昨日の 出来事
夢を見ていた。懐かしい、向こうでの夢だ。雪乃がいて、一希がいて、たわいも無い話をしていた。内容はよく思い出せない。けど―――
「『カピバラ』って何なんだよーっ!!」
「ルイ、うるさいです」
夢を見ていた。『カピバラ』を買いにいく夢だ。
通称『カピバラ』
動物ではない。話の流れでは、どうやら玉子っちのような育成ゲームらしかった。しかし、それを買う前に目が覚めてしまったため、正体は結局分からずじまい。どれもこれも、一希が寄り道するせいだ!
「でも、何でカピバラなんだよ……」
意味不明だ。自分の見た夢に対して、悶々と悩む。
ちなみにこれは、二度寝の際に見たものだ。その前も何か見た気がするのだが、思い出せそうにもない。
せめて何の略称なのか―――あたしは考えて、一つの結論に落ち着いた。
「かぴかぴのバラバラ?」
十八禁じゃねーか!何?ゾンビ育成ゲーム?!
「ルイ、朝ご飯まだですか?」
ドアの向こうから、我が家のゾンビの声が聞こえる。
「レスカ、食べる必要ないじゃん!」
「いつまでも寝てると、私が作ってしまいますよ?」
「やめっ……ちょっ……貴重な醤油をっ!」
レスカは料理がなんたるかわかっていない、際たる人間だ。
慌ててあたしは、白いシャツに腕を通す。
きっと、昨日いろいろなことがあり過ぎたせいで、疲れていたんだろう。
あたしは窓に目を向ける。向こうよりも鮮やかで澄んだ青空。
―――ああ、雪乃はもうあたしを思い出してくれることは無いんだ。
◆◇◆
―――数時間前
『黙って殺せばいいじゃない』
青髮の魔女の言葉に、戦慄する。
何やら殺気が……というか、リアルに冷気が漏れてますがっ!?
あたしはびしりと、日傘をさした少女を指差す。
「一希と付き合っているのはレスカです」
「はい⁉」
そして、あたしは全力で走り出した。
「〈氷柱〉」
突如空から落ちて来たつららにより、あたしは行く手を塞がれる。……つららじゃないよ!本当に氷の柱だよ!
あたしは恐る恐る、後ろを振り返る。そこには、どこまでも無表情な魔女の姿があった。
「すいませんでしたーっ!!」
いや、あたしは何もしてない。
しかし、ネルルが何をするか分からない恐怖と、彼女の発するプレッシャーに負けてあたしは五体投地三秒前だ。
「あれ、一希は公共の物なんで、別にあたしのとか無いんで、さっさと奪い取っちゃって大丈夫です!」
何言ってんの自分ーっ!!
くすり。
「へ?」
今迄ずっと無表情だったネルルが、笑っていた。
「レスカの言った通り、面白い人」
はい?
「でしょう? ルイは最高に面白いのです」
何故か誇らしそうに、レスカが言う。
「えっと、十文字以内で簡潔に説明して下さい」
レスカとネルルが、にっこりと笑い合った。
「『ドッキリ大成功』です!」
「寿命縮むわボケぇ!!」
あたしは思わず、ペシリとレスカの頭を叩いた。
誰だ、そんな言葉を教えたやつは!あっ……あたしか。
どうやら、あたしが頑張っている間にネルルと仲良くなっていたようだ。
うん、まあいいんだよ、別に。寂しくなんか無いんだからね……。
あたしはレスカの、コミュレベルの高さを感じた。何故だ!何故電波のコミュレベルが高いんだ!
「あ、ミラが出てきた」
ネルルがぽつりと呟いた。
灰色の霧から悠然と、姿を見せる。
「だから試作品だって言ったじゃないですかー」
ぷくぅ、とレスカが頬を膨らます。
いや、上出来だと思うよ。
あたしは、ミラの方に歩み寄る。
「今のは……」
ミラの言葉を遮って言う。
「あたしの負けです」
約九十度で、腰を折り曲げた。
「あたし、弱いんです。 反則技でも使わないと、逃げることも出来ない卑怯者なんです」
ミラは明らかに戸惑っていた。
「こんな人間ですから、足を引っ張るのは確実です。 だから、一希の申し出を辞退させてもらいました」
そしてようやく、あたしがなんの変哲もないただの少女だとわかったのだろう。罰が悪そうに、はにかんだ。
「落ち着いていなかったのは、どうやら自分のようです。 いきなり押しかけた私の方が、無作法でした」
「えっ……あ、そんなことは……」
あれ?ミラって、こんな人だったの?
少し考えると、思い当たる節が出てきた。偽死霊に頭を冷やされたのだろうか。
いや、それにしてもどういう風の吹きまわしだ。
「ですが、一希殿に一目置かれる理由がわかった気がします」
最初に感じた厳しさは、大分和らいでいる。
だけどやっぱり、
「買い被り過ぎです」
あたしは熱血美女に、引いていた。
隣にキラキラしたプラチナ美女、後ろにミステリアスな青髮魔女と、アンテナ三本立ちの銀髪美少女。そして、過去最高評価で中の上の変人、あたし。アイドルグループに、『一人おかしなのがいる』という法則が、適用された気分だ。
やめて!眩しいから群がらないで!佐倉さんsageても意味ないよ!もう十分に下がってるから!
