サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編] 第三話:剣の盗難(物理的な盗難ではなく「光の略奪」)
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サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編]
第三話:剣の盗難(物理的な盗難ではなく「光の略奪」)
サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編]
第三話:剣の盗難(物理的な盗難ではなく「光の略奪」)
カストラック城主との謁見を終え、俺たちが次なる捜査の糸口を掴もうと動き出した矢先、城の最上階から劈くような鐘の音が、いや、奇妙に歪んだ不協和音が鳴り響いた。
その音は、いつもの澄み渡るような祝福の音色とは程遠く、まるで底なしの泥の中に巨大な鉄塊を投げ落としたかのような、重苦しく、そしてひどく不快な低音の地響きとなって城内を揺らした。
「レオナルド、今の音は一体何なの!? いつもの綺麗な十二時の鐘の音じゃないわ!」
フランチェスカが耳を塞ぎながら、銀の甲冑の肩をすくめて鋭く叫んだ。
「鐘の音がおかしいんじゃない。高音そのものが、この空間から消え去っているんだ。ルカ、お前の結晶体はどう反応している?」
俺が白黒のモノクローム視界を極限まで尖らせながら尋ねると、結晶族の少年は自分の胸元をぎゅっと抱きしめた。
「ピリピリを通り越して、身体の奥が冷たく重くなっているよ。ダ・ヴィンチ、何かが城のてっぺんで、信じられない力で光を吸い上げている!」
ルカがそう叫んだ瞬間、背後の廊下から「うわあああ!」という複数の悲鳴が同時に響き渡った。
駆けつけてきたのは、城内を警備していた騎士団の見習い兵たちであり、その中にはフランチェスカの同僚である人間の少年兵士アルベルトや、エルフの弓兵セシル、そして大柄なドワーフの衛兵ガルグがいた。
「フランチェスカ! 大変なんだ! 俺たちの剣が、俺たちの剣が急に変になっちまったんだ!」
アルベルトが腰の鞘から剣を抜こうとして、自分の手元を何度も見失いながら悲鳴を上げた。
彼が引き抜いたはずの長剣は、質量と風を斬る重さは確かにそこにあるはずなのに、刃の部分が「ガラスのように完全に透明」に透き通っており、視覚的に全く認識できなくなっていた。
「な、何よこれ! 錆びているわけでもないのに、剣の刃が全く見えないじゃない!」
フランチェスカが驚愕して自分の剣を抜こうとしたが、彼女の剣もまた、鞘から引き抜いた瞬間から刀身が完璧に透明化し、空気そのものを握っているかのような奇妙な錯覚を周囲に与えた。
「俺の自慢のドワーフ鋼の斧もだ! 重さはいつもと同じなのに、刃の姿がどこにも見えねえ! これじゃあ狙いが定められねえぞ!」
ドワーフのガルグが、見えない大斧を振り回しながら憤慨して床を激しく踏み鳴らした。
「これは物理的な消滅ではないな。光の波長のうち、金属が光を反射してその存在を網膜に伝えるための『中間のスペクトル』が、完全にこの空間から抜き取られたのだ。
だから質量はそのままなのに、視覚的に透明化している」
俺がその刀身のあった空間を指先でなぞりながら説明していると、コートの胸元から顔を出したウララちゃんが、不機味そうに細く鳴いた。
「ふにゃあ……ん、にゃあ」
その声に呼応するように、フランチェスカの腕の中で身を縮めていたペルシャ猫のキララちゃんも、長いグレーの毛並みを逆立てながら、お腹の白い毛を震わせて鳴き返した。
「みゃあ! みゃあおん!」
二匹の猫たちは、不自然に光を失った見えない刃の冷気を本能的に察知し、お互いに牽制し合うのも忘れて、ただならぬ警戒の視線を上空へと向けていた。
「大変だ! 誰か、誰か来てくれ! 頂上の大天使様が、大天使様の像が大変なことになっている!」
らせん階段の上から、息を切らせて駆け下りてきたのは、先ほどまで礼拝堂の前にいたはずの自警団のマークと、慌てふためいた様子のおばあさん召喚士エルザ、そして行商人のコップだった。
「おじさん、早く上に行こう! トビーとガウルが、もう上に向かって走っていっちゃったんだ!」
リリィが焦りながら俺の袖を強く引っ張った。
「慌てるな、リリィ。フランチェスカ、見えない剣の重さを身体で覚えろ。光が失われても、お前の剣の重心は一ミリも変わっていない。お前たちの探偵助手としての本当の初陣だ」
