幸せの探し方 7
器用にも竜の頭部の斜面を滑るように移動し、そして目的のものが見えると彼は手にしている二本の短剣のうち一本を目指すもの目掛けて投擲した。
『ギャグアァァアアッ!』
低く、重い絶叫。
暗い黒水晶のようなニーズヘッグの右の瞳、その瞳孔にはユーリが放った短剣が深々と突き刺さっていた。さらにユーリは竜の右肩辺りに一度停止し、膝を曲げてバネのように高く飛翔した。
痛みに狂乱するニーズヘッグの上で上手くバランスをとりながら、ユーリは瞳に近づいて刺さった短剣を力任せに引き抜く。黒い血液が瞳から勢いよく吹き出し、さらに残っていた短剣で引き抜く瞬間ユーリは斬り付けていた。
ドラゴンの黒い返り血を頬に浴びながら、ユーリは残った左の瞳からも光を奪おうとまた肩へと着地して構える。
『ギャアアァァルァッ!』
激痛に絶叫を続けるニーズヘッグは、残った片目でユーリを捜す。
しかし潰された片目の死角から今度はローズが迫り、猛攻を仕掛けた。
「うるぁぁあっ!」
まるで斬るというよりも破壊するといった勢いで、ローズは右後ろ脚へと大剣を振るった。狂ったように何度も、何度も。
ドラゴンと対等かもしれないという怪力を、先程証明したローズ。彼が大剣で斬りつける度に、鉄のような硬度をほこるドラゴンの鱗もまるで紙屑のように剥がれ吹き飛ぶ。ローズもまた、鱗の下から吹き出る竜の血液と肉片に体を汚しながら脚を潰していった。
「暴れんなよっ!」
首を大きく振るって抵抗するニーズヘッグ。ユーリは踊るような足どりで、ニーズヘッグの頭部の左側へと回り込む。下ではローズが踏み潰そうとするニーズヘッグの攻撃を易々とかわし、冷静に言った。
「目標が見えていない状態のやみくもな攻撃ならば、俺でも簡単に避けれる」
もう一度大剣を無造作に横へ振るって、ドラゴンの右前脚の爪先を一部斬り捨てた。
「そろそろいいかなぁー?」
マヤは独り言のようにそんなことを呟いた。遠くからとりあえず男二人のバトルを見ていたマヤ。頃合いを見て彼女は、剣を正面に突き出して再び呪文を唱えた。
『cAtchPRicklEsoiLivyRosE.』
マヤの剣の宝珠が白銀に輝く。六角形の星のような図形が魔法陣となって正面に浮かび上がり、マヤの魔術発動を示す。二度目、マヤはリノクの縛鎖魔術を発動させた。
まるで早送りの映像のように、急速に成長して地面からはい出る茨の蔓。
後方へ飛びのき、ローズは蔓に拘束されていくドラゴンから距離をとった。
ユーリももういいかと判断したようで、左の瞳を奪うことはせずに素早く地面へと飛び降りた。その間にもみるみる茨は、ドラゴンの脚・胴体へと絡まっていく。ニーズヘッグはまたも自分の動きを抑える忌まわしい蔓を引き千切ろうと身体を動かすが、しかし今度はローズによって負傷した部分がうまく動かない。
渾身の魔力を込めて、マヤはニーズヘッグを締め上げていく。ドラゴンの濁った右目が、忌ま忌ましげにマヤを睨み付けていた。それを真っ直ぐ見返しながら、マヤは叫ぶ。
「アーリィ、今よっ!」
マヤの叫びに、一番遠くでじっと精神を集中させていたアーリィがついに行動を開始した。
アーリィはおもむろに右腕をニーズヘッグへ向けて突き出す。そして左手でその手首を支えた。突き出した右手を、人差し指と親指だけ残して握る形にする。
真っ直ぐにニーズヘッグを指差すように、アーリィは不思議な構えをした。
まるで敵を射るように、険しい瞳で竜を見つめる。フワリと衣服の裾が舞い上がり、黒髪が揺れた。
そして、鮮やかな赤の唇が開かれる。
『shooTiNgFrozEnhEarTBluE.』
その呪文が呟かれた瞬間、アーリィの掲げた人差し指の先に巨大な青の円陣が顕現した。
長い古代呪語で描かれた魔法陣。その青の光を受け、青白い顔色をしたアーリィの唇が音を伴わずに動いた。
――逝け。
唇は、そう無音で言葉を形作った。そして、魔法陣は唐突に弾ける。
魔法陣が弾けた直後、彼の指先には人の頭ほどの大きさの氷の塊が魔術によって生成された。
