それは少女の 黒歴史
頼んでもいないのに、迎えに来る幼馴染。肩を並べて歩く登校時間。家族のようでありながら違う存在である故の、たわいもない会話。
甘い。むせ返るほど甘い展開だ。
イケメンや美少女で、性格のいい奴に限るが、誰もが憧れる展開。甘党でなくても、拒否したいと思う者はいるものか。
―――あたしのように、砂糖を偽る毒だと知っていなければ。
◆◇◆
「うわあ……手口ふるっ!」
それを確認したときの、あたしの第一声はこれだった。
目線は上靴の中―――無数の画鋲に向けられている。
今時無いわ、これ。
危ないから、下足室のゴミ箱にぶち込む。指紋認証とか出来ないし。
「まあ、だいたいどこらへんがやったかは、わかってんだけど」
閉開式ではなく、棚のような靴箱だったため、開けた途端にゴミがギッシリ!という事態にはならなかった。
でも画鋲とか、意味がない。思いっきり見えている。
「やっぱ一希絡みだよねー」
何事もなかったように、上靴を履く。
自分で言うのもなんだが、あたしの性格は悪くないはずだ。一希のこと以外で敵視されたことはない。たいして美人じゃないしね。平々凡々、人を不快にさせないぐらいの顔だ。
変人であることと、鈍臭いことから、何故か天然キャラに思われているらしい。が、腹の中は真っ黒だ。あれか、これが『黒デレ』ってやつか!
自己分析は、結構楽しい。必ず最後は、撃沈して自爆すると知っていても。
「さすが悲劇のヒロイン様は違うわね」
あたしは後ろを振り返る。
「おはよう雪乃。 残念ながら、イロモノはヒロインになれないよ」
「それで平然としているあんたはイロモノどころじゃないわ」
水城雪乃、一希に次いで長い付き合いだ。毒舌系冷徹美人で、一希に張り合えるほどの才女。まあ、漫画オタだけど。定期的に、漫画を貸し与えられているのだ。あたし自身、少年漫画は網羅しているため、もっぱら少女漫画なのだが。
黒髪ストレート萌え、眼鏡萌え必見。しかし、一希親衛隊の嫉妬の矛先は、雪乃に向かない。何故ならリア充だからである。
ねえ、知ってますか?オタでも美人だったら許されるんですよ!はーぜーろー。
「雪乃は中立よろ」
こういうときは、基本中立。それがあたしと雪乃の取り決めだ。矛先が雪乃に変わるのはいやだし。この子、何気にメンタル強くないから。クールビューティ気取ってるけど、ツンデレだから。……いや、デレツンかもしれない。毒を吐くのは、あたしと一希に対してだけなのだ。
「中立も何も、クラスが違うじゃない」
「あ、お弁当時は乱入しますんで」
クラス替えにて、あたしは孤立していた。よりにもよって、話せるやつがいないクラスだったのだ。
まあ、あたしは運が悪いからね。悪運強いけど。
「出し巻き卵を献上なさい」
「うっ……ははー」
「あら、冗談だったのに」
「え! じゃあ」
「せっかくだから貰うわ」
「ひどっ! 雪乃、デレない!」
「誰がツンデレよ」
「じゃあ、クーデレで」
「デレを抜きなさい」
「……ツンクー? 雪乃のネーミングセンスを疑っていい?」
「酷いのはルイのネーミングセンスよ」
雪乃と笑う、あたしの日常。
「白井君は?」
「あいつ、今日は朝練」
「そういえば、もうすぐ試合だったわね」
画鋲で始まるあたしの朝は、とても平和だ。
宿泊行事の鉄板で、一希の名はひっきりなしに飛び交う。その数はあまりにも多く、その日諦める人もいるほどだ。
戦争が起こりかけ、一つの案が浮上した。
『白井君に選んでもらおうよ』
そして今では片想い歴を語るのが流行っている。アイドル的な、ミーハーな扱いだ。
いや、みんな馬鹿だね。朴念仁に分かるわけないだろ。さっさと誰かくっついてくれ。お願いだから、ヤンデレが……メンヘラが覚醒する、その前に!
