一途な 女騎士
「やっと来たか」
仁王立ちで待ち構える女騎士(元)。
いや、まだ五分前ですよ。
横には魔女が控えている。
「えっとネルル……さんは、何でここにいるんですか?」
二対一とかないよ。まあ、あたしもレスカと一緒だけどさ。
「ネルルでいい。 わたしは見るだけ」
魔女は無表情のまま、そう言った。
「そちらの方こそなんだ? 正々堂々やるのが礼儀だろう」
元副隊長の女騎士VSひ弱な現代っ子の時点で、正々堂々もあるかこのやろう!あ、野郎じゃなかった。
「私はヒーラーです。 死にさえしなければ治せますので、どうぞ遠慮なくヤっちゃって下さい」
「ああ、そうか。 マリエッタを連れてくるべきだったな」
それを聞いたレスカの笑顔が引きつる。
「レスカ、ヤっちゃってって何? 殺っちゃってって意味じゃないよね、ねえ⁈」
「ルイ、言いたいことはなんとなく分かりますけど、音では区別出来ませんよ?」
人目も気にせず、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。止める者はここにいない。
「うるさい」
……と思ったら、ネルルがただ一言、氷のように冷たく呟いた。
「あ、ごめんなさい……」
だからそんな冷たい目で見ないで。ツインテールの美少女にそんなことされたら、なんかこう……めざめ―――ってアホかあっ!んなわけあるかボケえっ!なんなの?あたし、変態なの?終わってる!終わってるよ!もう消えてしまいたいっ!佐倉さんは真人間だからあああっ!!
悶絶するあたしの背中を、レスカがさすりさすり。
「大丈夫ですか? 死ぬほど恥ずかしい記憶、ルイの脳内を占める大半の記憶の中から、さらに忌まわしくて血反吐を吐くような思い出でも掘り返したんですか?」
「……レスカ、何気に酷いよね」
何?あたし、そんなアホなことしかしてないように見えるの?
気が付けば、ミラとネルルからも憐憫の眼差しが向けられていた。
「……こほん」
居心地の悪い空気を変えようと、軽く咳払いをする。
「ここでは邪魔になりそうなので、移動しませんか?」
◆◇◆
ルイが選んだのは、広い平原だった。
決闘のルールは単純、どんな形であれ攻撃を多く当てた方が勝ちだ。
ミラは木剣、ルイは矢尻の丸まった矢を使う。
「それでは始めようか」
「……お手柔らかにお願いします」
ルイの笑顔が強張っていることに、ミラは気が付かない。
本当のところ、ミラはルイがカズキの申し出を断ったことに、たいして腹を立ててはいないのだ。
弟子であり、仲間であり、勇者として、人として、戦士として、自分が一目置いている人間が、このなんの変哲もない少女を褒めちぎる。戦いに身を置くものとして、興味が湧かないわけがない。
『一度戦ってみたいものです』
そう、カズキに漏らしたのは当たり前とも言えた。
『あー、でもあいつ、断ると思うぞ。 やるならどさくさに紛れて、強引に力ずくで押し切らないと』
そしてまた、ルイという少女について語る。ミラにとってそれは、食べることのできないご馳走について、詳細に語られるようなものだ。
いつの間にか『強引に力ずくで押し切る』方法を考えていたのは、ミラという人間にとってそう珍しいことではない。
……ぶっちゃけて言おう。ミラがルイに言ったことは、大体が本音である。ただ、実際はもっと理性的であっただけだ。
あんなにもカズキという人間に求められていながら、断る彼女が理解出来なかった。
女神に認められ、力を与えられたのにも関わらず、辺境の街で燻る彼女に怒りを覚えた。
力ある者の義務、騎士であったミラはそのようなことに関して敏感だ。
―――そして嬉しそうに、楽しそうに、彼女のことを語るカズキを見るのが、何故か少し悔しかった。
『ルイってさ、流されやすい性格だから?』
カズキの何気ない言葉が、ミラの思考の元だ。
(ならば私が流そう)
いずれカズキは自分を追い抜くだろう。その時が来るのかなるべく遅くなるように、自分がもっと強くなるために、カズキに教えることが増やせるように、肩を並べて戦えるように……。
ミラは強者に飢えていた。目的のためなら手段を選ばないほどにだ。
"戦い方は自由"
そう決めた通り、制限は何も設けていない。試合形式よりも、自由度の高い実戦形式こそ、ミラの好むものだ。
(だが、何を企んでいる?)
