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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
20/528

幸せの定義 4

「へ?」


 不意にマヤは振り返ることなく、ユーリにそう不可解な言葉を告げる。そのマヤの言葉に、ユーリは思わず間の抜けた声を上げた。そんな彼の間抜けな反応は無視して、マヤはユーリへこう言葉を続ける。


「ほらユーリ、ここ見て」


「?」


 マヤが石の壁を指差す。ユーリは疑問顔のまま、マヤの示す場所を覗き込んだ。


「……何だ?」


 淡い白の明かりに照らされた壁、その一箇所。マヤが指差したそこには、不自然な細い溝がいくつも刻まれていた。よくよく見るとその溝は何かの文字にも見えなくもない。

 しかし何が何だかさっぱり分からず、それが何なのか見当もつかないユーリは、疑問の顔をそのまま横にスライドさせてマヤを見た。彼のその反応に、マヤは軽く笑いながら答える。


「これは古代呪語……に近い、レイスタングが刻まれてるわね」


「何だそりゃ」


 マヤの返事にユーリはますます首を傾げた。


「レイスタングってのは古代呪語の元となった、魔族が使う言葉のことよ。魔族も魔術が使えるんだけど、彼らはアタシらが唱える古代呪語の変わりに、このレイスタングを使って魔術を使うの」


「魔族の呪文か?」


「んー……ま、そんなものかしらね。それに魔族は魔術を呪術って言ってるらしいけど」


 マヤのその説明を聞き、ユーリはふと眉をひそめた。


「お前、何処でそーいう怪しい情報仕入れてくるんだ?」


「ヒミツ。乙女には男が立ち入っちゃいけない秘め事の領域が多々あるのよ」


 色々謎の多い女だということはユーリも重々承知しているが、しかしそれにしてもこのマヤという少女は普段の常識知らずな態度とは裏腹に、旧時代の知識のような小難しい話をよく知っている。本当に一体何者なんだというユーリの内心に気づいてか、マヤはそんな彼に小さく舌を出しながら笑った。そして再び壁を指先でなぞる。


「まぁそんなことは置いといて、この壁にはそのレイスタングで、どうやら結界がはっているみたいよ。それにこの先……強い何かの力を感じるわ」


 真剣な碧の瞳が、壁に刻みこまれたレイスタングを見つめる。

 ユーリは微妙に話がわからず、とりあえず神妙な顔で頷いておいた。


「……で、どうすんだ?この壁ぶち壊すか?」


 短剣を取り出し、ガリガリと壁を削りだすユーリ。そんな彼の行動を見て、マヤは本気で呆れたようにこう言った。


「結界はってるって言ってんでしょ。そんな短剣でどうにかなるか」


「じゃあどうすんだー? この先に何かあるっぽいんだろぉー?」


「ちょっと待ってよ。レイスタング……確か昔、学んだ気が」


「昔?」


『昔ってオマエは本当に歳いくつだよ』という突っ込みは心に留め、ユーリはぶつぶつ何かを言いながら考え込むマヤを大人しく見守ることにした。


「えっと……何だっけこの結界……んーと、SHIe……違うな……」


 頭を抱えてマヤは唸る。「んー…」と考え込みながら、じっと文字の羅列を見つめた。



「……SPe……あ、SPITHERCTEIOD.」


「?」


 謎言語を口にして、「思い出したー!」と興奮するマヤ。一方で彼女が今何を喋ったのか全く聞き取れなかったユーリは、ポカンと口を開けて首を傾げた。そんな彼にマヤはご機嫌な様子で解説を始める。


「あ、さっきのはここに刻まれてる文字ね。まぁレイスタングは古代呪語より更に人間には聞き取りづらい言語だから、今のアタシの言葉がわからなくてもしょうがないわ。気にしないでユーリ、アタシが凄いだけだから」


 さりげに自慢も交えてマヤは続ける。


「んでー、この結界魔術……呪術? ま、どっちでもいいか。これはやっぱりこの壁の内部へ外部からの進入を防ぐ為に、この石壁で何者も入れないように塞いでるわけ。あ、勿論術を施した本人は入れるけどね」


「イヤ、話の流れ的にそれぐらいは俺でもわかるし。それよかこの壁の中には、その術を施した本人以外はどうやって入るんだ?」


 説明の途中で口を挟んできたユーリをマヤは睨みで黙らせる。ユーリは素早く目をそらした。


「……まぁいいわ。結論から言うと、この結界を解除して中に入る方法は」


「方法は?」


「あることもないけど……」


「どっちだよそれ」


「ん~……この結界は"血の制約"っていう、魔族がよく使う特殊な術が施されているのよ。"血の制約"はその名の通り、自分の血文字とかで呪文を描いてより魔術の威力を高める方法なんだけど……これ結界とかに使われると厄介なことに、術を施した本人以外解除出来なくなっちゃうの」