それは次の瞬間には疾風のごときスピードで、氷の弾丸となってアーリィの指先から打ち出される。
流れ星のように青白い軌跡を描きながら、弾丸は正確に雄叫びを上げる竜の咥内へと侵入した。
後頭部の下、首から肉片と血霧を飛ばしながら弾丸が貫通して吐き出される。鱗や肉体の厚さなど無いかのように、ミスラのマナはドラゴンの肉体を簡単に破壊した。
ゴボッ……と、ニーズヘッグは口から大量の血を零す。
アーリィは指先の照準を少しずつ、ずらしていく。続けざまにアーリィはさらに、無情な裁きを下していった。
指先から氷塊を生成しては、それを超高速で躊躇うことなく打ち出していく。両前脚の付け根、関節、胸部、腹部、後肢と青い具現化した殺意は次々とニーズヘッグを貫いていった。
やがてほの暗い鉱山内部に、黒い体液を零しながら硬直する不気味なドラゴンの姿が浮かび上がった。
幾つもの空虚な穴のあいたドラゴンという悪夢。
「……何だ、間抜けな叫び声はあげないのか?」
静かな声と共に、青い光がアーリィの指先から消失した。ゆっくりと右手を下ろし、アーリィは皮肉げに笑う。
「あぁ……叫べないのか」
ゴポゴポと耳を塞ぎたくなるような音をたてながら、ニーズヘッグは貫通して大穴のあいた口腔から血へどを撒き散らす。そしてゆっくりと巨体は崩れ落ちていった。
ドラゴンが倒れる衝撃で波動が発生し、洞窟内に土煙が舞い上がる。
ユーリは掌で口元を覆い、ローズは気にする様子もなく無感情な瞳で倒れゆくニーズヘッグを見つめた。
ビチャリと最後の返り血が、ドラゴンが地に落ちた瞬間跳ねてローズの額に跳ぶ。やがて「終わった?」と場違いな程明るいマヤの声が響いた。その中にヒューヒューと風の抜けるような弱々しい音が聞こえて、ローズが眉をしかめた。
「……こいつ、まだ生きて……」
もう屍となったと思っていたのに、黒い血の海に突っ伏すニーズヘッグをローズは見ながら呟く。弱々しいドラゴンの呼吸音に、「あら、本当」とマヤも驚いたように声を上げた。
「何だよアーリィちゃん、どうしたの? さっきまで張り切って死刑みたいなコト言ってたのに……」
ひょいっとユーリが、無言で突っ立っていたアーリィの顔を覗き込む。
するとアーリィは無表情に、暗い瞳でニーズヘッグを見ながら口を開いた。
「どうせそのうち死ぬ。あと数秒の命だ。……あと数秒、せいぜいあがいて苦しめばいい」
何の感情も込めず、抑揚の無い声でアーリィは吐き捨てた。
ユーリは苦笑いを引き攣らせて数歩後ずさる。「楽には死なせない」と宣言したアーリィだったが、ここまで忠実に殺るとはと、三人はアーリィの言葉を聞いて思う。出来れば彼だけは怒らせちゃゃいけないと、皆が改めてそれを思った。
◇◆◇◆◇◆
永遠のような暗闇がまだ続く。少年は焦燥から足を止める。
目的のものどころか、出口すら見つからない。もうどのくらい歩いて走ったのか、少年には見当もつかなかった。迫り来る異形から唯ひたすらに逃げ続け、もう心身ともに疲れ果てていたのだ。
それでも少年が歩みをけして止めないのは、叶えるべき願いと望みがあるから。ただ、それだけ。
けれどもそれは、少年をつき動かすには充分すぎるものだった。小石を踏みながら、また足を一歩動かす。
「……!」
煌々とした松明の明かりの先に、道が二つに別れていることに少年は気がつく。
顔を上げ、鉄の味がする唇を舐めて少年は立ち止まった。
「……どう……しよう……」
返事する者などいないとわかってはいても、一人の心細さから無意識に少年は不安と迷いを言葉にしていた。分かれ道の片方は真っ直ぐに先の見えない闇が続く道、もう片方は同じく闇へと繋がってはいるが下る階段となっている。それを2、3度交互に見ながら、余り悩んでいる暇はないと思い少年は決意した。
「……よしっ」
決意を声にする。血が滲んで擦り傷だらけの腕を上げて、松明を先程より高く掲げた。
やがて小さな赤い光は、漆黒に消えていった。




