コロッセオの影なき連鎖(アレーナ・アンブラ) 第六話:『最上層の極光(パースペクティブ)と大団円』
コロッセオの影なき連鎖
第六話:『最上層の極光と大団円』
コロッセオの『第四の消絶』――公爵秘書ルチアの壮絶な死から、さらに二週間の月日が静かに流れていた。 季節は十二月の半ばを迎え、帝都は本格的な冬の凍てつくような寒さに包まれていた。 コロッセオの巨大な石造アーチ群を吹き抜ける風はまるで氷の刃のように冷たく、古代の巨大劇場全体が、底冷えする静寂の中に佇んでいる。
ルチアの死後、俺たち探偵一考はコロッセオの最上階テラス周辺へ捜査の拠点を移し、真犯人が仕掛けた「巨大な日時計兼・共鳴装置」の核となる消失点を追っていた。
コロッセオの地上出口は依然として憲兵隊の厳重な警戒線によって封鎖されており、外部からの侵入も逃亡も不可能な完全な閉鎖空間となっている。 残された容疑者は、地下水路技師のガルバと、骨董美術商のジュリアの二人だけだ。
俺――レオナルド・ダ・ヴィンチは、最上階テラスへと続く寒々しい回廊の踊り場で、脳内の万能スキル【画家】を発動させ、白黒のトーンへ落とし込まれたモノクロームの視界の中で、コロッセオ全体を包む光と音のパースペクティブを完成させていた。
「ふにゃあ……」
俺のコートの胸元から、最愛の相棒である純白のシャム猫『ウララちゃん』が顔を出し、サファイアブルーの瞳をキラキラと輝かせながら鳴いた。
「よしよし、ウララ。長かったこの不快な連鎖殺人のキャンバスも、いよいよ仕上げの最後の一筆だ」
俺が柔らかい首元を優しく撫で回すと、ウララちゃんは満足そうに「ごろごろ……」と音を奏で、俺の手元へ愛らしく頭を擦り寄せてくる。
「先生! 最上階テラス周辺における、音響増幅パイプの最終集束ポイントの特定が完了しました!」
澄んだ結晶の身体を青白く発光させながら、羊皮紙の図面を手に駆け込んできたのは、俺の直属の探偵助手である結晶族の少年ルカだ。 彼の体内の共鳴能力は、この二週間でコロッセオのアーチ内部に隠された、古代の水力・音響パイプの配置を完璧に解明していた。
「よくやった、ルカ。フランチェスカ、容疑者二人の護衛状況はどうなっている?」
俺が問うと、重々しい金属音と共に階段を上がってきたのは、見習いから正規へと昇格した探偵助手、フランチェスカだった。 銀の甲冑を凛々しく着こなした彼女の腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを誇るペルシャ猫『キララちゃん』がしっかりと抱きかかえられている。
「レオナルド! ガルバとジュリアの二人を、憲兵隊の精鋭と一緒に最上階手前の安全な小部屋へ収容したわ! でも……ジュリアの様子が少しおかしいの」
「みゃあ!」
キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸ばして鳴いた。
「ふにゃあん!」
ウララちゃんも負けじと胸元から身を乗り出し、サファイアの瞳を細めて激しく応戦する。 激闘を目前に控えていても、二匹の美しき猫たちのライバル関係は相変わらず微笑ましく、そして頼もしかった。
「ジュリアの様子がおかしい、だと? どういうことだ、フランチェスカ」
「彼女、恐怖で錯乱している振りをして、懐に何か重厚な金属の器具を隠し持っていたの。それに……ガルバも彼女の顔色を伺うようにして、妙にコソコソと動き回っているわ」
「そうか……くくく、やはりな。役者は揃ったというわけだ」
俺は静かに不敵な笑みを浮かべ、炭筆を弄びながら立ち上がった。
「トビー、リリィ、ガウル。少年探偵団のみんなは憲兵隊と一緒に下層の退避ラインを確保しろ。ここから先は、真犯人との直接対決になる」
「おじさん、気をつけてね! 絶対に負けちゃダメだよ!」
トビーが拳を握り締め、リリィとガウルも力強く頷いて下層へと向かった。
「さあ、フランチェスカ、ルカ。真犯人の偽りの仮面を剥ぎ取りに行くとしよう」
俺たちは重々しい石造りの扉を押し開け、極寒の冬風が吹き荒れるコロッセオ最上階テラスへと足を踏み入れようとした――その時だった。
「ひ……ヒィィィッ! 助けてくれ! ジュリアが、ジュリアが狂っちまったっす!!」
行商人のコップが、情けない悲鳴を上げて階段を駆け上がってきた。
「コップ! 一体何があったの!?」
「ジュリアが、憲兵たちを古代の麻薬粉末で眠らせて、ガルバと一緒に最上階テラスの最奥……あの『古代皇帝の仕掛け制御室』へ逃げ込んだんっすよ!」
「なにっ! 追うぞ!!」
俺たちはコートを翻し、最上階テラスの最奥へと一気に駆け出した!
