113話 回り始めた歯車は終わりを目指して
一つの戦いが、終わりへと動き出していた。
歯車は集まり、噛み合い、ゆっくりと回り始めた。
そして、もう一つの戦場も、最後の局面へと差し掛かっていたのだった。
――クラマキナ学園、中庭。
そこでは、巨大な八尾の竜が一人の少女を追い詰めていた。
八つのうち、六本の尾が少女に向けられる。しりもちをつき、地面に座っている少女に避けるすべはなかった。
尾は、とある条件を満たしたものを、その強度関係なく貫くことのできる力を持っている。
そして、少女――リーリャはその条件を満たしている。それこそ、誰よりも殺されるべき人間だと、八尾の竜が考えるほどに。
その条件とは、『殺し』であった。
何か、生物を殺したことのある生物に対して、八尾の竜――ハンドグンドは無敵の力を誇る。
その力は、たとえ殺したことのある経歴が人だろが、虫だろうが、魔物だろうが悉くその力を向ける対象として捉えていた。
だからこそ、人を殺したことのないポーロとバルカンもその力にて行動不能へと陥ったのだ。
そしてリーリャも、斬り飛ばされた左腕を見れば明らかに対象の内であった。
故に、ハンドグンドは全力をもってしてリーリャを殺しにかかった。
ハンドグンドの力では、生物を殺すことはできない。なぜなら、ハンドグンドの力は、罪人に生き地獄を与えるための力だからだ。
だが、その体をバラバラにされたらどうだろうか? いくら生きていたとしても、精神が耐えられるか。そして生命の維持に必要なものの摂取すらも困難になるだろう。
そして、その未来は既にリーリャの目と鼻の先にあった。
既に、尾はリーリャへと迫っている。
リーリャが何とか地を転がって逃げようとも、尾が、その距離を詰めることは容易かった。
故に、距離を離そうともすぐさま尾の間合いの外に行くことはできず、逆に迎え撃つことも、不可能だった。なぜなら、あの尾の先端に触れただけで、皮膚は簡単に切り裂かれてしまうから。
打つ手はなかった。
――しかし、それはリーリャには、という前提が付く。
リーリャの背後から足早に駆け寄る音が聞こえる。強化魔法も使われていないためにそこまでの速度は出ていないものの、それでも必死に前に進む音だ。
「『壁』ぇえええッ!!!!」
その人物がリーリャの前に出ると、魔法の発動を込めて叫ぶ。
そして現れたのは、白く大きな壁だった。
がつがつと壁の向こうから、音が聞こえる。
それは、ハンドグンドの力が、その壁に対して効果を発揮していないという証拠であった。
尾は突然現れた壁に阻まれ、リーリャに到達することはなかった。
「な、なぜ私の力が通らない!」
前のしわがれた声から一変して、地を鳴らすような低い声が文句を言うように声を上げる。
壁のせいで、誰がそこにいるかもわからないが、それでも誰かに問いかけるように発せられたハンドグンドの問いに答えたのは、その壁を作り出した少女本人であった。
崩れる壁の中から、驚いたように喜ぶ少女の声が聞こえてくる。
「ポーロの予想通りだ! やった、僕の魔法なら防げる!」
その少女の名はリフィル。
リーリャと同じクラスの中でも、特に特異な魔法を使う少女であった。
その魔法とは、魔力を直接操作し、固め、白い陶器の様な物体を作り出すといったモノ。
本来、火水土風と区分けされた魔法の系列の中に属さない特殊な魔法であった。
そして、その魔法には意外に気付きにくい落としといえるような特性があったのだ。
