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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
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幸せの探し方 6

「……すみません、マスター。大丈夫ですか?」


「あ、あはは……アーリィ、ナイス。……ギリギリだったけど」


 背後から聞こえるアーリィの落ち着いた声に、マヤはそう返事を返した。そうしてマヤは冷や汗をかきながら、自分たちを焼き殺すはずがこちらまで届かずに、ただ不自然な流動をする赤黒い火炎を見つめる。ユーリも彼女の隣でほっと胸を撫で下ろしていた。

 炎はマヤとユーリへ届く直前に何故か見えない壁にぶつかるように跳ね返り、或いは消失している。まるで三人の前に不可視の壁でも存在するかのように、ドラゴンの炎のブレスから彼らを守っていた。

 さらにマヤやユーリ、そしてアーリィの周りには彼らを灼熱から保護するように、冷気をまとった淡い水色の光が微かに煌めいていた。おそらくその光のおかげて、自分たちは今炎の熱さを余り感じずにすんでいるのだろうと、ユーリは光を見つめながら理解する。


「すみません……あの不細工面にどんな地獄を見せてやろうと真剣に考えてたら、呪文が遅れてしまいました」


 申し訳なさそうに、アーリィはもう一度謝罪する。そんな彼の足元には魔術を発動させた時現れる特有の、青白い魔法陣が二重で出現していた。

 そう、マヤたちを死の吐息から救ったのは、炎が吐き出される直前に唱えられたアーリィの二つの呪文だった。

 一つ目の呪文は、マヤに命令された四人の火耐性を上げる呪文。

 それは対象にマナの力を付加させて、属性的に有利なマナへの耐性を上げるという戦闘補助の呪文の一つ。マナの4属性にはマヤが先程言っていたように、それぞれ不利有利が存在する。

 それは水は火に、火は風、風は土で、土は水に対して優位に立つといったマナの掟だ。

 先程の場合はローズも含めてみんなに水のマナ・"ミスラ"の力を付加させた。

 水は火に優位となる。それによって必然的に火の力に対して四人に耐性をつけたわけだ。

 それが今四人を炎の熱から守るように、冷気をまとって煌めく光のベールの正体。

 そして、竜の吐息がマヤたちを焼き殺そうとした瞬間唱えられた呪文、それが今も毒蛇の如く荒れ狂う炎から、彼らを守っている見えない壁を出現させた"リフレクション"の魔法。

 これも先の魔術と同じく戦闘補助の魔法の一つで、主に今のような火などの物理的ではない攻撃に対しての防御力を上げるという魔術だ。本来はただ防御力を上げるだけの魔術だが、水のマナを必要とする魔術のため時には火に関しては完全に防ぐことも可能となる。この場合はアーリィが水属性の魔術を完全に操ることの出来る、実は結構優秀な魔術師だったりする…ということも影響してるのだが。

 しかしそれでもやはり、瞬時に防御系の魔術を連続発動させたアーリィの額にはうっすらと汗が滲んでいる。僅かに疲労しながらも、それでも彼は何故か冷笑を口元に浮かべた。

 そんなアーリィに、マヤは炎がある程度おさまって来たのを確認しながら問い掛けた。


「そっか……で、アイツにリアルな地獄を見せる素敵な魔法は思い付いた?」


「ハイ、ばっちりです」


 完全に炎がおさまり、アーリィが返答しながら防御力上昇の魔法を解除する。刹那の間を置かずにユーリが風の如く駆け出し、皆の無事を見たローズも直ぐさま反撃へと向かうため走り出した。


「マスターを巻き込まないように、この狭い洞窟内でも実行できる公開処刑魔術……思い付きました」


「へー、楽しみだわ」


 決して「マスターたち」とは言わないのがアーリィらしい。

 彼はどうやらいい魔術を思い付いたらしく、何故か楽しげに笑うマヤへとさらにこう語った。


「それでマスター、あの……出来れば確実にこの魔術を当てたいので、あのトカゲもどきの動きを少しでいいので抑えてもらえますか?」


 アーリィも対象を凍結させることで、動きを抑制させるミスラ系の魔術を使うことが出来る。しかし敵にどうしても接近してしまう狭い場所の戦闘には、味方も巻き込む危険があるために向いていない。

