サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編] 第四話:地下迷宮の『光なき光』と、猫たちの暗視
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サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編]
第四話:地下迷宮の『光なき光』と、猫たちの暗視
サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編]
第四話:地下迷宮の『光なき光』と、猫たちの暗視
頂上広場に縛り付けられたヨハンやヘンリックたちを、バラクや自警団のマークたちに任せ、俺たちは地下深くへ続く漆黒のらせん階段を一気に駆け下りていた。
冷たく湿った風が吹き抜けるたびに、大天使の剣のスペクトルを失った城の不気味な軋み音が、まるで迷宮全体が苦痛に震えているかのように低く響き渡っている。
俺たちの行く手を照らすのは、見習い騎士であるフランチェスカが掲げる金属製の魔導松明だけだった。
しかし、その階段を半分ほど下りた瞬間、世界の『パースペクティブ』が再び不自然な反転を始めた。
「きゃっ! 何これ、急に真っ暗になったわ! レオナルド、松明が消えてしまったの!?」
フランチェスカが狼狽した声を上げ、立ち止まった。
「いや、違うな。フランチェスカ、お前の手元をよく見てみろ。熱はそこにあるぞ」
俺が脳内の万能スキル【画家】を白黒のトーンに固定したまま静かに告げると、彼女は自分の手元を凝視した。
確かに、魔導松明からはパチパチと薪が燃える音と、手をかざせば肌が焦げるほどの強烈な熱量が立ち上っている。
しかし、その炎は一切の光を周囲に放射しておらず、まるで空間に開いた不気味な「黒い穴」のように、熱だけを孕んで漆黒に燃え盛っていた。
これこそが、第六の「小さな事件(消える松明の光なき光)」だった。
光の波長が極限まで歪められ、熱という触覚情報だけが残され、視覚情報としての「光」が完全に空間から消失してしまったのだ。
「そんな……。火が燃えているのに、目の前が一ミリも見えないなんて、こんなの魔法の法則がめちゃくちゃになっているよ」
ハーフエルフのリリィが、暗闇の中で弓を強く握りしめながら怯えたように呟いた。
「う、動けないっす! これじゃあ一歩歩くのさえ命がけっすよ! 誰か、あっしの手を引いてほしいっす!」
行商人のコップが完全にパニックに陥り、暗闇の石畳に這いつくばって情けない悲鳴を上げた。
「ルカ、お前の出番だ。お前の身体から、結晶の燐光を放つんだ。この暗闇の『陰影』を補正しろ」
俺がルカの肩を叩くと、結晶族の少年はすぐに静かに頷いた。
「うん、分かったよ、ダ・ヴィンチ。僕の結晶体に宿る本来の魔力を、光を反射するのではなく、内側から直接『自発光』させてみるね」
ルカが両手を握りしめて精神を集中させると、彼の半透明な青い結晶の肉体が、静かに、そして美しくボウと青白い燐光を放ち始めた。
そのかすかな燐光が、漆黒に沈んでいた地下通路の荒々しい石壁と、俺たちの緊迫した表情をうっすらと浮かび上がらせる。
「おおっ! 助かったっす! ルカ坊坊の身体が光る街灯みたいになっているっすよ!」
コップが涙目を拭いながら、ルカの放つ青白い光の輪の中に急いで滑り込んできた。
「でも、ルカの光だけじゃ、この広い地下迷宮の複雑な『道標』までは見抜けないな。シモンたちがどっちの隠し通路へ逃げたのか、これじゃあまるで分からないよ」
オークの少年ガウルが、大きな鼻をヒクヒクさせながら周囲の不気味な臭いを嗅ぎ分けたが、首を横に振った。
「いや、俺たちには世界で最も優秀な二匹の案内役が揃っている。ウララ、キララ、お前たちの出番だ」
俺がそう言うと、俺のコートの胸元から顔を出したシャム猫のウララちゃんが、サファイアブルーの瞳を暗闇の中で妖しく輝かせた。
「ふにゃあ……ん、にゃあ」
ウララちゃんがそう鳴くと同時に、フランチェスカの腕の中で身を縮めていたペルシャ猫のキララちゃんも、長いグレーの毛並みを優雅に揺らしながら、お腹の白い毛をルカの光に反射させて鳴き返した。
「みゃあ! みゃあおん!」
二匹の猫たちの瞳は、この大天使の光スペクトルを奪われた完全な暗闇の中で、人間の網膜には決して映らない、壁や床に付着した『色彩の残光(光の粒子)』を完璧に感知していた。
俺の【画家】の目には、ウララちゃんが捉えている「青のスペクトルの残光」と、キララちゃんが感知している「赤のスペクトルの残光」が、お互いに反発し、そして絶妙に交差し合いながら、暗い隠し通路の奥へと一直線に伸びる一本の『光の軌跡』となって鮮やかに見えていた。
「フランチェスカ。ウララの瞳が捉える青と、キララの瞳が捉える赤のラインを追うんだ。あの二匹が顔を向けた方向が、シモンたちの逃走した『本当のパースペクティブ(消失点)』だ」
俺が言うと、フランチェスカは強く頷き、キララちゃんを落とさないように抱き直した。
「わかったわ、レオナルド! キララ、あなたの目で、あの悪党たちの足跡を見つけて見せてちょうだい!」
キララちゃんが「みゃあ」と鳴いて、右側の細い隠し通路を鋭く指し示し、その動きに同調するように、ウララちゃんも「ふにゃあ」と鳴いて同じ方向へと顔を向けた。