ルイは間合いに入ろうとしない。弓師なのだからそれは当然であるが、かといって攻撃をするそぶりもない。魔法を使う様子もない。ただ、逃げ回っているだけなのだ。
「来ないのなら、こちらから行くぞ!」
一気に距離を詰める。
「いっ⁉」
様子見、ある程度は手加減して薙ぎ払う。避けられることは前提だ。が、その手は確かに手応えがあった。
「かはっ……」
ルイが吹っ飛ばされた。が、すぐに立ち上がる。
「いったぁ」
吹っ飛ばされたのではない、魔法で風を作り、自ら後ろへ跳ぶことでダメージを軽減させたのだ。
(無詠唱か)
明らかに初級、下手すれば初級未満だが、無詠唱という技は十分すごい技だ。ネルルですらも、詠唱の短略化が精一杯だというのに。
ぞくりと来る反面、第一撃が簡単に入ったことに、疑問を覚える。だが、迷いは命取りだ。何か仕掛けがあったというのなら、その時見極めればいい。
ミラは静かに地を蹴った。
紙一重の攻防が続く。もっとも、明らかにミラが優勢だ。それでもまだ手加減をしている。何かがおかしい、こんなはずはない、期待から来る慎重さだ。
紙一重なのは、ルイの回避だ。あちらこちらに傷を作り、なおも正確に矢を射る。が、ミラの弾けるスピードでしかない。弾いた途端に第二撃。それを避けたところに、第三撃が入る。少ない、素肌を見せている部分だ。まるで避けた場所を想定していたかのようだ。
こうでなくては。
期待に応えてくれたことに対する喜び。
自分も油断してはならない。
矢を受けてしまったことへの、自分への戒め。
ミラは微かに微笑んだ。
「……我、大地に命ずる〈緑化〉」
小さな短い詠唱、それは地の属性の初級魔法だ。植物の成長を促進させる魔法。間違っても戦闘中に唱えるものではない。
何をするつもりなのか、ミラは警戒しながらも、一歩踏み出す。―――踏み出したはずだった。
「何?」
ロープのように編まれ、伸びた草がミラの足に絡みつく。
(そんな馬鹿な)
成長の促進といっても、そんな大掛かりなものではない。たんに育ちやすくするのが〈緑化〉だ。一瞬で草が伸びる、それも自然の摂理に反する形で。ミラは聞いたことがなかった。
それによって出来た僅かな隙。ルイの反撃には十分だった。
ミラの視界が白く染まる。
「霧かっ⁉」
霧を発生させる魔法を、ネルルが使っていた。が、事実はもっと単純である。ルイは霧を発生させることの出来ない。これは単なる湯気だ。水蒸気だ。ただ、霧と間違えるほど綿密な。
そして白い幕の向こうから、飛んで来る無数の矢。
全てを避けきれず、一本がミラをかすった。が、彼女は怯まない。白い幕を掻き消し―――眼に映ったのは緑の平原ではなく、灰色の霧に覆われた景色だった。
「何を……」
何かは分かっている。だが、あり得ないのだ。
死霊、アンデッド種の上位に位置する怨念の塊は灰色の霧と共に現れる。しかし、こんなところにいるはずがない。百年単位の成長を要するのがレイスだ。数は少なく、ミラも遭遇したことはない。
(あり得ない……しかし現に)
もしかしたら、そう見せかけた灰色の霧かもしれない。
希望観測を抱きながら、神経を尖らす。
光と神聖魔法しか効かない死霊。奴等は叫び声一つで命をも奪いかねない。どちらも初級しか使えないミラは、ただ落ち着いて霧を抜けることを考えた。
淡い希望を打ち砕く、生温い風。
「……っ」
怨みの体現が、ミラの双眼にしかと映っていた。
◆◇◆
痛い。すっごく痛い。肋骨大丈夫だよね、これ?