まあ、どうせ裏で画策しているんだろうけど。
しかし、こういうことは小学校以来だ。みんな中学生になって、大人になったかと思ったのだが。
やはり二年になってから、一希と登校していたのがダメだったんだろう。
一年のサッカー部員は、早く来て準備をしなければならない。当然、朝はしっかり寝るタチのあたしを待っている余裕なんてなかった。
何より一希は、一クラスだけ階の違う、五組だったのだ。あたしは一組で、一希のクラスから一番遠かった。クラスが違うのはかなり大きく、遭遇率が圧倒的に下がる。階が違うと尚更だ。わざわざ他のクラスまで、あたしに会いに来る意味も、一希にはなかった。
ところが今は違う。二年になって、一希の雑用がなくなっただけでなく、顧問が代わったおかげで朝練も緩くなった。時々しかないのだ。
そしてあたしたちは同じクラス。"佐倉"と"白井"、出席番号が近いことは大きな意味をもっていた。
一希は犬だ。人懐っこく、明るく、誰にでも尻尾を振る、厄介な犬だ。
イケメンよ、猫であれ。さもなくば善良な幼馴染が苦労する。
「はぁ、あいつが鈍感系を卒業してくれないかな」
「自覚して振り回すのと、どちらがいいのかしら」
「あたしに迷惑がかからないから遊び人方向で」
雪乃は呆れた顔をした。
「ルイ、だから私みたいな友達が出来るのよ」
「いや、コミュ障ではない……はず」
うん、友達は他のクラスにはたくさんいる。ただ、グループが確立されてしまったら、入り込めないだけで。そして入るグループを間違えたせいでぼっち化しているだけで。……どうしよう、コミュ障じゃないのかこれは。
「ルイはキャラが濃いもの。 あまり関わりたく無いわね」
「雪乃に拒否されたら、あたしはどうすればいいんですかっ!?」
確かに、『ルイちゃんおもしろーい』と言ってくれる人は、前の組では結構いた。いわゆる上位グループで。あたし?下位にも上位にも属しない中堅で、雪乃とつるんでいた。
人は理解出来ないものを面白がると、どこかで聞いたことがある。まさか、あたしはそれなのか?……ウケがとれるなら本望です。裏方なりに、頑張ろう。全部素だけどね!
雪乃の憐れみの視線が、実はかなり痛かった。
◆◇◆
一人の休み時間は長い。
たかが十分と侮るなかれ。ぼうっとしても、過ぎていかないのだ。楽しい時ほど長く感じる作りだったら良かったのにね。人間って本当に難儀な生き物だ―――なんて哲学してみても、時計のスピードは変わらない。
あう……誰がかまって?(チラッチラッ
痛い人ごっこすらも楽しくない。いや、楽しかったら駄目だけど。
「あ、次、体育か」
指摘してくれる人も、一緒に着替えようと言ってくれる人もおりません。
アイム フリイダアアアアムッ!!!!
やばい、泣く。自分の電波度に泣く。
ため息を吐きながら、体操服を取りに行く。オリジナリティ溢れるこの人格は、もう治らないのだろうか。
「あれ? 無い……」
棚に置いたままのはずなのに、どう見てもそこにない。
「誰か間違えたかなー」
はみ出て落ち、見つけた人が適当に戻すという事態が結構あるのだ。
だが、全ての棚を探しても、あたしの体操服は見つからなかった。
諦めて、見学コースを覚悟する。今日はテストだから、後日補習を受けなければならない。深く、深く息を吐いた。
「あー……めんどくさ」
物が見つからないのは、とても気分が悪い。気分が悪いと憂鬱になる。憂鬱になると眠くなる。そんなわけで、あたしは欠伸を噛み殺す。欠伸をすると、見るに耐えない顔が出来る人間なのだ。
ん、待てよ?独り言が多いと電波に見えるんじゃないか?
廊下でブツブツ言っているあたしは、完全に不審者だ。
衝撃の(笑撃の?)新事実に、あたしは今更気付いていた。
自己分析マジ楽しい。はんっ!