コロッセオの最上階テラス――そこは、雲が低く垂れこめる帝都の全景と、眼下のアレーナを一望できる、風の吹き荒れる絶高の舞台だった。
テラスの中央には、かつて大改修の際に建造されたとされる、巨大な金属製の音響増幅パイプと、古代ローマの幾何学石で組まれた「音響制御祭壇」が鎮座していた。
そして、その祭壇の前には、艶やかな衣装の裾を風にたなびかせ、不敵な笑みを浮かべた骨董美術商のジュリアが立っていた。 彼女の隣には、油と煤に汚れた工具を手にした地下水路技師のガルバが、緊張で顔を強張らせながら控えている。
「フフフ……遅かったわね、万能の天才ダ・ヴィンチ殿。そして見習い上がりのお嬢ちゃんに、結晶のボウヤ」
ジュリアは恐怖に震えていたこれまでの姿を完全に捨て去り、その瞳に底知れぬ欲望と冷酷な光を宿して俺たちを睨みつけた。
「ジュリア……! あなた、一体何をしているの!? そこはコロッセオの音響構造を集中制御する最も危険な場所よ!」
フランチェスカが見えない長剣を引き抜き、鋭い切っ先を突き付けた。
「危険? ええ、危険よ。でも、こここそがこの巨大なコロッセオの『真の鍵』が眠る場所なのよ!」
ジュリアは高らかに笑い、手にした古代ローマの黒い音響石を祭壇の窪みへと力任せに嵌め込んだ。
「ジュリア殿、いや……連続殺人の真犯人よ。最初からお前の狙いは、公爵の命でも、コロッセオの改修権でもなかったのだな?」
俺が白黒のモノクローム視界の中で冷徹に問いかけると、ジュリアは冷酷に口元を歪めた。
「あら、察しがいいのね。そうよ! 私の本当の狙いは、このコロッセオの最地下深くに封印された、古代ローマ皇帝の『黄金の絶対宝物庫』よ!」
「黄金の絶対宝物庫……!?」
ルカが驚愕して声を上げた。
「そうよ! 数百年前に埋もれた、山のような金貨と古代の魔導具! 公爵はその存在に感づき、独占しようと大改修を進めていたの。だから邪魔な公爵を消す必要があったのよ!」
「では、マルチェロ、ベネデット、フェビオ、ルチアを殺したのも……!」
フランチェスカが怒りに肩を震わせた。
「フン、あの愚か者ども! マルチェロには音波を集束させる音響図面を描かせ、ベネデットには地下の警備を緩めさせ、フェビオには音響誘発毒の原料を採掘させ、ルチアには公爵の茶に毒の種を仕込ませた……。全員、私の宝物庫獲得のための『都合の良い歯車』に過ぎなかったのよ!」
「そして、仕掛けが完成した後は、口封じのために一人ずつ消していった……。お前が売ったあの『音波増幅の古代石』と、ガルバに作らせた水圧共鳴バルブを使ってな」
俺が冷徹に指摘すると、隣にいたガルバが引きつった声で叫んだ。
「お、俺はジュリアに騙されたんだ! 宝物庫の金貨を山分けにしてやるって言われて……殺人に協力させられているなんて知らなかったんだ!!」
「黙りなさい、愚か者! 今さら被害者ぶるんじゃないわ!」
ジュリアはガルバを蹴り飛ばすと、祭壇の起動レバーを思い切り引き下げた!
ガガガガガガガガ……ッ!! ズズズズズズズズ……ッ!!