「トビー、ガウル、リリィ。二匹の視線の先にある、あの床の瓦礫の乱れを確認しろ。誰かが急いで通った跡があるはずだ」
俺が言うと、少年探偵団の三人がすぐにルカの光を頼りに床を這うようにして調べた。
「おじさん、あったよ! 誰かの高価なブーツの革の擦り傷が、この角の石に新しくついている!」
トビーが床の傷を見つけ、興奮した声で叫んだ。
「それに、この壁の蜘蛛の巣も、最近になって乱暴に引きちぎられたばかりの跡があるわ」
リリィが壁を指差しながら言い、背中の弓をいつでも射られるようにしっかりと構え直した。
「うん。僕の鼻にも、さっき厨房の倉庫にいたあの魔導技師デュポンの、黒い煤とオイルの臭いがこの奥からかすかに漂ってくるのが分かる」
ガウルが頼もしく鼻を鳴らし、大きな体を先頭にして薄暗い通路をゆっくりと進み始めた。
「待って、レオナルド。本当にこの奥にシモンたちがいるのなら、彼らが用意した強力な魔導兵器や、透明化する罠が仕掛けられているかもしれないわ。見習い騎士の私たちが、しっかり前衛を守るべきよ」
フランチェスカが、刀身の見えない剣を両手で構えながら、慎重な足取りで俺の前に立ちはだかった。
「その意気やよし、見習い騎士殿。だが、慌てるな。絵を描く時は、背景の描き込みが最も重要だ。彼らの悪事は、この地下迷宮の『背景の歪み』を注意深く観察していれば、罠の位置までデッサンのように見えてくる」
俺がそう言って、壁の特定の煉瓦の配置を炭筆の先で指し示し、トビーたちを制止した。
「トビー、その先の床の一枚の石版を踏むな。そこだけ、周囲の影の屈折率が不自然に『濃く』描かれている。罠の起動スイッチだ」
俺の指摘に、トビーは慌てて踏み出しかけた足を引っ込め、冷や汗を拭った。
「うわっ! 危なかった! おじさんの目には、暗闇の中でもそんな細かいパースのズレが見えているんだね」
トビーは恐る恐るその不自然に暗い石版をまたぎ、先へと進んだ。
「信じられないわ……。私にはただの平らな石畳にしか見えないのに、レオナルド、あなたの【画家】の目には、世界の歪みがそこまで明確に写っているのね」
フランチェスカが驚嘆の息を漏らしながら、キララちゃんを優しく撫でた。
「当然さ。美を愛する者にとって、構図の乱れは耳障りな不協和音と同じくらい不快なものだからな。さて、この先の歪みが一際強くなっている」
俺たちがさらに暗い通路の角を曲がると、前方の空間が、これまでにない異様な圧力と、不気味なほどの「色彩の不在」に包まれているのが分かった。
そこには、かつて城主の防衛用隠し通路として使われていたはずの広大な石造りの大空洞があり、その中央で、不気味な半透明の『分光ドーム』がボウと奇妙な輝きを放ちながら、周囲の空間を激しく歪めていた。
そのドームの傍らには、高価な偏光グラスを常に身につけた秘書官シモンと、精密な分光レンズを弄ぶ魔導技師デュポンが、不敵な笑みを浮かべて立ち尽くしていた。
「ようこそ、ダ・ヴィンチ殿。そして見習い騎士フランチェスカ。二匹の猫の目を頼りにして、よくぞここまで辿り着いたものだ。しかし、君たちのその無駄な探偵ごっこも、この『擬似太陽炉』が臨界を迎える今、すべて無に帰すことになるのだよ」
シモンが偏光グラスの奥の目を歪め、不敵な高笑いを地下空洞全体に響かせた。
「シモン、デュポン! お前たちの薄汚い贋作の制作は、ここで終わりだ。これまでに起きた小さな事件――聖水の凍結、巡礼路の変色、ステンドグラスの暗黒化、そして松明の光の消失。これらはすべて、お前たちがこの炉を起動させるために、城全体の大天使の光スペクトルを『パレット』から奪い去った跡に過ぎない」
俺が冷徹に告げると、デュポンは自身の精密なレンズを弄びながら、侮蔑の混じった笑みを浮かべた。
「ふん、天才ダ・ヴィンチともあろう者が、これを『略奪』と呼ぶとは嘆かわしいな。私たちは、大天使の剣の偏った神聖魔力を解体し、この世界をより強力な魔導テクノロジーで制御しようとしているのだ。
この炉が起動すれば、光そのものを兵器として収束させ、どんな強固な結界をも一瞬で打ち砕く『新たなる光』が誕生する」
デュポンはそう言うと、手にした制御スイッチのレバーを最大に引き下げた。
「そうはさせるか! お前たちのその勝手な理由で、この城の美しい光を、そしてみんなの平和を奪うなんて絶対に許さないわ!」
フランチェスカが叫び、見えない剣の切っ先をシモンたちに向けて鋭く踏み出した。
「無駄だよ、フランチェスカ。この炉の磁場と光の障壁は、お前たちのような未熟な見習い騎士の剣では、一傷さえつけることはできない」
シモンが偏光グラスに手を当てて笑うと、背後の分光ドームから、さらに強力な「光なき光」の障壁が展開され、俺たちの周囲の空間を急速に押し潰し始めた。
「ルカ、お前の燐光の出力を最大にしろ! トビー、ガウル、リリィ、敵の炉の周囲にある『屈折の特異点』を狙う準備をしろ!」
俺が鋭く叫び、炭筆を高く掲げた。
この暗闇と光の歪みが極限に達した地下迷宮の最深部で、俺たちの探偵としての、そして大天使の光を取り戻すための最後の戦いの火蓋が、ついに切って落とされようとしていた。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
ローマ編も追加しています。17時投稿です!
よろしくお願いします。 短めです。




