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無題  作者: さちはら一紗
厳し過ぎる チュートリアル
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ハード過ぎる 初日


 お菓子作りは難なく成功した。

 リタはとても器用で、お約束の「卵の殻が入ってしまう」ことはなかった。

 心配だったオーブンも、ちゃんと機能してくれた。何しろ火加減が三段階しかないのだから。異世界に温度設定のあるオーブンを求めるほうがおかしいのだけど。

 最初は石窯を覚悟していたから、オーブンがあったのは恵まれていた。……ロマンとかは壊されたけど。



「おいしー!」


 リタがものすごいペースで、カップケーキを消費する。


「それは良かった」


 でもその食べ方ははしたないですよ、お嬢様。


 アネルさん曰く、お菓子の製法は管理されていてあまり出回ってないそうだ。まあ、だとしてもあたしの腕前じゃ売り物にはならないだろう。食べるためだけに作るのである。

 まあ、といっても出回っていないのはいわゆる高級菓子の製法であって、この程度は珍しくもなんともないのだが。手作りの工作的な楽しさだろう。


「ふわっふわー!」


 ……テンション上がってるのは分かったから落ち着こうね。

 あたしが十歳の時はこんなんじゃなかった。



「そういえば、ここの教育レベルってどのくらいなんですかね。 あたし、ここの育ちじゃないんでわかんないんですけど」

「それはですね―――」


 アネルさんの話をまとめるとこうなる。

 十二歳までは安い価格で学校に通えるため、ほとんどの人が読み書き計算は出来る。小学校みたいなものだ。

 午前中だけらしいし、教えるのは一般常識レベルだけだそうだ。


「本格的に学業を極めたいのなら、もっと大きな街へ行かなければなりませんね」


 冒険者になるための学校もあるらしい。卒業できれば、最低でもランクDからスタート出来る。あんまり人気ではないようだけど。

 だってあたしだったら、学校に行くお金があるならもっと違う学校に通う。


「リタのお兄ちゃんも王都でべんきょうしてるんだよー」

「お兄ちゃんいるの?」


 てっきり一人っ子だと思っていた。


「うん! だからリタは安心して、冒険者目指すのー」


 ち、ちゃんと考えていやがる……。店を継ぐ気はないんだね。

 ま、いっか。





                ◆◇◆








 リタは思ったよりもしっかりしてる、生産的な行動にも目覚めた。だからきっと大丈夫!なんて考えたあたしはどこまでもどこまでもバカだった。


 少し目を離した隙に家を脱走。街全体で鬼ごっこが始まった。

 ちっちゃいリタはびっくりするぐらい見つからない。たとえ見つけても、地の理を最大限に活かして逃げまくる。五十メートル六秒台でも見失ってしまえば、もう無理だ。

 さすがに外では破壊活動をしないことを願うしかない。


 夕方、疲れ果ててリタの家に戻るとリタが寝っころがって絵を描いていた。

 本気でしばこうかと考えた。


 夕食後、お風呂で派手な水遊び。リタは水属性の魔法も使えました……。

 石鹸の泡を目に入れてやろうかと思った。


 魔力の使い過ぎか、のぼせたのか、ぐったりとしたリタを無理やり回収して寝かせる。


「無理……ハード過ぎ」


 これはノイローゼになる。普通に冒険者稼業をやったほうがマシかもしれない。保育士には絶対になりたくない。

 これの仕事が終わったら、さっさとランクを上げることだけ考えよう。リアルにRPGみたいなことを、安全な範囲(遠距離)からやりたい。


 あたしは今、リタのベッドで寝ている。

 お客さんの部屋はあるんだけど、明日も今日の朝みたいになると嫌だから一緒に寝ることにした。あと、子供は体温が高くてあったかいという打算もある。

 春といえど、夜は暖かいほうがいいからね。

 ちなみに暦は地球と同じだった。うるう年はなかったけど。何でとか気にしたら負けだ。女神の手抜きじゃないかと思う。


 そんなことを妄想しながらあたしは夢の世界へ落ちていき―――






 ドスン


―――気が付けばベットから落ちていた。


「……っ」


 寝ぼけた頭で考えたのは、寝相悪すぎだろ自分ということだけ。

 もそもそとベットに這い上がる。


「うー……」


 そして寝やすい体勢を探して寝返りを打つ。



 ―――あれ?


 あたしは『ガバッ』と効果音の付きそうな勢いで起き上がった。




「リタがいない!」


 一瞬で目がさえた。頭が高速回転し始める。

 どこに行きやがったああ!!


 「〈ライト〉!」


 初級魔法で小さな光の球を作り、浮いているそれを懐中電灯代わりにする。

 電気をつけなかったのは、近くにリタがいた場合あわてて逃げられてしまうからだ。


 窓に鍵がかかっていない。寝る前にかけたのはあたし自身だ。

 ……明日は鍵の部分に電流を流しておいてやろうか。


 大急ぎでベランダに出る。

 どこからか足音が聞こえてきた。


「屋根かっ」


 確か一番上の部屋の窓からは、屋根に出ることができたはず。そこへ向かおうと廊下へ出た。

 ドアのカギはかけっぱなし。リタはどうやって屋根に上ったんだろう?






 屋根の上には、月明かりに照らされたリタの小さな姿。


「わー、お姉ちゃん早かったね」


 能天気なリタの声。あたしにそんな余裕はない。

 だって屋根なんて登ったことがないんだから。足が、がくがくしている。


「そこで待ってろ」

「やー!」


 そう言ってリタは飛び降り……え?飛び降り⁇飛び降りたああああ!!!!嘘でしょう?ねえ、嘘だよね?

 あわてて下を覗きこむ。

 リタは風の魔法を上手に操って、華麗に着地をしていた。


「じゃーねー」


 リタが走っていくのを、あたしはしばらく呆然と眺めるしかできなかった。









 ―――お願いです。誰かあたしに安眠をください。

 


 

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