 そのためアーリィはマヤと、言葉にはしなかったがローズたちに協力を頼んだ。


「……わかった」


 アーリィの言葉に、マヤは笑顔で頷いた。さらに彼女はアーリィが何をするか気付いたようで、不敵な笑みにその表情を変えて続けた。


「ついでにじゃあ、もっと視界も確保しておいてあげる!」


「ありがとうございます」


 こんな時にはどうかとも思うが、しかしたまに見せる清楚な笑み付きでアーリィはマヤに小声でそう言った。


「うんうん。たまーに自然にやるアーリィのそーいう顔、可愛くて大好きなのよね」


「?」


「さぁー好い加減アタシもあいつら助けに行くかなー」


 マヤは首を傾げるアーリィにウインクし、そして彼女もまた細身の愛剣片手に駆け出す。


『fiRe.』


 近くに掲げてあった松明へと炎を燈しながら、マヤは叫んだ。


「ローズ、ユーリ! そいつの動きをおさえるわよ!」


 マヤの言葉に二人は返事こそしなかったものの、それぞれ無言で頷いたり笑みを浮かべたりと了解の意を示す。

 元なのか現在もなのかは不明だが、暗殺者であるユーリはその身軽さを生かしてさっそくドラゴンの猛攻をものともせずヤツへと急接近する。ローズはユーリを助けるために大剣を振るって後肢を攻撃、鱗を何枚か吹っ飛ばしてドラゴンの意識を自分へと向けた。だがニーズヘッグも鱗を剥がされ、その下の皮膚と肉まで傷付けられてドロリとした黒い血液を零しながらも反撃する。自分の後ろへ位置するローズへと再び尾を振りかざした。


「……くっ!」


 今度は後ろへ飛びのき直撃は避けたローズ。しかし超高速の一撃に尾の先端が右腕を掠め、黒いハードレザー製の防具を易々と引き裂いて上腕部が出血する。しかしマヤがニーズヘッグから少し離れた場所で、ローズの傷を即座に回復した。自分の刺突剣と腕力では硬い鱗を持つドラゴンを相手に出来ないと冷静に判断し、今回は徹底的に援護にまわる様子だ。

 その間にもユーリが暴れるニーズヘッグに近付き、器用にも彼はそのドラゴンの鱗へ短剣を突き立てながら身体を上り始める。ユーリが後肢の付け根の上辺りまで上った所で、気付いたニーズヘッグが大きく身体を左右に振って、彼を振り落とそうとした。さすがにバランスを崩して落とされそうになるユーリ。


「うわっとぉ……」


『cAtchPRicklEsoiLivyRosE.』


 そこにマヤの呪文詠唱が聞こえ、同時に地中から数十本もの何か細長いものが勢いよく伸びてきた。

 それは普通よりも太い、緑色の茨の蔓。


 鋭い刺を幾つも備えたソレが、物凄い勢いと早さでニーズヘッグへと絡まる。

 土のマナを使用した縛鎖の魔術を発動させたマヤは、ユーリに向かって「今のうちよ!」と叫ぶ。ダメージの無い巨大なドラゴン系の魔物の動きを完璧に止めることは、マヤの専門ではない土属性のこの魔術では出来ない。ニーズヘッグは茨の蔓の縛鎖を易々と、ブチブチと音をたてながら引き千切っていく。

 しかし意識を再びユーリからそらすことには成功し、さらに僅かに動き緩慢にすることは出来た。ユーリはその隙にまたニーズヘッグに上り始める。


「……さすがにあんな縛鎖じゃあ、動きは止められないわね」


 既に大半の蔓を引き千切ったニーズヘッグの強力と頑丈さに呆れ、マヤは呟く。本来ならば茨の刺が対象を拘束すると同時に傷つけるハズなのだが、ドラゴンの鱗肌には傷一つついていなかった。

 ついでにマヤは直後、もう一つ呆れる状況を目撃する。


 狭い洞窟内部だが、それでもニーズヘッグはまだ小柄な部類のドラゴンだったために、蔓を引き千切ろうとした時に身体を反転させていた。よって今はローズがドラゴンの正面に立っている。ニーズヘッグは直接自身を傷付ける可能性のある人物をまず処分しようと考えたのか、ローズへと向かって右前脚を振りかざした。ローズの頭上に鋭い爪が、轟音と共に急激に迫る。


 ローズの剣とドラゴンの爪が衝突する高音が、辺りに重く響いた。

 ローズはドラゴン並だとマヤに言わせた強力で、その一撃を頭上で受け止めた。


「ッ……!」


 額から汗が滲む。しかしローズはニーズヘッグの体重をかけた圧力にも、もう人間離れしているとしか言いようがない腕力で抵抗する。


「ちょ、本当にドラゴン並なのね……」

 

 ドラゴンの怪力にも匹敵してしまったローズの馬鹿力をマジで目撃したマヤは、やはり呆れ気味に思わず呟いていた。

 その時ついにユーリがニーズヘッグの頭部へとたどり着く。彼は後頭部から近付き、ニヤリと笑った。


「ここなら俺も……傷付けられんだぜ?」


 ボソッと呟き、ユーリは乾いた唇を舐める。

 戦いとなると手段を選ばない、冷酷な暗殺者は楽しそうに目を細めた。


「フ……ッ!」


 短く、不敵に笑うと同時にユーリは駆け出した。


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