微妙にやさぐれていたその時、あたしの目に映ったのは紺色。なんとなくあたしは色の場所―――手洗い場に向かう。
はみ出た袖を掴み、手繰り寄せる。重い質感が、あたしの腕に掛かっていた。濡れているのだろう。
その正体は、学校指定の体操服。
左胸の白い糸、それが表す文字は"佐倉"。
あたしは次の日、学校を休んだ。
◆◇◆
ベッドに身体を沈め、買ってもらったばかりのスマートフォンに、指を滑らせる。
画面の上、表示される数字は『6:07』。もうすぐ夕食の時間だ。
上半身を、勢いよく跳ね上げる。
あたしはカーテンをシャッと引いた。
ガラス越しに存在する、一希の顔。
カーテン越しに見える影は、まるで凄く危ない人だ。
「何やってんの……」
はあ、と呆れながらも鍵を開ける。窓から侵入という、幼馴染のテンプレを一希は容易に実行する。お隣さんのアドバンテージだ。
「お前、今日休んだろ」
当たり前のように、一希は部屋に侵入した。こんなこともあろうかと―――というか、こんなことがあり過ぎるため、部屋を散らかすことも出来やしない。
「風邪じゃないな」
「見ての通り、ぴんぴんしています」
ちょっと大袈裟に胸を張る。張るほど胸は無いのだが。
自分で言って、自爆する。それが佐倉クオリティ。
「また仮病かよ……」
「いやあ、徹夜で読破したら、頭痛くて」
まるっきりの嘘を吐く、あたし。
「で、寝てたと。 不良児だなおい!」
「騙される母親が悪いのさ。 あと、佐倉さん超優等生だから」
「すっげえ『どの口がっ!!』って感じなんだけど」
一希が首を振った。
「なんか心配して損した。 明日は学校行けよ?」
「もちろん!」
満面の笑みと、ピースサインで、一希を追い出す。
ベランダの手すりに足を掛けた一希が振り向いた。
「押すなよ? 絶対に押すなよ?」
「フリですね、わかります」
「いや、マジでダメ。 ルイならやりかねないから怖い」
フラグですね、わかります。
「そういう役目は雪乃だってば」
「水城は淡々とやりそうだな」
そうして一希は帰って行く。危なげなんて、どこにも感じなかった。
パタン。
窓にもたれかかり、あたしは息を吐く。
「あは、あははは」
カーテンで、外界を遮断。
「馬鹿だよ」
瞼の裏に映る、ずぶ濡れの体操服。
目がじんわりと熱い。
「あんな、あからさまな敵意……」
あたしはゆっくりと腰を下ろす。
「一希が気付いたらどうすんの」
自分の欠陥度に笑えてくる。いつだってそう。あたしの涙腺は、怒りでしか緩まない。
悲しい、辛い、情けない、その感情の根っこでは、いつも何かに怒っている。だけどその怒りの対象に、知らしめる力はない。
あたしの堪忍袋は大きい。それは画鋲ぐらい、簡単に飲み込むほどに。ネガティブが一周回った開き直りだ。
だけど、だけどこれだけは耐えられない。一希にだけは知って欲しくない。気付いて欲しくない。
画鋲もシカトも隠蔽できる。大きく形の残る敵意はあたしにとって許されない。
「あかまきがみあおまきがみきまきがみあかまきがみあおまきがみきまきがみあかまきがみあおまきがみきまきがみ……」
小声で繰り返すのは、あたしにとってのお経。
溜めに溜めた涙は、少し冷たかった。
◆◇◆
あっという間に日は暮れる。
「うわあああ……っ!!」
あたしはベッドになだれ込み、ジタバタと手足を動かす。
脳内では、数十分前のことが繰り返し再生されていた。
ニタニタ顔の雪乃が、はっきりと思い出された。
『かっこよかったわ』
急速に温度が下がり、それに比例して体温が上がっていく感覚までも、再び再現された。
「いやあああっ……!」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
あたしはいつもこうだ。自覚した頃には既に、取り返しのつかないところまで来ている。
美人が『ニタニタ』とは何ともいけない感じがするが、本気で楽しんでいるときはああなる。あと、雪乃が脳内で腐界を展開しているときとか。……あたしはオームだから、スルーして突っ切ることが可能だ。
待ち伏せて、犯行現場を録画して、啖呵を切って、和解したと見せかけて……。全部雪乃の指示に従っただけというのに、あいつはどうやら、本気でやるとは思っていなかったようだ。舌をかまないように頑張ったのに……。うん、一希に教えるって脅したのはよかったものの、下手したらフルリンチだったよ。自重します。ええ。
「はあ、テレビでも見よ……」
あたしはリモコンを手に取る。
「ルイ! ゲームしようぜ!!」
相変わらず窓から乱入して来た一希に、それを投げつけた。
「……どこに飛ばしてんだよ」
もうそれは、見事なまでに斜め上へ。
「う、うるさい!」
悲しいかな、ノーコンぶりには定評があるのだ。
「今何時だと思ってんの!」
「八時過ぎ」
「そうじゃなくて!」
乙女の部屋に入んなって言ってるのだよ!!