その瞬間、コロッセオ全体を激震させるような、これまでで最大規模の重苦しい地鳴りと金属の摩擦音が響き渡った!
「な、なに!? 地震!? コロッセオ全体が揺れているわ!」
フランチェスカが銀の甲冑の脚を強く踏みしめ、体勢を崩しそうになりながら叫んだ。
「ハハハハハ! 終わりよ、探偵! この音響制御装置の臨界エネルギーを暴走させれば、コロッセオの四層アーチは共振によって完全に崩壊する! 崩れた瓦礫が地上のあなたたちと憲兵どもを押し潰している間に、私とガルバは地下の耐震宝物庫へ逃げ込み、すべての黄金を独占するのよ!!」
ジュリアの狂乱した叫びと共に、音響パイプの先端から、狂ったような七色の極光と、耳を切り裂くような高周波の破壊音波が膨れ上がり始めた!
キィィィィィィン……ッ!! ボボボボボボボボ……ッ!!
共振音波がテラスの石壁を粉々に粉砕し、巨大な亀裂が脚元の石畳を走り抜ける。
「だ、ダメです先生! 装置の共振振動がコロッセオの構造限界を超えています! このままでは数分でアーチ全体が崩落してしまいます!」
ルカが自身の結晶体を激しく共鳴させ、悲鳴のような声を上げた。
「くくく……素晴らしい。完璧な崩壊の構図だな。だが……俺のキャンバスの上で、そのような不快な濁った絵の具の暴走を許すわけにはいかない」
俺はコートの胸元からウララちゃんを優しく抱き上げ、静かに、そして絶対的な自信を漂わせて不敵に笑った。
「レオナルド……! 何か策があるの!?」
フランチェスカが見えない長剣を構え、俺を見つめた。
「フランチェスカ、お前のその磨き上げられた銀の甲冑を、太陽の角度四十五度に向けて展開しろ! 最強の光の反射板となれ!」
「了解よ! 見習いから上がった私の騎士の誇り、見せてあげるわ!」
フランチェスカは恐れることなく一歩前へ躍り出ると、自身の銀の胸当てと、見えない長剣の側門を、極めて正確な角度で冬の太陽光へと向けた!
キラァァァァンッ!!
太陽の光線がフランチェスカの銀の甲冑に直撃し、強烈な閃光となって屈折した!
「ルカ! お前の結晶光を、フランチェスカの反射光へ重ねろ! 波長を増幅させるんだ!」
「はい、先生! 結晶多面全反射!!」
ルカが自身の青白い結晶体を限界を超えて発光させ、その光の束をフランチェスカの甲冑の反射光へと正確に合流させた!
銀の反射光と、結晶の青白い光が交差し、テラス全体を眩いばかりの『七色のプリズム光芒』が包み込む!
「ウララ! キララ! お前たちの美しい瞳の光を、あの焦点へ叩き込め!」
「ふにゃあああああん!!」
俺の腕の中で、ウララちゃんがそのサファイアブルーの瞳を極限まで輝かせ、スキル【サファイアの共鳴(青い収束光)】を発動!
「みゃあああああおん!!」
フランチェスカの足元で、キララちゃんがそのグレーのふさふさとした毛並みを銀色に輝かせ、お腹の白い毛で光を無限増幅するスキル【ペルシャの銀幕】を発動!
二匹の美しき猫たちの放つ光が、フランチェスカの甲冑とルカの結晶光と完璧に融合し、極大の光のラインとなって一本へと収束していった!
「仕上げだ……! 【画家】の目、光と音の波長をマイナス無限大へ! 逆スペクトル照射!!」
俺は懐から取り出した、特製の高精度プリズムレンズをその光の交点へと突き立てた!
レンズを透過した七色の光は、すべての不協和音と共振振動を完全に打ち消し、無色透明の静寂へと還元するコールドレーザー――『逆スペクトルの収束光』へと変貌した!
ドゴォォォォォォン……ッ!!
俺の放った逆スペクトルの浄化光線が、暴走する音響制御装置のコアへと一新に直撃した!
激しい衝撃音と共に、爆発的に膨れ上がっていた極光と破壊音波が、まるで水で洗い流されるかのように一瞬で無色透明な静寂へと還元されていく!
