幸せの探し方 8
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「……はい、おしまい」
内臓へと突き刺した剣を引き抜きながら、マヤは何故か爽やかに言う。
朱色の糸をひきながら、自身の血の海に崩れる小型の魔獣。無念の色を宿すも、光を永遠に失った魔獣の紅い瞳がマヤを睨み付けていた。しかしマヤは気付くことなく他の仲間の様子を伺う。
近くではユーリが短剣の血糊をはらっており、彼の足元にはマヤの倒したものと同じサイズの魔獣が無残に転がっていた。ローズも余計なものまで破壊しないように戦ったようで、大剣を背に戻しながら首すじを揉んでいた。
「うん……あらかた片付いたようだな。怪我も……ないようだな」
「こんなケモノ、余裕だろ」
足元の熊に外見は似ている魔獣を、顎で示しながらユーリは言う。
「そうだな。アーリィも戦わずに済んだしな」
そう返事するローズは、出番なく待機していたアーリィから預けていた松明を受け取る。
マヤも魔術は使わず剣だけで敵を仕留めたので、「そうね」と頷いた。
「てゆか……いきなり魔物のレベル下がってね?」
ドラゴンとの初めの格闘からここまで、この戦闘を含めて三回ほど魔物と遭遇した。しかしユーリがぼやくように、そのいずれもローズやユーリの剣の一撃で倒されていった。マヤもさぼってると怒られない程度に適当に剣を振るい、アーリィに至ってはひたすら松明を持たされ突っ立っていた。
「最初のが反則過ぎたのよ……」
苦い顔で呟くマヤは、どこか遠くを見つめているローズに気付いた。不思議そうにマヤは彼へと声をかける。
「ローズ、どうかした?」
「……道が別れている」
松明の明かりをローズは自分の正面へと腕を伸ばして照らし、静かに呟く。たしかに彼の言うとおり、洞窟の先を照らす光は二つの道を映し出していた。
「うわホント……どーするのぉ?」
困った様子でマヤも分かれた洞窟の先を見つめた。そこにユーリとアーリィも近づいてくる。
「分かれ道? んなの二組で別れて行きゃいいじゃん」
簡単に解決策を口にするユーリだが、その言葉にローズは眉をしかめて考え込む。
「しかしこの先このような分かれ道がまだあるかもしれないぞ?」
「そんときゃそんときに考えればいいんじゃねー?」
笑いながら適当にユーリは答えた。こういう時のユーリはさっさと先に進みたがるので、かなりテキトーな投げやり思考だ。そして超無責任である。
「それもそうか」
「おい」
ボケリーダーが納得しかけてるのを見て、すかさずマヤはツッこんだ。
「……マヤ、いくらなんでも剣を突き刺すな」
「きゃ、つい……ごめんなさい」
ローズの防具に剣先を突き刺しながらマヤは笑う。もちろん本気で刺してはいないので、ローズはゆっくりとそれを退かしながら目線で「ではどうする?」と、マヤに語りかけた。
マヤは隣で暇そうに岩壁に寄り掛かり、髪をいじるアーリィをチラリと見ながら「そうね…でも、たしかに片方ハズレ~とかで時間ロスするのもイヤよね……」と、溜息をつく。
「仕方ないけど、二手に別れたほうがいいのかなぁ」
「魔物も始めのドラゴンをぬかせば、手強い相手もいないようだしな」
「この先も分かれ道があるとは限らないし」という言葉を付け足して、ローズは頷いた。
「じゃあ、やはり二手に別れよう」
「んー……仕方ないかぁ」
もう一度ぼやきながらも、マヤは渋々了承した。ユーリはさっさと先に進みたかったようで「ハイハイ」と手を振る。アーリィの無反応はいつものことだ。
「じゃあ、どう二手に別れるかだが……」
ローズは呟きながらそれぞれを見渡した。するとマヤが唇に人差し指を当てながら「やっぱりアタシとアーリィちゃんは別れたほうがいいのぉ?」少し残念そうな口調でローズに問う。いざという時に治癒の魔術が使えるマヤとアーリィは、魔物の出る場所では重要な役目を持つ。
ローズは「そうだな」とマヤの気持ちを察しながらも、すまなそうにそう答えた。
するとそれを聞いて明らかにアーリィも不機嫌になり、まるでローズを呪い殺すような勢いで彼を睨んでいた。組み分けは最善案を提示しただけなのでローズは全く悪くないはずだが、アーリィには全て無関係だ。そんなアーリィの様子に苦笑しながらもローズは皆に告げる。
