第07話 火弓
姉ぇから火弓を入手する伝手があると聞いてから四日後……
俺は武装した森エルフ達の前に立っていた。
なんというか、こいつらの目が怖ぇ。
人族嫌い半端ねぇな、こいつら。
「姉ぇ…… これは……」
「いいから言ったとおりにしろ」
姉ぇが俺の背中を彼らから見えないように叩き、耳元で小さくここに来る前に言い渡された言葉を再確認される。
「あ、ああ」
これから姉ぇが全て話を進めるから俺は迂闊に喋るな……と。
だが、戦いに参加するとは聞いてはいたけど、こんな状況は聞いてないぜ? 姉ぇ。
俺が予想外の状況に緊張していると、彼らの後ろから一段と精悍さを感じる一人の森エルフの男が進み出てきた。
「ティア、これがお前が言っていた弟子か?」
「ああ。昨日も言ったけどこいつを今回の討伐隊に参加させたい。腕はアタシが保証するよ?」
「ふむ」
その男はロレッティア言葉を受け、俺を頭の先からつま先まで目線だけで眺める。
失礼な見方ではあるものの、他の森エルフ達と違ってこの男の視線には侮蔑の意志を感じないせいか、アスベルが嫌悪感を覚える事は無かった。
「なるほど。流石に筋力はありそうだな。いいだろう」
そして男はそう言うとアスベルの前に立つ。
「私はこの部隊の隊長を務めるキルストアという。ティアの信頼を裏切らぬ良い働きを期待する。よろしく頼む」
「あ、ああ、よろしく。俺はアスベルだ。勿論姉ぇ…… いや、ロレッティアの名を汚さないよう精一杯努めるぜ」
この男、姉ぇを愛称呼びか。
愛称呼びされるのを嫌う姉ぇにしては珍しいな。
などと愛称呼びする自分を差し置いてそんな事を考える。
「普段の呼び方で構わないだろう。なあ? ティア」
「ああ、アスベルにそんな風に改まって呼ばれると気持ち悪い」
「ちょっ! 姉ぇ、そりゃ酷いぜ」
「ふふっ」「ははっ」
姉ぇとキルストアは俺の反応に笑顔で笑い返す。
そしてその光景を見ていた後ろのエルフ達もようやく目線を暖かいものに変えた。
なるほど、このやり取りはこれが狙いだったのか?
「私の事もルストでいい。ではよろしく頼むぞ、アスベル」
「あ、ああ。わかったルスト」
そしてルストはニヤッと笑みを浮かべると、他のエルフ──隊員達の方に振り返り言葉を繋いだ。
「見ての通り今日のダークエルフ討伐にはこの男も加わる。いいな」
ルストの言葉に、隊員達が頷いた。
「よし。では各自散会。作戦通り移動を開始しろ」
「はっ」
隊員達はまるで一人のようにルストの指示に声を合わせて答えると、その場から駆けだしていった。
すげぇ息ぴったりだぜ……
そこからも彼らのルストへの信頼と練度が窺える。
「どうだ、アスベル。ルストは」
俺がルストを感心して見ていると、横に居た姉ぇが俺に声をかけてきた。
それに俺は素直に答える。
「凄ぇな。なんていうか格好いい」
「だろう?」
姉ぇが妙に自慢げで嬉しそうだ。
もしかして……
「ひょっとして姉ぇの恋人か?」
「なっ!?」
この焦りよう。
姉ぇのこんな姿、初めて見たぜ。
「ばっ、ばか、お前、ルストはほら、あれだ。ただの幼馴染みで──」
「なに? そうか、私はティアにとってただの幼馴染みだったのか……」
俺が姉ぇとそんな話をしているところに、背後からいきなり声をかけられた。
「ルストっ!? お前、まだいたのか!?」
「いたさ。悪いか?」
「な…… え? あ…… いや…… くっ……」
おいおい姉ぇ、ぼろぼろだな。
おもしれぇ。
「ははは。どうだ? ティアは可愛いだろう?」
「こんな姉ぇは初めて見たよ」
「ほう、そうなのか?」
「ああ」
こんな乙女してる姉ぇは初めてだぜ。
「なるほど。君の前では良い格好をしたいんだな」
「ルストっ!!」
ロレッティアが怒りの声をあげた。
だが、そんな風に頬を染めていては何の威圧感もなく、キルストアとアスベル二人を止める事はできない。
「ティアが人族を弟子にしたと聞いたときは、あの人族嫌いが何の冗談かと思ったが。君なら納得したよ」
「姉ぇが人族嫌い?」
「ああ、先程の連中以上にな。相当なものだったのだぞ」
「そうなのか?」
意外な話を聞かされ、俺は姉ぇに問いかけた。
「昔の事さ。今はあんたの事もある。そんな風には思ってない」
「姉ぇ……」
