流湾、映画館へ行く (第1部)
流湾 (るわん)はそわそわしていた。
なぜなら、今日、
陽呼子という
同じ大学の女子と
映画を見に行くからである。
陽呼子の方から珍しく誘われたのだ。
陽呼子と二人で映画デートなんて!
と心が踊っていた。
流湾にとって
陽呼子は気になっている人である。
そのため、
映画のお誘いは
これまでにないくらいの幸運であり
チャンスである。
流湾はタイミングがあれば、
この想いを伝えたいと思っている。
昨日はそんな緊張と興奮であまり眠れなかった。
映画をみながら寝てしまったら、
それは全部、陽呼子のせいだ。
そんなことを思いながら歩いていた。
流湾は陽呼子との待ち合わせの駅にやって来た。
よく待ち合わせに使う流湾が住む街の駅である。
この駅前には大きなバスのロータリーがある。
休日のバスが優しい朝日を
反射しながら出発していた。
集合時間より早く着いたので
陽呼子が来るまでここで待つことにした。
陽呼子を待って何分か経過した。
5分くらいだろうか。
まだ待ち合わせの時刻ではない。
しかし、そこに誰かが
歩み寄って来るような気配を感じた。
一瞬、陽呼子が来たのかなと思ったが、
どうも陽呼子が来たようではない。
陽呼子とは違う感じの
変な空気が徐々に近づいてきている。
誰だろう?
穏やかで
心地良い緊張感のある雰囲気に
包まれているのに
今、迫ってきているのは
騒がしいファミレスで
ドリンクバーを飲んでいるような
緊張感のない雰囲気である。
この感じ・・。
もしかして・・。
あいつじゃないか・・。
流湾にはこの雰囲気に心当たりがあった。
それは陽呼子よりも
どこか繊細さに欠ける人物である。
たぶん陽呼子よりも
バカっぽくっておかしな男性である。
もしそうだとしたら嫌である。
そう思いながら恐る恐る後ろを振り向いた。
そこにいたのは・・
「おはっ! 流湾! 今日は快晴だな!
雲一つない映画日和だ!」
終わったー。
そこにいたのは予想通りの人物だった。
同じ大学の絵画サークルの友達である
鮫郎である。
厄介だ。
こいつはとてもバカなやつで
意味不明なことを言っては
クレーンゲームばかり
やっているような人間である。
この前は陽呼子と2人で
海辺へデートに行く予定をたてていたのに、
なぜかデートに参加してきて
邪魔をされたのだ。
いつも、陽呼子と二人になりたいと
考えている時には鮫郎が現れる。
優しくて良いやつで鮫郎は
いつも一緒に遊ぶ親友だが、
現れないでいい時にも現れる。
特に今日だけは陽呼子と2人で
映画を見に行く大事な日だ。
だから現れないでくれ・・。
「おう! 流湾。
なんだか、深刻そうな顔をしているな。
悩みごとがあるなら相談にのるよ!」
「全部、鮫郎のせいだ!」
「オレ?」
鮫郎は急に犯人扱いされたようなことを
言われて両手をあげて驚いていた。
流湾は心の声が出てしまったので、
慌てて鮫郎に言った。
「あっ・・。
いや、なんでもない。冗談だよ。」
「なんだ、冗談か~。
安心した!
てっきりこの前、
流湾と一緒にポテトチップスを食べた時、
9割近くをオレが食べたことを
恨んでいるのかと思った!」
「そんなこと、恨んでないよ!」
「なら、良かった!」
鮫郎は大袈裟に安心した顔をしていた。
「流湾くん、鮫郎くん、おはよう!」
そこにそっと穏やかな風が吹き抜けた。
カーテンから柔らかな朝日が
溢れてくるような声である。
「おはっ! 陽呼子ちゃん!」
鮫郎は元気よく陽呼子に挨拶した。
流湾もその後に慌てて
陽呼子の方を見て挨拶した。
「陽呼子、おはよう!