「よし、じゃあこうするか。俺とアーリィ、ユーリとマヤで行こう」
ローズの告げた仲間別けに、少し意外な気がしたマヤとユーリが目を大きくしばたかせる。アーリィは超困惑顔だった。
「……なんで?」
短くマヤは疑問を口にした。
「ん? これが1番バランス的にいいと思ったんだが……」
「えー……俺マヤとなんてヤダぁードキドキがないーアーリィちゃんとがいー」
「……つまり刺激が欲しいの? ならいつでも爆殺してあげるわよ?」
別の意味でのドキドキをプレゼントしてあげる☆ と、文句の言うユーリにマヤはぞっとするほど優しく微笑む。そう言うマヤの本気の瞳に、ユーリはブンブンと首を横に振りまくった。そしてローズがまた口を開く。
「マヤとユーリは素早いから、あまり怪我をしないだろう?」
「そっかぁー……ローズってすーぐ体はって攻撃受け止めるもんね」
「ん……まぁな」
ローズの言葉に成る程といった顔で、マヤは頷いた。マヤやユーリ程素早くないため、どうしても攻撃を多く受けてしまうローズは怪我が多い。そう考えると、大きな怪我も回復できるアーリィと組むほうが安心できる。それに純粋に前衛なローズは、同じく純粋な後衛のアーリィとのバランスもいい。
そして暗殺術という特殊なバトルスタイルのユーリと、前衛にもサポートにもオールマイティにこなせるマヤ。暗殺術は本来一人で戦うことを基本としているため、ユーリは個人戦のほうが数段強い。そんな彼を臨機応変な戦いで対応出来るマヤがサポートするというのが、仲間分け的には確かに妥当だった。
「んー……じゃあそれでいいか。でもさぁ……」
「……どっちに行くんだぁ?」
納得した様子のマヤとユーリが、揃って首を傾げる。何だかお揃いな動作の二人を見て、アーリィも慌てた様子で首を傾げる真似をした。よくわからないが、羨ましかったのだろう。
「そうだな……」
ローズは分かれ道を交互に眺める。右側は今まで歩いて来た道とあまり変わらず、真っ直ぐに同じような洞穴が続いているように見える。
一方左側の道は、何となく素敵に不気味な雰囲気を漂わす下り階段となっていた。うまく言葉にはできないが、漂う雰囲気が濁っているというか、不気味なのだ。長く冒険をしていると感じられるようになる、いわゆる勘というべきものなのだろうか。とにかく左の道は進むのを躊躇いたくなる雰囲気が漂い、その感情を煽るような今にも崩れそうな石造りの階段を見て、ユーリとマヤが再び揃ってイヤーな顔をする。
「……あの階段の道はやだ」
声まで揃えて二人は言った。
「たしかに何となく嫌な感じがするな、左は」
あまりそうは思っていなそうな表情だったが、ローズも二人に同意する。すると直後にいつもは我関せずなアーリィが、すかさず声をあげた。
「じゃあ左に行きます! マスターは右に行ってください」
「え、いいの?」
マヤの問いかけにアーリィはこくりと頷く。そのアーリィの反応を見て、マヤはローズとユーリの意見は聞かずに「じゃあ右に行くー」と勝手に決めてしまった。
「……うむ、じゃあ左に行くか」
「いいのかよっ!」
だがあっさりとマヤの意見を了承するローズに、ユーリも思わずツッこみを入れてしまう。だがマヤのことだし、もう決定事項となったこの話はいくら自分達が文句を言っても覆らないということをユーリも理解していたので、彼も結局マヤの意見に了承の意を示した。
「あー、しゃあねぇな……なんかよくわかんねぇけど、じゃあ決まったならさっさと行こうぜ?」
「あ、まってユーリ」
先に右の道へ進もうとするユーリをマヤが呼び止める。「ん?」とユーリが振り返ると、マヤはアーリィへと向き直って「いいこと、アーリィ」と、人差し指を立てて何事か説明していた。
「ローズと二人の時は、アタシのかわりにローズの言うことしっかり聞きなさい。で、ちゃんと戦闘ではローズを助けるコト。オッケ?」
「……はい」
マヤの言葉にアーリィは、すごーく悩みながらも渋々頷く。ローズの真横で物凄く不満そうにするアーリィは、やはり凄い精神の持ち主だろう。
そして予め指示をだしておかないと行動を起こさない彼に、マヤはさらに命令を与える。
「ローズが怪我したらちゃんと回復する。あ、でも危なくなったらローズ盾にしてさくっと逃げなさいね。それが最優先事項」
