チートの 制約
日は既に真上。あたしの残りHPはレッドゾーンに突入していた。
主に精神的な意味でだ。それはHPじゃない、とか自分でツッコむ気力もない。
目に付く木は、全て調べた。印まで付けたからそれは間違いない。
木と木の間を何往復もしたせいで、足が棒のようだ。一万歩は軽く歩いただろう。
「疲れた……」
タイムカプセルは、五年の間にバクテリアに分解されてしまったんじゃないか。
見つけた切り株に、腰を下ろす。
四次元バックからコップを出し、魔法で水を入れる。水がぬるかったので、魔法で氷を出した。宙に浮かぶ氷をナイフで削り、コップの中へ落とす。
なんて地味な魔法の活用方法だろう。夢も希望もあったもんじゃない。
異世界に来たっていうのに、タイムカプセルなんて探している自分に幻滅。
ふてくされながら、コップを持ってない方の手で地面にあった石を掴む。
それをてきとうに放った。それでも、大体あそこらへんかなと思ったところに落ちる。律儀なコントロール力だ。
じゃあ目を瞑ってやれば、どうなるんだろう?
早速実践。少し先の岩を狙うつもりで投げる。投げた瞬間、目を開いて石の行き先を確認。石は岩に擦りもせず、落下した。
見えてないものには当たらないらしい。
ということはあれか。後ろのごみ箱にポイッとか出来ないわけか。
律儀な設定だね。
じゃあ見えていたら、必ず当たるのだろうか。
思いついたらやってみないと気がすまないたちである。
ちょっと勿体無い気がするけど、次は弓でやってみよう。
点より少し大きいぐらいにしか見えない木を狙う。何キロ先にあるのかは分からない。
コントロール力は、体が勝手に動いてくれるような感覚なので、距離感は身についていないようだ。
……女神ぃ。
気を取り直して矢を放つ。
―――矢は勢いよく飛び出し
―――段々と失速して
―――落ちた。
射程範囲はちゃんと定められているようです。
つまりこのコントロール力は、
相手がそれを上回る速さで避ければ当たらない
見えていないと当たらない
射程範囲を超えると当たらない
というものらしい。
射程範囲は物によって違うようだ。
……万能なんてこの世に存在しないよね。
歩きまわったせいでお腹がすいた。
矢を回収して帰ろうと、切り株から腰を上げる。
……あ。
「〈探索〉」
切り株ってさ、『木』だったよね。
やっとのことで、ギルドまで戻って来る。
お腹がすき過ぎて死にそうです。
「ねーえー、リタのいらい、まだー?」
受付の方で子どもの騒ぐ声が聞こえた。
亜麻色の髪をツインテールにしたかわいらしい女の子。年は十ぐらいだろうか。他の子どもよりも、少し上等に見える、緑色のワンピースを着ている。
「ミナもロイクも、まってるんだよー?」
「そ、そうねえ……きっともう少しよ」
女の子がきれいなお姉さんのいる方を占領しているため、あたしはごついおばさんのいる受付に向かう。
「依頼の受理と、清算をお願いします」
そう言って、腕輪とタイムカプセル(という名の缶)を渡す。
「あー‼」
横の女の子の叫びに、あたしは飛び上がった。
「な、何?」
びっくりしたよ……。
「それ、リタのー!」
「えっと……」
それはつまり、
「リタ、ちゃんが依頼したのかな?」
「うん!」
ということらしいです。
「お姉ちゃんありがとー」
「どういたしまして」
ものすごい笑顔でお礼を言ってくる。
かわいー……。
ツインテールは小さい子の特権だね。
「お姉ちゃん、すっごく弱そうなのにねー」
「………」
平常心平常心平常心―――あれは、こどもの、たわごと、です。ていうか、タイムカプセル探しに強さは関係ないと思う。
……弱そうで悪かったな‼
「お姉ちゃん、またねー」
顔を引きつらせながら手を振りかえした。
……前言撤回。子どもは喋らなかったらかわいい。
清算額は三千ほどになった。びっくりするほど儲からない。
遅めの昼食を買って、テーブルにつく。
リタちゃんは、まだギルド内をうろちょろしていた。
リタちゃんは冒険者に憧れているらしく、いつも入り浸っているらしい。ここのマスコットと化している。
「リタ、どこにいるの⁉」
そして、こうしてお母さんが連れ戻しにくるのもいつものことらしい。
「やー!」
あ、こっち来た。
「お姉ちゃん、たすけてー」
知るか。弱いやつに助けを求めんな。
あたしは結構根にもつ。
「こ、こらっ」
お母さんが、困った顔で近づいてくる。
品の良さそうな人だな。どうしてこんな子に育ったんだ。
「すみません……」
「いえいえ」
リタを献上。もうちゃん付けするのもめんどくさい。
「むー」
リタは頬を膨らませた。
か、かわいい……。いやいやいやそうじゃなくて。
「ありがとうございます」
そう言って、リタを回収して行った。
さて、平和にお昼ご飯。隣で駄々捏ねていようがあたしは知らん。
「なあ、千二百かける十二って何テルだ?」
隣のテーブルから聞こえる声や、小さい子のわめき声をBGMに黙々と食べる。
お米が食べたいね。
「ちょっと待てよ、なんか書くものないか探すから」
腕輪に電卓機能ないのかな。ケータイじゃあるまいしあるわけないか。
「えーと……」
「一万四千四百テルですよ」
ちょっとおせっかいだったかな?
「あ、助かった」
そして目の前にある魚のフライに意識を戻す。
何の魚だろうね、これ。
「ねえあなた!」
「はい?」
声をかけてきたのはリタのお母さんだ。
「あなた、家庭教師をやる気ない?」
「はい?」
話を要約するとこうなる。
リタは脱走といたずらの天才である。今までどんな家庭教師を雇ってもその目をかいくぐってきたらしい。軽くノイローゼになる人もいたのだとか。この街の家庭教師は『リタ』と聞くだけで拒否反応を示すそうだ。
冒険者なら、リタも憧れているだろうから脱走はしないだろう。しかし学があるとは言えない。
明日から、自分は三日間家を空けることになる。何をしでかすか分かったもんじゃない。で、やけくそになった奥さんは、あたしに白羽の矢を立てた。と、まあこんな感じだ。
しかしあたしは弓師だ。間違っても家庭教師じゃない。ついでに、そんなに家庭教師を撃沈してきたやつにあたしが教えられるわけない。
だから――――
「最悪何も教えられなくてもいいわ。 見張っているだけでもいいの」
そしてその報酬を、奥さんは口にする。
――――世の中ってね、お金で回ってるんだよ?
今日は一話だけです。
明日はきっと…。