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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
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幸せの定義 5

 暫くして地響きが止み、マヤとユーリは恐る恐る目を開ける。土煙が上がり、二人の目の前にはまさに瓦礫の山が築かれていた。


「……すげぇなお前」


 粉々に破壊された…というよりは、粉々に崩れ落ちたという表現の方が正しい石壁の残骸。苦笑してそれを見つめながら、ユーリが呟いた。

 マヤは少しだけ引き攣った笑顔で「あ、当たり前でしょ~」と、強気に胸を張る。しかしやはり相当の魔力を消費したようで、そのまま後方へふらりとよろめいた。そんな彼女を慌ててユーリが支える。


「お、おい……大丈夫かよ?」


「うぅ、平気……でも、ちょっと暫くは魔術とか無理かも」


 心配そうにユーリが問うと、マヤは苦笑いをして答えた。少し青い顔色だが、しかしマヤはユーリの助けを断って自身の足で立つ。そしてもう一度、目の前の光景を強い眼差しでしっかりと見つめた。

 彼女につられるような形で、ユーリも崩れ落ちた壁から現れた空間を見遣る。

 行き止まりの壁のその向こうはまるで小さな楽園だった。


「……綺麗」


 マヤが掠れた声で、思わず呟いた。二人は息をのんで、そこに広がっている幻想の光景を食い入るように見つめる。二人の視線のその先には、一面に薄く蒼に輝く透き通る水晶の園が広がっていた。

 どうやらこの空間だけ一部天井が抜けているらしく、そこから差し込む日の光に水晶がキラキラと反射して、自身の放つ蒼を周囲へと映している。

 水晶は小石程度の大きさのものから、一番大きいものでは人間程の大きさほどもあり、大小さまざまな煌きが見るもののため息を誘う。二人はしばしそれを無言で見つめた。


「スゲェ……天然のブルークリスタルか」


 やっと言葉をつむぐことを思い出したユーリが、深いため息と共にそうつぶやく。

 蒼といっても、ただ単純に一色では無い。瑠璃色やコバルトブルー、淡い白藍の青などきらびやかな色が強く光を反射して二人を照らしている。そしてそれはすべてが誘惑の色だった。

 ゆっくりと二人は瓦礫を避けながら、水晶の園へと吸い込まれるように近づいていく。そして近くの水晶にユーリが手を延ばした、その時だった。


「……それに触れぬ方がよい」


「!?」


 低い、水晶に反響して聞こえる男の声。

 ユーリは思わず手を止め、反射的に鋭い瞳を声のした方へと向けた。


「……貴方は」


 マヤも、ユーリの後ろで声の主を見つめて呟く。

 二人の視線が移った先、洞窟の奥では、水晶の影から長身の男がこちらの様子を静かに眺めていた。

 長い、青の光に照らされても発色する濃い紫色の髪の毛。長く伸びた耳と、まるで爬虫類のように瞳孔の細い赤紫の瞳。それら異質な容姿を持った男の精悍に整った顔には、左の頬に不可思議な赤色の紋様が刻まれていた。その男の容貌全てが、人ではないことを明確に示している。

 やがてマヤは理解した表情を男に向けて、静かな声で彼へとこう告げた。


「……魔族ね」


「人族と話すのは、久しぶりだな」


 男はほんの僅かに笑みらしきものを浮かべて、マヤの言葉に肯定の意を示した。


「ま……魔族?」


 初めて見る魔族に、ユーリは唖然とした表情で男を見つめる。それに対して男は怪訝そうに眉をひそめながら「魔族をそう連呼されるとな……私にはクロウディアという名がある」と、自身の名を名乗った。