俺が冷徹に告げると、フランチェスカは唇を噛み締めながら、見えない剣を強く握り直した。
「わかったわ、レオナルド! 刃が見えなくても、私の体はこの剣の長さを知っている! みんな、私に続いて上へ急ぐわよ!」
俺たちはらせん階段を一段ずつ駆け上がり、城の最上階に位置する大天使ミカエル像がそびえ立つ頂上広場へと一気に躍り出た。
しかし、そこで俺たちを待ち受けていたのは、世界が根底から色を失い、完全に反転してしまったかのような悪夢の光景だった。
頂上広場の中央に鎮座する、かつて疫病を鎮めた伝説を持つ巨大な大天使ミカエル像。
その像が天に向けて誇らしげに掲げているはずの『聖天使の剣』は、そこにあるはずなのに、まるで空間に墨汁を流し込んで切り取ったかのような「完全な漆黒の影」と化していた。
本来なら七色のプリズム光を放ち、この領地全体を浄化の光で包み込んでいるはずの聖剣が、今や周囲の光を全て貪り食う不気味なブラックホールのように淀んでいる。
「何よこれ……。剣が消えたんじゃない。剣の形をした『影』が、そこにあるだけじゃないの!」
フランチェスカが息を呑み、見えない剣を構えながらその漆黒の影を見上げた。
「これこそが、大天使ミカエル様の剣の本当の盗難(略奪)だ。物理的に持ち去られたのではなく、剣が持っていた神聖な『光のスペクトル』そのものが、何者かの手によって根こそぎ強奪され、空っぽの抜け殻である影だけが残されたのだ」
俺は【画家】のモノクローム視界をさらに研ぎ澄まし、影と化した剣の根元から、城の最下層へと向かって流れ落ちる目に見えない「色彩の血(光の粒子)」の軌跡をデッサンのように捉えた。
「おじさん! こっちに、誰かが落とした不気味な石があるよ!」
先んじて頂上に到着していたトビーが、ミカエル像の台座の陰から、どす黒く光る魔石の欠片を拾い上げて俺に見せた。
「トビー、それに触るな! それは魔鉛石の極小のコアだ。光のエネルギーを強制的に結合させ、吸い上げるための触媒として使われたものだ」
ガウルがトビーの手を遮り、大きな体でトビーを保護するように前に出た。
「ほう。大天使の剣のスペクトルを吸い出すための、精緻な『光の導管』がこの台座の裏に仕込まれていたわけか。料理長オットーが貯蔵していたあの『漆黒の塩』、あれはこの神聖な光を泥のように変質させ、地下へ流すための媒体としてここで使われたのだな」
俺は【画家】の視線で、台座の隙間に残された漆黒の塩の結晶が、不自然な青い輝きを放ちながら地下へと繋がっているのを看破した。
「そんな……。オットーさんや、あの魔導技師のデュポンたちが、ここでそんな恐ろしいことをしていたっていうの?」
エルザがおばあさんとは思えない鋭い目つきで、周囲の魔力の流れを魔法書で測定しながら呟いた。
「おそらく、彼ら単独の犯行ではない。この大規模な光の略奪、そして城全体の魔力構図の改ざんを行うには、城の最高機密である地下隠し通路のパースペクティブを把握している者が手引きをしなければ不可能だ」
俺がそう言って、頂上から地下へと続く重厚な扉に近づいた時、その扉の影から、不敵な笑みを浮かべた男がゆっくりと姿を現した。
「さすがは万能の天才ダ・ヴィンチ殿。私の懐中時計の針が狂っていることまで見抜くその卓越した観察眼、本当に感服いたしますよ」
そこに立っていたのは、高価な偏光グラスを常に身につけた、城主の若き秘書官シモンだった。
彼の背後には、不気味な笑みを浮かべた神官ヨハンと、精密な分光レンズを弄ぶ魔導技師デュポン、そして大柄な料理長オットーが、まるで一枚の歪んだ肖像画のように並んでいた。
「シモン! あなた、カストラック城主閣下を裏切り、大天使様の光を盗んで何をしようとしているの!」
フランチェスカが見えない剣の切っ先をシモンに向け、見習い騎士としての怒りを爆発させた。
「裏切り? 人聞きが悪いな、フランチェスカ。私はただ、この時代遅れの神聖魔力という名の利権を、我々の新しいテクノロジーによって『再分配』しようとしているだけさ。
大天使の光のエネルギーは、地下の太陽炉で精錬され、新たな魔導兵器の動力源として生まれ変わる。城主閣下の老いた頭では、この素晴らしい未来の構図は理解できなかったのだよ」
シモンは偏光グラスの奥の目を細め、手にした金の懐中時計をパチリと閉じた。
「未来の構図だと? 笑わせるな、シモン。お前たちが描いているのは、光と影のバランスを完全に欠いた、ただの薄汚い『駄作』だ。色彩の調和を失った世界に、真の機能など宿りはしない」
俺が静かに炭筆を構えると、シモンは冷酷に手を挙げた。
