめた。そして、やがて彼女は口を開く。
「じゃあアーリィだけど……」
「はいはーい! 俺が町まで運ぶー!」
「クロウディア、あなた街まで運んであげて」
「わ、私か?」
大きく手を上げるユーリを無視して、マヤがクロウディアへと視線を向ける。
「だが私は仮にも魔族だぞ? 人族の元になど向かったら混乱が……」
「あなたがよっけいな事してくれたお陰で、アーリィはこうなったのよね? まさか怪我治したくらいで許されるとでも思ってんの? 人間社会を甘く見ないでよね」
「……わ、わかった」
凍てつくような声音でマヤがクロウディアにぴしゃりと言い放つ。その彼女の迫力に、クロウディアは思わず頷いていた。そして「ちぇっ」と小さく舌打ちするユーリも、しかし静かに怒る今のマヤには逆らえない様子だ。マヤの絶対権力は種族を問わず有効なんだなと、ローズは彼女の無敵さを見て改めてそう思った。
「じゃあ、街に戻りましょうか」
そうして話がまとまると、立ち上がったマヤはローズへと視線を向けてそう言う。その彼女の言葉に、ローズは「あぁ」と頷いた。
クロウディアがアーリィを抱え、そしてユーリがやれやれといった表情でクゥの手をとり歩き出す。
マヤとローズもそれに続き、六人は真っ暗な鉱山を街へ向かって戻りはじめた。
「……ごめんなさいね」
「ん?」
階段を上りきって暫く歩いた直後、ローズの隣を歩いていたマヤが不意に小さな声で意味深な謝罪を呟く。不思議に思ったローズが彼女を見遣ると、マヤにいつもの元気と明るさは見えなかった。
「何がだ?」
マヤが突然謝罪する意味がわからず、ローズは正直に問う。マヤは目を伏せたまま、彼の問いにこう答えた。
「アーリィにあんな命令させて」
「?」
「アーリィ……あなたを守ろうとしたんでしょ?」
そこで初めてマヤが顔を上げて、ローズと目を合わせる。ローズは一瞬迷うも、「あぁ」と頷いた。
「やっぱり……」
疲れたように呟くマヤに、ローズは一言「どういうことだ?」と問い掛けた。
一瞬の沈黙の後、マヤは彼の問いにこう答える。
「わかっていたはずなのに、アタシ……アーリィにはアタシの言葉が絶対の呪縛となるの。何故とは問わないでね。……ただ、アーリィはそうなの」
マヤの静かな説明に、ローズは無言で頷く。それはローズにも、おそらくユーリだってわかっている事だ。アーリィの普段の態度を見れば、彼がマヤの命令に絶対なのは明白だった。
マヤとアーリィの間に何があるのかなんて、ローズには全くわからない。だが唯一つ言える事は、二人は言葉では言い表せない、強い何かで繋がっているということだ。
「……アタシ、あなたが傷付くのも恐かったのよ」
「え?」
「だから、ローズも怪我してほしくなかったの。それでアーリィにあんな事を……」
思いもよらぬマヤの言葉に、ローズは反応に困った様子で頭をかく。マヤはそんなローズの態度に気付き、気を使って苦笑いを浮かべた。
「アーリィのこと、少し甘く見てた。……まさか身体張るなんてね。もしかして、それくらいあの子もあなたの事大事だったんじゃない?」
「……そうか?」
ローズも思わず苦笑いを返す。「そうとは思えないがな」と正直にぼやくローズに、マヤは可笑しそうに小さく笑った。
「あなたにイヤな思いをさせたわね。アーリィにも、アタシは無理させたわ。……だから、ごめん」
「お前のせいじゃない。俺ももっと気をつけるべきだった」
「……アーリィの目が覚めたら、二人で平謝りかしらね?」
「……そうだな」
いつも通り強気な笑みを浮かべるマヤに、ローズは安心する。彼も調子を戻したマヤに、珍しく彼女と同じ強気な笑顔を返した。
やがて無言が続くと、再びローズは前を向いて歩き出す。マヤも彼に続いて、ひたすら出口を目指して歩く事に専念することにした。しかし歩き出す彼女の中に、一つの疑問が浮かぶ。
(でも、どうしてかしら。アーリィには自分の命を守る事が最優先だって、常に命令してあるはずなのに……何故、ローズを守るために身体を張ったの?)
(いくら"守れ"と命令したとは言え……他人を守るのに、アーリィ自らが犠牲になるなんて有り得ない)
マヤの疑問など露にも知らないローズは、鉱山洞窟の出口を目指し、て真っ直ぐに続く闇の先を見つめていた。
(……なぜ)
マヤの海色の瞳が、自分に向けられている事に気付かずに。