「クロウディア?」


「最近の人族は、名も名乗れぬのか?」


 クロウディアは薄く笑いながら、試すような視線を二人へと向ける。

 一瞬二人はムッとしたものの、直ぐにこちらの非を認めて素直に名乗った。


「アタシはマヤよ」


「ユーリだ」


「ふむ、マヤにユーリか。覚えたぞ」


 深い笑みをたたえて、何故かクロウディアは満足そうに頷く。そんな彼の反応に戸惑いながら、マヤはとりあえずの疑問を問うことにした。


「クロウディア……貴方、こんな所で何してるの?」


 彼女のその単刀直入な疑問に、クロウディアは少し眉を寄せる。


「何とは……見ての通りだ。ここに住んでいる」


「住んでる? こんな辺境の地の暗い洞窟に?」


 クロウディアの予想外の返事に、ユーリが思わず驚きの声を上げた。そしてクロウディアは「あぁ」と頷く。


「ここはマナが濃くて、心地よい。遥々我が世界からこちらへやって来たはいいが、どこもマナが薄くて住みづらい。だがここはまだ住よいのだ」


「なんだそりゃ」


 ユーリが理解不能といった表情で呟くと、続けて再びマヤが問う。


「……ねぇ、ここのマナが濃いのって、もしかしなくてもこの水晶のせい?」


「ほお……お主はわかるのか?」


「まぁ、ね」


 軽く肩を竦めて、マヤはクロウディアの問いを肯定した。それを聞き、クロウディアはマヤを興味深そうに見つめる。そうして彼は説明をした。


「その通りだ。このクリスタルはマナを放出している。……だが、むやみに近寄らぬ方がよい」


「え?」


 咎めるようなクロウディアの口調と視線。マヤは「何故?」と、首を傾げた。

 クロウディアは皮肉げな笑みを浮かべる。


「知りたいか? このクリスタルは確かにマナを発している。だがこのクリスタルは特殊でな。このクリスタルは触れた生き物の生命を吸い取って、マナに転換しているのだ」


「げっ……!」


 クロウディアの恐ろしい説明に、思わずユーリが近くの水晶から離れる。マヤも心なし水晶から距離をとった。美しい水晶だが、そんなことを言われるとやはり不気味だ。

 クロウディアは軽く水晶の園を見渡しながら、説明を続ける。


「私がここにいるのは、むやみに生物がこの水晶に触れないように監視する意味もある。ま、それは私が好きでやっていることだがな」


「何で、んなめんどくせぇことしてんだよ」


 胡散臭そうな眼差しをユーリは彼に向けた。クロウディアは微笑を返す。


「私は魔族の中では異端者でな。少し人族に興味があるのだ」


「それでこっちの世界に来たってこと?」


「そうだ」


 マヤの問いに、クロウディアは素直に頷いた。


「だがこの鉱山で、この水晶に触れた人族が年に何人も命を吸い取られて消えていってな……危険なので、私がこうしてこの水晶の園を封印したのだ」


 その封印をたった今目の前で破ったマヤは、やや気まずそうに苦笑いを浮かべる。しかし気にした様子もなく、クロウディアはむしろ感心したような表情で「しかしまだ人族にも、呪術に精通する者がいるとは驚きだ」と、そう言ってマヤに微笑みかけた。

 魔族のその意外な反応に、マヤはほんの少し戸惑う。


「へ、変な魔族ね。アタシの知るかぎり、一部を除いては魔族は人なんて魔力を高める餌くらいにしか見てなかったわよ?」


「大概の魔族はそうであろうな。しかし言っただろう? 私は異端だと」


 魔族は人に比べて膨大な量の魔力を所持する。しかしそれは、魔族は単に同族や或は魔力を持つ人間を殺して、その力を自分のものにして取り込んでいるためである。

 初めから彼等が所有する魔力の量は、実は人間とさして変わらない。ただ人間は他者の力を取り込む能力がないため、力を取り込み強化された魔族と、魔力の量に差が出てしまうのだ。


「……人が魔力を失ってから、我ら魔族の大半は人族に興味を失った。だが、やはりこういう面白みのある人族もたまにはいるのだから、私の興味は尽きないのだ」


「な、何よそれ。人を面白人間みたいに……」


 むっとするマヤだが、どうもこのクロウディアという魔族が浮かべる笑みに毒気を抜かれてしまう。それを知ってか知らぬか、クロウディアは笑みを口元に刻んだまま二人に告げた。


「そうむくれるな。それにお主らはなかなか腕が立つようだ。でなければ、このような魔物だらけの鉱山……最深部であるここにたどり着けまい」


「……それって素直な褒め言葉?」


「そのつもりだが」


 複雑な表情でクロウディアを見遣るマヤだが、彼の静かな返答に「ふーん」と、やはり納得のいかない顔で唸る。そして彼女はふと思い出したように、クロウディアにこう問いかけた。


「ついでに問うけど、ここって凄いお宝とかない?」


「お宝……? いや、ここには水晶と魔物くらいしかいないぞ」


「あーやっぱり。まぁ、これ以上のものは期待なんてしてなかったけど」


「ふむ……ついでに白状すると、魔物をこの鉱山に放ったのは私だがな」


「はぁっ!? 何だそりゃ!」


 小声でさりげなく呟かれた真実に、今度はユーリが大声を上げた。その彼の反応に、クロウディアは慌てて弁解するようにこう続ける。


「いや、勘違いするでないぞ。人間がこの鉱山にもう近寄らないように配慮としてだな……」


「何よそれ、雑魚ならまだしもドラゴン放たないでよー! アタシらだって苦労したんだから!」


 ユーリとマヤに睨まれ、クロウディアは気まずそうに顔ごと目をそらした。そんな彼の様子を見て、ユーリが思わずマヤへと囁く。


「……何かイメージと大分違うな、魔物って。こう、もっと陰険で狂暴なもんかと思ってたぜ…ありゃ何だかマヌケじゃね?」


 ユーリのそんな小声での耳打ちに、マヤも呆れたような表情で「アレは特別変だって本人も言ってるでしょ?」と、冷ややかに彼へ返した。

 二人にこっそりと好き勝手言われていたクロウディアだが、何かを思い出したように二人へと再び視線を向ける。


「そういえば主らは運が良いな。ここに来る前に分かれ道があったろう?」


「……えぇ、あったけど?」


 それが何? といった視線を、マヤはクロウディアへと送る。

 彼は少し神妙な面持ちで「ウム」と頷いた。

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