破壊活動と お嬢様
今日から三日間、家庭教師だ。自分はどこに行くつもりなんだ……。
今立っているのは大きな門の前。リタは商家のお嬢様だった。この街の中ではそれなりに大きな家だ。
服装指定は動きやすいもの、という家庭教師らしくない指示だったけどちゃんとしたのを着ていて良かった。
今日の服装は淡い水色のブラウスに、ベージュのショートパンツだ。
食と住は、面倒をみてくれるらしいが、衣は自分で用意しなければならない。それも三日分。……痛い初期出費だ。せめてもの抵抗で、夏でも使えそうなものを選んだ。
その報酬は、一日五千!三食と寝床付きでだ。もう本気で冒険者稼業を辞めてしまおうか。しかも内容によっては追加報酬もあるらしい。やったね。
金銭感覚がマヒしている気がしないでもないが、あえて考えるまい。
「ようこそいらっしゃいました」
出迎えてくれたのは、無表情なメイドさん。
「メイドのアネルと申します。 どうぞよろしくお願いします」
そしてふかぶかとお辞儀。青紫色の細い三つ編みが揺れる。
「こちらこそよろしくお願いします」
こちらもお辞儀を返す。
「では、早速仕事に移ってもらいます」
連れて来られたのは鍵のかかった部屋の前。
「ここは?」
「お嬢様の部屋になります」
出てくる気配がない。
「……ボイコットですか?」
「はい」
感情の乗っていない返事が返ってくる。
これは日常茶飯事なのか。初っ端からボイコットとは予想外だ。
「どうすれば?」
「それを考えていただきます」
―――開始五分後、すでにピンチ。
ドアはどんなに叩いても騒いでも、開くことはなかった。
「合鍵はないんですか」
「お嬢様に壊されました」
……すごいね。何がすごいかって言うと、こんな環境で、たった一人でメイドをやっているアネルさんがすごい。
「ぶち破ったらダメですかね」
「お嬢様がやたらと壊されるので、簡単には破壊出来ないようになっています」
なんという、でんじゃらすがーる……。
この仕事を引き受けたのは間違いだったかもしれない。ていうか、壊すって何!?
結局、窓から入る方向で落ち着いた。
……ここ、二階なんですけど。
庭の木に登り、そこからリタの部屋のベランダに移る。
動きやすい服装ってこういうことだったのか。
窓は最悪、割ってもいいとお墨付きをもらっている。幸い窓に鍵はかかっていなかったが。ここら辺の甘さが、まだ十歳ってところだろう。
天蓋付きのベッドの中が膨らんでいる。
もう九時過ぎなのに、悠々自適だね。
「起きろ!」
布団を勢いよく引っぺがす。
全く手間をかけさせやがっ……て?
毛布の下にいたのはリタではなく、大きなクマのぬいぐるみ。
あたしは呆然となった。
そして廊下で待っているアネルさんへ、声を張り上げる。
「部屋にいません‼」
窓に鍵がかかっていなかったのは、リタもそこから出て行ったためか。十歳児を舐めていた。
ドアの鍵を開けて、アネルさんと合流する。
「ではどこに……」
―――ガチャーン!!
何かが盛大に壊れる音がした。
「こちらです」
アネルさんの後をついて走る。
その先には―――
―――嬉々として破壊活動に勤しむ、ツインテールの少女の姿。
床にはガラスの破片、壁は何かがぶつけられたのか、陥没している。隅にあるのは椅子の残骸だろうか。
リタの口からは流れるような詠唱。風の初級魔法だ。
攻撃魔法を室内で使っちゃいけません。
「お嬢様、お勉強の時間です」
場面にそぐわない、良く通る冷静な声。
「はーい!」
そしてこれまた相応しくない、無邪気で素直な返事。
……えーと、おかしいのは自分なのかな?
リタがぱたぱたと駆け寄る。
「お姉ちゃん、よろしくねー」
その天使のような笑顔の背景には、地獄絵図。もう笑うしかない。
「この部屋、どうするんですか?」
散らっているとか、そういう次元じゃない。
「お任せください」
そう言って、アネルさんは長い詩のような詠唱を始めた。
「―――時渡りの名の元に命じる〈巻き戻れ〉」
アネルさんが詠唱を終えた瞬間、部屋に光が満ちた。そして次に目を開けた時には、部屋は元通りになっていた。
そう、きっとこれが元の部屋の様子なんだろう。
ガラスの破片は花瓶に戻り、壁の陥没は最初からなかったように、椅子も綺麗に並べられていた。
「アネルはねー、すっごくめずらしい時まほうを使うんだよ」
「大したことはありません。 せいぜい三十分前の状態に戻すことができる程度です」
すごい。これが上級魔法ってやつなんだろう。
でもアネルさん、無表情で謙遜する前にリタを叱りなさい。
リタには全然反省している様子が見られない。
なんかもう異常だ。
―――その異常事態はまだ、始まったばかりだった。