今回で、あたしは思い知った。あたしは『コントロール力』を使いこなせていない。感覚で、どこにどうやればいいかは分かるのだが、反射神経も動体視力もスピードも何もかも、追いつかない。今迄コントロール力に頼ってきたあたしは、はっきり言って下手くそなのだろう。当たればいいと無意識に考えていたのかもしれない。体勢とか考えたことなかった。だってそれでも当たるんだから。当たらなくなってこのざまだ。次々と課題が浮かび上がる。
プランA: 出来るだけ善戦。それでも負けるのは決まりきっているから、あたしは一希の足を引っ張ると分かってもらう。
無理だこれ。
開始早々、あたしはプランBに移行した。
ようは、あたしを勇者に相応しくないと思ってもらえばいいわけで……まあ、痛いのがいやなだけだけど。
そしてあたしは逃げまくる。切り傷は、切った直後はあまり痛くない。が、木剣では擦り傷寄りだ。地味に辛い。
ミラは警戒なのか、困惑なのか、まだ様子見のようだ。
すんません、あたしは全力です!だから、無理なんだってば。そんなエリートさん、いや、エリートさんじゃなくても勝てるわけない。分かれよ~、弱そうに見せかけているんじゃなくて、素で弱いんだよ!
タイミングを見計らい、切り札を切る。
花冠を作ろうとして偶然出来た、〈緑化〉のオリジナルバージョンで足止め。さすがに無詠唱は無理だ。魔法への道筋、魔力を練り込む過程とかが最近分かってきたから、数種類なら無詠唱でいける。それぞれ過程が違うため、本当に数種類だけど。あれ、呪文は自動化のためみたいなものなのかな。
そして繰り出す、ミストの高温バージョン。夏の遊園地とかでやってるアレがイメージだ。もしも高温だったら苦痛だよね。リタにいたずらの罰でやったら、かえって暴れた。蒸し蒸しするよ!
蒸し蒸しの幕の向こうに、連続で矢を放つ。ミラの身体は見えてないから、当たらないだろうけど。
さあ、ここからがあたしのターンだ!逃げるために全力を尽くす!
地面の魔法陣に干渉。
もともと、レスカを通してあたしの魔力を使っていたのを、直接あたしに回すだけだ。多分、きっと、うまくいく……といいな。
もくもくと広がる、灰色の霧。
「やった! 上手くいっ……」
最後まで言うことは許されなかった。
襲い来る、頭を締め付けられるような痛み。
「うあ……っ」
声すらもうまく出せない。
視界が歪み、平衡感覚が失われる。
あ、吐く。リバースする。
脳みそが、かき混ぜられるような感覚。
きりきり、きりきりと。
永遠にも思える苦痛。
段々、ものが考えられなくなっていく。
……リスクのこと、わすれてた。
「ルイ、あなた馬鹿です」
声とともに、視界が晴れていった。
「レスカ……」
信じられない、といった顔で、レスカが睨む。
どうやら彼女がリスクを引き継いでくれたらしい。
「まだ、最終調整が終了してないんですよっ⁉ 私の作品は、完璧な状態でなければならないんです!」
レスカの作品―――〈蜃気楼〉試作品は、蜃気楼と言うよりも幻影を見せる魔法だ。
一希と遭遇した日、実験していたものである。
しかし、
「マジでマッドだね、君!」
心配してくれたんじゃなかったのか……。
「ていうか、レスカはよく、あんなのやってられるよ」
「慣れたらどうってことないです。 今はなんとも感じませんし」
「ああ、そう……」
もう知らない。二度とやらない。
「にしても、ルイを抹殺したいなら正面からではない方が、いいんですけど」
「いやいや、そんな物騒な」
「そう、ミラは馬鹿なの」
つかつかと歩み寄るネルル。夏だというのに、長いブーツだ。
やばい、ネルルに古代魔法見せちゃった。
あたしとレスカが、同時に固まる。
ネルルがスッと、銀色のロッドを突きつける。青い球まであと数センチ。
「黙って殺せばいいじゃない」
風がふわりと、ネルルの長いツインテールを揺らす。
―――えっ……冗談だよね? ね?