「はい」
「なんでさっきより返事が早いんだ?」
ローズの疑問は二人に無視されて、ただの独り言となる。そんな彼にユーリが哀れむような目を向けて、『無視されるなんて俺はデフォだぜ?』と言いたげな様子でそっと肩を叩いた。
「……それと、最後に」
突如マヤの声のトーンが変わる。先程までの少女らしい声音ではなく、いつもとはまるで違う真剣味を帯びた大人の声だった。
おもわずローズとユーリが彼女を見遣る。アーリィは相変わらず表情がなかったが、しかし心なしか彼も真剣な面持ちをしているようだった。
そんなアーリィを見つめながら、マヤはゆっくりと口を開いた。
「アーリィ、これは命令よ……ローズを守りなさい」
彼女の予想外の台詞に、ローズとユーリは顔を互いに見合わせた。二人とも何とも表現しがたい、とにかく複雑な顔だった。とくにローズ。
「はい、わかりました」
しっかりと頷いて返事をするアーリィ。あわてた様子でローズは「ど、どういう意味だマヤ」と、困惑した声でマヤに問い掛けた。
しかし不可解な”命令”をアーリィへ与えたマヤは、既にいつもどおりの悪戯っぽい瞳でふざける彼女へと戻っていた。
「べーつにぃ。深い意味なんてないわよん」
いつもの太陽のような明るい笑顔で、マヤはローズを見上げる。彼女は猫のように大きな瞳を細めて、楽しそうに小さく舌を出した。その仕種だけ見ると、とても愛らしい。しかしその可憐な唇からは、微妙に脅しがかった言葉が吐かれた。
「あ、もちろんローズもアーリィちゃんに何かあったら……わかってるわよネ?」
そんなマヤの姿にローズは苦い顔で溜息をつく。
「……俺を盾にしろと言ったり、守れといったり……お前はどっちなんだ?」
「あははーどっちもよー」
剣の柄に飾った宝珠に、一度消した明かりを燈しながらマヤはウインクする。
「そーいうわけで、アーリィちゃんを宜しくねー」
「ローズ、アーリィちゃんと二人でなんて羨まし……じゃなくて、怪我させるなよー!?」
「あぁ。お前たちも、くれぐれも気をつけろよ」
明快に笑う二人の姿に、ローズは苦笑いしながら応えた。その隣で一人、アーリィは少しだけ不安そうにマヤを見つめる。何かを言いたそうで、しかし迷っているようだった。
しかし結局数秒迷った末に、「じゃあ行こっかぁ」とユーリを誘うマヤへ、アーリィはついに声をかける。
「あの、マスター」
「ん? なぁに、アーリィ」
歩きだしかけていた足を止め、アーリィへと振り返るマヤ。アーリィへと母親のような優しげな視線を向けた。アーリィは一瞬止まり、マヤへと近づいてゆっくりと右手を持ち上げる。
女性のような細く繊細な指先が、そっとマヤの頬へと触れた。
『……FoRtunEhApPYLoVERHearT.』
古代呪語が囁かれると同時に、アーリィの指先が柔らかな乳白色に発光する。光はゆっくりと指先から、マヤを包んですぐに消えた。
はぁ……と息を吐き、アーリィはそっと手を下ろす。
「……気を、つけて下さい」
「……ありがとね」
アーリィの"おまじない"にマヤは心から嬉しそうに、けれどもどこか照れ臭そうな笑みを浮かべる。つられたように、アーリィもぎこちなく唇の両端を持ち上げた。
「あーいいなぁ! ねーアーリィちゃん、俺にもそーいうサービスないのー?」
二人の空気をわざとぶち壊しまくる男の声はユーリだ。アーリィは瞬時に態度を、対ユーリ用に一変させて彼を睨み付ける。その瞳が視線だけでユーリを全否定していた。
「……いいからお前は消えろ。早急に消えろ」
「! ……相変わらずいいパンチだぜ」
意味不明な譫言を呟きよろめくユーリ。無言で呆れるマヤが、そんなユーリを引きずるようにしてさっさと右の道へと進んでいった。
「……俺たちも行くぞ、アーリィ」
無言で立ち尽くし、マヤたちの消えた先を見つめるアーリィに、ローズは声をかける。
チラッとローズを一瞬だけ見上げ、すぐにアーリィは何も言わずに目をそらした。
少し不服そうな表情だったが、それでもローズの言葉に従うように彼は歩き出す。
今日何度目かの苦笑と共にローズは、階段へと向かうアーリィの姿を追って一歩を踏み出した。
それは進むべき、闇の続きへの一歩だった。
【幸せの捜し方・了】