ズズズ……キィィン……ポスッ。
狂ったように回転していた金属パイプと音響石が、冷たく凍りつくようにしてピタリと動きを止め、暴走していた臨界エネルギーは完全にフリーズ(破壊)された。
コロッセオを揺らしていた地鳴りが嘘のように収まり、最上階テラスに心地よい冬の静寂が戻ってきた。
「な……な何ですって……!? 私の完璧な崩壊の計算が……音波の暴走が消えたというの……!?」
ジュリアが手にした黒い音響石が粉々に砕け散り、彼女は絶望の悲鳴を上げてその場に膝から崩れ落ちた。
「お前の描いた惨劇の構図は、これですべて描き直し(破棄)だ、ジュリア」
俺は炭筆をポケットに収め、冷徹に言い放った。
「うああああっ! ごめんなさい、ごめんなさい! 全部ジュリアに脅されてやったんだあぁぁっ!」
地下水路技師のガルバが泣き叫びながら頭を床に擦り付けた。
そこへ、騒ぎを聞きつけたマーク率いる自警団と、憲兵隊の精鋭たちが一斉にテラスへと雪崩れ込んできた。
「そこまでだ、ジュリア! ガルバ! 公爵閣下をはじめとする連続殺人の罪、そしてコロッセオ破壊未遂の罪で逮捕する!」
マークたちが手錠を掛け、泣き叫ぶジュリアとガルバを厳重に縛り上げて連行していった。
真犯人は捕らえられ、コロッセオを恐怖に陥れていた「五重の連鎖殺人」は、ここに完全な終結を迎えたのだ。
事件解決から、さらに数日の月日が流れた。
雲ひとつない冬の澄み切った青空の下、コロッセオの中庭とアレーナには、本来あるべき神聖で穏やかな日光が燦々と降り注いでいた。
歪んでいた光の屈折や音波の異常は完全に消え去り、観客席のアーチ群は美しい陰影を描いて、古代ローマの偉容を誇るように静かに佇んでいる。
「見て、レオナルド! アレーナの砂場に、とっても綺麗な光と影のグラデーションが戻っているわ!」
フランチェスカが銀の甲冑を輝かせ、嬉しそうにアレーナの中央を指差した。
「ああ。光が正しく射し込めば、影もまた正しく美しく伸びる。これが世界の本来あるべき『調和』というものさ」
俺はコートの胸元で気持ち良さそうに眠るウララちゃんを優しく撫でながら答えた。
「先生、コロッセオの地下に隠されていた古代皇帝の宝物庫ですが、憲兵隊の手によって無事に保護され、帝国の文化財として正式に管理されることになったそうです」
ルカが透き通る結晶の顔に温かい微笑みを浮かべて報告してくれた。
「へへっ! これで帝都の街も、僕たちの『老いたる跳ね馬亭』も、みんな平和になったね、おじさん!」
トビーがガウルの肩に乗って大はしゃぎし、リリィも弓を背負い直して明るく笑った。
「ひえええ、あっしも今回の事件では生きた心地がしなかったっすよ! でも、最後におじさんがビシッと決めてくれて助かったっす!」
コップが犬耳をパタパタと揺らしながらホッと胸を撫で下ろした。
「さあ、みんな! 長かった帝都での事件もこれでおしまいだ! マルコ店長の待つ『老いたる跳ね馬亭』へ帰って、冷えた葡萄酒と温かいスープで盛大な乾杯をしようじゃないか!」
フランチェスカの呼びかけに、ルカや少年探偵団、そして自警団のマークたちも一斉に大歓声を上げた。
「ふにゃあ」 「みゃあ」
俺の胸元のウララちゃんと、フランチェスカの腕の中のキララちゃんが、どこか誇らしげに声を揃えて可愛らしく鳴いた。
数ヶ月に及んだ『コロッセオの影なき連鎖』の長き旅路。 だが、万能の天才たる俺と、優秀な探偵助手たちが紡ぐ新たな物語のキャンバスは、これからも果てしなく広がっていくのだ。
俺たちは美しい冬の陽光を浴びながら、住み慣れたあの酒場への帰路につくため、気高きコロッセオの巨大な門を後にするのだった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
リアクションボタンもよろしくお願いします
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
ローマ編も追加しています。17時投稿です!
よろしくお願いします。