今日はいい天気だね。」
陽呼子の方を見ると
今日もお気に入りの黄色い服を着ていた。
そのヒヨコのような服が
太陽の光に照らされて
ピカピカと輝いている。
まるで陽呼子が太陽のようである。
そんなことを思いつつ、
陽呼子に確認として聞いた。
「陽呼子、今日は陽呼子がみたいっていう
映画を見に行くんだよね。
今日は鮫郎も誘ったの?」
すると、
陽呼子は当然のように言った。
「そうだよ!
あと、佳夏ちゃんも誘った。
この前、4人で海辺の街に遊びに行ったよね。
その時、楽しかったから、
また行きたいなぁって思ったの!
映画はちょっと見たい映画があって・・。
いいよね?
それに流湾くんと2人きりじゃ、
ちょっとね・・。」
「そうなんだ・・。」
流湾はその返答に顔が曇ってしまった。
陽呼子が何気なく
言った言葉が気になったのだ。
それは
「流湾くんと2人きりじゃ、
ちょっとね・・。」という言葉である。
どういう意味だろうか。
2人きりが嫌だってことだろうか?
それとも2人でいると
落ち着けないってことだろうか?
それとも陽呼子も
僕のことを意識しているのだろうか?
もしかして陽呼子も僕のことが・・。
「好き!」
「え?」
「オレはジンベエザメが好きだ!
だから、ジンベエザメのキャラが
活躍する映画、
『BAY AREA FANTASY the MOVIE』
(ベイエリアファンタジー・ザ・ムービー)が見たい!
でも、今日は陽呼子ちゃんが
他の映画を見たいっていうから
そっちの映画を見よう!
オレも陽呼子ちゃんがみたいっていう
映画、気になってきた!」
鮫郎は高らかに宣言していた。
紛らわしい。
ところで鮫郎の話に出てきた
『BAY AREA FANTASY the MOVIE』とは、
ジンベエザメのキャラが
ペンギンに会うために
冒険に出ていく映画である。
最後にジンベエザメとペンギンが
一緒に踊るダンスがかわいいと人気である。
実は流湾もそちらの映画が見たい。
でも、今日は陽呼子がみたいという
映画があるのでそちらを見に行く。
そこへ陽呼子の友達である佳夏がやって来た。
待ち合わせ時間の3分後である。
綺麗な青空に負けないくらいの
爽やかな笑顔で優雅な登場である。
「流湾くん、サメくん、
陽呼子ちゃん、おはよう!
ぎりぎりセーフだね!」
「アウトだよ。佳夏ちゃん。」
アニメのヒロインみたいな
仕草をしている佳夏に
陽呼子はわざと暗い声で言った。
「陽呼子ちゃん、怖いよ~。
もう~。
ほぼ時間通りじゃん~。
みんな、まじめすぎ~。
陽呼子ちゃんも流湾くんもサメくんも。」
その佳夏の言葉に鮫郎が反応した。
「やっぱりなぁ~。
オレはまじめなんだよなぁ~。
すごくまじめ!
今日、オレはまじめにクレーンゲームをしようと
思っているんだ。
どう? 佳夏ちゃんも
一緒にクレーンゲームする?」
また鮫郎が変なことを言っている。
佳夏はその変な言葉に少し驚きつつ、
子どものように返した。
「する! する! 絶対したい!
偶然だ! サメくん、ねぇ~聞いて!
本当に偶然なんだけど、
今日、クレーンゲームをする夢を見たの!
それが本当にすごい夢だったの! 」
「どんな夢?」
「それはね。
子どもの頃欲しかった
魔法少女のフィギュアをゲットする夢!
私はゲームセンターで
魔法少女のフィギュアの
クレーンゲームを発見して
それに挑戦したの!」
「それで、それで。」
佳夏が突然始めた
今朝見た夢の話に
鮫郎は興味津々になっていた。
「それでね。
よし、獲るぞ! と思って
そのクレーンゲームに挑戦したの。
そしたら、なぜか私の横に
子どもの頃の私がいた!
子どもの頃の私が
そのフィギュアを欲しそうな顔で
『とって! とって!』って私に言っていたの!
だからなんとしても獲ってあげようって
気持ちになった。
でも全然獲れなくて。
獲れないまま、
あと残り、100円って展開になったの。
最後の一回。
私は絶対に獲ろうと思って挑んだの!