「まあ、そんな風に人族嫌いのティアをこれ程に改心させた君には期待しているぞ。今回は突撃部隊を頼みたい」
「突撃部隊?」
「そうだ。弓合戦で相手を崩したところに突入する部隊だ。私が直接指揮をとる。ちなみに、その剣は飾りじゃ無いな?」
「ああ。それなりには使えるつもりだ」
一応、俺も戦闘用としての剣の基礎は冒険者時代におっさんからしっかりと習ってる。
それなりにお墨付きも貰った。
「よし。筋力は総じて我らエルフ族より人族の方が上だからな。その点でも期待しているぞ」
「わかった」
俺が頷くと、ルストは満足げに笑みを浮かべた。
「では今日の作戦はティアにも伝えている。アスベルは弓合戦の間はティアに従ってくれ。以上だ。頑張ってくれよ」
「わかった。期待してくれよ」
「うむ」
ルストも会話を終了すると指揮官として表情を変え、森の奥へと歩を進めていった。
そして俺と姉ぇの二人だけになった所で、周囲に他のエルフがいては聞けなかった疑問を姉ぇにぶつける。
「なあ、姉ぇ」
「なんだ?」
「これが昨日言ってた、火弓の心当たりなのか?」
「そうだぞ? 一番確実だ」
確かに確実なんだろうけど、その方法が……
「そりゃそうだろうけどさ…… 強引すぎねぇか?」
「持っている奴から奪う。それが一番手っ取り早い。今回は規模的に大隊長級がいる筈だから、その配下に火弓持ちが必ずいる」
なんだよ、その森エルフらしからぬ発想は。
姉ぇどうした?
「それにこの部隊ならルストがいるからな。ここなら討伐隊に入るのに融通が利く」
「伝手があるって言ってたのはそういう意味だったんだな」
てっきり普通に火弓を貰える伝手かと思っていたぜ。
「ちなみに、これで手に入った火弓は破壊する決まりだからな」
「え? じゃあ駄目じゃないか」
端っから計画が破綻してるじゃないか。
驚きの声を挙げたアスベルに、ロレッティアは何でも無い風に答えた。
「だから代わりの弓を持たせただろう? ちゃんとアイテムボックスに入れてきたな?」
今朝、出発前に渡された何の変哲も無い、しかも壊れた弓……
「入れてきたけど……」
「苦労したんだぞ? 火弓に似せて作るのは」
「は?」
二日間、何か部屋に籠もりっぱなしで作ってたのは……
「姉ぇが作ってたのって……」
「すり替え用の偽火弓だ」
姉ぇ…… 悪どい…… ほんとどうした。
「ばれるんじゃ……」
「破壊した時点で弓に籠もった魔力はとぶからな。普通の弓と誤魔化したところでわかりゃしないよ。回収にはさっさと破壊したってことにして、その壊れた弓を渡してやれ」
エルフ族にはあるまじき発想だからこそバレはしない。
これはそういう作戦だ。
そのあるまじき計画を立てさせ、更に行動に移させてしまったのは俺。
しかも、ルストを知った今、すっげぇ後ろめたいんだが……
恋人なんだろ? その相手すら騙させて。
姉ぇ……
「あんたのためだからな。危ない橋も渡るさ」
「……すまねぇ」
「だから何をするのか知らないけど、早く終わらせろ。いいな」
……姉ぇ、ありがとう。
全部終わったその時は、真っ先に姉ぇに謝りに来るから。
俺を死ぬほど叱ってくれ。
……
…………
………………
そして数時間後、戦闘は森エルフ側の勝利で終了する。
勿論アスベルも突入部隊として期待された通りの働きをこなし、自らもダークエルフに引導を渡して直接火弓を手にした。
計画通り、その時の周囲は依然激しい戦闘中。
誰もアスベルの事など見てはいなかった。
そして……
ロレッティアが言っていたとおり、回収担当者は戦闘中に破壊したというアスベルの言葉を疑いもせず偽装火弓を受け取った。
そしてキルストアは……
「弓は全部回収したな?」
「はい、こちらにすべて揃えてあります」
そこには倒したダークエルフから回収した火弓が五本並べられている。
「ん? その火弓は既に破壊されているようだが?」
「はっ。アスベルが戦闘中に相手を止める際、火弓ごと叩き切ったそうです」
「アスベルが?」
「はい」
「ふむ……」
そしてキルストアはじっとその火弓を見た。
「キルストア様、何か?」
「ん? いや…… なんでもない。すぐにその破壊済の火弓も含め、まとめて粉々に粉砕するように」
「まとめて粉々、ですか? この既に壊れている火弓もですか?」
いつもと違う指示に戸惑う破壊担当者。
ただ折れば処理が済むのに?