あたしは、美男美女に関わるとロクな目に会わないと学んだ。リタを発端にし、カインは……マシか、レスカ、一希……何?あたしをいじめたいの?それにしても、美形率高いなおい。
「どうかしました?」
「あ、ミラさん、なんでもないです」
ミラの口調が、あれから変わった。どうやらこちらが素らしい。
うん、何かしっくり来ない。未だに肉食獣のような視線を感じる。まさか、『能ある鷹は爪を隠す』的なことを考えてないよね?爪、無いからね?あたしの自意識過剰だろうか。
残る問題は、レスカの知り合いらしいほわほわ系マリエッタさん(レスカに言わせるとクソビッチ)と、後ろで電波と交信しているヤンデレ予備軍だ。果たしてネルルは、本当にヤンデレの素質があるのか、見極めなければならない。
ていうか、レスカと何話してるの?そっと聞き耳を立てる。
「さっきの魔法、凄かった」
「あ、ありがとうございます」
「でも、わたしは知らない魔法」
「こ、故郷に伝わるアレな魔法ですから」
「故郷?」
「え、えーとえーと」
後ろの二人は、何とも際どい魔法談義を繰り広げていた。
嘘の苦手な元聖女様が、泣きそうな目であたしに助けを求める。いや、死体だから泣かないんだけど。
「(ぐっじょぶ!)」
あたしは口だけを動かし、親指を立てた。意味が伝わったのかどうかは分からないが、レスカは目を見開く。翻訳すると、『ルイのせいじゃないですかぁー!』といったところか。……はい、紛れもなくあたしのせいです。
あたしは話題転換に努める。
「ところでさ、どこに向かってるの?」
全員がピタリと止まった。
「えっ?」
「は、はい?」
「……?」
えーと?
「まさか、全員わかってなかったとか」
レスカがいつもの調子で言った。
「私はルイについて行っただけですよ」
あたしはネルルに目線を向ける。
「わたしはミラが知っていると」
次に、ミラが申し訳なさそうに言った。
「すみません、私はルイに何か考えがあるのかと」
「ごめんなさい、何も考えてなかったです」
話に夢中になって、家を通り過ぎるとかあるよね、ねっ⁈
実を言うと、ラオとカインを探して予定でも立てようかなー、とはぼんやりと考えていたが。ちょっと遠出したため、数日、休みの日を設けていたのだ。一希が来たせいでまともに休めなかったけど!
「何も予定がないのなら、そのまま何かしませんか?」
「えー、暑いのに」
日差しが強い。一応、日焼け止めらしきものはあったが、効果のほどは不明だ。
「みんなレスカとは違うんだからね」
……ちょっと待て、暑さのせいで腐敗したりしないよね?
「わたしは別に暑くない」
ネルルの言葉に、レスカと顔を見合わせた。彼女は多分、この中で一番厚着だ。ミラですらも薄着になっていたというのに。
「じゃあ、甘いものでも食べに行きましょう!」
意気揚々と歩き出すレスカの襟首を、むんずっと掴む。
「何するんですかっ!」
「あーのーねー? 甘いものは高いの。 カインの二の舞になるよ」
「別に構いません」
「あたしが構うわっ!」
「いやあー!!」
このっ……駄々っ子めっ!リタよりたちが悪いんじゃないか。
「はあ、わかったよ。 図書館でも行く?」
「入館料は払うのに、お菓子は駄目なんですか」
「逆にね、入館料とお菓子の値段が変わらないっておかしいじゃん。 それに涼しいし」
あそこは、擬似クーラーが効いているらしい。それに、レスカもあたしも本好きだ。
「あんなのは図書館と言いません」
そう、とても小さな建物なのだ。小学校の図書室と同等か、それ以下だろう。
紙はそこまで高価ではない。大量に栽培しているのだ。ここの紙は、ある植物の葉を乾かしたものだと知ったのは、割と最近のことである。よく見たら、葉脈っぽいものが伝っていた。
それはおいといて、あたしはまだ図書室に行ったことがない。閉館時間や場所の関係で行きそびれていたのだ。本来なら真っ先に行くべき場所だが、存在を知ったのはつい最近という体たらく。
「あたしね、知りたいことがあるんだ。 付き合ってくれない?」
「まあ、そういうことなら」
レスカは誰よりも、好奇心について理解を示してくれている。渋々ながらも承諾してくれた。レスカちゃんいい子!あたしはまた、年上ということを忘れていた。
「ミラさんとネルルはどうします?」
流れで一緒に来てしまったが、流石に付き合わせるわけにはいかないだろう。
「わたしも、一緒に行きたい」
「私は、遠慮しておきます」
ミラが、ふと笑った。
「一希殿にもし、マリエッタがついていなれば、何が起こるかわかりませんから」
ミラは、一希の本質をわかっているようだった。
ミラと別れ、三人で話しながら移動する。
ネルルは、必要最低限の単語で受け答えすることが多かった。
短時間では、やはりヤンデレの素質があるのか、危険人物なのか、認定しかねる。
図書館で調べたいのは、歴史だ。一希の話を聞いたから、かえって曖昧な部分が気になったのだ。
何故日本語が通じるのか、何故地球と同じ名前の植物があったりするのか、何故一日の時間が同じなのか―――考えたらキリの無いと思っていた疑問まで、一希の登場により再発する。
魔王とか、考えないようにして来たけど、そろそろ限界なのかもしれない。一希という本命が送り込まれて来たのだから。
「ルイ……」
「どしたの?」
レスカがちょんちょんと肩をつつく。
「あそこ、見て下さい」
指が示す先、そこには
「何やってんの……」
一希とメリダさんがいた。