「能書きはそこまでだ。デュポン、オットー、ここのネズミどもを片付けろ。我々は地下で太陽炉の最終調整に入る」
シモンがそう命じると、ヨハン神官が不気味な黒い魔力の呪符を何枚も宙に放り投げた。
その呪符が弾けた瞬間、頂上広場を満たしていた「黒い影」の光が、まるで生き物のように蠢き、鋭い氷の槍となって俺たちに向けて一斉に襲いかかってきた。
「みんな、僕の後ろに隠れて!」
結晶族のルカが前に飛び出し、自身の身体から七色の結晶障壁を展開した。
しかし、高音と光のスペクトルを失った空間では、ルカの結晶魔法の共鳴率が著しく低下しており、障壁は黒い氷の槍を受けるたびに、ピキピキと不穏な音を立てて小さな亀裂を広げていった。
「くっ……! 光が足りない……! 障壁の強度がいつもより半分以下になっちゃっているよ!」
ルカが結晶の腕を震わせながら必死に耐える。
「ルカ、そのままで踏ん張れ! トビー、ガウル、リリィ! 敵の足元の『光の影』を狙うんだ!」
俺が指示を出すと、少年探偵団の三人が即座に連携して動き出した。
「任せてよ、おじさん! 影の動きなら、僕たちのステップの方が一枚上手さ!」
トビーが俊敏な動きで黒い槍の隙間をすり抜け、ヨハン神官の足元に転がっていた「漆黒の塩」の入った樽を、力強く蹴り飛ばした。
「ガウル、今だよ!」
リリィが素早く弓を引き絞り、見えない矢(風の波長)をオットー料理長の手元に向けて精密に放った。
矢は見事にオットーが持っていた魔鉛石の起動スイッチを射抜き、手元から弾き飛ばした。
「うおおお! これでもくらえええ!」
ガウルが飛び出し、落ちた起動スイッチを大きな足で粉々に踏みつぶした。
スイッチが破壊された瞬間、頂上を支配していた不気味な影の圧力が一気に弱まり、ヨハン神官の放っていた黒い魔法の鎖も霧散していった。
「お、おのれ……! 小賢しい子供どもめ!」
ヨハンが顔を歪めて後退する。
「ヘンリック隊長、私兵たちを動かせ! この侵入者どもを全員捕らえるのだ!」
シモンが地下通路の扉の向こうから叫んだ。
廊下の奥から、ヘンリックが率いる城の衛兵隊が、不気味に変質した黒い鉄の盾を構えて突入してきた。
「フランチェスカ、お前の見えない剣の出番だ。敵の盾の『影』の端を狙え。そこが光のパースペクティブの崩壊点だ」
俺が言うと、フランチェスカは強く頷き、見えない剣を両手で構えた。
「見えなくても、私の体は覚えている! 大天使の光を守るため、私は絶対に負けないわ!」
フランチェスカが突進し、見えない刃でヘンリックの私兵たちの盾の隙間を正確に突いた。
刃が見えないため、衛兵たちはどこから攻撃が来るのか全く予測できず、次々と武器を弾き飛ばされて床に倒れ伏していった。
「バカな……! 刀身が見えないはずなのに、なぜこれほど正確な軌道で……!」
ヘンリックが驚愕の声を上げる。
「これが俺の助手の実力さ、ヘンリック。お前たちの描いた歪んだパレットは、ここですべて叩き割ってやる」
俺はそう告げ、ウララちゃんを抱き直した。
シモンとデュポンは、すでに混乱に乗じて地下の秘密通路の奥へと逃げ込んでいた。
残されたヨハン、ヘンリック、オットー、そしてバルドたちは、フランチェスカと少年探偵団、そして怒り狂ったバラクやマークたち自警団の手によって、完全にその場に縛り上げられた。
「レオナルド、シモンたちが地下の『太陽炉』へ向かったわ。このままじゃ、奪われた聖天使の剣の光が完全に兵器の動力に変えられてしまう!」
フランチェスカが息を切らせながら、地下への階段を指差した。
「ああ。キャンバスの汚れを完全に拭い去る時間だ。ウララ、キララ、お前たちのその美しい『目』で、暗闇に隠された光の糸口を案内してもらうぞ」
俺が言うと、胸元のウララちゃんは「ふにゃあ」とサファイアの瞳を輝かせ、フランチェスカの腕の中のキララちゃんも「みゃあ」と力強く鳴いて、暗い地下への階段を真っ直ぐに見据えた。
二匹の美しき猫たちの瞳は、すでに暗闇の奥に蠢く、シモンたちが持ち去った「聖天使の剣の光の残響」を、その特別な暗視能力で完璧に捉えていた。
「行こう、みんな。この失われた色彩の城に、本物の輝きを取り戻すために」
俺は静かに一歩を踏み出し、少年探偵団とフランチェスカを伴って、冷たい沈黙と闇に支配された城の最下層へと、迷いのない足取りで突入していくのだった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
ローマ編も追加しています。17時投稿です!
よろしくお願いします。




