114話 義は氷のような心の中に
――義。
「義ってさ、なんだと思う?」
ティーカップに注がれた紅茶を嗜むルティスに対して、会話の話題としてそんな話が飛ばされた。
丸く小さなテーブルの向かい側に座った少年――シャマが菓子を頬張っているのを眺めつつ、文句を言うようにルティスは答えた。
「それは、『義竜』である俺に対しての当てつけかな?」
「いやなに、その名を背おった本人が、その背負った力をどう思ってるのか気になってさ」
悪びれもなく笑うシャマは、ルティスの分の菓子にまで手を伸ばしたところで、鋭い手刀が入りその行為を中断した。
「こら、人のまで取るんじゃない」
「ちぇー。まあ、いいや。それで、君はどう思ってるんだい?」
義。
「義、ねぇ……」
改めて考えてみれば、ルティスにとってその問いは今更なモノであった。
「正義、不義、道理、条理、意義、義理。結局さ、そんなもの人次第で変わるんもんだ」
嫌というほど、その光景をルティスは見た。
だからこそ、ルティスはその名に相応しいとも言えた。
「それで?」
首を傾げ、話の続きを。ルティスの答えをシャマは求める。
「どっちにせよ、俺は最後まで自分の意志を通した奴の勝ちだと思うんだけどな」
その答えを聞いたシャマは、笑っていた。
―――――――――――
「ああくそッ! 何だこいつ!?」
斬る。引く。斬る。
撃つ。守る。仕掛ける。撃つ。
攻撃はより激しさを増すが、それでもルティスは立っていた。
それこそが、『義竜』の力だった。
その本質は、自らを押し通すこと。どんな状況であろうと、どんな影響があろうと、自分が自分であり続ける。それが、ルティスの力だ。
そして、遠目から戦闘を見ていたモアラも、その異常な力を感じていた。
「……それで、作戦とは」
モアラは聞く。ハジメが、あの無敵の男を倒せると豪語した作戦を。
「……そんな簡単に行きますかね?」
聞き終わってみれば、簡単なものであった。
モアラとしても、なぜそれを即座にハジメが実行しないのか、そう思えるものであるのだ。
「行程が難しいからな。俺一人だと、魔法構築中に隙晒して首取られるのがおちだ」
一人だからできなかった。
だが、ここには四人いる。
「だから、俺はお前たちの力を借りたい」
「わかりました。あまり、重傷者を参加させたくはないのですがね」
右腕を切り取られるという重傷のハジメを戦いへと参加させることを、渋々と了承するのだった。
『クリウス、サリアス。聞こえてますか?』
声が聞こえる。それは、声を風に乗せるという魔法だ。
使い方を変えれば、拡声器のように自らの声を周囲に広めることもできるこの魔法だが、今回は特定の人物にのみ声を伝えるように使われている。
そして、その魔法を中心に、作戦は展開されて行く……。
『とりあえず攻撃を続けろ』
それは、作戦における最初に指令だった。
下されたのはクリウス。サリアスには、残存魔力の心配もあってか、クリウスのサポートという役目に落ち着いた。
しかし、クリウスはこのハジメの指示に少しばかり難色を示した。
『なんで、攻撃の効かない奴に攻撃し続けなきゃならん』
無数の攻撃をくらっても全くの無傷であるルティスにいらだっていたのもあり、ちょっとした八つ当たり気味にハジメにつっかかる。
しかし、その言葉にもハジメは冷徹に返した。
『よく見ろ。あいつ、攻撃の腕前はすごいが、防御はからっきしだぞ』
それは、ルティスの戦い方を見た言葉だ。
そんなハジメの言葉を聞きつつ、クリウスは自らに向かい来るルティスの攻撃をいなし、胴体部分に攻撃を加える。
あたりまえの様に無傷のルティスであるために、次の攻撃に備えてクリウスは数歩下がる。
『確かに、攻撃は素直に喰らうな』
此方の攻撃のすべてを無償で被弾してくれるわけではない。
しかし、ルティスはハジメの目をしても、あまりに隙が多すぎるのだ。
(恐らく、あの無傷でい続ける力のせいだろうな)
ハジメは予想は当たっていた。
ルティスは、その力におかげで戦いにおける必殺は通じない。
故に、防御をする必要がなく、逆に攻撃ばかりが鋭く尖っていった。
『相手は、防御が薄い。お前の攻撃を素直に受けてくれるからこそ、お前は相手の注意を引く役目になることができる』
それが、ハジメの作戦における第一段階目。
そして、それは第二段階目に移行する。
「『ミスト』」
水属性中級魔法。非常に濃い濃霧が、ルティスとクリウスたちを包み込んだ。
発生源はもちろんサリアスだ。それと同時に、ハジメが走り出す。
「それじゃあ、頼んだ」
「任せてください」
最後に、モアラへと声をかけて、霧の中へと駆けて行った。
『最後だ。吹き飛ばせ』
濃霧の中、剣戟と魔法の音と共にハジメの声が聞こえた。
それは、『ミスト』を展開してから数分程して聞こえてきた。
その間、クリウスは至近距離しか見えない濃霧の中、ルティスと斬り合い続けていたのだ。
だが、それも終わる。
「はい」
ハジメの言葉と共に、モアラが準備していた魔法を番えた。
風が、くるくると勢いを激しくし、モアラの右手に収束する。
「『シルフの風矢』」
同じくして風に模られた弓に、矢が番えられ、放たれる。
風の矢。暴風を纏いて、戦場を覆う様に展開されたすべての霧を覆い払う様に真っすぐと飛来する。
その魔法は、軌道を少しばかり上に逸らした。
もとより、モアラによって進行方向が上に向くように調整されていたからだ。
そして、濃霧と共に四人は空へと吹き飛ばされた。
以前とは違い、威力の減衰の無い魔法は、人ひとりの体重など物ともせず、それがたとえ四人分であろうと関係なく上空へと打ち上げたのだ。
「ひゅ~……」
濃霧の中、突然視界が開けたと思うと、次の瞬間には先ほどの会場どころか学園全体が眼下に見下ろせるほど上空へと打ち上げられたルティスは、驚きのせいで言葉が出なかった。
「『蒼式:コールドスペース』」
そして、視界が開けて息をつく暇もなく、サリアスが魔法を展開した。
その声を聞いたルティスは、すぐ横に迫る青髪の剣士に警戒をする。
(何もなしに、空に打ち上げるとは考えられない。何か、策があるのか?)