「ああ、そうだ。必要な事だ」
「は、はぁ」
「いいな?」
「わ、わかりましたっ」
担当者は、意味はわからないものの、それが必要な事なのだろうと信頼するキスストアの指示に従う事にした。
そしてキルストアはため息を一つつき、担当者が弓を運んでいく姿を最後まで見送ったのだった。
そして今、アスベルの手に火弓がある。
既に、偽装火弓は他に回収した火弓と共に完全に破砕されている。
これで他の誰もこの火弓が残っているのを知る事は無い。
「良かったな、アスベル」
「ああ、ありがとう姉ぇ」
アスベルは弓を握りしめ、嬉しそうに感無量な表情を浮かべている。
ロレッティアはその顔を見て、以前、アスベルをここに連れてきて風弓を渡してやったときの光景を思い出していた。
あの時もこんな顔をしていたな。
彼が時折見せるこんな姿はロレッティアを安心させる。
アスベルはアスベルだと。
だからこそアスベルが焦っていた理由も気になるのだが、今は彼を信じる事に決めた。
話してくれるならなんであれ、その時聞いてやればいい。
「で、その新しい弓の実践練習でもしておくか?」
「いいよ、森の中じゃ危ねぇし。ここではしない」
「そうか」
今のアスベルには魅力的かと提案してみた誘いを、彼は間髪入れずに断った。
ロレッティアはアスベルを見ながら、思いがけずに優しく微笑んでいた。
「なら、イメージトレーニングだけでもしておくかい? アタシはそれを使う連中とは何度も戦っているからその視点で教えてやれると思うよ?」
「ほんとか? 頼むよ」
「ああ、まかせておけ。あんたなら知識さえあればすぐに使いこなせるようになるだろ」
そこにあるのは絶対的な信頼。
「もちろん使いこなせるようになってみせるよ。姉ぇが教えてくれるなら間違いなく実戦並みだしな」
それはアスベルにとっても同じ。
「よし、今日は眠れると思うなよ?」
「先に姉ぇの方が寝るんじゃないのか?」
「こいつめ」
ロレッティアがアスベルの頭を横から抱きかかえ、そして締め付ける。
「生意気言うようになりやがって」
「姉ぇ、ギブギブギブ……」
そして、嬉しそうに応接の間に引っ張っていった。
ロレッティアからみっちり火弓の知識を叩き込まれ、アスベルにとっても充実した夜が更けていく。
……そして翌日、少し日の高くなった朝。
「もう少し寝ておいた方が良くないか?」
「平気だって、姉ぇの家だから熟睡できたしな。狩りに出てたら仮眠でこれより少ない時間しか眠れないで行動なんてしょっちゅうだし」
「そうか。お前が大丈夫というならいいさ」
「ああ、本当に面倒かけて済まなかったよ、姉ぇ」
「なんだ? 気持ち悪い」
「ひでぇ!」
「冗談冗談、膨れるなって。愛弟子の面倒を見るのは師匠の役目だよ。前にも言ったろ?」
ああ、耳にタコができるほどに聞いた言葉だ。
忘れやしねぇ。
「「成長で返せ」」
アスベルとロレッティアの言葉が重なった。
ロレッティアはにやりと笑う。
「その通りだ、んじゃ行ってこい」
「行ってくる」
そしてアスベルはエルフの森を後にする。
見送るロレッティアの信頼をその背に受けて。
必ずやり遂げてここに謝りに戻ってくると誓いながら。