「ち、血文字?」


「ほらほらこれ、溝の下に黒い染みが残ってるでしょ? コレ、血文字ね」


 ユーリが嫌そうな顔で問うと、マヤは何でもない様子で壁に刻まれた文字を指差す。ユーリがよく見ると、確かにナイフで削ったような溝の下に黒い染みが薄く見てとれた。


「……血文字の上からナイフでなぞったって感じだな」


「まさにその通りなんだけどね。この壁は術を施した本人以外認識しないから、開かないっていう仕組み」


 人差し指を立てて、そうマヤは得意げに語った。


「ついでに説明すると、レイスタングを使用してるってことは、結界は魔族の仕業の可能性が高い」


 マヤは意味深な視線と共に、ユーリの顔色を伺う。"魔族"という言葉に、案の定彼は驚いたようだった。


「魔族? じゃあこの中にもしかしたら魔族が居るってことか……ホントに魔族っているんだな、俺初めて見るぜ」


 ユーリは興味津々と言った様子で、そうマヤに驚きを伝える。しかし、まだ人類には未知なる存在・魔族を怖がる様子は彼には全くなかった。


「ふーん、魔族ねぇ……あ、でも開かないんだよな、ここ。おい、どうすんだよ。せっかく何か有りそうなのによ」


 はぁと深いため息を吐いて、ユーリは壁をもう一度まじまじと見つめる。

 どうやら完全諦めモードのユーリだが、そんな彼にマヤは何故か不敵な笑みを向けた。そうして彼女はこうとんでもない言葉を続ける。


「バッカねぇあんた……解除出来ないなら、壊しちゃえばいいのよ」


「……は?」


 マヤの台詞の意味が分からず、ユーリは首を横に傾けた。

 この女は一体何を言ってるのか。


「だから、こ・わ・す・の!」


 ユーリがマヤを胡散臭そうに眺めていると、マヤはさも名案を語るかのように、無茶苦茶な解決策を繰り返し堂々と述べた。

 そうして彼女はユーリの返事を待たずに、さっさと行動へと移る。


「さぁーちょっと離れて、少ぉーし危ないかもしんないから」


「な……何する気だマヤ! まさかお前、この洞窟ブッ壊す気か!?」


 何か危険そうなことを実行に移そうとするマヤに、ユーリは本気で青ざめる。大概彼女が張り切る時は、八割方暴れる・破壊系の行動になるのだ。しかしユーリの心配をよそに、マヤは「ローズじゃあるまいし、洞窟壊すなんて馬鹿なことしないわよ」とさも心外そうにユーリをにらみながら返事を返した。さらに彼女は、未だに不安そうな顔をするユーリに説明を続ける。


「ちょっとこの壁に魔力を込めるだけよ。解除は出来ないけど、この術に使用された魔力よりも多くの魔力を送り込んで魔術効果を相殺しちゃうの」


「んん?」


「成功すれば、術は崩壊。壁はぐっちゃぐちゃのボロボロ~になって、中に入れる……はずよ」

 

 平然と危険そうなことを言ってのけるマヤに、ユーリはやはり不安そうな表情を向ける。


「ぐっちゃぐちゃのボロボロ~って…もっと穏便な解決方法はねぇのかよ?」


「無理よー。言ったでしょ? 解除は本人しか出来ないって」


 大きく首を横に振って、マヤはユーリの言葉を否定した。


「そりゃ術施した本人だったら、この壁のどっかが開いて穏便に中に入れるんでしょうけど……中に入るには力競べしかないって」


 明るく笑って、そうマヤは答える。だが今のユーリには、その笑顔ですら不安の要素にしかならなかった。しかし止めるにも自分には何も、解決方法など思い付かない。彼には「あ…力競べじゃなくて、魔力競べかぁー」等とどうでもいい事をぼやくマヤの今後の行動を、ただひたすら無事に済むように祈って見守るしか道はなかった。


「あー、何だマヤ。……なるべく安全第一でな?」


 引き攣った笑みを浮かべ、ユーリは大人しく二、三歩後ろへ下がる。それを聞いてるのか聞いてないのかわからない態度で、マヤは光りを燈した剣を地面に突き刺した。

 そうして彼女は目を閉じ、一度深く息を吸ってから深い精神集中へと入る。


「……」


 壁の前に立ち、彼女は目を閉じたままおもむろに右手を掲げて、レイスタングの刻まれた石壁にゆっくりと魔力を込め始めた。


「お」


 マヤが魔力を込め始めるも、彼女にこれといった変化はなかった。

 しかし結界の施された壁に、まるで電流でも流れているかのように青い小さな閃光が弾けだす。

 無音で発光するその小さな雷のような光に、ユーリは思わず小さく声を上げた。

 マヤは僅かに眉間をよせ、さらに強く魔力を送り込む。


「……くっ」

 

 彼女は微かに、苦しそうに呻いた。掌をかざした部分から、石壁全体にますます激しい電光が走る。

 漏電のように青い光は、壁を縦横無尽に駆け巡った。


「……あああぁぁぁ!」

 

 マヤが最後の仕上げとばかりに、額にうっすら汗をかきながらも渾身の魔力を込める。

 そして次のの瞬間、強烈な青の閃光が音も無く弾けた。


「うわぁっ!」


「……っ!」


 余りに強い巨大な発光に、ユーリとマヤは思わず目を閉じ手で覆う。そのまま目を閉じていると、地響きのような重低音と振動が二人に届いた。

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