そうして、見つめた先にいたクリウスは、先と同じように空中を『コールドスペース』と『アクア』の合わせ技で移動し、ルティスへと迫っていた。
(生きのいい剣士だ。だが、斬っているだけじゃ俺は倒せない)
先ほどから、幾度も切られようと、ルティスはかすり傷一つ負うことはない。
だからこそ、警戒するに足りないと判断をくだす。そして、ルティスは自らに近づくもう一つの影にも気づいていた。
背面。右後方を太刀にて薙ぐ。
腰と背中。そして腕を使った遠心力により、空中で斬撃を行った。
そして、それは予想正しくハジメの胴体を薙いだ。
「殺気は、もう少し隠すべきだ」
それは、経験者の助言。もしくは、ハジメの不意打ちに対しての評価だろうか。
ただ、それは殺したハジメにとっては今更なモノであった。
ルティスの太刀は、ハジメの胴体部を確かに切ったのだ。致命傷だ。
――だが、ハジメの勢いは揺るがない。
その手に持っていたのは、ハジメが持つ王家の剣。
それを、残った左腕に逆手に持ち、重力を利用するように下に向けてルティスへと飛来したのだ。
(さっきの霧の中で拾ったか!)
ルティスは、その身にて剣を受けた。
胴体に刺さり、ルティスの体を貫いて剣はその使命を達成する。
(――だけど、これじゃあ俺を殺せない)
そう、これだけでは、ルティスの命を脅かすに至らない。
隕石を模した、極級魔法ですら無効化して見せた力が、この程度の剣で揺るぐはずがなかった。
だが、ルティスは確かに見た。落ちて行くハジメが、魔法を使う瞬間を。
「呑め『アクア』」
それは、水属性に分類される基本魔法。
それは、水属性を扱うものにとっては、最も最初に覚える魔法。
しかし、ハジメは、全力をもってその単純で簡単な魔法を使った。
水は溢れる。魔力が、液体へと変換され、空中に放り出される。
本来なら、このまま重力に沿って滝の様に地上に降り注ぐであろう。
だが、そうはならなかった。
『アクア』の力をもって生み出された水は、片端から凍り付いていった。
何故か? 簡単だ。それが、『蒼式:コールドスペース』の力だからだ。
『蒼式:コールドスペース』その魔法の発動した空間内で生成された液体は、魔法によって冷やされた外気に触れて、急速に氷結する。
クリウスは囮だった。最初から最後まで、おとりとしてルティスと斬り合い続けることで、最後の空中にても、『|蒼式:コールドスペース《・・・・・・・・・・・》』をただの空中移動手段だと見せかけるための。
そして、地上では、この魔法を使い巨大なアクアにて相手を氷漬けにするには、クリウスが邪魔だった。しかし、クリウスが魔法の範囲外に出ようとすれば、ルティスもクリウスに追従するように間合いを詰めるだろう。もしくは、クリウス以外の誰かを狙うか。
故に、空中という。クリウスのみに移動手段がある状況が好ましかった。
だからこそ、ミストにて視界を奪い、クリウスがその場に引き留めたところでモアラの魔法にて上空へと打ち上げた。
空中では、ハジメが風魔法を使ってさらに自分だけ高く飛び、おそらくクリウスに注目するであろうルティスの死角に回りこめるようにした。
しかし、その目論見は失敗して、ハジメは斬られてしまった。
だが、魔法は発動した。
空中にて、まるで花が咲くように、氷の彫刻が出来上がった。
その中心に、ルティスという無敵の男を閉じ込めて。
「――ぁぁぁぁああああああ!!!」
そして、この戦いに勝ったハジメは、枯渇しかけの魔力のことを考えておらず、叫びながら地上へと落ちて行くのだった。