すると、そこで不思議なことが起きた!
景品を掴むアームの強さが
めちゃくちゃ強くなって
これまでにないくらいがっちりと箱を掴んだの!
これで獲れると思った!
これは大チャンスだなって。
そこまでは良かったんだけど・・。
そこからもっと奇妙なことが起きたの。
そのまま、アームの力が
さらに強くなってフィギュアの箱を
握りつぶした。
そして中身のフィギュアも
バキバキに壊してしまったの!
びっくりした!
それはもう爆発したみたい・・。
クレーンゲームのガラスの向こうで
魔法少女のフィギュアが粉々になっていたの・・。
その残酷な状況に泣き叫ぶ幼い頃の私。
まさしく、それは地獄だった。
そのありえない事態に悲しくて
私も泣いちゃった・・。
どうしてこうなっちゃったの・・って。
2人の泣き声が響く中、そこに救世主が現れたの!
それは私が大好きなアイドルのような店員さん!
『とても悲しいから、
魔法少女のフィギュアは獲れたことにして、
新品を差し上げましょう。』って!!
感激じゃない!!
神のように優し過ぎる!!
その結果、子どもの頃の私は大喜び!!
私はその救世主の店員さんに感謝を伝えようとしたけど
振り返ったときにはもういなかった、、
とても感謝と感動の気持ちで溢れたの。」
そんなテンションの
高い佳夏の夢話に
鮫郎も興奮しつつも冷静に言った。
「それはすごい夢だなぁ!!
子どもの頃の佳夏ちゃんが喜ぶ姿が浮かぶぜ!!
・・でも、
一つだけ悲しいポイントがあるんだ。
それは・・。
それは自分の力で
魔法少女のフィギュアを
獲ることができなかったこと。
子どもの頃の自分には
きちんと自分の力で獲った
フィギュアを渡したかったよね。
どんなに頑張って生きても、
掴めないものもある。
お金には限りがあるし、
運もある・・。
でも、本当に大切なものは
きちんと掴んで生きているんだぜという姿は
昔の自分に見せたいよなぁ~。」
鮫郎は真剣な顔をして言った。
その言葉に佳夏も真剣な顔で返した。
「そうだよね、、
私は大好きなアイドルのような
店員さんが優しく景品をくれたことだけで
喜んでしまった、、
本当は子どもの頃の自分には
自分で景品を獲る姿を見せることが
大切だったよね・・」
反省をしている感じの佳夏に
鮫郎は優しく言った。
「佳夏ちゃん、
でも救世主のような店員さんに出会って、
子どもの頃の自分の笑顔を掴むことができた夢は
大切な宝物だよ~。
子どもの頃の佳夏ちゃんも
喜んでいると思う。
それに今日、クレーンゲームができるから、
そこでゲットしようぜ!
オレもすごいのをゲットするぜ!」
その言葉に
佳夏はテンションを取り戻した。
「ありがとう! サメくん。
そうだよね!
今日はゲットできるように頑張ろう!!」
「おう!」
佳夏と鮫郎の間で
おかしな会話が繰り広げられた。
逆に深い話にさえ感じるから
騙されないようにしなくてはならない。
「どうしたら、
佳夏はそんな変な夢を見られるんだ?
アームの強さが変わって、
フィギュアの箱を粉砕?
どんな状況だよ!
怪力アーム過ぎるだろう!
それに鮫郎の深いことを言ってそうで
中身のないクレーンゲーム哲学は何なんだよ!
それを聞いて、納得する佳夏は
もっと意味が分からない。
本当、変な人たちが集まったものだ。
こんな楽しい友達ができて改めて嬉しい!」
そんなことを考えていると
電車が発車する時間が近づいていた。
今日は陽呼子と二人で
デートというわけではないが、
陽呼子と過ごす大切な時間である。
陽呼子の心を必ず射止める!ことは
できなくてもいいから、
楽しい時間を過ごしたい!
4人はホームで楽しく話しながら
電車を待った。
「まもなく、3番線に電車がまいります。」
4人は電車に乗り込んだ―
(つづく)
読んでくださって、ありがとうございます!!