そして、それこそがハンドグンドの力を防ぐことを可能にしていた。
その特性とは、魔力を固めて物理的な物体にするという特性。
その固める魔力は、人の手の入っていない空中に漂う何の属性もない魔力なのだ。
それが何を意味するかといえば、ハンドグンドの能力は、その人物がどれだけの人を殺したかというものを対象としていた。
そして、その対象はその人物の肉体と、当時に使っていた装備に当てられる。
ここで肝なのは、本来、魔法を使うの使用されるのはその人物の肉体の一部となった魔力なのだ。故に、ハンドグンドは力の効果対象内の人間が放った魔法ならば斬ることができていた。
だが、リフィルの魔法は違う。リフィルは、誰の物でもない魔力を盾とした。
それはつまり、今新しくできた新品新鮮な魔力であり、そんな新しくできたものに犯罪歴と呼べるような記録は存在しないのは当たり前といえた。
そう、リフィルの魔法で作り出された盾や武器の悉くはハンドグンドの能力の対象外となるのだ。
「な、なんで!」
なんで、ハンドグンドの力を防げる。
リーリャとハンドグンドが同じ疑問を脳裏に浮かべたところで、戦況はさらに動いた。
不意打ち。
厳密には、不意ボディブロー。
背後から横っ腹を思い切り殴られて、ハンドグンドの体が大きく揺れる。
『なんでって、単に殺したことがないからじゃないですかねー。ほら、虫一匹殺せない箱入り娘、みたいな?』
妙なテンションを纏った少女の声が聞こえる。
ハンドグンドが振り返ってみれば棺桶に手足が生えたようなフォルムをした金属の塊が、次の攻撃を加えようとしていた。
何とか、移動用に使っていた尾をばねの様に使い、距離を空ける。
金属的謎物体から距離を離したハンドグンドは、次にその謎物体へと向かい疑問を喚き散らした。
「何だお前! て、鉄の塊が喋ってる!?」
『年頃の女の子捕まえてその反応はひどいですね~。見ての通り、虫一匹殺したことのない箱入り娘なんですが?』
「何処がだぁ! それに、生きるている限り、何かを殺すもんだ。生きるってことは殺すってことなんだぞ! お前だって、知らないだけで……、え?」
金属の塊から人の声が聞こえてきたところから、中に人が乗って操っているのだと気づいたハンドグンドであったが、次の瞬間、自らの力が目に映した記録に、驚愕の声を上げる。
「な、なんで、お前の手は汚れてないんだ……?」
『最近では猟とかしなくても生きていける人も増えたんですよねー。それに、私は虫一匹殺せませんし!』
きゃはっと、何故か『虫一匹殺せない』というフレーズをアピールする金属の魔道具を纏った少女。
その名はアイラ。
少しばかり前までは薄幸の令嬢ともいえる儚げであり、かつ誰にでも物腰柔らかく接していた少女だった。
過去形だ。いや、厳密には、棺の形をした巨大魔道具に搭乗しなければ、前記の今までのアイラに戻る。
だが、今現在。棺を中心に添え、そこから手と足が生えたような形をした金属の塊――もとは、リーリャが開発した搭乗型魔道具に乗った時、アイラの性格は激変する。
故に、『虫一匹殺せない』今までのアイラにはぴったりの表現であったのは、この場にいるハンドグンドをのぞいた全員は理解していた。それと同時に、「どうしてこうなってしまったのか」という疑問と憂いも兼ね備えているのは別の話とする。
決して! 決してこんな陽気な声ではきはきと喋る女の子ではなかったはずなのだ!