やはり、あたしは女として見られていない。絶対に男兄弟として考えられている。
なし崩しに、あたしはテレビを切り替えた。どうせたいした番組はなかった。
「この前の続きからね」
CDをゲーム機に読み込ませる。
「いつも思ってたけど、これ何のゲーム機だ?」
「セ〇サターン」
「いつのだよ!」
「さあ? 面白ければいいんじゃない?」
ゲーム好きの従兄弟と父により、無理矢理渡されたものだ。
父がプログラマーであるというのは、あまり関係がない。ゲームプログラマーではないし。
「でもってさ、ソフトも絶対おかしいよな」
「……面白ければいいんだよ」
でもね、あたしも騙されたんだ。名前的に侵略ゲーだと思ったもん。
まあ、結果よければ全て良しだ。うん。
「ルイってさ、ロリコン?」
「どうしてそうなる!」
「いや、だってさあ」
「ごめんさない! やっぱり言わないで!!」
基本、一希は見ているだけだ。それはつまり、見ているだけで楽しいゲームだと言える。
いつもこのゲームをやっているわけではない。そして、今年何歳になるのか分からないゲーム機で遊んでいるわけでもない。
RPGからパズルゲーム、格ゲーまで何でもござれだ。もちろんあたしが全部持っているわけではなく、半分は一希のものだが。
「何でそこで好感度下げんだよ!」
「精一杯やってます!」
「メインヒロインじゃねーか!」
「もうあたしにとってのメインヒロインは、眼鏡っ娘だから」
「お前、女子だろ……」
「いや、ホント何やってんだろーね」
「女心ぐらい分かるだろっ!」
「あれほど理解不能なものはないよ」
雪乃ですらも分からないのに。
「一希やる?」
「俺にふんな! 担当は戦闘パートだ」
ドラマパートの方が多いじゃないか。
「つーか、女心なんて俺が分かるわけねーじゃん」
「うん、それでいいよ」
あたしはにっこり笑いかける。
一希は理解出来なくていい。
複雑で理不尽な思考回路なんて。
そんなものは知らなくていい。
女の汚い世界なんて。
純粋で無垢で無邪気なまま、そうして笑っていてほしいから。
今 時、フィクションでもお目にかかれない完璧な『主人公』は、偽善すれすれではあるが、独善ではない今のカタチを保っていてほしいから。
まだ気付かないで。
みんなが君によせる好意も、あたしが裏で展開する打算も。
「青海苔付いてるよ」
「のりしおは男の勲章だ! あと、ルイもだからな?」
「いえ、葉緑体です」
「悪い、シケた」
「うん、自分でもわかってる」
わかってる。だからどうか―――
どうか、このまま変わらないでいて。
馬鹿みたいに正直で、笑っちゃうほど純粋で、どうしようもなく明るいくて。
誰よりも誰よりも相応しい。
絶滅危惧種の『主人公』。それが白井一希という人間。
「あ、てめっ! 頭撫でるクセは何とかしろよ!!」
「いや、短髪ってポフポフして気持ちいいから」
「こっちは気持ち悪いの!」
それを許容しかけているあたしは、きっとどこかおかしいのだと思う。
だけどあたしは、あえてそれを受け入れよう。
レッドデータブックに載る一希に、あたしはどこかで憧れているのだから。
、
これは黒歴史の一ページにして、輝かしい日常の物語。きっとこの先、訪れることのないこんな日々は、今も鮮やかな色を残していた。
制裁シーンは、書いた後で「これはないな」と思ったので、削除。
文章力のない自分が悪いです。
ただ、一応書いたので、後で活報のほうに載せておきます。