そして、『虫一匹殺せない』という表現は適切であり、事実であった。
今は、容赦ないだろうが、今までは違ったのだ。
つまりそれは、ハンドグンドの能力から外れることを意味していた。
「ふ、ふざけるな!」
ハンドグンドは叫ぶ。
戦場に参入してきた二つの戦力。
片や、魔力が許す限りハンドグンドの力が通じない武具を生産することができる少女。
片や、そもそも生き物を殺したことがないのでハンドグンドの力の対象にならない少女。
そんな、初めから自分の能力を知っていたかのような人選に、理不尽さを覚え、叫声のような抗議の声を上げる。
「ふざけるな? それはこっちのセリフだよね」
そして、更にはその講義に否を唱えるものもこの舞台に参加した。
特徴的な片眼鏡の位置を調整するように指で動かすと、少し息を小さく吸い、言葉は放たれた。
「全く、何が『生き物を殺したことのある者を斬る力』ですか、正義の執行者か何かですか?それならば自らの行いを見て考えてください。ほら、今のあなたはいきなり町の中に現れた通り魔と何ら変わりませんよ?何か理由もなく、無差別に人を訳の分からない魔法を使って切り刻んで、被害者の量から見ても、明らかにあなたの方が裁かれるべき大罪人じゃありませんか」
突然繰り広げられるノンストップでぶつけられるハンドグンドへの弾劾。
そんな言葉を銃弾の様にぶつける少年の名は、グレゴリーという。
そして、彼をしる六組のメンバーは全員が目を見開いてその彼の言動に驚いていた。
何故なら、グレゴリーに対する一同の認識は『いつもニコニコしているが、思ったことや疑問を隠そうともせず言葉にする学者気質の男』と言ったものだった。
そこで、一同が気付いたようにハッとする。
彼は、思ったことを隠そうともせずに発言する。つまり、この文言も彼が見て感じて思ったことを包み隠さずにぶつけているだけなのだ。
そして、十二歳の少年に押される竜という謎の構図が成立している中に、しりもちをついてからの状況についていけていけず、地面にへたり込んでいるリーリャにリフィルがあるものを渡した。
小さな、箱の様なもの。纏う魔力から魔道具ということがわかる程度にしか、リーリャの知識にはそれが何かは判明しなかった。
そこで、リフィルが付け足すように補足を入れる。
「これは通信用の魔道具だよ。横にあるボタン押せば発信出来て、近くからの発信を受け取って音声をn――」
『リーリャ! 何やってんだお前ッ!!!!』
しかし、その補足を遮るように通信機から大声が発される。
その声はポーロのものだ。そう言えば、と思い出せば、リーリャが戦闘と共に校門から中庭へと移動した際、どこかでポーロの声が聞こえなくなっていたことに、リーリャは今更気が付いた。
そして、リーリャは少しばかり申し訳なさそうに声を萎め。
「すまん」
『ああ、もうクソッ!! なんでこういう時ばっかり素直なんだよ!』
そんな漫才の様な事を間において、リーリャは声を引き締めた。
「ここに皆を呼んだのは、お主か?」
『……、だったらなんだよ』
「いや何、ありがとう、といいたくてな」
『そうか』
そこに、通信機を持った他の仲間の声も入ってくる。
『それで、そっちは倒せそうなのか?』
『それが、私の攻撃をくらってもそこまでダメージがないみたいなんですよね~』
『私とアイラちゃんで力は封じ込めてるけど、こっちの攻撃が通らないから千日手みたいになっちゃいそう』
『むむむ……、そうか』
そこからは、敵の対策へと話が映り変わって行く。
リフィルとアイラの登場により、ハンドグンドの力を受ける盾役は揃った。
しかし、ここで足りないものがある。
それは、火力であった。
腐っても竜。その姿を竜へと変えたハンドグンドは、例えの力に対策を講じられようとも、竜としての基礎的な能力があるのだ。
そして、その能力の一つとして挙げられるのが、鱗である。
鎧の様に全身の大部分を覆い、矢をもはじき返す堅牢な装甲は、生半可な攻撃では歯が立たなかった。
現在前に立っているリフィルたちは、その鱗をに対する有効な攻撃手段がないのだ。
リフィルは、まだ単純な兵装しか魔法で再現できず、攻撃面では十分な力を発揮できない。
アイラの搭乗する魔道具には、魔法的な攻撃兵装は搭載されておらず、殴る蹴るといった原始的な攻撃しかできない。
グレゴリーも、六組にいるだけはあり、そこまで強力な魔法は使えない。
つまり、このままでは此方の攻撃ができずに防戦一方となってしまうのだ。
だが、リーリャにはそれを打開する術が合った。
「……少し、時間を稼いでくれ」
こうして、歯車は終わりへと回り始める。




